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【創作】Dance 13

12話はこちら


※このお話はすでに創作大賞2024で投稿したお話ですが、ぷんさんの挿し絵が入りましたので、あらためて投稿させて頂きます。(文章は同じものです)
マガジンは従来のDanceのマガジンに収納します。ご承知おきください。



第13話「赤い隕石の再生」


 星一と結月が病院で対面した時より、少し前に話は遡る。

 その日、潤と星一は市内の公園にいた。そこは結月といつも待ち合わせをする公園ではなく、周りは図書館や住宅街に囲まれた平地に存在していた。大きな幅の広い鉄板の滑り台や、タイヤが積み重なっているダイナミックなアスレチックがあることから、昼間は幼い子供たちに人気のスポットだった。しかし、今の時刻は夕暮れ時である。子供たちは自宅へ帰っていて、ひとけは感じられない。星一たちの他には、先ほどまでブランコで仲良くゆられていた制服の男女がいるくらいで、二人はブランコからおりるやいなや手を繋ぎ、ひそひそと親密そうな笑い声をあげて街中に姿を消していった。

 彼らたちの他にはアルキメデスがいた。アルキメデスは桂さんの飼い犬である。はぁはぁと小さな舌を出しながら、ヘラクレスに乗せた腰をおろして、星一と潤を交互に見つめた。この日も潤は桂さんにアルキメデスの散歩を頼まれていた。遊園地の日からばたばたとお互い忙しくて、ゆっくりと話す時間が取れなかった。時間が取れなかったのもそうだが、潤は星一が思った以上に落ち込んでいることをなんとなく肌身で感じ取っていたので、声をかけることに躊躇があった。膜が張られているような遥けさを身にまとっていた星一に、ほんの少しの勇気をだし、潤は散歩に彼を誘った。


「せいちゃん」

「なんだ」

「せいちゃんはえらいで」

 潤は星一の頭を不意になでた。いつもだったらその場で怒り出す星一の反応は乏しく、無表情だ。潤はもう一つ調子に乗ってみることとした。撫でていた手のひらを離し、星一の顎関節から頬にゆっくりとふれて、自分の顔の方へ向けた。

「えらいから、ご褒美にちゅーしたろうか?」

「お前は...さっきのカップルにでも感化されたか?」

 星一はつれない態度で潤の手をつかんだ。潤は「ちぇー」と呟きながら、手を振り払って、立ち上がった。


「僕が緑川さんを揺さぶらせたんや」
 潤は歩きながら小石を蹴った。
「僕は彼女が隠してることがなんとなくわかっていた。せいちゃんがポップコーンを買ってきてくれる間にさっき言ったとおり、二人で色々話をした。それで、ひと段落した後に彼女は言った。『星一くんには私から話します』『二人で話したいので、観覧車.…..二人で乗せてもらっていいですか?』って。僕はいいよって返事した。あとはいつもの小芝居をして…...そのあとのことは想定外やったんやけども」

「なぁ、そのなんとかって病気..….どんな病気なんだろう」

 星一は、つい先程、潤に聞いたばかりの結月の病気のことを尋ねた。

「僕も知らんのよ。いくら天才の僕でもさすがにお医者さまではないからね。この本によると……えーと『遠位型ミオパチー』という病気は難病です、と。遺伝子の変異によるものです。筋肉が徐々に侵されていきます……」

 潤は近くの図書館で借りた分厚い医学書をバックから取り出して、付箋が貼ってあるページをペラペラとめくって読み始めた。そして急にピタッと動きを止めた。本をぱたんと閉じて、振り返っておもむろに星一に本を手渡した。

「この本貸しとく。僕はもう読んだから。あとはせいちゃんが読んでどう思うかをまた、僕に話してもええし、自分でぐるぐるぐるっと考えまくってもいい」

『僕のように雪かいてくれよ』といういつかの潤のことばを星一は頭に思い浮かべた。

「僕は一言で言うなら『くやしいなぁ』と思っている」

 そう言った潤は横顔のまま、振り返らなかった。彼は挨拶もそこそこにアルキメデスと桂さんの自宅の方へ帰っていった。

 星一は一人とり残された公園で本の続きを読んでいたが、辺りは暗くなってきていた。月灯りと公園の電灯だけでは、難しい専門的な内容の字を読むには心もとなかったので、そのまま自宅へ戻った。自宅では姉が久しぶりに顔を出していた。

「ねぇ……結月ちゃんのこと……」

 姉の雫はいてもたってもいられないような素振りで星一につめよった。きっと誰かからあるいは本人からかはわからないが、結月が入院していることをおそらく耳にしたのだろう。星一はあたたかいココアを入れて、姉の目の前のテーブルに置いた。小さなスプーンでくるくると静かにかき混ぜる。


 星一は椅子に座ってから、先日遊園地で起きた出来事を話した。雫は話を聞いていて小さな体をさらに小さくした。そして、先ほど潤に聞いた結月の病名と、本で得た知識。『進行性の病気で根本的な有効な治療は見つかっていない』ことを、雫に伝えた。雫はかなしみがいっぱいで破裂しそうな表情をしていた。姉はすぐに感情が顔にあらわれる。昔からそうだ。けんかしてもうれしいことがあっても、彼女はお天気のようにコロコロと表情を変える。

「私は何も気づいてあげられなかった……!」

 雫は顔を手で覆った。

「それを言うなら俺もだよ」

 雫は手をゆるませ、顔をはっと見上げた。

 星一は全ての感情を閉じ込めながらなんとか自分の気持ちをことばにした。この世でいちばんさみしい顔をした弟がそこにいた。雫は思わず立ち上がって弟を抱きしめた。雫が泣いている事に星一は気づいていた。けれども気づかないようにした。赤い星たちはもえつきた隕石のように宇宙の力によってひっぱられた。どうしようもなく無力である自分を感じると共に、あらがえない事実が世の中にはごろごろと横たわっていることをあらためて姉弟で感じていた。

 星一は湯船で姉が言ったことばを反芻していた。

「結月ちゃんはもうdanceはもう踊れないのかな」

 それは星一が今まで深く考えずに避けていた部分であった。あの日の観覧車の結月は立つ事さえままならなかった。このまま二度と歩くことさえ叶わないのだろうか。
 結月はどれだけの不安とともに過ごしてきたのだろう。幾度となく眠れない夜を過ごしただろう。どれだけの涙を人知れずこぼしただろう。自分だけが抱えた痛みに胸を苦しめ、耐えてきたのだろう。自分が損なわれていってしまうこと。できないことが増えてくること。自分の好きなdanceが踊れなくなってしまうこと。好きなところへ行き、好きなことをして、好きな人と出会うこと。未来が泡のように溶けてしまい、手からするすると離れていってしまう恐怖。

 自由だなんて。

 俺はバカだ。

 何もわかっていなかった。

 何も見えていなかった。

 彼女に何を重ねていたのだろう。自分のことしか考えていなかった。君は遠くの丘をいつも見ていた。俺は近くの足元ばかりを見ていた。

 このまま湯船にしずんでしまいたい。水中に溺れて流れに身をまかせどこか遠い砂浜に流れ着きたい。砂場では裸足の結月がしっかりと砂場を踵からふみしめていた。いつもの通り軽やかにステップを踏む。頭には花の冠が乗っている。白いワンピースを着てくるくると回りだす。ジャンプする。つま先立ちして背筋を伸ばし重心を保ったまま移動する。ふと気づくと砂場はさらさらと音を立てていた。まるでアリ地獄のように、それはたちまち深い穴を作り出し、結月はそのままそこへ飲み込まれてしまった。

 はっと起き上がった。星一は自分のベッドにいた。汗をびっしょりかいていた。ふと気づくと窓には淡いクリーム色の大きな月がぽっかりと空に浮かんでいた。そしてすぐ横には、赤い星が小さな光を携えていた。

『迷った時は空を見ろ。赤い星は、いつでもお前を空から眺めている』
 星一の父親の声が聞こえた。

 何をしているんだと星一は思った。俺の答え。結月に自分の胸をさしてあの日観覧車で宣言した。

 ここにある

 ことばにならない確かなものは消えない。

 自分でそう言ったじゃないか。結月がどうなろうとも、たとえ、今この世界が終わってしまっても。
俺たちの温度は変わる事はない。ただ、変わらずここにいること。そして自分が結月と伴走できること。手のひらを握ったり開いたりする。僕の血潮。流れる血液。あの日の結月から伝わってきた体温。まだ終わったわけではない。まだぬくもりは残っている。これからも同じ景色を横で眺めることはできる。クレーターはきっと彼女ならまた飛び越えられる。


 星一は次の日、病院に向かった。受付をすませ、迷いなく潤に聞いた病室の番号までたどり着いた。出かける時に雫が赤い星のキーホルダーを渡してくれた。「結月ちゃんに、これ渡してほしいの」と姉は星一を笑顔で見送った。



 病室に辿り着いた星一と結月はお互いを見つめ合った。


 星一はカメラを片手に持っていた。


 新しいステップを。


 Come dance with me!


 君となら跳躍できる。


 Last danceはもうすぐ訪れる。


 鼓動の足音がすぐそばで聞こえはじめてきていた。




最終話に続く


挿し絵協力:ぷん(pun)さん


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