愛した人・愛する人と重なった曲
こちら の話と連動しています。
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「ご実家にご挨拶できたし、あとは夜までに戻ればいいからな」
「せっかくの姫路でのお仕事だからね。やっぱりここは私にとって子供時代の思い出だわ」
大学教授の市川晃は妻の遥と姫路城に来ていた。前日に姫路での特別講義があった晃は、そのあと姫路にある妻の実家で1泊。今日は休日を取ることにして、帰る前に一緒に姫路城を見学している。
「姫路城は、やっぱりきれいだなあ。そうかここに来たのは、君のご両親に結婚のご挨拶をして以来じゃなかったかな」「そうよね。普段姫路城なんて行かないから」
ふたりは姫路城天守閣が見えるあたりをゆったりと見学する。白鷺城との異名を持つ城の美しさは、言葉では安易に表現できない。
「ねえ、今日は4月6日でしょ。『しろの日』なんだって」遥の何気ないつぶやき。だが「ちょっと待って」晃がそれを遮る。
「どうしたの?」驚く遥に、晃は人差し指を自らの口の前に立てて静かにするよう促した。
すると音楽が聞こえてくる。日本の音楽ではない。また英語でもなく第3国の言語。そして独特な音感を奏でるあるバンドの歌声が聞こえてくる。
「うん、どこかで聞いた曲だな。懐かしい」
その曲は、ふたりの目の前を通り過ぎた外国人観光客が、大音量で聞いていた音楽であった。
「あ、ねえ、これタイの」「ああ、そうだ20年前に君とふたりっきりで初めて行ったときに聞いたCarabao(คาราบาว)に違いない」
「それと、10年ぶりに再会して2回目に行ったときにも確か聞いたわね」
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ちょうど西暦2000年のとき、まだ大学生だった晃は、ある同好会のオフ会で遥と知り合った。このバー主催のタイのツアーに飛び入りで参加したことで、より親密となったふたりは最初の付き合いを開始。
そして1年後、2001年に初めてふたりだけの海外旅行に出発した。向かった先は思い出のタイランド。
「君と初めてスコータイに行ったときは、団体旅行だった。だから遠慮してたけど、ふたりっきりだからその必要もなく堪能できたな」
「そうね。それにしてバンコクは大都会。驚くほど大きかったわね。スコータイのときにはいけなかった、バンコクの観光名所一通り回るだけで精一杯だったわ。で夜に行ったあのお店も素敵ね」
ふたりの中では共通の情景が浮かんでいる。夜のバンコクは不夜城の如く、とにかくにぎやかだ。そして人気のお店には、大きなホールのようなところも多い。「おい、あそこ気にならないか」晃が見つけた気になる店にそのまま入った。そこは大きなビアホール。
「あんな大きな店で大音量の生演奏が聞けるなんてすごいと思ったよ」
「でそこで流れていたのがCarabaoね」
「タイのミュージックは独特の音感。すぐに嵌まっちまったなあ」ふたりの意識はいつの間にか2021年の姫路城から20年前のバンコクの店の中に移動している。
「あのときの生演奏。後で聞いたら1991年の曲なんだってね。そんなの全然知らなかったが、ついつい引き込まれてしまったな」
「うんあの数日は本当に楽しかった。特に開放的な夜が最高。で『あなたとまた行きたい』って何度も言ったのね」
「そうそう『僕はこの地域の歴史を研究しようと思っている。だからいつでもいけるよ』などと、確かに言ったけどな......」
ここで現代に意識が戻るふたり。思わずため息がこぼれる。視線を上に向けると鳥のさえずりが聞こえた。
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「だが、あの後行けなかった。君はヨーロッパ行っちゃうしね」晃は鳥の鳴いているほうを見る。姿が確認出来ないが、緑に覆われた大きな木があってその中にいる気がした。
「ごめんね。でもあのときでないと無理だと思ったし、行かなかったら一生後悔する気がしたの。でもありがとう。イタリアの経験は死ぬまで忘れられないわ」
「まあ新婚旅行で連れてってくれたもんな」「うふ。イタリアのミラノは今でも私の第二の故郷よ」
遥も大木のほうに視線を向ける。ちょうど木の枝から小さな鳥が現れた。遠くてはっきり見えないが、スズメだろうか?茶色いボディをしていて首を小刻みに動かしている。
「でも、10年後に再会できるなんて、私たちはやっぱり......」遥の言葉に晃はゆっくり頷いた。そして次は数年前の記憶にタイムトリップ。
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ふたりが再会したのは2012年。遥が10年前にヨーロッパに留学に行ってからもしばらくは連絡を取り合っていたが、知らない間にその間隔があいてしまいフェードアウト。
だが、10年のときを経て出会ったバーで、偶然にふたりは再会を果たす。
「連絡取れなくてすまなかった。あのとき俺は研究で必死だったから」
「いいの。あのとき私も現地の生活で必死。おかげでイタリア語マスターできたし。でもこうやって会えるなんて、奇跡としかうれしいわ」
このとき長い時間が一気に巻き戻されるかのように、ふたりはよりを戻した。そして半年後、2回目のタイへの渡航。
「12年ぶりだったかな」「そうね2013年だからそうよね」
このときふたりは12年前とほぼ同じ行程を旅した。まるで空白の時間を埋めるかのように同じスポットを歩いていく。
観光スポットの基本は変わらないが、10年ひと昔とは確かなこと。看板が新調されたり、存在しなかった店が現れたりと、微妙に風景が違っていた。また料金が値上がりしているスポットも当然ながらあるのだ。
ただ、灼熱の肌を突き刺すような日差しの強さ。フルーツっぽい南国特有のの香りがごくたまに入る、あの湿った状況。いくらタオルで拭いてもでも汗がにじみ出てきた、あの暑さだけは同じだったような気がする。
「あ、この店はまだあったわ」今度は遥が見つけたあのお店。笑顔で店に入る。多少メニューが変わっていたり一部の場所のレイアウトが違ったりしているが、12年前の面影ははっきり残っていた。
そしてこの日もあの時と同じCarabaoの演奏が聞こえた。曲は違うけど。
「あれ2007年の曲なんだってな。だから最初行ったときにははまだ存在しなかったんだ」
「でも同じCarabaoの歌だったしね。懐かしかったわ。音楽の力ってすごいと思った。一気に記憶がよみがえるんだから」
そしてこの2年後ふたりは無事にゴールイン。以後現在まで夫婦で仲睦まじく過ごしている。
「あのとき、思ったよ。もう君を手放しくないってね」
「まあ、そんな」遥は顔を赤らめた。
ここでごく自然に手をつないだふたり。目の前をスズメが飛んでいく。そして改めて白鷺のような白い姫路城天守閣を眺めながら、愛の思い出に浸るのだった。
こちらの企画に参加してみました。
実は、こちらの「たぬきの親子さん」の企画を知ったきっかけが、数日前の企画に参加した下記の「みおいちさん」の企画に参加したことでした。
ということもありましたので、みおいちさんの作品に参加したエピソードを元に改めて創作した次第です。
※ただし創作とは別に今回登場したタイのCarabaoには思い入れがあります。
※次の企画募集中
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シリーズ 日々掌編短編小説 441/1000
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