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創作⑤ ストップウォッチ

会社からの帰り道、ふと気づくと中年男性が何かを探している。
「どうしました?何かお探しですか?」
「家の鍵を落としてしまって」
「それは大変ですね」
一緒に探すと、鍵はすぐに見つかった。
「おかげで助かりました。ありがとう」
そういうと、男性は腕の時計を外した。
「お礼と言っては何ですが、これを受け取ってください」
それは、ストップウォッチ付きの時計だった。
「こんな立派なものを頂くわけには」
「そう言わず受け取って頂けませんか」
どうしても、と言われ断る理由もないので、厚意を受けることにした。
「ありがとう。じゃあ私はこれで」
男性は、ほっとした顔を見せて去っていった。
去り際に、一瞬ニヤリとしたように見えたが、何かの見間違いだろう。
俺は、何か得した気分で、時々時計を眺めながら帰った。

帰宅すると、時計を横に置いて、やり残した仕事を片づけた。
今の上司は、やたらと仕事をおしつけてくる。とても会社では終わらない。
最近は、そんな毎日に嫌気がさしていた。
ようやく一息ついた俺は、テレビをつけ、もう一度時計を眺めた。
テレビでは、最近人気のバラエティ番組を放送していた。
「それにしても、どうしてこんな立派なものを」
俺は、ストップウォッチがついてるのを思い出し、
何の気なしに押してみた。
画面の数字がどんどんカウントしていく。それを眺めながら止めた。
部屋に静寂が広がった。音が消えた。
テレビを見ると、画面が止まっている。
壁掛け時計を見ると、秒針が止まっている。
「あれ?」
何が起こっているのかわからず、窓越しに外の通りを見てみる。
車も人も止まっている。
わけもわからず、時計のボタンを押した。
数字のカウントを再開した。
テレビの画面が戻り、音が戻った。
壁掛け時計も外の日常も、何事もなかったかのように戻った。
「疲れてるのかな?もう寝よう」
俺は早めにベッドにもぐりこんだ。

鳥のさえずりで目が覚めた。いつもの朝だ。
朝のルーティンをこなしていく。
気が重くなるのもルーティンのひとつだ。
用意を整えて、会社に向かった。
出がけに、ふと思い出して昨日の時計を持った。

会社ではいつも通りの仕事の山。その上、上司からの仕事が積み重なる。
ほとほと嫌になった時に、昨日の時計を思い出した。
「まさかな」
ボタンを押してみる。
音が消えた。社員の動きが止まった。壁の時計の秒針が止まった。
動いているのは俺一人。
「夢じゃなかったんだ。これを使ったら面白くなりそうだな」
日頃の鬱憤を晴らすいい機会だ。
上司の机の書類を何枚か抜き取り、ポケットに入れた。
「あっ、そうだ」
俺は、上司からの仕事のいくつかを同僚の机の上に置いた。
上司は俺にばかり仕事を振ってくる。同僚は見て見ぬふりだった。
少しぐらいいいだろう、これぐらい。

俺は社内食堂でつまみ食いをすると、自分の席に戻り時計のボタンを押した。
日常が戻った。
上司は、足りない書類を見てわめいている。
同僚は、目の前の仕事を見て、俺の顔と上司の顔を見比べている。
いい気味だ。
こんなの俺の今までに比べたら軽いものだ。

昼休憩に入り、俺は外に出た。
さっきつまみ食いしたから、腹は減っていない。
俺は大きい交差点の角のビルの前で、人の流れを見ていた。
大きな人波が押し寄せては引いていく。
それぞれが自分のことだけ考えながら、波になって寄せていく。
波に入れなかった者の目の前を知らん顔して過ぎていく。
波から出ようとする者は、踏みつぶされる。
俺は、この流れを止めてみたくなった。止めても変わらないのだろうが、
その様子を傍観してみたくなった。

ストップウォッチのボタンを押した。音が消え、流れが止まった。
車の流れも止まった。
何より時間の流れが止まった、と思った。

(おい、こんなところに銅像なんてあったっけ?)
(さあ、覚えがないな。)
(それにしても、生々しい銅像だな)
(確かに。それに見てみろ。腕時計を見てボタン押してる)
(変わってるな。まあどうでもいいや。行こうぜ)



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