【創作】Dance 3
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第3話 傘をまとって、雨に唄えば
どんよりとした重たいグレーの厚い雲が空を覆っている。街も川もフェンスも緑の葉っぱもブランコも、しっとりと水気を帯びて、今日はどこか他人行儀のようなよそゆきのような、大人しいすまし顔をしている。しとしとと雨だれが傘を不規則にノックしている。水たまりをよけながら、歩みを進める。
道ゆく人もどこか下を向いて憂鬱な表情に見える。置き忘れた自転車が寂しげに斜めにフェンスに立てかけられている。ぬれたネコが急ぎ足でそろりと道を横切る。種の実ったひまわりがずしりと頭をもたげている。
お天気は悪いが、星一の気分は決して悪くはない。
むしろ、どこか心が跳ねるような。かえるだったらぴょこんと葉っぱに飛び乗ってしまうようなそんな心地でもある。
なぜなら、あの人と約束をしているから、だ。
※※※
彼女の名前は緑川結月さん。
丸山高校の1年生。
家族構成は父と母と彼女の3人家族。
幼少の頃からバレエを習っている。
好きな食べ物はあんぱんとわらび餅。
特技は縄跳び、あやとり、あと手芸。
赤井星一の姉の知り合いのバレエ教室に通っている。
姉の雫はバレエの発表会の手伝いに参加し、次第に結月と仲良くなった。
雫と結月はLINEが繋がっていて、時々一緒にご飯を食べたり買い物に行ったりしている。
「せいちゃん。やたら詳しく聞きたがるわね。どうしたの?」
星一ははっと我にかえった。
姉に質問責めをしている自分に気づく。
普段は大人しめの弟が熱を帯びているのだ。こんな自分はめずらしい。姉にそりゃ不審に思われるよな、と思いつつ、少し説明をしてみる。
星一がまた出会いたいと思っていた公園のダンサーが姉の知り合いであった。
しかも同じ高校に通っていた。
これは、願ってもいないチャンスであると、自分は思っている。できたら、彼女が踊っているところを写真に収めたいと思っていることなども話した。
「そっか。じゃあ、結月ちゃんにお礼とあなたのお願いを直接話してみる?私が仲介する分にはいいわよ。」
星一は、迷う事なく姉に頼み込んだ。
そして、当日に至る。
あめ雨降れ降れ母さんが.....
蛇の目ってなんだ?って思って調べたことがある。そこには蛇の目は和傘であると書かれていた。
星一の母親は和傘ではなかったが、花柄の傘で雨の日によく迎えに来てくれた。星一が外へ遊びに行った時、塾から帰ってくる時、祖父母の家から帰る時、母はいつも星一の傘を持って迎えに来た。母が自分のためにわざわざ来てくれる事。帰り道は母を独占できる事。その時の母が好きだったことを星一は思い出しながら目的地へと向かう。
待ち合わせ場所に辿り着いた。
待ち合わせは例の公園。
彼女はもうすでに姿をあらわしていた。
シックな色の赤い傘。
それはまるでどんよりとしたグレーの世界に一輪の椿の花が咲いているようであった。あざやかな赤の色合いに目を惹かれる。
「こんにちは、赤井星一です」
星一は彼女に声をかけた。
街の景色を見つめていた彼女はこちらをゆっくりと振り返った。
「こんにちは。緑川結月です。お姉さんには大変よくしてもらっています」
軽く会釈をしながら返事を返してくれた。
「この度は、こんな天気の悪い日にわざわざここまで来てくれてありがとう。あと、鍵を拾ってくれてとても感謝しています。どこになくしたんだろうと思っていたから。鍵はまあ、部室のロッカーの鍵だから、どうでも良かったんだけどね。部活をさぼる理由にもなってたし」
彼女はにこっと笑いかけ星一に応答した。
星一は笑顔を見られて少し安堵した。
「何部なの?赤井くんは?」
「バスケ部。友達に誘われてやってるだけだから。そんなに熱心さはないんだよね。でも、あのコートの上で出す音がいいんだよ。あれを聞いていると、自然と体が動いてくるというか....。
ごめんごめん、バスケ部の話はひとまずおいておいて。
鍵は別に無くしても良かったんだけど、あのキーホルダーが親から貰ったものだったから。けっこうあっちの方が大事で。だから、助かったよ」
星一はキーホルダーをカバンから取り出して目の前に掲げた。
「赤の星」
結月はつぶやく。
「素敵なキーホルダーだね。革の色合いがいい」
キーホルダーを見上げる彼女の目元のまつ毛に目を惹かれる。
「それはそうと、私、見つかっちゃったんだね」
結月は、続けて話しかけてきた。
星一は一瞬、間を開けて、思い出したかのように「ああ!」と返す。
「ごめん。覗くつもりはなかったんだけども。たまたま見つけてしまって....。なんていうのかな。すごいびっくりしたんだよね。あぁ....こういうのってさ。ことばにならない。今日会えたらどういう風に伝えようかなと思ってたんだけども、やっぱりうまく言えないな」
結月はくすっと笑う。
「うまく言えなくてもいいよ。雫さんに聞きました。私のダンスを写真に撮りたいと。
でも......写真に撮りたいってのはなんでなんだろう。私はただ自分が気ままに踊ってるだけなんだよ」
星一はキーホルダーに目線を落としながら、少しためらいがちに話す。
「変な話をするのかもしれないけど.....
ことばはのろまだなって最近よく思うんだ。
思ったことを俺はうまく伝えられないし、友達の話してることも、俺はうまく理解できないんじゃないかなって思うこともある。
ことばはのったりしてて、不器用で不自由。
写真はさ、そういうのがいらないんだよ。
ぱしっと撮ってそこに全部があるでしょ。
君のダンスも同じようなものを感じた。
俺が、あまりこういうのを見慣れてないからかもしれないけど、なんか理屈じゃなくて、何かをあらわしてる。それはことばで表現できるものではなくて、感覚で伝わって....ぐっと迫ってくる感じがする....」
星一は結月を振り返り、まっすぐ見つめた。
「緑川さんのダンスがまるで重力を感じずに
自由だなって思ったんだ」
結月はそのことばを聞いて、急に大笑いを始めた。
くすくすと笑い続ける結月に、星一は戸惑いを露わにする。
少しずつ笑いがおさまってきた結月は星一に向かって話し始めた。
「ごめん。なんかね....うん。つい笑っちゃったのは....深い意味はないの。
でも、ありがとう。
お礼に踊ろうかな。
こんな雨の日のダンスで良ければ....好きに撮ってみて。」
と、言うがはやいか
椿のような赤い傘を片手にくるくると彼女は回りだした。
傘に落ちたしずくがまわりにはねる。
彼女のステップを踏んだ足先の水たまりがはねる。
しずくもダンスをする。
波紋が浮かんでは消え、水の音と共にせわしなくリズムを刻む。
あの日見たように、結月のポニーテールの髪の毛は、また生き物のように、空中をさまよい、線を描く。
結月は自分が濡れてしまうことも気にせずに、楽しそうに踊り続けた。
星一は思わずシャッターを切った。
それはまるで「雨に唄えば」のワンシーンのように。
もっと言えば映画のシーン以上にあざやかに。
赤い傘と
ポニーテールと
しずくが
いつまでも軽快に2人の心に響いていた。
4話へつづく
挿し絵協力:ぷんさん