夏の香りがする沖縄の思い出と伝説の島 第532話・7.8
「今日も雨、うっとうしいわね」「仕方ないわ。毎年7月下旬までは梅雨だから」今日は6月最後の日曜日。やや茶色に染めたセミショート姿をした友達の愛美に誘われた優奈は、この日ショッピングなどの休日を楽しんだ。そして夕方になり、どこかで一緒にご飯を食べることにした。
「あ、沖縄料理店があるわ。うわ、夏の香りがする! ねえ、優ちゃんここにしようよ」愛美が見つけた店の提案に、背中まで黒髪を伸ばしていた優奈は、一瞬戸惑い気味に立ち止まる。そして数秒間の空白の後、小さくうなづいた。
それを確認した愛美は、すぐに沖縄料理店の中に吸い込まれていた。だが優奈はしばらく店の前に立ち少し考え事をしている。
「海陽君......」そう誰にも聞こえない声を出して、ようやく中に入った。
「優ちゃんどうしたの、元気ないけど大丈夫」「う、ううん平気。ちょっと思い出したことがあるだけ。さ、沖縄料理久しぶりに食べようか」と作り笑顔。しかしその中で優奈は、現在遠距離恋愛をしている海陽と頻繁にデートしていた、今年の初めころを思い出した。
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店内には沖縄の民謡をBGMにしている。沖縄らしい南国の緩い空気。装飾品も沖縄らしく「オリオンビール」と書かれた広告や焦げ茶色した壺が並んでいる。その壺には泡盛の古酒が入っているという。それとは別にカウンター中心の店内には、いろんな種類の泡盛瓶が個性的なラベル付きで並べられていた。
「今年も春まで水族館で遊んだり、動物園でバクを見たりして楽しかったなあ」
ハイテンションで店内を珍しそうに眺めている愛美とは裏腹に、優奈はローテンションで海陽との思い出。考え事ばかりしている。
「ちょっと、どうしたのさっきから、何かあるの?」「あ、ごめんちょっと彼のこと」
「あ、海陽君ね。そっか。急に行っちゃったんだよね」優奈に気を使ったのか? 愛美もテンションを落とし気味。
「そう、ここにきたらちょうど昨年の今頃。一緒に那覇に旅行に行ったなあって、あ、ごめん。注文しないとね」
「へえ、那覇かぁ、あっ!」「どうしたの?」
「来週来ればよかったかも。ほら!」愛美が指をさしていると、店内に
『7月8日は那覇の日』ということで、その日は特別に沖縄そばが半額と書いてある。「あら、これは」「残念! でも」「そうよね」結局ふたりはその沖縄そばを注文した。
休日の夕方、まだ時間が早いのか、店内にふたりのほか誰もいない。沖縄そばの他に、沖縄料理を数品とオリオンビールの中ジョッキを、ふたつ注文した。
乾杯の後に口をつける。片手では少し重い中ジョッキを頑張って口までつけ、そして斜めに傾ける。上層部に雲のような泡。その下に待機する黄金職の液体が眩い。そして泡と同時に液体が口の中に含まれる。炭酸が混ざった黄金の液体は、口の中や舌に刺激と涼をもたらした。そのまま喉に入り込む冷たいアルコール入り炭酸水は、のどを経由して胃の中へと吸い込まれる。
「うーん、まだ明るいうちからのビール美味い!」嬉しそうな愛美。このときばかりは優奈も嬉しそう。
だがそのあとから徐々に優奈は目が伏し目がちになり、頭の中では海陽との思い出を振り返る。
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ふたりに転機が訪れたのは4月末のこと。
「俺、南の島のダイビングショップで働くことが決まった。ついに夢がかなったよ。だからこのGW明けから行ってくる」と海陽が言い出したのだ。
突然のことで優奈はしばらく言葉が出ない。本音では一緒についていきたいが、優奈にも仕事がある。
「わ、わかった。海陽君の夢だもんね。私応援しているから」と言うにとどまった。
「5月の連休明けから行ったのよね」愛美が話しかけると、ようやく伏し目がちな目を開く優奈。
「まだ2か月ほどなのに、なんとなく気軽に会えなくなったのが、こんなに辛いなんて」優奈はそう呟きながらため息をつく。
「でも連絡は」「もちろん、毎日来るわ。で、でもね」
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「じゃあな優奈行ってくる」「本当に行っちゃうのね。なんとなく私、寂しくなるわ」
「大丈夫だよ。昔なら手紙とかそういう連絡しかお互いの確認ができなかったらしいけど。今は毎日ネットで連絡取り合えるよ。ZOOMとかもあるからお互い顔も合わせられる。たぶんそんなに寂しくならないと思う」
そういって海陽は搭乗口に向かい、南の海に向かう飛行機に乗り込んだ。
空港に残された優奈は、海陽が乗っているであろう飛行機の離陸を見学スペースで眺めると、ひとり静かに家に戻る。このときから襲ってくるもの。それは無性に感じる寂しさであった。
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「で、今どの島にいるの」「え、えっと確か。あハテルマ」
「波照間、あの日本で一番南の島だっけ、確か南十字星も見られるって聞いたことある」「うん、ダイビングのインストラクターとして頑張ってるらしいけど、まあ彼の夢だから」
どことなく優奈は寂しそうにつぶやく。
ここで突然第三の声が、ふたりの耳元に聞こえた。「へえ、お客さんのお連れさん波照間ですか。実は私も波照間出身なんで」
「え、そ、そうなんですか」思わず顔を上げて優奈は目を見開いた。
ふたりに話しかけてきたのは店の店主。40歳くらいのだろうか? 小さなお店は、この店主とホールを担当している奥さんのふたりだけで切り盛りしている。
「私は中学2年まで波照間にいて、親の仕事で那覇に来たんだ。それでさ、ここであいつと知り合って」降られた奥さんは頭を下げながら照れ笑い。
「それでこっちに」
「そう、大学はこっちだったから、卒業後、企業でしばらく働いたけど
『やっぱりそれじゃない』と思って、あいつの了承も得て店をやったんですよ」店主は、目の前が若い女性だから? いや、それだけではない。何より故郷の話ができるとばかりに、店主はうれしそうに語り続ける。
「そうだ波照間つながりで『ぱいぱてぃろーま』の話をしようか」
「え、それなんですか? 聞きたいです!」いきなり食いつくように返事をする愛美。店主は得意げに咳払いをすると語りだす。
「波照間島は日本で有人の最南端の島。でも伝説では、その先に南波照間島とか大波照間島と呼ぶ幻の島があるといわれている。それが『ぱいぱてぃろーま』。昔の琉球王朝からの人頭税に苦しんだ島民たちが逃れるために集団で島から南の海に向けて船を出したそうだ。その伝説の島を目指して」
「そのあとは」「さあ、どうなったんだろう。記録には残ってないけど、そのまま海の中に消えていったんだろうなあ」
「へえ、伝説の島。気になるよね。優ちゃん」「そ、そうね。南の海に浮かぶ伝説の島。彼はその近くで潜ってるのか......」
「そう、あとはいろんな作品で取り上げられているみたいだから。それを確認するといいよ。でもせっかくだから、それ見るならぜひ波照間島の南側の海を見てからにしてほしいねえ」
「ちょっと、あんた。いい加減にしたら!」ここで止めに入ったのは、ホール担当の奥さん。「ごめん」店主は慌てて後ろを振り向き、手を動かし始めた。
「ごめんなさいね。あの人、波照間島の話になったらついつい」
「い、いえ、大丈夫です。貴重な話よね優ちゃん」「ええ、ありがとうございます」優奈は頭を下げるとビールを口に含んだ。
そして直後に、沖縄そばがふたりの前に現れた。
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「沖縄そばおいしかったね」「う、うん......南波照間島か」「どうしたの?」「ううん、何でもない」
店を出てしばらく黙っていた優奈はようやく声を出す。「そうだねえ、愛美」「優ちゃんどうしたの?」
「私やっぱり行ってみようかな」
「海陽君のところ?」
「うん、夏の香りがする沖縄料理食べて、店の人の話を聞いてたらやっぱり行ってみたくなった。毎日連絡取り合っているといってもね。でも、いいかなあ」
言いながら戸惑い気味の優奈、愛美は優奈の前に出て両手を持ち「行ってきたら。絶対その方がいいって」と同意。優奈はそれを聞いて、うれしそうに口を緩め白い歯を見せるのだった。
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