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蟹のツメの間に 第975話・9.26

「はっきり島影が見える。今からあそこに行けばいいのね」私は愛知県の知多半島にいた。半島の先端には羽豆岬があり、すぐ近くにある師崎港に来ている。そこからは三河湾に浮かぶ小さな島が見えた。私は今からその島を目指す。「目的地まであとわずかね」と、思わず口元が緩む。

 私がこの場所に来たのには理由があった。それは今から10日前のこと。「愛知県って特徴的な形してるわね」私が愛知県出身の男友達に何気なく言った一言がきっかけだ。
「え、ああ、まあよく動物の形にしているといわれるな」「動物ね。私は口のように見えたわ」
 愛知県の地図を見ながら、何の意味もなく直観的にものを言った。友達もそのときには適当に答えてくれたようだ。
「口?アハハハッハ!」友達は声にして笑う。
「確かに口っぽいね。知多と渥美の半島が伸びていて、その中に三河湾がある。蟹のツメと表現されたりするな」

「蟹の爪かあ」私は愛知県の地図を見ながら想像してみる。そうなると両方の蟹の爪の間が気になり始めた。「このふたつの半島、蟹の爪同士にいく船とかあるのかなあ」
 両者は本州とつながっている半島だから陸路では当然行ける。だが見たところ三河湾を大回りするのはあまりにも非効率。両者を結ぶ船があったら便利が良いのにと私は思った。

 すると友達は、「あるけど、実は」と話し始める。友達の話によると間に小さな島がいくつかあって。途中の島を経由すれば可能だという。「同じ湾でも東にある伊勢湾となら、渥美半島の伊良湖崎と三重県の鳥羽を直接結んでいるのにな」ともつぶやく。

 この話はこれで終わったが、その後私に名古屋に出張する話が来た。私の働いている会社でのイベントのためだが、予定では月曜日から金曜日までの1週間であるという。
「月曜の朝までに帰ればいいから、土日はついでに愛知県でも過ごせる。だったら」こうして私は、愛知県の蟹の爪の間にある島を目指すことにした。

 土曜日の朝、名古屋のホテルを出るとまずは渥美半島を目指す。今回の出張は東京から新幹線で名古屋に来たので、もちろん公共交通で行くしかない。「可和というところまで鉄道が出ているのね」前日の金曜日の夜、翌日移動するための交通機関を調べていた。ちなみに帰りは知多半島に出て、豊橋から帰るつもりだったのだ。

 こうしてホテルをチェックアウトした私は、名鉄名古屋駅に向かう。可和行きの急行があるらしく、乗り換えることなく知多半島の真ん中あたりまでは行けるようだ。こうして1時間弱で可和駅に到着した。
「次はバスね」私は可和駅からバスに乗る。羽豆岬のすぐ近くに師崎港というのがあって、そこから三河湾に浮かぶ島に行く船があるという。

 バスは30分ほどで到着した。港から岬は本当に近くて余裕で歩ける距離だ。それに岬といえば高台にあって絶壁から海を見下ろすイメージがあるが、この岬は海面とも近く坂を上る必要もない。
 こうして羽豆岬を皮切りに少し観光をしてみた。今回偶然に愛知県で仕事があり、かつその直前に知多半島や三河湾の話を聞いていくことにした場所。なかなか行くこともないからと、この機会にできるだけいろんなところを回ることにした。岬の手前から坂を上ると羽豆神社や展望台がある。そこも回っていると、あっという間に午前中は費やされた。

 私は師崎港にある食堂で昼食を食べる。その後、いよいよ島に渡ることにした。港から出ているのは日間賀島と篠島である。私はどちらにするか迷ったが、篠島から渥美半島の先端、伊良湖崎行きの船があることを知った。迷うことなく篠島を目指す。
「今日土曜日は篠島で1泊ね」ここにきて島に渡ったは良いが、宿がなかったらどうしようかと焦りだす。
 幸いにも船便が多いため、焦る必要はなかった。食堂を出て港の待合所で、気になる宿の順に今日の予約ができるか問い合わせると、意外にも最初の宿で部屋が空いている。ということで今夜の宿泊も決まった。

 こうして、次の船に乗り込み篠島を目指す。所要時間は20分程度と近い。まあ港から見える位置にある島だから当然と言えば当然か。
 私は船の窓から三河湾を眺める。地図を見ればわかるが三河湾の入り口は、伊勢湾の中にあるといってもおかしくない位置にあった。だから晴れたこの日は、ほとんど波もなく穏やかな中を船が航行し、無事に篠島に到着。

「さてと、見えるかな」篠島についた私は宿に行く前に、どうしてもしておきたいことがあった。それは島から知多半島と渥美半島が見えるかどうかである。まず知多半島を見た。これは今20分程度の船旅の先だからはっきりと見える。問題は反対方向であった。果たして渥美半島は見えるのだろうか?
 私は少しドキドキしながら、島の反対方向といっても徒歩で十分な距離を歩く。いちばん見えやすそうなところ、地図で東山と書かれているところの先にあるあたりから海を見る。
「あ、あ、かすかに」知多半島側よりも遠いが確かに島影が見えた。その島影が続いているということは、おそらく渥美半島なのだろう。
 これで私は今回の旅の目的を達成した。つまり三河湾の中心に浮かぶ島から、挟み込む蟹の爪のようにあるふたつの半島が見えるかどうかの確認を。

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シリーズ 日々掌編短編小説 975/1000

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