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私を変えた “ギャル”
あなたの尊敬する人は誰ですか?
両親、恩師、それぞれだと思いますが、私は中学時代の友人です。
友人と言っても一緒に遊びにいったこともないいわゆる “ギャル”です。
出会いは最悪
「ねえ、hanasakiさん今うるさいって思ったでしょー?」
中1の私は眼鏡に三つ折り白靴下を履いた、いわゆる “優等生” 。
ある日授業の準備をしていたら、別のクラスの茶髪ギャル2人が隣席の男子にちょっかい出して爆笑していました。顔を上げた私に、声をかけてきたギャルが彼女でした。
2度目の出会い
風貌は優等生でも運動好きだった私は、バレーボール部に入りました。しかし部活に打ち込みたいのに、練習は週2。そこで別の部で週7活動していた姉から転部を勧められました。姉は吹奏楽部の部長でした。
「演奏会来ると打楽器好きそうだったじゃない、やりにくれば?
既にすごく上手な1年がいるけど。人が足りないから、もしかしたら入れるかもよ」
見学に行くと1年のジャージの子が。
「あれー?hanasakiさんじゃーん」
確かにあのギャル、姉の言ってた名字と同じだったわ…
吹奏楽部でエースなの…?
彼女はすごかった
彼女は既に夏のコンクールメンバーに入っていました。私の中でギャルは悪だったので(単純)、大混乱です。
一方私はパート決めテストをなんとかパスし、打楽器に入れました。しかし楽譜も音符も読めません。初合奏で “ウィップ” と書かれていたのにカスタネットを叩いて演奏が止まったこと、一生忘れません。
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「木の…2枚で挟むやつ」と顧問に言われ叩いたのがカスタネットでした
練習の日々
私は打楽器にハマってとにかく練習しました。朝昼放課後、夜自宅練に土日練習。練習が休みだと「何で休みなんですか?」と顧問に詰め寄るくらい。
今は顧問に謝りたいです、プライベートを極限まで削らせてごめんなさい。
ギャルとは徐々に話すようになりました。おもしろい子でしたが、それ以上に恐い子でした。失敗すると怒るし、めちゃくちゃ仕切るし、年次が上がってからはギャルなのに部長になり、遅れる子サボる子を容赦なく怒っているし。
そんな中打楽器パートはアンサンブル大会に出場し、彼女に叱られながらも3年生の時、関東大会まで勝ち上がりました。
関東大会前夜
大会は他県で泊まりがけ。前夜の夕食の際、彼女は話し始めました。
今まで苦しかった、と。
本当は叱るのは辛かった
でも部のためには自分が言わなきゃと言い聞かせていた
hanasakiはずっと練習しているし追い抜かれると思って
毎日必死で家で練習していた
世界が変わった瞬間
私は衝撃でした。私のことなんて気にもしていないと思っていたし、好きで怒っているんだと思っていたからです。ギャルという色眼鏡で見続けていた自分の未熟さが恥ずかしくなるとともに、彼女の強さを初めて認識しました。
そして自分の目線でしか世の中を見ていなかったことに気づきました。彼女のおかげでいつも怒ってばかりの親のことさえも、少し理解できた気がしたのです。私の世界が大きく変わった瞬間でした。
今コンクールのビデオを見ると、彼女がメンバーひとりひとりと顔を見合わせながら演奏しているのがよく分かります。私たちは関東大会で金賞を受賞しました。
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その後
彼女とは同じ高校に進学しました。公立高ですが同じ中学からは2人だけ。私は一般入試で、彼女は異常な高倍率の中、推薦で入りました。
彼女だけが推薦に受かった時、先生方は理解できなかったようですが私は当然だと思いました。だって彼女は既にやりたいことが決まっていて自分で道を切り開こうとしていたのですから。
彼女は吹奏楽部には入りませんでした。
障害児を預かりレクリエーションを行う団体を自分で立ち上げ、精力的に活動し、自己推薦で国立大学へ行きました。
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もし彼女に出会わなかったら
彼女とは6年間一緒に過ごしました。何もかも正反対でしたが、私たちは不思議な絆を感じていました。
もし彼女に出会わなかったら、狭い視野で型にはまった考え方から抜け出せなかったと思います。親との関係さえ悪かったかもしれません。
周りに感謝を
私の周りは今も素敵な人ばかりで、沢山の気づきやポジティブな気持ちを教えてくれます。日々感謝しかありません。
彼女は自分とは違う存在の大切さを一番最初に教えてくれた子でした。これからもたくさん出会いがあると思いますが、彼女のおかげでその存在と出会いに感謝と喜びを感じられるのです。
皆さんの世界を変えた人は誰ですか?