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【創作】Drops⑤
5話 炭酸の抜けたジンジャエールと駅での恋心
「あなたはかわいそう」
「人より全然色が見えないんだから何倍も努力しなければだめだよ」
なにか胸がしめつけられるような孤独を僕は感じている。
ここから一刻も早く逃げ出したかった。
ーーー!!
ふと
場面が変わる。
目が覚めて
少しずつ明るさを取り戻し
ぼやけている画面は徐々にクリアになる。
いろいろなもののふちどりが見えてくる。
目の前には、さっきまで飲んでいたジンジャーエールと
水槽に入った金魚がゆらゆらと泳いでいる姿が見える。
汗をかいていた。
……僕はソファで寝てしまったようだ。
さっきまで映画を観ていたが、パソコン画面の映画はもう終了していた。僕はどうやら夢を見ていたようだ。
久しぶりに嫌な夢を見た。僕はそこから距離を離しているはずだった。けれども、まだしつこく僕を追いかけてくる思いがある。
僕はテーブルの上の炭酸の抜けたジンジャーエールを飲み干した。
僕の頭と同じくさえなくてすっきりとしない味だった。
***
翌日、僕は会社で赤井さんと休憩時間にいつものベンチで会話をしていた。
「だから、あなたの行きたいところでいいのよ。」
「僕の行きたいところか……。別にないんだけど。」
「それじゃあ、困るのよ。青野くんは普段はどう過ごしてるの?」
「えー?休日の話?そうだなぁ…..カフェに行って本を読んだり、映画を観たり、家で金魚の世話をしたり、料理をしたりとか……」
「誰かと出かけたりとかってないの?」
「うーん。ないかも。」
赤井さんはまた矢継早にごちゃごちゃとなんだか言ってるようだが、僕は途中から聞き取ることを脳があきらめてしまったようで「よくしゃべる口だなぁ…..」とぼんやりと頼りない笑みを浮かべながら佇んでいた。
「どうしたんだ。赤いのと青いのは?」
黄葉先輩が現れた。先輩は相変わらずさわやかな表情で僕たちを見つめていた。さっそく赤井さんが反応する。
「青野くんはあまりにも友達がいないのよ。」
「そうか青野は孤独なやつか。なるほど。」
黄葉先輩は笑っている。赤井さんはどこか僕を憐れむようなちゃかすような目線で見ている。……なんだこれ。
僕がからかうから、いつもの仕返しか。この人は。
「なんだか僕は気づかないうちにネクラくん認定されてますよね。」
「だって休日は一人っきりなんでしょ?」
「いや休日をあえて一人で過ごすってのも、個人の自由ですよね。」
僕は反論した。しかし黄葉先輩はおもしろがって続ける。
「そうだな。友達がいなければ赤井さんが友達になってやればいいじゃないか。な!赤井さん!……むしろ友達以上でもいいんじゃないかな。案外お似合いだと俺は思うぞ。」
「ちょ!」
「え?!」
僕たちの声が重なる。
黄葉先輩は「じゃ、そろそろ先方と約束の時間だから」と言って、僕たちを残したままいなくなってしまった。立つ鳥後を濁しまくっている。
なんだか少し気まずい。
しかし沈黙もつらい。
赤井さんがいたたまれずに口火を切る。
「あのね、嫌でなかったらでいいんだけど…..私はあなたの世界を一緒に見ようと思っているのよ。だからどこかに一緒にお出かけしないか提案してるの。そこで青野くんが見える物を教えてくれればいいし、私の見えている物も伝えるから。会社の中だけだと範囲が狭いでしょ。」
「うん。ご提案ありがとう。じゃあ、美術館。」
「え?」
「美術館でもいいかな。1人だと少しおっくうだなって思ってたから。絵だと色の違いがよくわかりそうでしょ。今度の日曜日。もし空いてたら。」
「いいよ。日曜日は空いてます。じゃあ、また待ち合わせとかは連絡するね。」
こうしてひょんなことから僕は赤井さんと出かけることになった。
実は、あのブラックバードに行った日から、僕は気づくと赤井さんの笑顔を思い浮かべていることがある。
赤井さんといると、楽しい。
あのころころ変わる表情や
しゃべりすぎて止まらなくなる衝動性や
おいしいものを食べている時のうれしそうな顔
そして、悲しい顔。
もっともっと彼女が見ている世界を知りたい。
それは見えている色覚が違うからなのか。
それともそうではない何かが僕にはあるのか。
『お似合いだ』
黄葉先輩のことばが頭でリフレインする。
僕はどう思ってるんだろう。
…………..。
今度出かけるのは……デートに当たるのだろうか。
何より赤井さんは?
僕のことをどう思っている.....?
僕はそんな事をもやもやと思い浮かべながら、帰路につく。
ビジネス街を通り抜けて、コンビニや、カラオケ店、居酒屋など、にぎやかな街並みを人混みを避けながら歩き続ける。
最寄りの駅に差し掛かった時に、僕は見覚えのある茶色い髪の毛を見つけた。
あのキヨスクの前の柱のかげにいるのは赤井さんだ。
赤井さんはとても落ち着いていて、会社にいる時と違う雰囲気を醸し出していた。
隣に男性がいる。
背が高くて、彼女と同世代位だ。同じ茶色い髪の毛をしている。整った顔立ちをしていて、二人は遠巻きに見ても美男美女のコンビだった。
赤井さんは男性の肩を叩いて親しげに話している。男性もお返しのように赤井さんの肩に触れた。その距離感が二人の関係性を表していた。
目の前が暗くなる。
僕は振り返って
足早にそこを去った。
駅のホームの記憶も、電車の記憶も、どこをどう歩いてきたのかもあやふやだ。
帰り道に水たまりに足を突っ込んだが、そんな事にも気づかず、僕はただひたすらに急いで、その場から......赤井さん達から遠くへ離れようと必死にもがいていた。
宵闇の通りは
電灯の人工的な光がやけにまぶしく
行き場のない虫たちが
与えられた光を求めて
必死に羽をばたつかせている羽音が
僕の気ぜわしい心にちくちくと
棘のようなあとを残していた。
つづく。
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