《二十世纪之怪物帝国主义》幸德秋水(中日对照)
廿世纪之怪物帝国主义
『帝国主義』に序す(原序)
人類の歴史は其始めより終りに至るまで信仰と腕力との競争史なり、或時は信仰、腕力を制し、又或時は腕力信仰を制す、ピラトがキリストを十字架に釘けし時は腕力が信仰に勝ちし時なり、ミランの監督アムボロースが帝王シオドシアスに懺悔を命ぜし時は信仰が腕力に勝ちし時なり、信仰、腕力を制する時に世に光明あり、腕力、信仰を圧する時に世は暗黒なり、而して今は腕力再び信仰を制する暗黒時代なり。
人类之历史者,自始至终,信仰与腕力之竞争史也。有时信仰制腕力,有时腕力制信仰;比拉多钉于其利士德十字架之时,腕力胜信仰之时也;西兰之监督亚母波罗斯命帝王忏悔于梭德西亚斯之时,信仰胜腕力之时也。信仰制腕力,则时代光明;腕力压信仰,则时代暗黑。
朝に一人の哲学者ありて宇宙の調和を講ずるなきに、陸には十三師団の兵ありて剣戟到る処に燦然たり、野には一人の詩人ありて民の憂愁を医すなきに、海には二十六万噸の戦艦ありて洋上事なきに鯨波を揚ぐ、家庭の紊乱其極に達し、父子相怨み兄弟相鬩ぎ、姑媳相侮るの時に当て、外に対ては東海の桜国、世界の君子国を以て誇る、帝国主義とは実に如斯きものなり。
在朝之学士,无人唱哲学以讲调和宇宙之道;在野之诗人,无人唱平和以求安辑人民之规。而陆则十三师团之兵,剑戟燦然,以夸虎旅;海则二十六万吨之战列舰,机轮相触,以煽鲸波。家庭紊乱,达其极点,父子相怨,兄弟相阋,姑媳相侮;而其对外也,则自夸为东海之樱国,世界之君子国,帝国主义者实如斯而已矣!
友人幸徳秋水君の『帝国主義』成る、君が少壮の身を以て今日の文壇に一旗を揚るは人の能く知る処なり、君は基督信者ならざるも、世の所謂愛国心なるものを憎むこと甚し、君は曽て自由国に遊びしことなきも真面目なる社会主義者なり、余は君の如き士を友として有つを名誉とし、玆に此独創的著述を世に紹介するの栄誉に与かりしを謝す。
友人幸德秋水君成《帝国主义》以示余。君自少壮,以一身而立今日之文坛,独树一帜,人无不知君者。君信奉基督,其憎世之所谓爱国心者最甚。君曾游自由国,知社会主义之真面目者。舍得友如君,独擅名誉,茲又有此独创的著述,以绍介世之荣誉焉,何如幸之!
明治卅四年四月十一日
東京市外角筈村に於て
内村鑑三
明治三十四年(1901年)四月十一日,内村鉴三序于东京市外角筶村。
例言三則(例言三则)
一、東洋の風雲日に急にして天下功名の為めに熱狂す、世の所謂志士愛国者皆な髪竪ち眦裂くるの時に於て、独り冷然として理義を講じ道徳を説く、其崖山舟中の大学を以て嘲けらるるは、我れ之を知れり。而も甘じて之を為す所以は、実に百年斯道の為めに忡々自ら禁ぜざる者あれば也。嗚呼我を知る者は夫れ唯だ此篇歟、而して我を罪する者亦た唯だ此篇歟。
一、东洋之风云日急,为天下之功名而发狂热。世之所谓志士爱国者,皆竖发裂眦,争逐于时,而独冷然而讲理义说道德,其不以“崖山舟中讲《大学》”相嘲者几希!所以我知之而甘为之者,实为斯道百年计,忡忡不能自禁也!呜呼!知我者其惟此篇欤!罪我者亦惟此篇欤!
一、全篇の説、欧米識者の夙に苦言し痛語せる所。而して現時に於てトルストイや、ゾーラや、ヂョン・モルレーや、ベーベルや、ブライアンや其最となす、其他極めて進歩せる道義を有し、極めて高潔の理想を抱くの諸氏、皆な之が為めに切偲せざるなし。故に我れ敢て僣して『著』と云わずして『述』と書す。
二、全书之说,皆采诸欧,美识者之苦言痛语;而于现时之德尔士多伊、利拉、重莫尔列、白白尔、布拉伊昂为最多。其余有极进步之道义,抱极高洁之理想之诸民,皆有所切偲。我不敢僭,故不题著而题曰述,以明非吾之所作也。
一、眇たる小冊子固より卑見の詳細を尽さずと雖も、而も又其綱要を提し得たりと信ず。世間聵々の徒をして之に依て多少覚醒の機を感知せしめて、以て真理と正義の為めに糸毫の貢献する所あるを得ば、乃ち我が願い足れり。
三、是书虽眇小之册子,见卑识隘,不能详尽,而颇能握其纲领,是可自信者。世间瞆瞆之徒,若因之而感知其多少觉醒之机,为真理与正义得丝毫之贡献,余愿已足!
明治卅四年四月桜花爛熳の候、朝報社編集局に於て
秋水生識
明治三十四年(1901年)四月樱花烂熳之侯
秋水生识于朝报社之编辑局
第一章 緒言(绪言)
帝国主義は燎原の火也(帝国主义者燎原之火也)
○盛なる哉所謂帝国主義の流行や、勢い燎原の火の如く然り。世界万邦皆な其膝下に慴伏し、之を賛美し崇拝し奉持せざるなし。
盛矣哉!所谓帝国主义之流行也,势如燎原,不可向迩。世界万邦,皆慑伏于其膝下,赞美之,崇拜之,而奉持之。
○見よ英国の朝野は挙げて之が信徒たり、独逸の好戦皇帝は熾に之を鼓吹せり、露国は固より之を以て其伝来の政策と称せらる、而して仏や澳や伊や、亦た頗る之を喜ぶ、彼米国の如きすら近来甚だ之を学ばんとするに似たり。而して我日本に至っても、日清戦役の大捷以来、上下之に向って熱狂する、稈馬の軛を脱するが如し。
不见夫英国举朝野之信徒,德意志好战之皇帝,尽其势力而鼓吹之乎?俄国者,非自称其自昔传来之政策乎?若法也,澳也,意也,孰不热心于此乎?彼隔瀛海之美国,近亦弃其门罗主义而转其方针。至于我日本,自日清战役大捷以来,上下之狂热,如火如荼,如脱轭之悍马!
何の徳あり何の力ある(何德何力)
○昔者平時忠誇て曰く、平氏に非ざる者は人にして人に非ずと、今の時に於て帝国主義を奉持せざる者は、殆ど政事家にして政事家に非ず、国家にして国家に非ざるの観あり。彼れ其れ果して何の徳あり、何の力あり、何の貴重すべき有って、其流行の能く如此きを致せるや。
昔者夸平时忠者有言曰:“平氏者殆人而非人。”今之奉持帝国主义者,殆将作政事家而非政事家,国家而非国家观之。彼其果有何德何力何贵重而致其能流行如此也。
国家経営の目的(国家经营之目的)
○盖し国家経営の目的は、社会永遠の進歩に在り、人類全般の福利に在り。然り単に現在の繁栄に在らずして永遠の進歩に在り、単に小数階級の権勢に在らずして全般の福利に在り。而して今の国家と政事家が奉持せる帝国主義也者は、吾人の為めに幾何か這箇の進歩に資せんとする乎、幾何か這箇の福利を与えんとする乎。
夫经营国家之目的,在社会永远之进步,在人类全般之福利;彼之专团现在顷刻之繁荣,小数阶级之权势者,其于国家主义何如也?今日之国家之政事家奉持帝国主义者,果资吾人之进步者何在乎?与无吾人之福利者何在乎?
科学的智識と文明的福利(科学的知识与文明的福利)
○我は信ず、社会の進歩は、其基礎必ずや真正科学的智識に待たざる可らず、人類の福利は、其源泉必ずや真正文明的道徳に帰せざる可らず。而して其理想は必ずや自由と正義に在らざる可らず、其極致は必ずや博愛と平等に在らざる可らず。夫れ古今東西、能く之に順う者は栄う、松柏の凋に後るるが如く、之に逆う者は亡ぶ、春の夜の夢の如し。彼帝国主義の政策にして、果して此基礎源泉を有して、而して此理想極致に向って進む者ならしめん乎、此主義や実に社会人類の為めに天国の福音也、我は喜んで之が為めに執鞭の士たるを甘んぜん。
吾人之所深信而不疑者:欲求社会之进步,其基础必待夫“真正科学的智识”而后可,欲求人类之福利,其源泉必归“真正文明的道德”而后可;而其理想必在“自由”与“正义”而后可;而其极致必在“博爱”与“平等”而后可。夫古今东西,顺之者荣,如松柏之后凋;逆之者亡,如蒲柳之先槁。彼帝国主义之政策果有此基础源泉乎?果有此理想极致乎?如其然也,则此主义者实社会人类之天国福音也,虽为之执鞭,所欣慕焉。
○然れども若し不幸にして、帝国主義の勃興流行する所以の者は、科学的智識に非ずして迷信也、文明的道義に非ずして狂熱也、自由、正義、博愛、平等に非ずして、圧制、邪曲、頑陋、争闘なりしとせよ。而して仮に是等の劣情悪徳が、精神的に物質的に、世界万邦を支配すること如此にして止まずとせよ、其害毒の横流する所、深く寒心すべきに非ずや。
不幸而非如吾所言,则帝国主义之所以勃兴流行者,非科学的智识,实迷信也;非文明的道义,实狂热也;非自由、正义、博爱、平等,实压制、邪曲、顽陋、争斗也。而是等之劣情恶德,不至于支配世界万邦而不止,而“精神的”“物质的”皆受其传染,其毒害之所横流,非深可痛心者欤!
天使乎悪魔乎(天使乎恶魔乎)
焦頭爛額の急務(焦头烂额之急务)
○嗚呼帝国主義、汝が流行の勢力は、我二十世紀の天地を以て、寂光の浄土を現ぜんとする乎、無間の地獄に堕せんとする乎。進歩乎、腐敗乎、福利乎、災禍乎、天使乎、悪魔乎。其真相実質の如何を研究するは、我二十世紀の経営に任ずる士人に在て、焦頭爛額の急務に非ずや。是れ後進の不才自ら揣らず、敢て呶々の已むなき所以也。
呜呼!帝国主义,汝今日流行之势力,于我二十世纪之天地,将现寂光之净土乎?亦堕无间之地狱乎?进步乎?腐败乎?福利乎?灾祸乎?天使乎?恶魔乎?
其真相实质果如何,孰为细心而研究之?然而现在经营我二十世纪之人士,则以为此真焦头烂额之急务也。身列后进,不揣不才,呶呶不已,谁其听之!
第二章 愛国心を論ず(论爱国心)
其一
帝国主義者の喊声(帝国主义者之喊声)
○我国民を膨脹せしめよ、我版図を拡張せよ、大帝国を建設せよ、我国威を発揚せよ、我国旗をして光栄あらしめよ、是れ所謂帝国主義者の喊声也。彼等が自家の国家を愛するや深し。
膨胀我国民,扩张我版图,建设大帝国,发扬我国威,光荣我国旗,是所谓帝国主义之喊声也。彼等之爱国家之心亦深矣!
○英国は南阿を伐てり、米国は比律賓を討てり、独逸は膠州を取れり、露国は満洲を奪えり、仏国はファショダを征せり、伊太利はアビシニアに戦えり。是れ近時の帝国主義を行う所以の較著なる現象也。帝国主義の向う所、軍備、若くば軍備を後援とせる外交の之に伴わざるなし。
英国之伐南阿,美国之占菲律宾,德国之取胶州,俄国之夺满洲,法国之征呼亚锁达,意国之战马卑亚尼亚,是近日帝国主义推行较著之现象也。帝国主义之所向者惟军备;为军备之后援者,则外交伴之。
愛国心を経とし軍国主義を緯とす(爱国心为经军国主义为纬)
○然り其発展の迹に見よ、帝国主義は所謂愛国心を経となし、所謂軍国主義を緯となして、以て織り成せるの政策に非ずや。少くとも愛国心と軍国主義は、列国現時の帝国主義が通有の条件たるに非ずや。故に我は曰わんとす、帝国主義の是非と利害を断ぜんと要せば、先ず所謂愛国心と所謂軍国主義に向って、一番の撿覈なかる可らずと。
其见于发展之迹者,非以“所谓爱国心”为之经,以“所谓军国主义”为之纬,以织成之政策乎?名为爱国心,实则纯为军国主义者,非现时列国之帝国主义通有之条件乎?吾故曰:欲断帝国主义之是非利害,不可不先向其所谓“爱国心”所谓“军国主义”加一番之检核也。
愛国心とは何物ぞ(爱国心者何物乎)
○然らば則ち、今の所謂愛国心、若くば愛国主義とは何物ぞ、所謂パトリオチズムとは何物ぞ。吾人は何故に我国家、若くば国土を愛する耶、愛せざる可らざる耶。
然则今之所谓爱国心,若亦知爱国主义为何物?所谓“巴多尼阿斯母”为何物?吾人何故而择一地而认为我之国家?若国土者,果可爱耶,不可爱耶?
其二
愛国心と惻隠同情(爱国心与恻隐同情)
○盖し孩児の井に墜ちんとするを見ば、何人も走って之を救うに躊躇せざるべきは、子輿氏我を欺かず。若し愛国の心をして真に此孩児を救う底のシムパシー、惻隠の念、慈善の心と一般ならしめば、美なる哉愛国心や、醇乎として一点の私なき也。
夫孺子堕井,匍匐往救,不问其远与近也,不问其亲与疏也。子舆氏之言,不我欺矣!若真爱国心者,则救此孺子于井底之“洗木哈西”也,恻隐之念与慈善之心,油然而并茂。美哉爱国心!纯乎不杂一私者也。
○然れども思え、真個高潔なる側隠の心と慈善の念は、決して自家との遠近親疎を問わざること、猶お人の孩児の急を救うに方って、其我の子たると他の子たるを問わざるが如し。是故に世界万邦の仁人義士は、ツランスワールの為めに其勝利と復活を祈り、比律賓の為めに其成功と独立を祈れり、其敵国たる英人にして然る者あり。其敵国たる米人にして然る者あり。所謂愛国心は果して能く如此くなるを得る乎。
惟其然也,果有真正高洁恻隐之心与慈善之心者,决不以一己之远近亲疏而异之;亦犹人之救孺子,决不以己子人子而异之也。故世界万邦之仁人义士,必为支兰士瓦路而祈复活之胜利,必为菲律宾而祈其独立之成功,其视英人若敌国然者,其视美人若敌国然者,所谓爱国心者,果能如此否乎?
○今の愛国者や国家主義者は、必ずやツランスワールの為めに祈るの英人を以て、愛国の心なしと罵らん、比律賓の為めに祈るの米人を以て、愛国の心なしと罵らん。然り彼等或は愛国の心なかる可し、然れども高潔なる同情、惻隠、慈善の心は確に之れ有り。然らば即ち愛国心は、彼孩児を救う底の人心と一致せざるに似たり。
今之名为爱国心,实则纯为军国主义者。英人则必不为支兰士瓦路而祈胜利以损其爱国心,美人则必不为菲律宾而祈独立以损其爱国心,故谓彼等无爱国心则不可,然彼等究无高洁之恻隐心,慈善心;则其所谓爱国心,何其与救孺子之热念竟不一致也?
○然り我は所謂愛国心が、醇乎たる同情側隠の心に非ざるを悲しむ。何となれば愛国心の愛する所は、自家の国土に限れば也。自家の国人に限れば也。他国を愛せずして唯だ自国を愛する者は、他人を愛せずして唯だ自家一身を愛する者也。浮華なる名誉を愛する也、利益の壟断を愛する也。公と云う可けんや。私ならずと云う可けんや。
然则前之所谓爱国心者,醇乎与恻隐之心、慈善之心相背也。彼之所爱者,自家之国土限之也,自家之国人限之也;爱他国不若爱其自国,爱他人不若爱其自身也。爱浮华之名誉也,爱垄断之利益也,其果公乎?其果私乎?
望郷心(望乡心)
○愛国心は又故郷を愛するの心に似たり。故郷を愛するの心は貴ぶ可し。然れども亦甚だ卑しむ可き者有り。
爱国心者,又与爱故乡之心相似也。爱故乡之心虽可贵,然其原因,实有卑不足道者。
他郷に対する憎悪(对他乡之憎恶)
○誰か垂髫の時、竹馬に鞭つの時、真に故郷の某山某水の愛すべきを解する乎。彼等が懐土望郷の念を生ずるは、実に異郷他国なる者有るを解するの以後に非ずや。夫れ東西瓢蓬、壮心幾たびか蹉跎して転た人情の冷酷を覚るの時、人は少年青春の愉快を想起して旧知の故園を慕うこと切也。彼の風土甚だ身に適せず、食味甚だ口に適せず、知己の志を談ずるなく、父母妻子の憂を慰するなくして、人は故園を思うこと切也。彼等は故郷の愛すべく尊ぶべきが為めに思念するよりは、寧ろ唯だ其他郷の忌むべく嫌うべきが為めなる也。故郷に対する醇乎たる同情側隠に非ずして、他郷に対する憎悪也。失意逆境の人多く皆な然り、彼等他郷を憎悪せずんば、未だ曽て特に故郷を思慕せざる也。
垂髫之时,骑竹马,舞泥龙,果解故乡某山某水之可爱乎?既而远适异国,只影无俦,于是怀土望乡之念渐次而生,则以外感之激刺之也。夫东西篷飘,南船北马,热心壮志,几许蹉跎;世态炎凉,人情冷暖,无不躬焉历悉之;回忆惨绿少年,斗鸡走马,昔日之愉快,时复影现于其脑质中,故邱首之慕愈切。行旅艰难,风恶土异,停杯投箸,不能下咽;万人海里,无半面交,父母妻子之爱念,不禁其发达无极矣。故彼等之爱故乡,实由其嫌恶他乡而起;其对故乡非真有同情之恻隐与慈善,不过因对他乡有憎恶也,故惟失意逆境之人,此情最甚;彼等之有憎恶他乡愈甚,故其爱恋故乡之念亦独切。
○彼等は曰く、望郷の念は独り失意逆境の人のみならず、得意順境の人も亦た之れ有るに非ずやと。然り洵とに之れ有り。得意の人の故郷を思慕するは、其心事更に卑しむべき有り。彼等は即ち郷里の父老知人に向って其得意を示さんと欲するのみ。郷里に対する同情惻隠に非ずして、一身の虚栄也、虚誇也、競争心也。古人曰く、『富貴にして故郷に還らずんば錦を衣て夜行くが如し』と、是れ此一語、彼等が卑しむべき胸底の秘密を道破して燭照するが如きを見ずや。
虽然,爱恋故乡之念,亦不独失意逆境人也;得意顺境之人亦有之。然细察其所以然,得意人之思慕故乡,其心事更卑不足道。彼等不过欲炫其得意之事于其乡党之父老故旧耳,其对乡里果有同情之恻隐与慈爱乎?不过为其一身之私意而已!虚荣也,虚夸也,竞争心也,是私意之所专注也。古人之言曰:“富贵不归故乡,如衣锦夜行。”是语也,揭其秘密之隐衷,破其污秽之鄙念,已烛照而洞然矣。
○曰く大学を我地方に置かん、曰く鉄道を我地方に敷かん、是れ猶お可也。甚しきは即ち曰く、総務委員を我県より出さん、大臣を我州より出さん。彼等は一身の利益若くば虚栄を外にして、真に其郷里に対する同情慈愍の念に因て然る有る乎。有識の人や高潔の士や、之に対して果して一毫侮蔑の念なきことを得る乎。
今之爱恋故乡者曰:学校必立于吾之里,铁道必出于吾之郡,是犹可也。其甚者且曰:总务之委员必出于吾县,总务之大臣必出于吾州。彼等一身之利益,必不出于虚荣之外,其对里乡,果有同情之恻隐与慈爱乎?故有识之士,洞幽彻微,所不能不仰天而太息者也!
天下の可憐虫(天下之可怜虫)
○然り愛国心が望郷の念と其因由動機を一にすとせば、彼の虞芮の争いは愛国者の好標本なる哉、彼の触蛮の戦いは愛国者の好譬諭なる哉。天下の可憐虫なる哉。
惟其然也,故彼之爱国心,其原因动机,皆与其爱恋故乡之心而一辙;则彼虞芮之争,真爱国者之好标本哉!彼蛮触之战,真爱国者之好譬喻哉!呜呼!噫嘻!真天下之可怜虫哉!
虚誇虚栄(虚夸虚荣)
○於是乎思う、岩谷某が国益の親玉と揚言するを笑うこと勿れ、彼が東宮大婚の紀念美術舘に千円の寄附を約して其約を履まざるを笑うこと勿れ。天下の所謂愛国者、及び愛国心、岩谷某に於て只五十歩百歩の差のみ。愛国心の広告は唯だ一身の利益の為めのみ、虚誇の為めのみ、虚栄の為めのみ。
吾于是乎思:昔者岩谷某扬言于国益之亲玉(?),勿笑之矣;彼于东宫大婚之纪念美术馆,约千圆之附寄,卒履其约,勿笑之矣;天下之所谓爱国者及爱国心者,于岩谷某,亦五十步百步之差耳!吾请质言之:爱国心之广告者,唯一身之利益也,虚夸也,虚荣也,若是而已矣。
其三
羅馬の愛国心(罗马之爱国心)
○『党派あることなし、唯だ国家あるのみ』
"Then none was for a party,
Then all were for the State."
とは、古羅馬の詩人が誇揚し賛美せる所也。而も何ぞ知らん、是れ党派を利用するの智なかりしが為めのみ、国家あるが故に非ずして敵国敵人ありしが為めのみ。敵国敵人憎むべしという迷信ありしが為めのみ。
“何须分党派,惟知有国家。”
"Then none was for a party, Then all were for the state."
此古之罗马诗人之所夸扬赞美者也。何以知之?彼盖利用党派之智,非真知有所谓国家。彼知所谓国家者,为敌国敌人耳,为迷信而憎恶敌国敌人耳。
羅馬の貧民(罗马之贫民)
○我は見る、当時羅馬の貧困なる多数の農夫が、少数の富人と共に、或は富人に従って、所謂国家の為めに戦に赴けることを。而して我は見る、彼等が敵人と戦うや、勇猛奮進矢石を冒して身を顧みず、其忠義真に感ずるに堪えたることを。而して更に我は見る、彼等が幸いに戦捷ち身を全くして帰るの時は、即ち彼等が従軍の間に負える債務の為めに、直ちに奴隷の域に陥らしめらるるの時なることを。見よ彼の戦役の間、富者の田畝は常に其臣属奴僕の耕耘灌漑する所となるも、貧者の田は全く荒廃靡蕪に委するの已むなかりしに非ずや、而して債務は生ず、而して買れて奴隷となる。果して誰の咎ぞや。
吾非无所见而云然也,当时罗马之多数贫困农夫,养少数之富人,或从其富人赴其所谓国家之战事。吾又见其临战之时,勇猛奋进,冒矢石,躬兵革,而不顾身,其忠义感天地而泣鬼神。吾又见其彼等幸而战捷,全身归国时,其因从军而负之债务,积不能偿,遂自身陷于奴隶之域。吾且见其当战役之间,富者之田亩,当属其臣属奴仆任其耕耘灌溉,而贫者之田,全委于荒废靡芜,而债务由是而生,而自买为奴隶。呜呼!果谁之罪欤?
○彼等は羅馬の所謂敵国敵人を憎悪せり。然れども敵人が彼等に向って為す所の禍害ありとせば、是れ决して其同胞たる富者が彼等に向って為す以上には出でざるべし。彼等は敵人の為めに其自由を奪わるべし、其財産を奪わるべし、奴隷と為さるべし。而も彼等は現に其同胞の為めに爾く為されつつありしに非ずや。彼等想うて此に及ばざる也。
彼罗马国之所谓敌国敌人而憎恶之者,彼敌国敌人从为彼等之祸害,未必出于其同胞富者之上也。彼等为其憎恶敌国敌人之故,夺其自由,夺其财产,而陷于奴隶,果孰使平等而至于此乎?实由于其同胞之所谓爱国心而使之然者,此非彼等思想之所及也。
何等の痴呆ぞ(何等之痴愚)
○富者の戦うや、富益す多きを加え、奴隷臣従益す多きを加うる也。而して貧者は何の加うる所あらず、唯だ曰く、国家の為めに戦えりと。彼等は国家の為めに戦うて奴隷の境に沈淪するも、而も猶お敵人を討伐せりという過去の虚栄を追想して、甘心し満足し誇揚せる者、嗚呼是れ何等の痴呆ぞや。古羅馬の愛国心は実に如此くなりき。
富者因战而益富,因臣属奴仆之日益加多之故也;而贫者亦因之而益贫,诘其何以故,谁曰为国家之战事耳!彼等为国家之战事而沉沦于奴隶之境,而犹追想讨伐敌人过去之虚荣,以夸扬其勋业,以铭记其功名。呜呼!是何等之痴愚也!古罗马之爱国心,其实如此!
希臘の奴隷(希腊之奴隶)
○古希臘に於ける所謂ヘロットなる奴隷を見よ。事あれば兵たり、事なければ奴隷たり、而して或は彼等の強健度に過ぎ、彼等の人口増殖の度に過ぐるや、常に其主の為に殺戮せられたりき。而も彼等が其主の為めに戦うや、忠義実に比なかりき、勇敢実に比なかりき、曽て一たび戈を倒まにして其自由を得んと欲するなかりき。
于古希腊,吾又见有所谓耶罗德之奴隶者,既事于兵,又事于奴隶;而犹虑彼等身体强健之过度,彼等人口增殖之过度,为其主者任意催折而杀戮之;而彼等为其主而出战,勇敢实无比,忠义实无比,而曾不知一倒戈而恢复其天赋自主之权。悲夫!悲夫!
迷信的愛国心(迷信的爱国心)
○彼等の然る所以は何ぞや。唯だ其外国外人たる者、即ち彼等の所謂敵国敵人を憎悪し討伐するを以て、無上の名誉と信ずれば也、無上の光栄と信ずれば也。其虚誇たるを知らざれば也、其虚栄たるを悟らざれば也。嗚呼此迷信、彼等が所謂愛国心という虚誇的虚栄的迷信の固きは、実に腐敗せる神水を飲むの天理教徒に過ぐる者ある也。而して其害毒も亦た之に過ぐる有り。
彼等之所以然者何也?其于外国外人,即彼等之所谓敌国敌人,以为憎恶而讨伐之,误信为彼等之义务也,误信为无上之名誉也,误信为无上之光荣也,而不知其为虚夸也,而不悟其为虚荣也。呜呼!此等之迷信,彼等用以为虚夸虚荣;爱国心实不过饮腐败之神水之天理教徒也;而其毒害更有过之者。
愛憎の両念(爱憎之两念)
○怪しむ勿れ彼等が敵人を憎悪するの甚しきを。盖し欠陥なる人生、野獣に近き人生は、甚だ同仁なること能わず、博愛なること能わず。原始以来、愛憎の両念は常に紏縄の如く相纏い、鎖環の如く相連れる也。彼の野獣を見よ、彼等は猜々として同類相喰めり、而も一朝未だ相知らざる者に逢えば忽ち畏懼恐慌し、畏懼恐慌は即ち猜忌憎悪となり、猜忌憎悪は即ち咆哮となり、攻撃となり、前に相喰めるの同類は却て相結びて其公共の敵に抗争す。彼等の公共の敵に当るや、同類相互の親睦の状、掬すべき有り。彼等野獣は実に愛国心ある耶非耶。古代人類が蛮野の生活豈に之と遠からん哉。
然而彼等憎恶敌人之甚,亦不足怪也。盖人生当未开化之时,其智识去禽兽不远,无所谓同仁,无所谓博爱,自原始以来,爱憎之两念如纠绳之相缠,如环锁之相连也。不见夫禽兽之在原野者乎:爪搏牙噬,同类相残。而一旦与夙未相见者遇,忽而畏惧震恐;由畏惧震恐,即生猜忌憎恶;由猜忌憎恶,于是而咆哮,而争斗,而结其相残之同类,而抗争其公共之敌。彼等当其抗争公共之敌之时,其同类互相亲睦之状,怡然可掬,油然相亲。若彼等之禽兽,而谓其爱国心,是耶?非耶?古代人类,蛮野之生活,非若是哉!
○蛮人は実に同類相結んで、自然と戦えり、異種族と戦えり、彼等は所謂愛国心ある也。然れども知らざる可らず、彼等の団結や親睦愛憎の両や同情や、唯だ其敵を同じくせるに由れることを、唯だ其敵人に対する憎悪の反動なることを。病を同じくして始めて相憐の心ある者なることを。
蛮野人类之生活,同类相结,以其自然之战以战其异种族,彼等之所谓爱国心也。然其灼然可见者,彼等之团体,忽结亲睦之同情者,由其所遇之敌而生也;唯其对敌人有憎恶之反动,囚其同病而始有相怜之心。
好戦の心は動物的天性(好战之心者动物的天性)
○如此くんば、所謂愛国心は、即ち外国外人の討伐を以て栄誉とする好戦の心也、好戦の心は即ち動物的天性也。而して此動物的天性や、好戦的愛国心也、是れ実に釈迦基督の排する所、文明の理想目的の相容れざる所に非ずや。
惟其如此,则所谓爱国心者,即讨伐外国之外人之荣誉之好战心也。其好战心者,即动物的天性也。而此动物的天性,即好战的爱国心也。是非释迦、基督之所排,而文明理想之目的所不能容者欤?
○而も哀い哉、世界人民は尚お此動物的天性の競争塲裡に十九世紀を送過し、更に依然たる境涯を以て二十世紀の新天地に処せんとはする也。
哀哉!世界人民,尚能于此动物的天性之竞争场里,送过十九世纪也;近更依然无涯无涘以处二十世纪之新天地也!
適者生存の法則(适者生存之法则)
○社会が適者生存の法則に従って、漸く進化し発達し、其統一の境域と其交通の範囲も亦た随って拡大するに至るや、其公共の敵とせる異種族、異部落なる者、漸く减じて、彼等が憎悪の目的亦た失わる。憎悪の目的既に失うや、其親睦結合せる所以の目的亦た失わる。於是乎、彼等が一国、一社会、一部落を愛するの心は、変じて唯だ一身、一家、一党を愛するの心となる。曽て種族間、部落間に於ける蛮野なる好戦的天性は、即ち変じて個人間の争鬩となれり、朋党間の軋轢となれり、階級間の戦闘となれり。嗚呼純潔なる理想と高尚なる道徳の盛行せざるの間は、動物的天性の尚お除却し能わざるの間は、世界人民は遂に敵を有せざる能わず、憎悪せざる能わず、戦争せざる能わず。而して之を名けて愛国心と云い、之を称して名誉の行となせる也。
社会之公理,从“适者生存”之法则,进化日渐发达,其统一之境域,交通之范围,亦随之而扩大焉。于是公共之敌,异种族异部落者,亦渐减少,彼等憎恶之目的亦失;憎恶之目的既失,其所以结合亲睦之目的亦失,于是乎彼等之爱一国一社会一部落之心,变而为爱一身一家一朋党之心。其于种族间部落间野蛮之好战的天性,亦变而为个人间之争阋,朋党间之轧轹,阶级间之战斗。呜呼!当此纯洁理想高尚道德盛行之间,动物的天性,尚不能除却;而是时之世界人民,既无所敌,无所憎恶,无所战争,而惟竞争于无形,而名之曰爱国心,而称之为美誉之行,不其惑欤!
自由競争(自由竞争)
動物的天性の挑発(动物的天性之挑拨)
○嗚呼欧米十九世紀の文明よ、一面には激烈なる自由競争の、人心をして益す冷酷無情ならしむる有り、一面には高尚正義なる理想と信仰滔として地を掃う。我文明の前途洵とに寒心す可らずや。而して姑息なる政治家や、功名を好むの冒険家や、奇利を趁うの資本家は、之を見て即ち絶叫して曰く、四境の外を見よ大敵は迫れり、国民は其個人間の争闘を止めて、国家の為めに結合せざる可らずと、彼等は実に個人間に於ける憎悪の心を外敵に転向せしめて、以て各々為めにする所あらんとする也。而して之に応ぜざるあれば即ち責めて曰く、非愛国者也、国賊也と。知らずや所謂帝国主義の流行は実に這箇の手段に濫觴せることを、所謂国民の愛国心、換言すれば動物的天性の挑発に出でたることを。
呜呼!欧、美十九世纪之文明,果文明乎?一则自由竞争之激烈,人类不胜其惨酷之祸;一则高尚正义之理想信仰亦全堕地。我文明之前途,洵可寒心!而姑息之政治家,好功名之冒险家,趁奇利之资本家,有鉴于此,于是大声疾呼曰:“四境之外,大敌日迫;凡我国民,非亟止其个人之争斗而进而为国家之结合不可。”彼等遂移其个人间憎恶之心,转而向于外敌,以自遂其私图。苟有不应之者,却责之曰:“非爱国者也,是国贼也。”吾人而知所谓帝国主义之流行,实以若是之手段,为之滥觞也。所谓国民之爱国心者,质而言之:即动物的天性之所挑拨而出者也。
其四
洋人夷狄の憎悪(洋人夷狄之憎恶)
○自家愛す可し、他人憎む可し、同郷人愛す可し、他郷人憎む可し、神国や中華や愛す可し、洋人や夷狄や憎む可し、愛す可き者の為めに憎む可き者を討つ、是を名けて愛国心と云う。
爱自家可,憎他人不可;爱同乡可,憎异乡人不可;爱本国可,憎外人不可;为其所爱者而讨其所憎者,是可谓之为爱国心乎?
野心を達するの利器(达野心之利器)
○然らば即ち愛国主義は、憐れむ可きの迷信に非ずや、迷信に非ざれば好戦の心也、好戦の心に非ざれば虚誇虚栄の広告也、売品也。而して此主義や常に専制政治家が自家の名誉と野心を達するの利器と手段に供せらる。
然则爱国主义者,其最可怜者,非彼等迷信之咎乎?非迷信也,实好战之心也;非好战之心也,实为虚夸虚荣所实也。而此主义之推行,实专制政治家欲达其野心用为争夺之利器也。
○之を以て独り希臘羅馬の旧夢となすこと勿れ。愛国主義の近代に流行し利用せらるることは、上古中古よりも更に甚しき也。
希腊、罗马之旧迹,姑勿言之。而近代爱国主义之流行,较之上古中古而更甚矣。
明治聖代の愛国心(明治圣代之爱国心)
○想起す、故森田思軒氏が一文を艸して、黄海の所謂霊鷹は霊に非ずと説くや、天下皆な彼を責るに国賊を以てしたりき、久米邦武氏が神道は祭天の古俗也と論ずるや、其教授の職を免ぜられたりき、西園寺侯が所謂世界主義的教育を行わんとするや、其文相の地位を殆うくしたりき、内村鑑三氏が勅語の礼拝を拒むや、其教授の職を免ぜられたりき、尾崎行雄氏が共和の二字を口にするや、其大臣の職を免ぜられたりき。彼等皆な大不敬を以て罵られき、非愛国者を以て罪せられき。是れ明治聖代に於ける日本国民の愛国心の発現也。
昧昧我思之,昔森田思轩氏尝著一文,《黄海之所谓灵应者非灵说》,天下洶洶,皆以国贼责彼。久米邦武氏著《神道者祭天之古俗也论》而教授之职以免,西园寺侯欲行其所谓世界主义的教育,其文相之地位几殆;内村鑑三氏拒礼拜之勅语,亦免其教授之职。彼等皆以大不敬詈之,以非爱国者罪之,是明治圣代日本国民爱国心之所发现也。
○国民の愛国心は、一旦其好む所に忤うや、人の口を箝する也、人の肘を掣する也、人の思想をすらも束縛する也、人の信仰にすらも干渉する也、歴史の論評をも禁じ得る也、聖書の講究をも妨げ得る也、総ての科学をも砕破することを得る也。文明の道義は之を耻辱とす。而も愛国心は之を以て栄誉とし功名とする也。
国民之爱国心者,一旦忤其所好,可以箝人之口也,可以掣人之肘也,可以束缚人之思想也,可以干涉人之信仰也。历史之论评得禁之也,圣书之讲究得妨之也,科学的基础得破碎之也,译文明之道义则耻辱之;而是等之爱国心,可以邀荣誉博功名也。
英国の愛国心(英国之爱国心)
○独り日本の愛国心のみならんや。英国は近代に於て極めて自由の国と称す、博愛の国と称す、平和の国と称す。如此の英国すらも、曽て其愛国心の激越せるの時に於てや、自由を唱うる者、改革を請願する者、普通選挙を主張する者、皆を叛逆を以て問われしに非ずや、国賊を以て責められしに非ずや。
不独日本之爱国心为然也。英国者近代极称自由之国也,极称博爱之国也,极称平和之国也。以如此之英国而当其爱国心激越之时,而唱自由者,请愿改革者,主张普通选举者,非皆问以叛逆之罪乎?非皆责以国贼之名乎?
英仏戦争(英法战争)
○英国人が愛国心の大に発揚せる最近の事例は、彼等が仏国との戦争当時に如くは莫し。此戦争や一千七百九十三年大革命の際に初めて、爾後多少の断続ありしと雖も、延て一千八百十五年奈勃翁の覆没に至って大段落を成す。彼等は其時の近きと共に其思想も亦た今日の思想と相距る遠からず、彼等の所謂愛国心も今日の愛国主義と、其流行の事情と方法に於て、甚だ異なる所なき也。
英国人之爱国心,其大发扬最近之事例,莫如彼等与法国战争之时。此战争当1793年大革命之际,自后虽经多少之断续,延至1815年拿破仑之覆没,其大段落始成。彼等昔日之思想与今日之思想,其相距岂远乎?彼等之所谓爱国心者与今日之爱国主义,其流行之事情与方法,所无甚异也。
所謂挙国一致(所谓举国一致)
○仏国との戦争。唯だ此一事、此一語あるのみ。其原因の如何を問うこと勿れ、其結果の如何を議すること勿れ、是が利害を言うこと勿れ、是が是非を言うこと勿れ、言えば必ず非愛国者を以て責められん。改革の精神や、抗争の心や、批評の念や一時全く休止して、否な休止せしめられて、而して国内の党争は殆ど消滅に帰せり。彼コルリッヂ其人の如きすら、戦争の初年之を非議せしに拘らず、遂に戦争が国民を一致結合せしめたるを神に謝するに至れり。而して彼フォックスの一輩が、其平和と自由の大義を支持すること渝らず、議会の大勢回す可らざるを知て塲に列するなかりしが如きは、即ち之れ有りと雖も、而も議塲は一の党派的討論を見ざるに至れり。嗚呼当時の英国や実に挙国一致、我日本の政治家策士が喜んで口にする所の『挙国一致』、羅馬詩人の所謂『唯だ国家ある耳』盛なる哉。
英法战争时,当时英国之人民,惟此一事耳,惟此一语耳,其原因如何勿问也,其结果如何勿议也,其利害如何勿计也,其是非如何勿论也。苟有言者,必以非爱国者责之。改革之精神,抗争之热心,批评之宏议,一旦休止归于无何有之乡矣。而国内之党争,亦遂消灭。如彼哥鲁利志其人者,当战争之初年,亦颇非议之。既而国民结合一致,亦遂转其方针。又若呼阿志士一辈,以平和支持自由之大义,已久不渝;既知议会之大势不可挽回,亦不能守其宗旨。虽或有所表见,不能抵制议场中党派之攻讦。呜呼!当时之英国,实举国一致,我日本政治家策士口头称道而不置者也。“举国一致”者,即罗马诗人所谓“惟知有国家耳”,盛矣哉!
○然れども思え、此時英国民を挙げて、其胸中何の理想ある乎、何の道義ある乎、何の同情ある乎、何の『国家』ある乎。
然吾思之,是时举英国之民,其胸中果知何者为理想乎?何者为道义乎?何者为同情乎?何者为国家乎?
○彼れ英国民を挙げて、狂せる英国民を挙げて、有る所の者は、唯だ仏国に対する憎悪のみ、唯だ革命に対する憎悪のみ、唯だ奈勃翁に対する憎悪のみ。苟くも一毫革命的精神、若くは仏人の理想に関聯するの思想あらん歟、彼等は啻に之を嫌忌するのみならずして、競うて之を侮辱せるに非ずや、啻に之を侮辱するのみならず、群起して之を攻撃し、之が処罸に全力を注げるに非ずや。
当此之时,彼英国之民,举国若狂,叩其宗旨所在,惟对法国之憎恶耳,惟对革命之憎恶耳,惟对拿破仑之憎恶耳。果具有一毫之革命的精神,与法人之理想有关联之思想者,则彼等不但嫌忌之,且必竞相侮辱之;不但侮辱之,且必群起注全力而攻击之,而非难之。
罪悪の最高潮(罪恶之最高潮)
○於是乎知る、外国に対する愛国主義の最高潮は、内治に於ける罪悪の最高潮を意味することを、而して彼等愛国狂は即ち戦争の間大に発越せる愛国心が、戦後に於て何の状を現するやを見んと要す。
于是乎如对外国之爱国主义之高潮者,即其对内治罪恶之最高潮也;而彼等所谓爱国之狂热者,但于战争间以大发越其爱国心,至于战后之何状,非所计及也。
戦後の英国(战后之英国)
○戦後に於ける英国や、仏国に対する憎悪の狂熱稍や冷却し来ると共に、軍費の支出は停止せり、大陸諸国が戦役中、其工業界の攪乱せるが為めに特に英国に仰げるの需用は停止せり、英国の工業及び農業は、忽焉として一大不景気に襲われたり、次で来る者は下層大多数人民の窮乏なりき飢餓なりき。此時に於て彼れ富豪資本家や、果して一点の愛国心猶お存せし乎、彼等は果して一片の慈愍同情の念猶お存せし乎、挙国一致的結合親睦の心猶お存せし乎。彼等は其同胞の窮乏飢餓して溝壑に転ずるを見ること、宛も仇敵の如くなりしに非ずや、彼等が下層の貧民を憎悪するは、夐かに仏国革命及び奈勃翁を憎むに勝りしに非ずや。
试观战后之英国,其对法国憎恶之狂热,已觉稍冷;军费之支出者,亦遂停止。大陆诸国之在战役中者,其工业界之扰乱,仰于英国之需用亦绝焉。英国之工业及农业,亦随之而现一大衰颓之景象;而下等人民之穷乏饥饿者,遍于国中。至于此时,彼之富豪资本家,果有一丝爱国心犹存乎?果有一丝慈悲同情之念犹存乎?果有举国一致的结合亲睦之心犹存乎?彼等坐视其同胞之穷乏困饿,展转于沟壑者,漠然淡然,非如昔日憎恶仇敌之一辙乎?彼等憎恶下等之贫民,与其憎恶法国革命及拿破仑之念果有轻重乎?
ペートルロー(白多路罗)
○彼ペートルローの事に至っては、切歯に堪えたり。彼等は奈勃翁の軍をウォートルローに覆えして未だ久しきを経ざるに、議院改革を要求してペートルフィールドに集合せる多数の労働者を、蹂躙し虐殺せるに非ずや。時人ウォールローの戦に比して冷語してペートルローと呼ぶ者是れ也。ウォートルローに敵軍を破れるの愛国者は、今や一転してペートルローに其同胞を虐殺す。愛国心という者は真に其同胞を愛する心なる耶。所謂一致せる愛国心、結合せる愛国心は、征戦一たび了れば、国家国民に向って何の利益をか与うるや。見よ敵人の首を砕ける鋭鋒は、直ちに同胞の血を甞めんとす。
至若白多路罗之事,尤堪切齿。彼等既覆拿破仑军于乌阿德路罗之后,集合要求改革议院之多数劳动者于白多罗呼伊路德,悉蹂躏而虐杀之,时人称乌阿德路罗之战,冷语刺之呼为白多路罗者是也。既破敌军于乌阿德路罗,爱国者又一转念,复纵白多路罗而虐杀其同胞。彼之所谓爱国心者,真有爱其同胞之心否耶?所谓一致之爱国心结合之爱国心者,战尘方息,而于国家国民之利益,有过而问之者否乎?吾但见其国民碎首敌人之锋镝,空洒同胞之血以尝试之耳!
虚偽なる哉(虚伪哉)
○コルリッヂは戦争の為めに、国民の一致を神に謝せり、然れども此に至って一致なる者果して何処に在りや。憎悪の心は憎悪を生むのみ、敵国を憎むの心は直ちに国人を憎むの動物的天性のみ、ウォートルローの心は直ちにペートルの心のみ。虚偽なる哉、愛国心の結合や。
当哥鲁利志战争之始,大唱国民一致之主义,举国骚然。至于此际所一致者果何在乎?憎恶之心耳。以憎恶敌国人之心,转而为憎恶其国人之心,动物的天性果如是也。故乌阿德路罗之心者,直白多路罗之心也。虚伪哉!爱国心之结合,果如是哉!
其五
眼を独逸に一転せよ(一转眼而观德意志)
○姑らく英国を去て眼を独逸に一転せよ。故ビスマーク公は実に愛国心の権化也、独逸帝国は実に愛国神垂迹の霊塲也。愛国宗の霊験が、如何に赫然灼然たるかを知らんと欲せば、一たび此霊塲に詣ぜざる可らず。
英吉利之事,姑勿论之。谁更具慧眼一察德意志之情状乎?彼俾斯麦者,实爱国心之权威也。德意志帝国者,实爱国神垂迹之灵场也。爱国宗之灵验,其如何赫然灼然,世有欲睹其威灵者乎?试一诣此灵场也可。
○我日本の貴族軍人学者を初めとして、凡そ世界万国の愛国主義者、帝国主義者が随喜渇仰して措かざる独逸の愛国心は、古代希臘や羅馬や、及び近代英国の愛国心に比して、果して迷信ならざる乎、虚誇虚栄ならざる乎。
我日本之贵族军人之初学者,凡世界万国之爱国主义帝国主义,无不随喜渴仰不能措,而尤注意于德意志之爱国心。彼德意志之爱国心者,古代之希腊与罗马及近代之英国,皆无其比。果不迷信者谁乎?果不惑其虚夸虚荣者谁乎?
ビスマーク公(俾斯麦公)
○故ビスマーク公は寔とに圧伏の人豪也。彼の未だ起たざるに当ってや、紛々として分立せる北部日耳曼の諸邦は、同一言語の国民は必ず結合せざる可らずとせる帝国主義者の眼光より之を見ば、実に憫れむに堪たる者なりき。而して能く是等諸邦を打て一丸とせるビスマーク公の大業は、其光輝を千載に放てり。然れども知らざる可らず、彼等帝国主義者が諸邦を結合統一するの目的は、必しも之に依て実際に諸邦の平和と利益を冀うに非ずして、唯だ其武備の必要より生じ来れる者なるを。
故俾斯麦者实历代之人豪也。彼当未起之先,早已灼见北部日耳曼诸邦,纷纷分立,同一言语之国民,必非结合之不可;是故以帝国主意注射之,而竟能联合诸邦以成一致;俾斯麦之大业,诚光辉千载哉!然而不可不知者:彼等奉帝国主义以结合统一诸邦之目的,必非欲保诸邦实际之利益以冀其平和,惟生于武备之必要有断然者。
○彼の早く自由平等の理義を咀嚼して、仏国革命の壮観を羨望せるの人士に在ては、其触蛮の争いを止めて協同平和の福利を亨け、且つ外敵の侵寇に備うるが為めに、日耳曼の結合統一を企望するもの有りしや明か也、是れ甚だ可也。然れども実際の歴史は决して此種の企望に副わしめざりしを奈何せん。
在彼之早已咀嚼自由平等之义理,希望法国革命之壮观之人士,亦幸其暂止蛮触之争,而享协同平和之福利,且备外敌之侵寇,以企望日耳曼之结合统一,亦明甚矣。是可希望也,孰不可希望也?试观实际之历史,绝无副此种之企望者也,奈何?
日耳曼統一(日耳曼统一)
○若し日耳曼統一が、真に北部日耳曼諸邦の利益の為めに成されたりと言わば、彼等は何ぞ其多数が独逸語を話するの澳太利と結合するを為さざるや。之を為さざる所以は他なし、ビスマーク公一輩の理想は决して一般独逸人のブラザーフードに在らざれば也、諸邦共同の平和の福利に在らざれば也、唯だ普魯西彼れ自身の権勢と栄光に在りたれば也。
若日耳曼统一者,果为北部日耳曼诸邦之利益。则彼等何不以多数之德意志而语结合奥大利乎?彼之所以不为此者,俾士麦一辈之理想,决不在一般德意志人也,决不在诸邦共同平和之福利,惟在普鲁士与彼自身之权势与荣光耳。
無用の戦争(无用之战争)
○夫れ徹頭徹尾好戦の心を満足するの手段として結合提携を求むるは、是れ人の常性也。甲の朋友たるは乙の仇敵たるが故也、彼を愛するは此を憎むが為め也、彼の外国ということの為めに念慮を労するは、其安寧を欲するが故にあらずして、其覇権を誇揚せんと欲して也。俊才ビスマーク公は能く這個の人情に暁通せり。彼は実に此国民の動物的天性を利用して、其手腕を揮い来れる也。換言すれば彼は国民の愛国心を煽揚せんが為めに敵国と戦える也、自家に反対する諸種の理義評論を圧伏して、其希望せる愛国宗を創建せんが為めに、無用の戦争を挑発したる也。
夫彼之彻始彻终,以好战之心而旋其满足之手段以求结合提携者,是人之常性也。甲吾所亲昵,乙吾所仇敌也,爱彼者必憎此故也。彼为外国之敌,终日扰扰而无安宁,盖欲夸扬其霸权也。俊才如俾斯麦者,是等之情态,讵不知之?故其利用此国民之动物的天性以试其手腕。质而言之:无非煽扬彼之国民之爱国心,而与敌国挑战,借以压伏与己反对之义理评论,其希望则在创建其爱国宗,而因之以挑发无用之战争而已矣。
○然り彼れ日耳曼の統一者、獣力のアポストル、鉄血政策の祖師は、其深謀遠計の第一着手として、恣まに最弱の隣邦と戦えり。而して之に捷つや、国民中、迷信、虚栄、獣力を喜ぶの徒は、競うて彼れの党与となれり。是れ実に新独逸帝国の結合、新独逸愛国主義の発程なりき。
故彼日耳曼之统一者,实由其兽力(原注:犹言如禽兽,惟力是尚)之“亚波士德路”铁血政策之祖师,其深谋远计之第一著手,恣与最弱之邻邦苦战而大捷之;于是国民中迷信虚荣而喜兽力之徒,竞附于彼之党羽,是为新德意志帝国之结合,是为新德意志帝国主义之发程。
○第二に彼は他の隣邦に向って挑戦せり。此隣邦や前の隣邦よりも強かりき、然れども彼は敵の備えの完たからざるに乗ぜし也。而して所謂愛国心と所謂結合の精神は油然として、此新戦塲より隆興せり。而して其運動は一にビスマーク公自身の国なる普魯西と及び同国王の膨脹の為めに、巧みに利用せられ妙に指揮せられたりし也。
其第二策,彼于其余之邻邦而挑战,则此邻邦必较前之邻邦而强者,然彼必乘敌备之不完也。而所谓爱国心,所谓结合之精神,油然而生,而新战场之兴隆日盛,而其运动一以俾斯麦自身之国及同国国王之膨胀为之主,而独巧于利用妙于指挥也。
普魯西という一物(普鲁士之给合)
〔原注:普鲁西之一物〕
○彼は决して純乎たる正義の意味に於て、北日耳曼の統一を企てし者に非ず。彼は决して普魯西という一物を結合の中に溶化し湮滅するを許さざる也。彼の許す所は唯だ普魯西王国を盟主と為すの統一のみ、普魯西王をして独逸皇帝の栄光を冠せしむるの統一のみ。誰か言う、北日耳曼の統一は国民的運動也と、彼等国民が虚誇と迷信の結果なる愛国心は、全く一人の野心功名の為めに利用されたるに非ずや。
彼决非纯乎正义之意味以企化日耳曼之统一者,彼亦非欲普鲁士于结合之后熔化而没残者,彼之所在,惟在普鲁士王国为统一之盟主,普鲁士王为统一德意志皇帝之荣光。故识者断之曰:普鲁士之统一者,国民的运动也。彼等国民以虚夸与迷信之结果之爱国心,而全为一人之野心于功名者而利用之,不其然欤?
中古時代の理想(中古时代之理想)
○ビスマークの理想や、実に中古時代未開人の理想たるを免れず。而して彼が其陳腐野蛮の計画にして能く成功するを得たる所以の者は、社会の多数が道徳的に心理的に、未だ中古時代の境域を脱出すること能わざるに由るのみ。然り多数国民の道徳は猶お中古の道徳也、彼等の心性は尚お未開の心性也、唯だ彼等自ら欺き人を欺かんが為めに、近世科学の外皮を以て掩蔽するに過ぎざるのみ。
俾斯麦之理想,实不免中古时代未开化人之理想。而彼之陈腐野蛮之计划竟能成功者,则以社会之多数之道德的心理的,尚未脱出中古时代之境遇也。故多数国民之道德,犹中古之道德也;彼等之心性,尚未开化之心性也;唯彼等自欺而欺人,不过仅借近世科学之外相似自掩蔽耳。
普仏戦争(普法战争)
○彼や既に無用の師を起すこと二回、能く成功せり。而して第三回の師を起さんが為めに、孜々として鋭を養い耽々として其機を待てり。機は到れり、彼は、再び他の強国の備えの完たからざるに乗ぜり。嗚呼普仏の大戦争。此戦や危道の尤も危なる者、凶器の尤も兇なる者、而も彼れビスマークに在ては大成功。
故彼起无用之师者,已二次矣,幸能成功。而其第三次之起师,孜孜养锐,眈眈以待其机,其机既至,则彼再乘他强国之不备而猛击之。呜呼!普法之大战争,尤为危道之尤危者,凶器之尤凶者,而彼俾斯麦竟幸而成大功。
○普仏戦争は、北日耳曼諸邦をして普魯西の足下に拝跪せしめたり、彼等諸邦をして一斉に普魯西国王独逸皇帝を奉祝せしめたり。唯だ普魯西国王の為め也、ビスマークの眼中之れ有るのみ、豈に同盟国民の福利あらんや。
普法战争之捷后,北日耳曼诸邦皆拜跪于普鲁士之足下;其余诸邦遂奉祝普鲁士国王而为德意志之皇帝;此其结果,孰非为普鲁士之国王乎?故彼俾斯麦之眼中,岂知有同盟国之福利哉!
○故に我は断ず、独逸の結合は正義なる好意同情に由るに非ざる也。独逸国民が屍の山を踰え血の流を渉ると、鵞鳥の如く野獣の如く、以て其統一の業を挙げたるは、唯だ敵国に対する憎悪の心の煽揚されしに由るのみ、我勝の虚栄に酔えるに由るのみ。是れ大人君子の与する所なる乎。
故自吾而断之,德意志之结合,非由正义之好意同情也。德意志之国民,积尸逾山,流血成海,如鸷鸟,如猛兽,以成其统一之业者,果何由也?由其煽扬彼国民对敌国之憎恶心,由其醉于战胜之虚荣。世之大人君子,能无痛心疾首乎?
○而も彼等国民の多数は自ら誇って以為らく、我独逸国民が天の寵霊を享くる、世界各国孰か能く企及する者有らんやと。世界各国民の多数も亦た驚嘆して曰く、偉なる哉、国を為す者宜しく如くなる可き也と。日本の大勲位侯爵も亦随喜して曰く、我も亦た東洋のビスマーク公たらんと。従来英国の立憲政治が世界に有せし光栄は、忽焉として去て普魯西軍隊の剣欛に移れり。
而彼等国民之多数辄举此自夸,以为我德意志国民享上天之宠灵,世界各国,孰有能企及之者?世界各国民之多数,亦从而惊叹曰:“伟矣哉!为国者宜如是而后可也。”日本之大勋位侯爵亦随喜曰:我亦东洋之俾斯麦公也。于是变其自来英国之立宪政治之有世界之光荣者,忽焉而移为普鲁士军队之剑梢,悲夫!
愛国的ブランデー(爱国的呼兰德)
○国民が国威国光の虚栄に酔うは、猶お個人のブランデーに酔うが如し。彼れ既に酔う、耳熱し眼昧みて気徒らに揚る、屍山を踰えて其惨なるを見ざる也、血河を渉りて其穢なるを知らざる也。而して昂々然として得意たる也。
国民之醉于国威国光之虚荣,亦犹夫己氏之醉于俾斯麦也。彼既醉心于此,耳为之热,目为之眯,意气蓬勃,直往无前,积尸逾山,不见其惨也,流血成海,不知其秽也,而徒昂昂然自鸣其得意也。
柔術家と力士(柔术家与力士)
○国民が武力優れて戦闘に長ずという名声を得るは、猶お柔術家の免許皆伝を得たるが如し。力士の横綱を張れるが如し。柔術家や力士や唯だ其敵手を殪す耳、技此に止る耳、若し敵手なくんば、何の利益ある乎、何の名誉ある乎。独逸国民の誇りは唯だ敵国を敗る耳、若し敵国なくんば何の利益ある乎、何の名誉ある乎。
国民之欲以优武力长战斗而弋声名者,亦如柔术家与力士,唯欲殪其敌手耳,技止此也。若非吾之敌手者,果有何利益乎?果有何名誉乎?德意志国民之所以自夸者,惟败敌国耳;若非敌国,果有何利益乎?果有何名誉乎?
○柔術家と力士がブランデーに酔て、其技能と力量を誇るを見て、人は更に彼等の才智、学識、徳行を信ずるを得べき乎。国民が戦争の虚栄に酔て其名誉と功績を誇るを見て、他の国民は更に彼等の政治、経済、教育に於ける文明的福利を与うるを信じ得べき乎。独逸の哲学は尊崇すべし、独逸の文学は尊崇すべし、而も我は决して独逸の所謂愛国心を賛美する能わず。
柔术家与力士之醉于呼兰德,不过欲夸其技能力量耳;至于彼等之才智学识德行,谁复尊而敬之乎?国民之醉战争之虚荣者,不过欲夸其名誉与功绩耳;至于彼等之政治经济教育,凡文明的之福利,谁复研究之乎?不尊崇德意志之哲学,不尊崇德意志之文学,而独尊崇德意志之所谓爱国心,吾不能从而赞美之也。
独逸現皇帝(德意志现皇帝)
○今やビスマーク公の補佐せる皇帝や、ビスマーク公彼自身や、皆な既に過去の人となれり。然れども銕血の主義は猶お現皇帝の頭上に宿れり、愛国的ブランデーは猶お現皇帝を酔しめつつあり。現皇帝の戦争を好み、圧制を好み、虚名を好むや、夐かに奈勃翁一世に過ぐ、更に夐かに奈勃翁三世に過ぐ、尨然たる大国民は今に於て、尚お血を以て購える結合統一という美名の下に、此年少圧制家の駆使に甘じつつある也。而して所謂愛国心は尚お甚だ熾ん也。然れども是れ豈に永遠の現象ならん哉。
彼俾斯麦辅佐之皇帝,与彼俾斯麦之一身,皆将为过去之人矣。然彼之铁血主义犹印于其皇帝之脑质中,爱国的呼兰德犹醉于其皇帝之脑筋内,而彼皇帝之好战争,好虚名,好压制,不让于拿破仑一世,不让于拿破仑三世。而彼庞然之大国民者,犹诩诩然夸其以血轮之结合,统一之美名,而甘为此少年压制家所驱使也。而所谓爱国心者,依然犹甚炽也;然而是岂永远之现象哉?
近世社会主義(近世社会主义)
○見よ愛国心の弊毒は既に絶頂に達せり、マクベスの暴虐極まるの時に、森林の撼きて迫り来れるが如く、恐るべき強敵は既に土を捲て来れるに非ずや。此強敵や迷信的に非ず理義的也、中古的に非ず近世的也、狂熱的に非ず組織的也、而して其目的や彼愛国宗及び愛国宗の為せる事業を尽く破壊するに在り。之を名けて近世社会主義と云う。
爱国心之弊毒,既已达其极点;则马克斯曰士之暴虐,亦达其极点之时,则反动之力,突然而起;吾恐其强敌,将有卷土而来之势矣。然吾之所谓强敌者,非迷信的,实义理的也;非中古的,实近世的也;非狂热的,实组织的也;而其目的,则在尽破坏其爱国宗及爱国的所为之事业而后已。是即近世名为社会主义云。
○古代の蛮野的にして且つ狂顛的なる愛国主義が、近代文明の高遠なる道義と理想を圧伏し去ること、今後も猶おビスマーク公当時の如くなるを得るやは、現世紀の中葉を待て决す可し。而も独逸の社会主義が隆然として勃興し、愛国主義に向って激烈なる抵抗を為せるを見ば、如何に戦勝の虚栄と敵国の憎悪より生ぜる愛国心が、一毫も国民相互の同情博愛の心に益する所なきを知る可らずや。
古代之野蛮的与狂颠的爱国主义,将为近代高远之文明道义与理想所压伏。今日而后,犹欲如俾斯麦之时,不可再得矣。到以理想之制胜,即在现世纪之中叶,可决而待也。故德意志之社会主义,隆然而勃兴,将与爱国主义而为激烈之抵抗;则彼惑于战胜之虚荣与憎恶敌国之爱国心,不复能煽诱其国民,断可知也。
哲学的国民
○吁鳴極めて哲学的なる国民をして、各種の政治的理想中、極めて非哲学的なる事態を演ぜしめたるはビスマーク公の大罪也。ビスマーク公若し微りせば、独り独逸のみならず、独逸を宗とせる欧洲列国の文学、美術、哲学、道徳は、如何に進歩し如何に高尚なる可かりしぞ、曷んぞ狺々相喰む豺狼の態を、廿世紀の今日に存せんや。
呜呼!以极哲理的国民,具各政治的理想,而演极非哲理的事态,此俾斯麦之大罪也。若无俾斯麦,岂独德意志,凡宗德意志之欧洲列国,其文学,美术,哲学,道德,其进步何如,其高尚何如,何至而为狺狺相噬豺狼之态,尚存于二十世纪之今日也?
其六
日本の皇帝(日本之皇帝)
○日本の皇帝は独逸の年少皇帝と異り。戦争を好まずして平和を重んじ給う、圧制を好まずして自由を重んじ給う、一国の為めに野蛮なる虚栄を喜ばずして、世界の為めに文明の福利を希い給う。决して今の所謂愛国主義者、帝国主義者に在らせられざるに似たり。然れども我日本国民に至っては、所謂愛国者ならざる者寥々として晨星也。
日本之皇帝与德意志之年少皇帝,本大异者也。不好争战而重和平,不好压制而重自由,不为一国而喜野蛮之虚荣,为世界而希文明之福利,决不知今之所谓爱国主义者即野蛮之帝国主义也。何以我日本之国民知所谓爱国者,寥寥如晟星也?
○我は断じて古今東西の愛国主義、唯だ敵人を憎悪し討伐するの時に於てのみ発揚する所の愛国心を賛美すること能わざるが故に、亦た日本人民の愛国心を排せざる能わず。
吾鉴夫古今东西之爱国主义,唯以憎恶敌人为目的而讨伐之,是即爱国心之所发扬也,吾所不敢赞美者也。则日本人民之爱国心,亦不能不排斥之也。
故後藤伯(故后藤伯)
○故後藤伯は、曽て一たび日本国民の愛国心の煽揚を試みて、国家の『危急存亡』の秋なることを呼号せり。天下の愛国の士翕然として之に趨る、草の風に偃すが如くなりき。而して伯は突如として廟廊に曳裾せり、大同団結は消て春夢と一般也。当時に於ける日本人の愛国心という者は、其実愛伯心に非ざりし耶非耶。
故后藤伯者,曾一试煽扬日本国民之爱国心,以“国家当存亡危急之秋”大声而疾呼之,天下爱国之士,翕然而趋,如风偃草。而后藤伯突然而忽曳裾廊庙,当时所谓大同团结者,倏然如春梦之无痕也。当时日本人之所谓爱国心,其实为“爱伯心”,是耶?非耶?
○否な後藤伯を愛するに非ざる也、藩閥政府を憎みたれば也。彼等の愛国の心は憎悪の心也、同舟風に遭えば呉越も兄弟たり、此兄弟や豈に賛歎を値いする者ある乎。
否则非爱后藤伯也,憎藩阀政府也。彼等之爱国心,直憎恶之心也。同舟遇风,虽吴越如兄弟,此兄弟者,岂值一赞叹者乎!
征清の役(征清之役)
○日本人の愛国心は、征清の役に至りて其発越坌湧を極むる振古曽て有らざりき。彼等が清人を侮蔑し嫉視し憎悪する、言の形容すべきなし、白髪の翁媪より三尺の嬰孩に至るまで、殆ど清国四億の生霊を殺し殲して後甘心せんとするの慨ありき。虚心にして想い見よ、寧ろ狂に類せずや、寧ろ餓虎の心に似たらずや、然り野獣に類せずや。
日本人之爱国心者,至中日之战,其发越坌涌,振古所未曾有。彼等之憎恶中国人,侮蔑嫉视之状,非言语所能形容。自白发之翁媪至三尺之婴孩,咸有歼杀中国四亿生灵而后甘心之慨。静言思之,宁非类狂?如饿虎然,如野兽然,宁不悲哉!
獣力の卓越(兽力之卓越)
○彼等果して日本の国家及び国民全体の利益幸福を希うという、真個同情相憐の念あって然りし乎。否な唯だ敵人を殺すの多きを快とせしのみ、敵の財を奪い敵の地を割くの多きを快とせしのみ、我獣力の卓越せるを世界に誇らんと欲せしのみ。
彼等果希日本之国家及国民全体之利益幸福,真个抱同情相怜之念而然乎?否则惟多数敌人之为快,多夺敌财之为快,多割敌地之为快,以我国兽力之卓越夸于世界乎?
○我皇上の師を出し給いしは、洵に古人の所謂荊舒惟れ膺ち戎狄惟れ懲さんが為めなりしならん、真に世界の平和の為め、人道の為め、正義の為めなりしならん。而も如何せん、之が為め煽起されたる愛国心の本質は憎悪也、侮蔑也、虚誇也。征清役の功果を以て如何に国民全般の有形無形を利すべきかに至っては、一毫想い及ばざりし所に非ずや。
我皇上出师之初,洵古人所谓荆舒是膺、戎狄是惩也,真为世界之平和也,为人道也,为正义也;岂知与彼等等煽起爱国心之本质,殊相反对也,憎恶而已矣,蔑侮而已矣,虚夸而已矣。至于东征之功果如何,与全般国民有形无形之利,未尝一毫计及也。
砂礫を混ずるの缶詰(斟酌混沙砾而贩鑵诘)
〔混沙砾之鑵诘〕
○夫れ一面に於て五百金千金を恤兵部に献ぜるの富豪は、一面に於て兵士に販るに砂礫を混ずるの缶詰を以てす、一面に於て死を期せりと称するの軍人は、一面に於て商人の賄賂を収むること算なし、之を名けて愛国心と云う。怪しむなき也、野獣的殺伐の天性が其熱狂を極むるの時、多くの罪悪の行わるるは必至の勢いなれば也。是れ豈に皇上の大御心ならん哉。
故于是役之结果,一面收恤兵部之重资于富豪(或五百金,或千金),一面择兵士混砂砾而贩罐诘,一面促军人之死期,一面索商人之贿赂,以是而名为爱国心,诚的怪也!野兽的杀伐之天性,其狂热至极之时,必有贯盈之罪恶,亦必至之势也,是岂皇上出师之初心哉?
日本の軍人(日本之军人)
○日本の軍人が尊王忠義の情に富めるは真に掬すべき有り。然れども彼等の尊王忠義の情が、文明の進歩と福利の増加に於て、幾何の貢献する所あるやは問題也。
日本之军人,富于尊王忠义之性,诚可掬也!然彼等尊王忠义之性,于文明之进步,福利之增加,究有几何之贡献?是亦一问题也。
我皇上の為め(为我皇上)
○団匪の乱、太沽より天津に至るの道路険悪にして我軍甚だ艱む、一兵卒泣て曰く、我皇上の為めにあらずんば、此艱苦に堪えんよりは寧ろ死するに如かずと。聞く者涙を堕さざるなし。我亦之が為めに泣く。
义和团之乱,自大沽至天津道路险恶,军行甚艰,一兵士泣曰:“为我皇上而经此万苦,曽不如死!”闻者堕泪,我亦为之堕泪!
(译者详:译至前节我皇上等语,窃怪日本人之奴隶性质,何其重也!既而译至此节,乃恍然曰:“著者之意深哉!”)
誤訳
(訳者詳:前の節の我が皇上等の語句までを訳して、私は日本人の奴隷的性質を内心奇怪に感じ、その性質がなんと深刻なのだろうと思った。それからこの節(次の節)まで訳して、ようやくはっと悟り、「著者の意深い哉」とひとりごちた。)
○可憐の兵士、我は彼が皇上の為めと言うて、正義の為めに、人道の為めに、同胞国民の為めにと言わざるを責めざるべし。彼れは平生其家庭に学校に兵営に於て、彼の一身が唯だ皇上に捧ぐべきことを教訓せられ命令せられて其の他を知らざれば也。スパルタの奴隷は自由あるを知らず、権利あるを知らず、幸福あるを知らず、其主の為めに駆使され鞭撻され、而して戦に赴て死す、戦に死せずんば即ち其主に殺戮さる、自ら誇て以為らく国家の為め也と。我は史を読んで常に彼等の為めに泣けり、今此の心を以て亦我兵士の為めに泣く。
呜呼!彼兵士之言,诚可泣哉!为我皇上之言,为正义乎?为人道乎?为同胞国民乎?言者不足深责,彼生平其于家庭学校兵营,彼一身惟奉皇上之教训命令,不知其他。斯巴路德之奴隶,不知自由,不知权利,不知幸福,为真主驱使鞭挞而赴战死,战而不死,即为其主所杀戮,自夸以为为国家也。吾读史而常为彼等泣,今本此心亦为我兵士泣!
○然れども今はスパルタの時代に非ず、我皇上は自由と平和と人道を重んじ給う、豈に其臣子をしてへロットたらしむるを希い給わんや。我は信ず、我兵士をして、皇上の為めと言うよりは、寧ろ進んで人道の為め正義の為めと言わしめば、是れ皇上の嘉納し給う所なるを、是れ真に勤王忠義の目的に合する者なるを。
然而今日非斯巴路德之时代也,我皇上既重自由平和人道,岂其臣子犹希夫耶罗德乎?吾不信之。我兵士为皇上之言,(宁)不进而为为人道为正义之言,以冀皇上之嘉纳,(是真)合于尊王忠义之目的也。
孝子的娼婦(孝子的娼妇)
○父母兄弟の困厄を救わんが為めに、或は盗を為す者あり、或は娼婦となる者あり、身を危し名を汚し、延て其父母兄弟家門を累するに至る、中古以前に於ては是を賛美せり、文明の道徳は、唯だ其心事を悲しみ其愚を憫れむも、决して其非行を恕せざる也。忠義の心や善し、皇上の為めや善し、而も正義と人道は我知る所に非ずと言わば、是れ野蛮的愛国心也、迷信的忠義也、何ぞ彼孝子的娼婦盗賊と異ならん。
为救其父母兄弟之困厄,或为盗贼,或为娼妓,老身谓名污,延累其父母兄弟之家门,于中古以前,是所赞美也;然而以文明之道德律之,惟悲其心事而悯其愚,决不恕其非行也。忠义之心善,为皇上亦善,而于正义人道非彼所知也,是野蛮的爱国心也,迷信的忠义也,何异于彼孝子的盗贼娼妓哉?(原注:孝子的盗贼娼妓,言因欲为孝行而陷于盗贼娼妓者。)
○我は哀しむ、我軍人の忠義の情と愛国の心が、未だ甚だ文明高尚の理想と合せざるあるを、猶お甚だ中古以前の思想を脱せざる者あるを。
吾哀(甚)夫我军人忠义之情爱国之心未合于文明高尚之理相也,犹未脱中古以前之思想也。
軍人と従軍記者(军人与从军记者)
○彼等軍人が其忠義の情、愛国の心の旺なるに反して、同胞人類の為めという同情の絶て之れ無きは、新聞記者待遇の一事に見るべし。北清の役、彼等が従軍の記者を遇するや、其冷酷を極めたりき。彼等は記者の食なきを省みざりき、記者の宿するに地なきを省みざりき、記者の病めるを省みざりき、其生命の危険なるを省みざりき、曰く是れ我関する所に非ずと、而して之を嘲罵し之を叱斥する、恰も奴僕の如くなりき、恰も敵人の如くなりき。
彼等军人,其忠义之情爱国之心虽炽,而于同胞人类则绝无同情之感。即以待遇新闻记者之一事而可见之:北清之役,彼等遇从军之记者,极其冷酷。记者之食不加省,记者之宿不加省,记者之病不加省,其生命危险亦不加省,曰:“是非我之所关也。”而嘲骂之叱斥之,如奴仆然,如敌人然。
○軍人は国家の為めに戦うと云う。従軍記者も亦我国家の一人に非ずや、同胞の一人に非ずや、而も之を愛護するの念なき何ぞ如此く甚しきや。彼等の所謂国家とは、唯だ皇上あるのみ、軍人自身あるのみ、其他を知らざれば也。
军人者,为国家之战而设者也;彼从军之记者,非亦我国家之一人乎?非同胞之一人乎?而爱护之念如此其薄也。彼之所谓国家者,唯皇上耳,唯军人之自身耳,其他非所知也。
○我四千万衆は領を引て我軍の安危如何を知らんと要し、足を翹て我軍の勝敗如何を聞かんと望む、従軍の記者が矢石を冐し死生の途に出入する者、豈に啻其新紙部数の加倍するのみに在らんや、彼等は実に我四千万衆の渇想の情を満足せしめんと欲すれば也。而も軍人は之を以て無用となせり、其四千万国民に対する一点の同情なきを知る可らずや。
我四千万众之国民,引领而望我军之安危何如,翘足而待我军之胜败何如,从军之记者,冒矢石,出入死生之途者,岂但在其新闻纸之加倍销售哉?彼等实欲慰我四千万众之渴想,偿其满足之愿也。而军人以之为无用,其对四千万国民,无一点之同情,亦可知矣!
眼中国民なし(日本之国民)
○封建時代の武士は、国家を以て武士の国家なりとせり、政治を以て武士の政治なりとせり、農工商人民は之に与かるの権利なく又義務なしと思惟せり。今の軍人も亦た国家を以て、皇上及び軍人の国家なりと為せる也、彼等は国家を愛すと云うと雖も、其眼中軍人以外の国民あらんや。故に知る愛国心の発揚は、其敵人に対する憎悪を加うるも、决して同胞に対する愛情を加うる者に非ざることを。
封建时代之武士,国家以为武士之国家,政治以为武士之政治,农工商人民,绝不与其权利及其义务焉。今之军人者,亦以国家为皇上及军人之国家也,彼等虽曰爱国家,其目中绝无军人以外之国民。故知爱国心之发扬者,其对敌人既加憎恶,其对同胞亦决非稍加爱情者也。
愛国心発揚の結果(爱国心发扬之结果)
○国民の膏血を絞りて軍備を拡張し、生産的資本を散じて不生産的に消糜せしめ、物価の騰昂を激成して輸入の超果を来さしむ、曰く国家の為め也と。愛国心発揚の結果は頼母しき哉。
绞国民之膏血以扩张军备,散生产的资本以消糜于不生产的,激成物价之騰昂,而来输入之超过,曰为国家也;爱国心之发扬之结果,真无奈之母哉!
○多く敵人の生命を絶ち、多く敵人の地と財とを利して、而して政府の歳計は却て之が為めに二倍し三倍す、曰く国家の為め也と、愛国心発揚の結果は頼母しき哉。
绝无数敌人之生命,破无数敌人之财利,而政府之岁计,亦因之而二倍三倍焉,曰为国家也;爱国心发扬之结果,真无赖之母哉!
其七
愛国心の物たる如此し(爱国心果为何物)
我は以上説く所に依て、所謂パトリオチズム即ち愛国主義若くば愛国心の何物たるかを、略ぼ解し得たりと信ず。彼は野獣的天性也、迷信也、狂熱也、虚誇也、好戦の心也、実に如此き也。
吾以上所述,所谓“巴多尼阿士母”即爱国主义者。而爱国心果为何物,则亦略为解释之。质而言之曰:“彼野兽的天性也,迷信也,狂热也,虚夸也,好战之心也,如此而已矣。”
人類の進歩ある所以(人类之进步)
○言うこと勿れ、是れ人間自然の性情にして之れ有る遂に已むを得ざる也と。思え自然より発生し来れる諸種の弊毒を防遏するは是れ正に人類の進歩ある所以に非ずや。
然而所以然者,是亦人间自然之性情所不得已者也,而欲防遏自然发生诸种之毒弊,非赖人类之进步不可。
○水は停滞して動かざる久しければ即ち腐敗す、是れ自然也、若し之を流動せしめ疎通せしめて以て其腐敗を防がば、是れ自然に忤うとなして咎むべき乎。人の老衰して疾病に罹るは自然也、之に薬を投ずるは自然に忤うとなして責むべき乎。禽獣や魚介や草木や、其生るるや自然に委す、其死するや自然に委す、其進化し若くば退歩する亦た自ら之を為すに非ずして自然に委するのみ。若し人自然に随うを以て能事畢ると為さば、直ちに禽獣、魚介、草木のみ、人たるに在らんや。
不见夫水乎?洋洋浩浩,天然流动之物也;停滞而不动,腐败随之矣,是自然也;流动之,疏通之,所以防其腐败也,而可咎其忤自然之性乎?禽兽也,鱼介也,草木也,其生委诸自然也,其死委诸自然也;若进化若退步,无不委诸自然也;若人而随自然,以为能事己毕,直禽兽鱼介草木而已矣!而可谓之为人乎哉?
○人は自ら奮って自然の弊害を矯正するが故に進歩ある也。尤も多く自然の慾情を制圧するの人民は、是れ尤も多く道徳の進歩せる人民也、天然物に向って尤も多くの人工を加えたるの人民は、是れ物質的に尤も多く進歩せるの人民也。文明の福利を享けんとする者は、実に自然に盲従せざるを要す。
所贵乎人者,能奋然而矫正自然之弊害,而进步也;故能压制自然情欲之人民,则必为道德的进步之人民;能加人工于天然物之人民,则必为物质的进步之人民。享文明之福利者,万不能盲从夫自然者也!(盲从,犹言贸贸然而听其自然,如盲者之听从于人也。)
進歩の大道(进步之大道)
○故に知れ、迷信を去て智識に就き、狂熱を去て理義に就き、虚誇を去て真実に就き、好戦の念を去て博愛の心に就く、是れ人類進歩の大道なることを。
故知去迷信而就智识,去狂热而就义理,去虚夸而就真实,去好战之念而就博爱之心,是人类进步之大道也!
○故に知れ、彼野獣的天性を逸脱すること能わずして、今の所謂愛国心に駆使せらるるの国民は、其品性の汚下陋劣なる、况して高尚なる文明国民を以て称す可らざる者なることを。
不能脱逸彼野兽的天性,而为今之所谓爱国心所驱使之国民,其品性之污下陋劣,日甚一日,更安有称为高尚文明国民之一日乎?
○故に知れ政治を以て愛国心の犠牲となし、教育を以て愛国心の犠性となし、商工業を以て愛国心の犠牲となさんと努むる者は、是れ文明の賊、進歩の敵、而して世界人類の罪人たることを。彼等は十九世紀中葉に於て一たび奴隷の域より脱出せる多数の人類を謬妄なる愛国心の名の下に、再び奴隷の域に沈淪せしむるのみならず、更に野獣の境に迄も陥擠せんとする者なるを。
是知以政治为爱国心之牺牲,以教育为爱国心之牺牲,以工商业为爱国心之牺牲者,是文明之贼也!是进步之敌也!是世界人类之罪人也!彼等于十九世纪之中叶,不能脱出奴隶之域,而率多数之人类,而隶于谬妄无理之爱国心之名词下,以再沉沦于奴隶之域,陷入于野兽之境,其罪上通于天矣!
文明の正義人道(文明之正义人道)
○故に我は断ず、文明世界の正義人道は、决して愛国心の跋扈を許す可らず、必ずや之を苅除し尽さざる可らずと。而も如何せん、此卑しむべき愛国心は、今や発して軍国主義となり、帝国主義となって、全世界に流行するを。我は以下更に進んで、軍国主義が如何に世界の文明を戕賊し人類の幸福を阻害せるかを見ん。
自吾而断之:欲维持文明世界之正义人道者,必制其爱国心之跋扈而后可,且必芟除净尽而后可。果如何而后能达其目的,此不易言也。且今日此种卑污之爱国心,又发而为军国主义,又发而为帝国主义,以流行于全世界。悲夫!悲夫!吾将运广长之舌、仪秦之口,以发军国主义之罪恶,则其戕贼世界之文明,阻害人类之幸福,昭然若揭矣!
第三章 軍国主義を論ず(论军国主义)
其一
軍国主義の勢力(军国主义之势力)
○今や軍国主義の勢力盛んなる前古比なく、殆ど其極に達せり。列国が軍備拡張の為めに竭尽する所の精力や、消糜する所の財力や、勝て計量す可らず。夫れ軍備を以て唯だ尋常の外患若くば内乱を防禦するの具と為すに止まらん乎、何ぞ必しも如此く甚しきを要せんや。彼等が有形的に無形的に一国を挙げて軍備拡張の犠牲と為し尽して而も猶お省みざらんとする、其原因と目的は、盖し防禦以外に在らざる可らず、保護以外に在らざる可らず。
今日军国主义势力之盛,前古无比,殆已达其极点。列国为扩张军备之故,竭尽其精力,消糜其财力者,不可计量矣。夫军备者,为防御寻常之外患与内乱而已,则亦何必如是其甚也?彼等举一国之有形的无形的,悉为扩张军备之牺牲,而犹不省其原因与目的;盖在防御以外也,盖在保护以外也,亦可深思矣!(原注:亦大可思矣。)
軍備拡張の因由(军备扩张之因由)
○然り軍備拡張を促進するの因由は、実に別に在る有り。他なし一種の狂熱のみ、虚誇の心のみ、好戦的愛国心のみ。但だ武人の好事にして多く韜略を弄するが為めにするも亦之れ有り、武器糧食其他の軍需を供するの資本家が一掴万金の巨利を博せんが為めにするも亦之れ有り、英独諸国の軍備拡張に在ては是等殊に与って力ありき。然れども武人や資本家や、能く其野心を逞くするを得る所以の者は、実に多数人民の虚誇的好戦的愛国心の発越の機に投じたれば也。
夫(从进)探究扩张军备之因由,果何在也?无非一种之狂热心,一种之虚荣心,一种好战的爱国心而已矣。彼好事之武人,欲弄其韬略者赞成之,彼供其武器粮食及其余之军需之资本家博一攫万金之巨利者赞成之。英、德诸国之扩张军备,盖彼等之与其力者亦大矣。然武人与资本家,所以得逞其野心者,实多数人民之虚夸的好战的爱国心之发越,有以应其机也。
○甲国民は曰く、我は平和を希う而も乙国民が侵攻の非望を有するを如何と、乙国民も亦曰く、我は平和を希う而も甲国民が侵攻の非望を有するを如何と。世界各国皆な同一の辞を成さざるはなし、噴飯の極也。
甲之国民曰:我本希望平和,而乙国民有非望之侵攻,奈何?乙国民亦曰:我本希望平和,而甲国民有非望之侵攻,奈何?世界各国,皆同一辞,真喷饭之极矣!
五月人形三月雛(五月人形三月雏)
○如此くにして各国民は、童男童女が五月人形、三月雛の美なるを誇り多きを競うが如く、其武装の精鋭と其兵艦の多きを競いつつあり。夫れ唯だ相競うのみ、必しも敵国の来襲急なるを信ずるに非ざる也、必しも外征を急要とするに非ざるに似たり。事は児戯に類す、而も恐る可き惨害は此裡に胚胎するを奈何せん。
各国国民,惟其如此也,亦如童男童女竞夸五月人形三月雏之美之多也。彼此相竞者,武装之精锐,兵舰之䴢集也。夫惟相竞,非必敌国之急于来袭也,非必有外征之急要也,而跃跃焉,事似儿戏,而可惧之惨害,皆胚胎于此理。奈之何!
モルトケ将軍(莫鲁多将军)
○故モルトケ将軍は謂らく、『世界平和の希望は夢想のみ、而も此夢や甚だ美ならず』と。然り平和の夢は将軍に在ては醜ならん、将軍は実に美しき夢想者なりき。将軍が仏国に捷て五十億フランの償金とアルザス、ローレンの二州を割取せるにも拘らず、而も仏国の商工の却て駸々として繁栄し、独逸の市塲の俄に一大困頓挫敗を招けるを見て、怫然赫然として怒れるの一事は、是れ将軍が美しき夢の結果なりき。美しき夢の結果は甚だ醜ならずや。
故莫鲁多将军有言曰:“希望世界之平和者,殆如梦想;然而姑以梦境当之,亦美梦也!”吾则以为平和之幽梦,非将军之所知,而将军以为绝好之美梦者,别有在也。将军既捷于法国,获五十亿佛郎之偿金,割亚尔沙斯(原注:马路沙斯)劳林(原注:罗林)之二州;而法国之工商却骎骎日进入繁荣;而德意志之市场,俄而招一大困顿而挫败,怫然赫然,愤气四溢,是将军美梦之结果。美梦之结果如是,非幽梦也,实迷梦也!
蛮人の社会学(蛮人之社会学)
○而してモルトケ将軍は再び美しき武力を以て仏国に向って大打撃を加え、彼をして衰敗起つ能わざるに至らしめんと企図せること屡ばなりき。是れ一に武力の捷利を以て国民の富盛を期せんとするモルトケ将軍の政治的手腕也。若し這様の心術を以て、二十世紀国民の理想として崇拝せざる可らずとせば、吾人何の時か能く蛮人の倫理学、蛮人の社会学以上に出るを得んや。
既而莫鲁多将军,再用武力向法国而加以一大打击。彼能屡起衰败而企图之,欲以武力之捷利,以期国民之富盛者,莫鲁多将军之政治的手腕也。以若是之心术,而欲得二十世纪国民之理想崇拜之,吾恐其未能矣。然而吾人何时始出蛮人之伦理学蛮人之社会学而抵抗之?
小モルトケの輩出(小莫鲁多之辈出)
○而も軍国主義全盛の結果として、モルトケ将軍は現代の理想となれり、摸型となれり。小モルトケは世界到る処に輩出せること雨後の春艸と一般也。東洋の一小国にも小モルトケは揚々として濶歩せり。
军国主义全盛之结果,皆在于莫鲁多将军现代之理想与模型;而小莫鲁多之辈出,遍于世界,即东洋一小国,亦小莫鲁多扬扬阔步之场。
○彼等は軍備制限を主唱せるニコラス二世皇帝陛下を夢想者也と嘲れり、平和会議を滑稽也と罵れり。彼等は常に平和を希図すと説くの舌をもて、一面に於ては即ち軍備は美事也、戦争は必要也と唱道す。我は其矛盾を責めざる可し、姑く社会が軍備と戦争を要すと云うの故を聴かん。
彼等大嘲主唱军备限制之说,为尼哥拉克二世皇帝陛下之梦想也,骂平和会议为滑稽也。彼等亦常唱希望平和之说,而一面之所唱道者,军备美事也,战争必要也。我不暇责其矛盾,姑以军备与战争为社会之必要,亦姑听之。
其二
マハン大佐(马罕大佐)
○近日軍国の事に通ずるを以て称せらるる者、マハン大佐に若くは莫し。彼の大著作は英米諸国の軍国主義者、帝国主義者のオーソリチーとして、洛陽紙価為めに貴きを致す、而して我国士人の亦之を愛読する者多きは、其訳書の広告の頻繁なるを見て知るべし。故に軍国主義を論ずる者、先ず彼の意見を徴するは、便益にして而も義務なるを信ず。
近日以军国之事称名于世界者,莫如马罕大佐也。彼之大著作,于英美诸国之军国主义者与帝国主义者之阿乌利志,洛阳纸贵,为之腾贵。而我国士人,亦家弦而户诵之,观其译书广告之频繁,可想而知也,故欲论军国主义者,先征彼之意见,其便益之义务,可以知其梗概矣。
軍備と徴兵の功徳(军备与征兵之功德)
○マハン大佐が軍備と徴兵の功徳を説くや甚だ巧也。曰く
軍備が経済上に於ては生産を萎靡せしめ、人の生命と時間とに課税する等の不利若くば害毒に就ては、日々吾人の耳朶を聾せしむる所にして、新に説くの要なし。
然れども一方より之を見れば、其利益は其弊害を償うて余あらざる乎。彼長上権力の衰微し紀綱の弛廃する甚しきの時に方って、年少の国民が秩序と服従と尊敬とを学習すべき兵役という学校に入り、其躰軀は組織的に発達され、克己や勇気や人格が、軍人の要素として養成せられんことは何の用なき乎。
多数の年少が其閭里市街を去りて一団となり、高等の智識ある先輩に混じて、其精神を結合し其働作を共同にすべきを教えられ、憲章法規の権力に対する尊敬の念を養われて其家に帰らんことは、今日の如き宗教壊頽の時に於て何の用なき乎。見よ、初めて教練せらるる新兵の態度働作を以て、既に教練を経たる兵士が街上に群がれる時の容貌体格に比較し見よ、如何に其優劣の甚しきかを知るに足らん。軍人的教練は、他年活潑なる生計を営むに於て决して有害なる者に非ず、少くとも大学に於ける年月の費消よりも有害なる者に非ず。而して各国民が相互に其武力を尊敬するが為めに、平和は益す確保され戦争は其数を减じ、偶ま衝動の事あるも其経過は極めて急速にして其鎮定は極めて容易なる、是れ何の用なしとする乎。盖し戦争は百年以前に在ては慢性症の疾病たりしも、今日に於ては其起る極めて稀にして寧ろ急性の発作たり。故に急性的戦争の発作に応ずるの準備、即ち善良なる原因の為めに戦うの心は、元より善美の事たるを失わずして、而して此心や兵士が傭兵たりし当時よりも、夐かに広大旺盛なるを見る也、何となれば今や国民即ち兵士にして、単に一君主の奴隷たる者に非ざれば也。
マハン大佐の言巧ならざるに非ず、而も我は其甚だ論理に違えるを見る。
马罕大佐之军备与征兵之功德说,甚巧也。而其言曰:
军备者,于经济上虽见生产之萎靡,人之生命与课税等,皆有不利之象,若有毒害者;日日聒于吾人之耳,彼等未之群察也。吾将陈其要而略说之:
姑就一方观之,其利益者,不已偿其弊害而有余乎?方当长上权力衰微纪纲废弛之时,年少之国民,学习“秩序”“服从”“尊敬”,而入兵役之学校,其躯体以组织的之发达,以备克己勇往之人格,养成军人之要素,何用而不可乎?令多数之少年,去其闾里街市之一团,受先辈高等之智识,结合其精神,共同其动作,对宪章法规之权力,以养其尊敬之念。如今日宗教颓坏之时,何行之而不可乎?其初也,教练以新兵之态度动作;既经教练之后,则兵士与市人相比较,其容貌体格,其优劣一望而知。故军人的教练,于他年活泼之生计,其益亦匪浅,与大学之消费年月者,相去不可以道里计,而各国国民,互相尊敬其武力,亦可以保其平和而灭战争之数。即偶有冲突之事,经历已久,则举动亦急速,而锁定亦不难,何用之而不可乎?夫战争者,在百年以前,如慢性症之疾病,不若今日急性之发作也。急性的战争,则准备亦不容缓,即以前者之原因而为预战之备,已属善美之事,而所失者必少。而当时之兵士与佣兵,无不具广大旺盛之象也,是何也?今之国命,即兵士也,非独为君主制奴隶故也。”
马罕大佐之言如是,亦诚巧矣。而自吾观之,则其违理之论,不难更仆而数焉。
戦争と疾病(战争与疾病)
○マハン大佐の所論を剖拆すれば、曰く、戦闘を習うて秩序と尊敬と服従の徳を養うは、今日の如く権力衰微し紀綱弛廃するの時に当って尤も急要也。曰く、然れども戦争は疾病也、百年前に於ては慢性症疾病なりき、今日は国民皆兵にして戦争は减少せり、偶ま之れ有るも急性也、此健康の時に於て常に急性の発作に応ずるの準備及注意は必要也と。然らば則ちマハン大佐は、国民が戦争という慢性病に罹れるの時代は、是れ秩序あり紀綱張るの時代にして、健康の時代は即『綱紀弛廃し』『宗教壊頽』するの時代と為す者也。奇ならずや。
试就马罕之所论而剖析之,彼之言曰:“习战斗以养秩序尊敬服从之德,当今日权力衰颓纪纲废弛之时尤急要也。”又曰:“战争者如疾病也,于百年前为慢性症之疾病;今日则国民皆兵,而战争自减少,即偶有之,如急性的疾病也。于此健康之时,以应急性之发作之准备,则注意者之必要也。”然则马罕大佐者,是以国民战争慢性病之时代,为顺秩序张纪纲之时代,而健康之时代者为“纪纲废弛”“宗教衰颓”之时代也,不亦奇哉!
権力衰微と紀綱の弛廃(权力衰微与纪纲之废弛)
○マハン大佐が権力の衰微、紀綱の弛廃と云う者は、盖し社会主義の発生を指す者也。其妄なるや言を須たず。然れども仮に現時を以て百年以前に比して紀綱弛廃せりとせよ、仮に社会主義者が現社会の所謂秩序と権力を破壊せんと試むるを以て、紀綱弛廃し宗教壊頽の結果なりとせよ、徴兵の制と軍人的教練は果して之を防遏することを得べき乎。乞う事実を見よ。
马罕所谓权力衰微,纪纲废弛者,盖指社会主义之发生也;其言之妄,固不足论,假以现时与百年以前相比,果孰为纪纲废弛也?且令今日之社会主义,试论破坏现社会所谓秩序与权力,则纪纲废弛宗教衰颓之结果,征兵之制度与军人的教练,果足以防遏之乎?恐未必能见诸实事也。
革命思想の伝播者(革命思想之传播者)
○米国独立の戦に赴援せる仏国軍人は、大革命に於ける秩序破壊に与って有力なる動機たりしに非ずや、巴里に侵入せる独逸軍人は、独逸諸邦に於ける革命思想の有力なる伝播者たりしに非ずや、現時欧洲大陸の徴兵制を採用せる諸国の兵営が、常に社会主義の一大学校として現社会に対する不平の養成所たるは、較著なる現象に非ずや。我は社会主義的思想の隆興を希う、而して之を養成すというの故を以て、决して兵営を排斥する者に非ず。而もマハン大佐の言の如く、兵士の教練は長上に対する服従と尊敬の美徳を養い得べしと云うの謬妄なるを知る可らずや。
美国独立之战,法国军人之赴援者,而于大革命之事,反助其破坏秩序之动机,非其前辙欤?德意志军人之侵入巴黎,固云侥幸矣;而德意志诸邦革命之思想,非因是而愈传播欤?现时欧洲大陆之征兵制,采用诸国之兵营者,常出于社会主义之一大学校;其对现社会也,皆养成其不平之机,非较著之现象欤?吾盖希望社会主义的思想之兴隆,而亟望其速有以养成之,决非有意排斥兵营也。而非如马罕大佐之言,兵士之教练,仅以养其服从尊敬之美德,以对其长上也。其谬妄之旨,世之君子,自有定论矣。
○然り、シーザーの軍隊は、幾何か其国家の秩序に向って尊敬の心を有せしや、クロムエルの軍は、初め彼等が国会の為めに抜けるの剣を揮て、却て其国会を覆えせしにあらずや。彼等は唯だシーザークロムエルあるを知れるのみ、国家の秩序紀綱あるを知らざる也。
吾更即现社会之军人而观之,西沙之军队,其向国家之秩序与尊敬之心,究存几何也?克罗母耶路之军者,彼等虽经仗剑而锁压国会,国会亦为所覆;然彼等之目的,唯知有西沙与克罗母耶路耳,安知国家之秩序与纪纲也!
疾病の発生(疾病之发生)
○人の軍人的教練を受くる、単に善良の目的に向って戦うが為め乎、即ち所謂急性疾病の治療に応ずるが為め乎。若し果して如此くなりとするも、彼等は百年此治療の期を得ずんば、悠然として長く其教練を以て始め教練を以て終うるに堪う可き耶、否な必ずや自ら此疾病を発生せしめて以て甘心せんとする也。
人民之受军人的教练者,其良善之目的,果仅为战争之事乎?仅为应其所谓急性疾病而治疗之乎?果其如此也,彼等于百年之中,而待其治疗之期,悠然长远,将以教练始,亦以教练终,果能堪耶?否则必日日祝祷此疾之发生而后甘心也。
徴兵制と戦争の数(征兵制与战争之数)
○故に国民皆兵にして王侯の奴に非ざるは洵に然り、然れども是を以て各国民相互に其武力を尊敬するが為めに戦争を减少すと云うに至っては妄も甚し。古代希臘及び伊太利に於ては国民皆兵にして、必しも王侯の奴にあらざりき、而も戦争は所謂慢性症なりしに非ずや。彼傭兵が弱国を征伐するに方って、純然たる徴兵よりも便利なることは之れ有り、然れども国民皆兵の徴兵制は、决して戦争を未発に防禦し若くば减少する者に非ず。奈勃翁の戦も徴兵なりき、近代欧洲の澳仏戦争、クリミヤ戦争、澳普戦争、普仏戦争、露土戦争、頻紛として徴兵制の下に其惨を極めしに非ずや。
至谓国民皆兵,非仅为君主之奴隶,各国民互相尊敬其武力,则战争亦因之减少,其谬妄尤甚。古代希腊及伊大利者,非国民皆兵者乎?非君主之奴隶乎?至于所谓慢性症之战争,彼佣兵之征伐弱国,纯然不如征兵之便利。然而国民皆兵之制,谓防御于战争将发之先,而战争因之减少,则殊不然。自拿破仑之战,已有征兵。近代欧洲之奥法战争,克利美亚战争,奥普战争,普法战争,俄土战争,非皆出于征兵制之后而极其惨酷者欤?
○若し近時の相匹敵すべき両国間の戦争が、其終局速かなりとせば、是れ国民の軍人的教練の完全なるが為めに非ずして、戦争の惨害極めて大なるに由るのみ、若くは人の道理を反省するの更に速なるが為めのみ。
至若近时两相匹敌之国,其于战争之事,其终局之速,是固国民之军人的教练之完全也;而战争之惨,毒害之极。未尝不由于此。试就道理而反省之,其利益果何在欤?
戦争減少の理由(战争减少之理由)
○若し夫れ一千八百八十年以来、相匹敵すべき強国間の戦争殆ど迹を絶てるは、是れ両国民が相互の尊敬にあらずして、唯だ其結果の恐怖すべきを洞見し、其狂愚なるを悟れるに由るのみ。独仏は其戦争の共倒れに終う可きを知る、露帝は一等国と戦うの結果が破産と零落なることを知る。
若夫自1880年以来,两相匹敌强国间之战争,亦殆绝迹,是果两国民互相尊敬之效乎?而其结果之恐怖,不难洞见,惟狂愚者之不悟其由来也。将来德法之战争,其惨酷之祸,可测而知。俄帝以一等国战争之结果,其破产零落之状,可测而知!
○彼等強国の相戦わざるは之が為めのみ、徴兵の教練が尊敬心を養成せるの功果に非ざる也。見よ彼等は今や大に其武を亜細亜、阿非利加に用いんとするに非ずや。然り彼等が虚栄の心、好戦の心、野獣的天性は、却って軍人的教練に依て熾に煽揚せられつつある也。
彼等非果为强国之相战,以征兵之教练,以养成其尊敬心之功果也;彼等非果欲大用其武于亚细亚、阿非利加也;不过彼等虚荣之心,好战之心,野兽的天性,依军人的教练而后煽扬愈炽也!
其三
戦争と文芸(战争与文艺)
○軍国主義者は曰く、鉄が水火の鍛練を経て犀利の剣となるが如く、人は一たび戦争の鍛練を経ずんば决して偉大の国民たるを得ず。美術や科学や製造工業や、戦争の鼓舞刺激なくして能く高尚なる発達を為すは稀也、古来文芸の大に隆興せるの時代は、多くは是れ戦役後の時代に属す。ペリクレスの時代は如何、ダンテの時代は如何、エリザベスの時代は如何と。我は平和会議の主唱せられし当時、英国の軍国主義者の有力なる一人が此説を為せるを見たり。
彼等之唱军国主义者,曰:铁必经水火之锻练,而后成犀利之剑;人民必经战争之锻练,而后成伟大之国民。美术也,科学也,制造工业也,非战争之鼓舞激刺,其高尚之发达亦少也。古来文艺兴隆之时代,多属于战争结果之时代:耶尼克列士之时代何如,当德之时代何如,耶利沙白斯之时代何如?昔者吾尝主唱平和会议,而英国之主唱军国主义者,持此说以难之焉。
○然りペリクレスやダンテやエリザベスの時代の人民は皆な戦争を知れり。然れども古代の歴史は殆ど戦争を以て充填す、戦争を経たるは特り此等の時代のみに非ざる也、其他の時代も亦之を経たる也、豈に彼等の文学が一に戦争の余沢というを得べけんや。故に彼等の文学が戦後急速に隆興せる乎、若くは彼等が戦争に関聯せる一貫の特徴あるを証するに非ずんば、未だ牽強附会たるを免れざる也。
然而耶尼克列士也,当德也耶利沙白斯也,其时代之人民,皆经战争,诚是也。然古代之历史,殆以战争充填之;经历战争者,非特此等之时代也,其余之时代亦莫不经之也,岂彼等之文学因得战争之余泽乎?岂彼等之文学因战后而始急速兴隆乎?若必牵彼等之文学与战争关联而一贯,非特无证,且未免牵强附会之甚也。
○古代希臘の諸邦中、戦を好み戦に長ぜるはスパルタに如くは莫し。而して彼れスパルタや、果して一の技術や文学や哲理の伝うべき者ある耶。英国ヘンリー七世及びヘンリー八世の朝は是れ猛烈なる内乱相踵けるの後なりき、而も文芸の発達毫も見るべきなきに非ずや。エリザベス時代の文学復興は遠くアルマダ戦争の以前に兆せる者にして而してスペンサーやセークスピアやベーコンは决して此戦争の為めに出ずるというを得ざる也。
古代希腊之列邦中,好战而长于战者,莫如斯巴达。而彼斯巴达也,果有一技术文学哲理之传耶?英国亨利七世及亨利八世之朝,其猛烈之战争,在内乱相踵之后,而文艺之发达,能证其实际乎?耶利沙白士时代之文学复兴者,远在马路马达战争以前,决知耶利克列士当德,耶利沙白斯之时代之文学,决非因此战争而出也。
欧洲諸国の文芸学術(欧洲诸国之文艺学术)
○三十年戦争は独逸の文学科学をして、一たび消沈萎靡せしめ了りし也。ルイ十四世即位当時に盛なりし仏国の文学科学は、彼の黷武に依て衰微を極め、更に其晩年に至って復興し来れる也、而して仏国の文学は其戦勝の時代よりも其困敗の時代に於て常に盛なりしを見ずや。近代英国のテニソン、サッカレーの文学、ダルウィンの科学を以てクリミヤ戦争の勝利に皈すとせば、誰か之を笑わざらん。近代露国のトルストイ、ドストエフスキー、ツルゲネフの文学を以てクリミヤ戦争の敗北に皈すとせば、誰か之を笑わざらん。独逸の諸大家は、普仏戦争の後に出でずして前に出ず、米国文学の全盛期は内乱の後に在らずして前に在り。
三十年前战争者,德意志之文学科学,一消沈萎靡之时代也。路易十四世即位之时,法国之文学科学,方极其盛;而因彼之黩武,乃遂衰微;至其晚年,不复见其与盛也。是法国之文学,其战胜之时代,乃其困败之时代,亦明甚矣。近代英国德利林沙加列之文学,与他路乌因之科学,归于克利美亚战争之胜利,谁不笑之?近代俄国之多鲁斯多易,多斯多哥乌士,志鲁克利乌之文学,归于克利美亚战争之败北,谁不笑之?德意志之诸大家,出于普法战争之后,不出普法战争之前。美国文学之全盛,在内乱之后,不在内乱之前。
日本の文芸(日本之文艺)
○我日本の文芸も、亦奈良平安に盛にして保元平治に衰え、北条氏の小康を得て僅かに復興の運に向えるも、元弘以後南北朝より応仁の乱を経て元亀天正に至るの間、殆ど湮滅に帰し、唯だ五山の僧徒に依て一縷の命脉を持したることは、少しく史を読む者の首肯する所也。
我日本之文艺,亦盛于奈良平安而衰于保元平治。得北条氏之小康,乃得复兴。自元弘以后南北朝复经应仁之乱,至元龟、天正之间,殆将湮没。征五山之僧徒存一缕之命脉,此略涉国史者之所夙知也。
○故に文芸が戦争以後に盛なること若し之れ有りとせば、是れ唯だ戦争の間、為めに圧伏され阻礙されたる文芸が、僅に太平の時を得て其頭を擡ぐる者にして、决して戦争の為めに促進さるるに非ざる也。紫式部や赤染衛門や清少納言や、戦争の為めに何の感化を被れるや、山陽や馬琴や風来や巣林や、戦争の為めに何の皷吹を受けたるや、鴎外や逍遥や露伴や紅葉や、戦争と何の関係を有するや。
故文艺者,盛于战争以后者则有之,若当战争之间,则文艺为所压伏而阻碍,必俟太平之时,稍得仰首伸眉,则决非因战争之所促进明矣。博而征之,若紫式部,若赤染卫门,若清少纳言,果被何者之战争所感化乎?若山阳,若马琴,若风来,若巢林,果受何者战争之鼓吹乎?若鸥外,若逍遥,若露伴,若红叶,果与战争有何关系乎?
○我は戦争が社会文芸の進歩を阻礙するを見たり、未だ之が発達を助くるを見ず。日清戦争より発生せる『膺てや懲せや清国を』という軍歌を以て、我は大文学と名くるを得ざる也。
吾但见战争阻碍社会文艺之进步,未见助其发达也。中日战争之所发生者,仅《膺惩清国》之军歌,是岂足当文学之进步哉?
武器の改良(武器之改良)
○彼の刀槍艦砲の改造進歩して其堅牢と精鋭を加うるは、或は戦争の力あるに似たり、而も是れ皆を科学的工芸進歩の結果にして、実に平和の賜に非ずや。仮に之を以て戦争其物の功果なりとするも、而も此等の発明改造が、国民をして高尚偉大ならしむる所以の智識と道徳に於て、幾何の貢献する所ある耶。
彼见刀枪舰炮之改造进步,加其坚牢与精锐,或似战争之力也;而不知是皆科学的工艺进步之结果,实非平和之所赐也。假以战争之物为其功果,而此等之发明改造,于国民之高尚伟大之智识道德,所补助者几何耶?
軍人の政治的材能(军人之政治之才能)
○然り軍国主義は、决して社会の改善と文明の進歩に資するを得る者に非ず、戦闘の習熟と軍人的生活は、决して政治的社会的に人の智徳を増進し得る者に非ず。我は此点に於て更に適当の証左を得んが為めに、古来の武功赫々たる軍陣的英雄が、其政治家としての材能と、文治的成蹟の、如何に憫れむべきかを示さん。
然则军国主义者,决非助社会之改善文明之进步,明矣。战斗之习熟与军人的生活者,决非增进政治的社会的之智德,又明矣。吾于此点,更得适当之左证:古来武功赫赫军阵的英雄,其于政治家之材料文治的之成迹,不禁触发其悲悯矣!
アレキサンドル、ハンニバル、シーザー(亚列山德路与罕尼巴路及西沙)
○古代に在てアレキサンドル、ハンニバル、シーザーの三者は豪傑中の豪傑として、三尺の童子も能く其名を記せり。而も彼等は其能く破壊するに比して、毫も建設の力有らざりき。アレキサンドルの帝国や、政治学的眼光より之を観る、実に有り得可からざるの現象也、彼れ唯だ一時征服のコンヴァルションのみ、是を以て其分崩の踵を旋さざりしは自然の理也。ハンニバルの武畧智謀は伊太利を圧倒する十五年、其威勢は羅馬人をして敢て仰視すること能わざらしめたり、而もカルセーヂの腐敗の膏盲に入れるを救う能わざりき。シーザーの陣に臨むや餓虎の如きも、其政治の壇上に立つや盲蛇の如し、唯だ羅馬民政を堕落せしめしのみ、唯だ万人の怨府となりしのみ。
古代之豪杰,若亚列山德大,若罕尼巴路,若西沙,兹三人者,豪杰中之豪杰也,三尺童子皆能道其名;而彼等但能破坏,毫无建设之力也。亚列山德大之帝国,自政治学的眼光而观之,实可察其现象也;彼虽一时征服因志路西容,而其分崩不旋踵,是自然之理也。罕尼巴路之武略智谋,压倒意大利者十五年,其威势能令罗马人不敢仰视,而加路些志之腐败遂入膏肓而不能救矣。西沙之临阵如鸷鸟,如饿虎;其立政治之坛上,则如盲蛇,惟能堕落罗马之民政,惟为万人之怨府。
義経、正成、幸村(义经正成幸村)
○源義経は戦争に巧なりき、楠正成や真田幸村や、亦戦争に巧なりき、而も誰か能く彼等の政治的手腕を信ずることを得る乎。彼等の完全なる軍人的資質を以て政治壇上に立たしめば、果して北条氏九代、足利氏十三代、徳川氏十五代の基を開き得べしとする乎。
源义经以战争名者也;若楠正成,若真田幸村,亦以战争名者也;而谁能赞美其有政治之手腕乎(原注:手腕,犹言手段)?彼等以完全军人的之资质,而立于政治坛上,果足以御北条氏九代、足利氏十三代,德川氏十五代之开基乎?
項羽と諸葛亮(项羽与诸葛亮)
○大小七十四戦に勝てるの項羽は、法を三章に約せるの高祖に及ばざりき、諸葛亮が八門遁甲は、遂に武帝の孟徳新書に及ばざりき。社会の人心を繫ぎて天下の太平を致す所以の道は、搴旗斫将の力に在らずして蓋し別に在る有れば也。
大小七十四战无战不利之项羽,不及约法三章之刘季,诸葛亮之八门遁甲不及曹操之《孟德新书》,所以系社会之人心致天下之太平之道,不在搴旗斩将之力,而别有在也。
フレデリッキと奈勃翁(呼列德尼志与拿破仑)
○近代武人の尤も政治的功績を奏せるは、フレデリツッキと奈勃翁の二者也。然れどもフレデリッキは初めより武人の生活を憎むこと甚しくして、戦闘を習うは其極めて苦痛とせし所なりき、彼は所謂軍国主義的理想の適当なる代表者に非ざる也。而して彼すらも猶お未だ牢固なる建設を其死後に遺すこと能わざりき。奈勃翁の帝国が両国橋上の煙花と一般、忽ち輝きて忽ち消しは言を須たず。
近代之武人,能奏政治的功绩者,呼列德尼志与拿破仑二人是也。然而呼列德尼志者,其初憎武人之生活实甚;至于战斗,亦极叹其痛苦,可知谓彼为所谓军国主义的理想之适当之代表者,其误甚明矣。而彼之建设,犹未牢固,其死后之遗恨犹多。至若拿破仑之帝国,竟如两国桥上之烟花,忽辉忽灭,更不足言者。
ワシントン(华盛顿)
○ワシントンは賢者也、彼や所謂出ては将たり入ては相たる者なりき。而も彼は决して純然たる武人を以て目す可らず、彼の戦うや偶然已むなきの時運に迫られし者にして、兵馬を喜ぶ者にあらざりき。
华盛顿者,世界之贤者也。彼之所谓出将入相者,决不可以纯然武人目之;彼之于战事,殆迫于时运之偶然不得已者,非以兵马自喜者也。
米国の政治家(美国之政治家)
○米国に於て軍人的素養ある者が、曽て上乗の政治家に列せざりしは、特に注意すべきの値いあり。武人にして初めて米国大統領たる者、アンドリウヂャクソンに非ずや、而して官職争奪の事は実に彼の時より初まれるに非ずや。
美国于有军人的素养者,未尝列于上乘之政治家,盖其所最注意也。武人之初为美国大统领者,非自扬多利乌爵林乎?而争夺官职之事,非彼为大统领之时乎?
○グラント将軍は、近時の武人中尤も尊敬すべきの人物となす、而も其大統領としての成績甚だ良からざりしは、彼の党員すらも争う能わざるの事実に非ずや。彼の忍耐なるも彼の正直なるも、戦争に於ける技能手腕の、文事に応用す可らざるを如何せん。
克兰德将军者,近时之武人中尤尊敬之人物也。而于其大统领之成绩,所辅助者几何?彼于党员之事实,非可观察其人物之一证乎?彼之忍耐,彼之正直,于战争能显其技能之手腕,其应用于文事者又如何乎?
グラントとリンコルン(华盛顿与林肯)
〔克兰德与林耶隆〕
○我はリンコルンが能く軍事に通暁して、其劃策する所は諸将校の决して企及し得ざりしを見る、然れども是れ偶ま以て、真個の大政事家は能く軍国の事をも料理し得るを証するのみ、軍人的教練が大政治家を作るという愚論の証左たる者に非ざる也。蓋し孔子言える有り、文事ある者は必ず武備ありと、ワシントンやリンコルンや即ち是れ也、然れども武備ある者必しも文事あることを得ず、グラント将軍の如き是れ也。
吾于林耶隆之军事,安有间言?其所策划者,决非诸将之所及,不待言矣,然而不能无憾也。真个之大政治家,无不能料理军国之事,而军人的教练,决不能作大政治家。吾之论,非无左证也。孔子之言曰:“有文事者必有武备。”即华盛顿与林肯是也。然有武备者不必有文事,如克兰德将军是也。
ネルソンとウェルリントン(列路林与乌耶路林顿)
○英国近代に在て功名世界に照燿し、軍人の理想たり軍国主義者の崇拝の焼点たる者、陸にはウェルリントンあり、海にはネルソンあり。ウェルリントンが政治的手腕は、少しく凡庸政治家の上に抜く者ありき、而も决して一代を経営し万民の指導たるの材にあらざりき。彼は鉄道の下等乗客に与うる便利を以て、『下層人民をして無用に国中を遊行せしむる者』として、之に反対せるにあらずや。而してネルソンの事に至ては、殆ど言うべきなし、彼は海軍軍人としての外は寸毫の価値なき人物なりし也。
在英国近代,功名照耀于世界而崇拜军人之理想与军国主义之烧点者(烧点,犹言热度达其点),陆则鸟耶路林顿,海则列路林,为最著矣。鸟耶路林顿之政治的手腕,少超于凡庸政治家之上者,而决无经营一代指导万民之才。彼因不与铁道之下等乘客之便利,下层人民之游行于国中者皆反对之。而列路林之事更不堪言;彼于海军军人之外,殆无丝毫价值之人物也。
山県、樺山、高嶋(山县桦山高岛)
○翻て我国に見よ、如何に彼等軍人が政治的手腕の賞賛すべき者ある乎。東洋のモルトケ、ネルソン、ウェルリントンを以て擬せられ崇拝さるるの山県候や、樺山伯や、高島子や、明治の政治史、社会史に於て果して何事の特筆すべき者ある乎。選挙干渉議員買収の俑を作って、我社会人心を腐敗堕落の極点に陥らしめたる罪悪は、彼等実に其張本たるに非ずや。
返顾我国,试问彼等,军人之政治的手腕,有可赞赏者乎?拟之东洋之莫路多、列路林、乌耶路林顿而崇拜之者,若山县侯,若桦山伯,若高岛子,于明治之政治史社会史,果有何事而可特笔者乎?为干涉选举买收议员之作俑,陷我社会人于腐败堕落之极点之罪恶者,非彼等实为其张本乎?
○我を以て漫に軍人軍隊を罵る者となす勿れ。我は農工商中に智者賢者あるが如く、軍人中にも亦智者賢者あることを知る。我は之を尊敬するに躊躇せじ。
吾非谩骂军人军队者,农工商中必有智者贤者,彼军人中亦必有智者贤者,我必踌躇而尊敬之。
軍人の智者賢者(军人之智者贤者)
○但だ此智者や賢者や、軍隊的教練を経て若くは戦争を経て後初め生ずる者に非ず。手に銃剣なく肩にエポレットなく胸に勲章なしと雖も、智者賢者は能く智者賢者たる也。而して彼等は如何に智にして如何に賢なるも、其軍人たる職務としては、其軍人的教育の功果としては、社会全般に向って何の利益をも与うることなし。
但若此之智者贤者,若非未经军队的教练与经战争之后之初生者,则必手铳剑,肩欲波列多胸勋章,虽有智者贤者,必不能为智者贤者也。彼等如何能智?如何能贤?其军人之职务,其军人的教育之功果,与社会全般,果有何利益也?
○統一を習うと言うこと勿れ、人を殺すの統一は何の尊ぶべき乎、規律に服すと言うこと勿れ、財を糜するの規律は何の敬すべき乎、勇気を生ずと言うこと勿れ、文明を破壊するの勇気は何の希うべき乎。否な此規律、統一、勇気すらも、彼等兵営を出る一歩なれば、茫として其痕を止めざる也。嬴す所は、唯だ強者に盲従して弱者を凌虐するの悪風のみ。
勿言习统一者也;杀人之统一,有何尊乎?勿言服规律也,糜财之规律,有何敬乎?勿言生勇气也,破坏文明之勇气,有何奇乎?否则此统一规律勇气者,彼等出军营之一步,茫然不见其迹也。其所赢者,惟长盲从强者以凌虐弱者之恶风。
其四
軍国主義の弊毒(军国主义之弊毒)
○軍国主義と戦争は啻に社会文明の進歩に利せざるのみならず、之を戕賊し之を残害するの弊毒実に恐るべき者あり。
军国主义与战争者,不但不利社会文明之进步,而其弊毒,旦足以戕贼之而残害之。
古代文明
○軍国主義者は曰く、古代文明が歴史に現出せるの時は、皆な兵商一致の社会にあらずやと。彼等は即ち古代埃及、古代希臘の事を挙げて、以て軍備が文明を進むるの証左と為さんとす、然れども誤れり。我は信ず、埃及をして能く武力的征服、軍備的生活の国に堕落することなからしめば、其繁栄は更に幾百年を持続し、其命脉は更に幾千年を保存せしやも知る可らずと。若し夫れ希臘は別に一考の価いあり。
军国主义者又曰:古代文明历史出现之时,皆由于兵商一致之社会。彼等即举古代埃及古代希腊之事,以为军备进文明之左证,而不知其误也。埃及既为武力的征服军备的生活之国,则何以竟然堕落,不能更持续其繁荣于数百年,保存其命脉于数千年乎?若夫希腊,则别当一考其价值也。
アゼンとスパルタ(雅典与斯巴尔达)
○古代希臘の武を事とする、諸邦自ら同じからず。スパルタは徹頭徹尾軍国主義を持したりき、其生活は調練なりき、其事業は戦争なりき、他あることなし、而して其文明の事物に於て一個の見るべきなきは、前に既に之を云えり。アゼンに至ては未だ如此く甚しからず。ペリクレスは曰く、吾人は彼の調練を以て労々自ら苦しむことを為さずと雖も、而も一朝事あるに当っては吾人の勇気は阻喪せざる也、吾人は彼戦争に応ずるの準備に汲々として其生涯を調練の為めに送尽する者に比して、决して劣る所なきを得べし、是れ大なる利益に非ずやと。近世の軍国主義者は果してスパルタを撰まんとする耶、アゼンを取らんとする耶。
古代希腊之武事,诸邦实无同之者。斯巴达自始至终,固持军国主义,以调练为生活,以战争为事业,更无他矣。其于文明之事物,绝无关系也。至雅典则未如此之甚。而白利克列士则曰:吾人虽以调练,自习劳苦;而一朝当事,吾人之勇气,不能保其不沮丧也。吾人终日汲汲,为应战争之准备,以调练送其生涯者,不知凡几,而所恃者终不可恃,而谓之为大利益可乎?近世之守军国主义,果取斯巴达之说耶?抑取雅典之说耶?
○彼等如何に頑愚とするも、豊富なるアゼンの文明を棄てて、スパルタの野獣的軍国主義を賛することを敢てせじ。而も軍国主義者の持説に照すに、スパルタは正に彼等の最大理想に合する者に非ずや。
无论彼等如何顽愚,决不敢弃雅典之文明之丰富,而赞斯巴达野兽的军国主义也。而照军国主义者之持说,则斯巴达又最合于彼等之最大理想,果何所适从欤?
ペロポンネシアン戦後の腐敗(白罗棒列西昂战后之腐败)
○軍国主義或は曰わん、吾人はスパルタの甚しきを希わず、唯だ善くアゼンの軍国主義に做わば以て善美なるを得んと。然りスパルタに比すれば猶お可也。然れども思え、アゼンと雖も、其軍備は彼が政治の改良に与って何の功ありし乎、其社会的品性の上進に与って何の功ありし乎、彼等の市民をして戦争を煽起せしむる外は果して何の利害ありし乎。彼等はペロポンネシアン戦争に従事すること三十年、軍国主義の利益と功果は此時に於て当とに極点に発揮さるべき筈に非ずや、而も結果は之に反せり、唯だ腐敗と堕落ありしのみ。
军国主义者或曰:吾人之希望斯巴达者,诚以仿雅典之军国主义而不得,则不知其结果,不若斯巴达之为愈也。且吾思之:虽若雅典,其军备者,与彼政治之改良,果何功乎?与其社会的品性之上进,果何功乎?彼等除煽起市民之战争之外,果何有利害乎?彼等从事于白罗捧列西们之战争者三十年,军国主义之利益与功果,发挥已达其极点,而其结果竟反之,唯腐败而堕落者何也?
タシヂデスの大史筆(他西志的斯之大史笔)
○ペロポンネシアン戦争が、全く希臘人民の道徳を一掃し信仰を破壊し、理義を湮滅して、如何に悽惨の状を極めしかを見んと要せば、乞うタシヂデスの千古の大史筆を倩わん哉。タシヂデスは描て曰く
諸市府の騒擾一たび起るや、革命的精神の流行は置郵して命を伝うる如く、悉く従来の物件を破壊し尽さずんば已まず、其計図は愈よ出でて愈よ暴に、其復讐は愈よ出でて愈よ惨也。言語の意味は最早や実際の事物と同一の関係を有せずして、唯だ彼等が適当と思惟するが如くに変更せられたりき。暴虎馮河は義勇を以て称せられき、思慮慎密は怯者の口実と称せられき、温和は軟弱の仮面と称せられき、万事を知るは一事を成さざる者となりき。狂顛的精力は真個男子の本性となりき。………狂暴を愛する者は信任され、之に反する者は嫌疑されたりき………初めより徒党の隠謀に与かるを好まざる者は、離間者を以て目せられ、敵を怖るるの怯者とせられたりき、………悪事を以て他を陥擠する者は感歎せられ、良民を煽動して罪悪に誘う者も更に感歎されたりき、………復仇は自全よりも尊かりき、各党派間の一致結合は唯だ其勢力なくして已むを得ざるの間のみ、彼等の他党を圧倒するに方てや奸策暴行為さざる所なく、面して恐怖すべき復讎は又次で至る。………如此くにして革命は希臘人の一切の悪徳を醸生せり。高尚なる天性の一大要素なる質朴という一事は、一笑に付せられて迹を絶てり、醜陋なる争闘戦闘の心は到処に熾にして、一語の以て彼等を和するに足る者なく、一の宣誓の以て彼等に信奉せしむるに足る者なかりき。卑劣なる才智は一般に最も成功する者なりき。
嗚呼是れ古代の最大文明国而して一切の市民が皆な軍隊的教練を経たるの地に於て、軍国主義者が賛美する戦争の養成したる結果にあらずや。我日本の軍国主義者も、亦日清戦後の社会人心の状態が稍之に髣髴たるを見て、定めて満足を表するならん。
白罗捧列西们之战争者,全希腊人民之道德,一扫而尽矣。其信仰已破坏,其理义已湮没,其凄惨之状后世犹为酸鼻者。他西志的斯尝述其状曰:
诸市府一闻骚扰之起,革命的精神之流行,速于置邮而传命,非悉将从来之物件,不尽破坏而不已。其计图愈出愈暴,其复仇者亦愈出愈惨也。当时之议论,绝无与实际之事物有确实之关系者。惟彼等适当之思惟,任其变更。以暴虎冯河者为义勇,以思虑慎密者为性者之口实,以温和者为软弱之假面,以颠狂的精力为真个男子之本性,身经万事,不必求其一事之成。其狂暴者则信任之,反之者则嫌疑之;不与徒党之阴谋著,目之以离间,以为畏敌之怯者,则以他恶事而挤陷之;更煽动良民,诱之以陷于罪恶;能复仇之间,方能压倒彼等之余党,而不为其奸策暴行所败,而又惟他部之复仇者伺机而至。以若是之革命,适酿成希腊人一切之恶德也。至于高尚之论,为天性之一大要素与质朴之一事,则目而笑之,几殆绝迹。惟丑陋之争阋,战斗之心,其炽如火,无一语足以调和彼等者,无一宣誓足以使彼等奉信者,其才智之卑劣,社会一致,非最惨之黑暗地狱欤!
呜呼!是非古代之最大文明国!其一切市民,皆经军队的教练者欤?赞美军国主义者,所养成战争之结果,诚如是也!我日本之军国主义,中日战争之后,社会人心之状态,仿佛似之,其将日见满足之势矣。
羅馬に見よ(罗马)
○下って羅馬に見よ、彼等の勇戦奮闘して伊太利諸州の自由を奪うの結果は、羅馬市民に如何の品性を養い得しや、如何の美徳を長じ得しや。内国は遂に惨憺たる屠殺の塲となれり、マリアスは出たり、シルラは出たり、民政共和の国は変じて貴族専制の国となれり、自主の市民は蠢爾たる奴隷となれるにあらずや。
不更观夫罗马乎,彼等其奋勇战斗,以夺意大利诸州之自由。其结果也,其罗马市民,所养成之品性何如也?所长育之美德何如也?其内国遂为屠杀惨澹之场。自马利亚巴与西路拉者出,遂变民政共和之国而为贵族专制之国,其自主之市民,皆为蠢尔之奴隶矣。
ドレフューの大疑獄(德列呼耶之大疑狱)
○近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は、軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。
最耸动近时世界之耳目者,法国德列呼耶之大疑狱是也。是为军政足以腐败社会人心较著之证例也。
○見よ其裁判の曖昧なる、其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の、奇怪にして醜辱なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを以て充満せらるるかを疑わしめたり。怪しむ勿き也、軍隊の組織は悪人をして其兇暴を逞しくせしむること、他の社会よりも容易にして正義の人物をして痴漢と同様ならしむるの害や、亦他の社会に比して更に大也。何となれば陸軍部内は圧制の世界なれば也、威権の世界なれば也、階級の世界なれば也、服従の世界なれば也、道理や徳義や此門内に入るを許さざれば也。
其裁判之暧昧,其处分之暴乱,其流言之奇离与卑陋,举世之人,始讶然法国陆军之部内,几为藏垢纳污之所,而败类充斥于期间。然而不足怪也,军队之组织者,盖恶人所以逞其凶暴也。非与他等社会邪正之不能相容,故其藏垢纳污,较他社会为更大也。何也?彼陆军部内者,压制之世界也,威权之世界也,阶级之世界也,服从之世界也,道理与德义,不容入此门内者也。
○蓋し司法権の独立完全ならざる東洋諸国を除くの外は、如此きの暴横なる裁判、暴横なる宣告は、陸軍部内に非ざるよりは、軍法会議に非ざるよりは、决して見ることを得ざる所也。然り是れ実に普通法衙の苟も為さざる所也、普通民法刑法の苟も許さざる所也。
盖可法权之独立完全者,除东洋诸国之外,有如此暴横之裁判,暴横之宣告者,非陆军之部内乎?非军法之会议乎?此外未见若是之甚也。然而是实普通衙法所不为者也,普通民法刑法所不许者也。
ゾーラ蹶然として起り(利拉蹶然而起)
○而も赳々たる幾万の豼貅、一個の進んでドレフューの為めに、其寃を鳴して以て再審を促す者あらざりき、皆曰く、寧ろ一人の無辜を殺すも陸軍の醜辱を掩蔽するに如かずと。而してエミールゾーラは蹶然として起てり、彼が火の如く花の如き大文字は、淋漓たる熱血を仏国四千万の驀頭に注ぎ来れる也。
而赳赳数万之貔貅,无一人进而为德列呼耶鸣其冤,以促再审者,皆曰:宁杀无辜之一人,以掩蔽陆军之丑辱。而耶美路索拉乃竟蹶然而独起,以彼如火如荼之大文字,洒淋漓之热血,不禁向法国四千万之人民蓦然而注之也。
○当時若しゾーラをして黙して已ましめんか、彼れ仏国の軍人は遂に一語を出すなくして、ドレフューの再審は永遠に行われ得ざりしや必せり。彼等の耻なく義なく勇なきは、実に市井の一文士に如かざりき。彼軍人的教練なる者於是て一毫の価値ある耶。
当是时也,若耶美路索拉噤而不言,彼法国之军人,遂亦一辞不赞;而德列呼耶永远无再审之期必矣。彼等之义勇,实不如市井之一文士;彼军人的教练者,如是无一毫之价值耶?
堂々たる軍人と市井の一文士(堂堂军人不如市井之文士)
○孟子曰く、自ら反して直くんば千万人と雖も我れ往かんと、此意気精神、唯だ一文士ゾーラに見て、堂々たる軍人に見ざるは何ぞや。
孟子曰:“自反而不缩,虽千万人,吾往矣!”不谓此等之意气精神,惟见于耶美路索拉一文士,而不见于彼堂堂之军人,何欤?
○或は曰く、長上に抗するは軍人の為す可らざるの事、且つ為すを得ざるの事也、ドレフュー事件の際に於ける仏国軍人の盲従は、未だ以て彼等の道心欠乏を証するに足らずと。果して然る乎、然らば即ち更に著大の例を見ん。
或曰:抗长上者,乃军人不可为之事,且不得为之事也。德列呼耶之事件之际,法国军人之盲从者,未足以证彼等道心之缺乏也。果其然乎?然而更有著大之例以证之:
キッチェネル将軍(其志耶列路将军)
○現下トランスワールに転戦せるキッチェネル将軍は、英国の軍国主義者、帝国主義者が鬼神の如く崇敬せるの人にあらずや。而して見よ、彼や嚮に蘇丹を征して、マーヂの墳墓を発堀して以て甘心せるの人其人に非ずや。呉子胥が父仇を報ぜんが為めに平王の屍を鞭てるは、二千年の以前に在て既に識者の唾罵する所、况や十九世紀末葉の文明時代に於て、公然大英国々旗の下に、蛮人の聖者と呼び救世主と称せる偉人の墳墓を発堀するは、マハン大佐の所謂克己忍耐勇気を養成せるの軍人にして、初めて忍び得るのことならん。天下の人を挙げて、尽く軍国宗の信徒となし、マーヂの墳墓発堀の心を以て理想となし、一国の政治を以て此残忍の手に委ねらるるとせば、豈又恐る可らずや。
今日转战于德兰士瓦路之其志耶列路将军者,其于英国之军国主义与帝国主义,崇敬之如鬼神。不见彼之征苏丹乎?发掘马志之坟墓以甘其心者,非其人欤?吴之子胥为报父仇,而鞭平王之尸,在二千年以前,已为识者所唾骂;况于十九世纪之末叶,文明之时代,公然在大英国国旗之下而忍为之,举天下之人,尽为军国宗之信徒,推其发掘马志坟墓之心之理想,而委一国之政治于此残忍之手,非可大惧者耶?
露国軍隊の暴虐(俄国军队之暴虐)
○近く北清に於ける露国軍隊の暴虐を見よ、通州の一地方のみにして、彼等の為めに脅かされ、水に赴て死するの婦女七百余人、唯だ此一事、人をして酸鼻し髪指せしむるにあらずや。軍人的教練と戦争の準備が能く人格を高くし道義を養成すとせば、彼の十三四世紀以来戦闘に生れ戦闘に死するのコサックは、人格高く道義盛なるべきの理也、而も事実は正に之と相反するを如何。
近日俄国军队之暴虐之见于北清者,于通州之一地方,为彼等所胁,赴水而死之妇女七百余人。即此一事,已足令人酸鼻而发指。试问军人的教练与战争的准备,果能养成高等之人格与道义者何在乎?彼与十三四世纪以来生于战斗死于战斗之哥沙克相比较,则人格之高,道义之盛,理也,而与实事正相反,则又何如?
○若し軍国主義が、真に国民の智徳を扶植し其地位を上進せしむるの功果ありとせば、土耳其は欧洲第一の高地位に在らざる可らず。
若军国主义真有扶植国民之智德,至于上进之地位之功果,则土耳其者,当在欧洲第一之高地位矣。
土耳其の政治(土耳其之政治)
○土耳其の政治は軍国の政治也、土耳其の予算は軍資の予算也。其武力より見れば彼は决して弱国に非ず、彼の覇権は十九世紀に於て全く地に墜つと雖も、而も善くナワリノに戦えり、善くクリミヤに戦えり、善くプレヴナに戦えり、善くテッサリーに戦えり、彼は决して弱国に非ず。
土耳其之政治,军国之政治也;土耳其之预算也,军资之预算也;自其武力而观之,决非弱国必矣。彼之霸权于十九世纪,虽全堕地;而拉瓦利之战而胜,而克利美亚之战而胜,而呼列甫拉之战而胜,而的沙利之战而胜,而彼竟为弱国者何也?
○而も是れ実に彼れの誇りとする所なる乎、誇りとするに足る者なる乎。其腐敗、其兇暴、其貧困、其無識、凡そ総ての文明的地歩に於て欧洲中の最下位に居る者は、実に彼れに非ずや。其国家的運命は将に絶えなんとする縷の如く、ニコラス一世の所謂病人を以て遇せらるる者は彼れに非ずや。
而是等之战绩,果足以自夸乎?抑亦不足以自夸乎?其腐败,其凶暴,其贫困,其无识,凡占文明的地步者,于欧洲中皆居最下之地位,非土耳其乎?其国家的运命,不绝如缕,利哥拉士一世之所谓当以病人遇之者,非彼欤?
○独逸は概して之を言う、猶お高等の教育ある国民たるを失わず、多くの文芸や科学や猶お燦然として存せり。而も鉄血主義軍国主義が彼の上下を一掃して後ち、当年の高遠なる倫理的思想今安くに在る乎。
就德意志而概言之,其国民犹不失高等之教育,其文艺与科学,灿然犹有存者,然而经铁血主义军国主义一扫之后,当年高远之伦理的思想安在哉?
独逸と一代道徳の泉源(德意志一代道德之泉源)
○彼国民や曽て欧洲に於ける一代道徳の源泉たりき。カント、シルレル、ヘルデル、ゴエテ、リヒテル、フィヒテ、ブルンチュリー、マークス、ラサール、ワグネル、ハイネ等の名は、文明諸国の仰で以て宗とする所にして、其感化の勢力や実に広大無辺なることを得たりき、而も今安くに在るや。今や吾人は、多くの芸術、多くの科学を独逸に学べり、而も哲学に於て、倫理に於て、正義人道の大問題に於て、一個の大に今の独逸の文学に学ばんとする者ある乎、一個の大に今の独逸人の教示を渇望する者ある乎。社会主義という理想の猶お中流の砥柱たるを除くの外は、欧洲諸国の仰で以て宗とするに足る者ある乎。
彼国民于欧洲曾为一代道德之源泉,若康德、西鲁列路、耶鲁的路、国耶的、利易的路、呼伊易的、布隆志耶尼、马克斯、拉沙列、瓦克列路、海列等之名,皆为文明诸国所宗仰。其感化之实力,实广大而无垠也,而今安在哉?今者吾人于艺术于科学,尚有宗德意志者,而于哲学于伦理于正义人道之大问题,谁复独宗德意志之文学者乎?谁复渴望德意志人之教示者乎?除社会主义之理想,犹为中流砥柱,尚有足为欧洲诸国之所宗仰者乎?
麟鳳は荆棘に栖まず(麟凤不栖于枳棘)
○怪しむ勿き也、麟鳳は荆棘に栖まず、ビスマーク公、モルトケ将軍を理想とせるの世界には、ゴエテ、シルレルの再生望み易からざる也。可憐なる軍国主義者よ、汝は唯だウィルヘルム、ビューロー、ワルデルシーを以て、幾何の文明を進歩し得べしとする乎。
然而不足怪也,麟凤不栖于枳棘,以彼俾斯麦莫鲁多将军之理想世界,而欲望国耶的西鲁列路之再生,甚不易也。吾所慨夫军国主义者,汝惟以乌伊路耶路母、比耶罗、瓦路的路斯而得几何文明之进步乎?
独逸皇帝と不敬罪(德意志皇帝与不敬之罪)
○故に我は謂う、軍国政治の行わるる一日なれば、国民の道義は一日腐敗する也、暴力の行わるる一日なるは、理論の滅絶一日なるを意味する也。独逸がビスマーク公の独逸となって以後、其欧洲に於ける倫理的勢力を失せるは自然の理也。現時のウィルヘルム二世皇帝が其即位後十年間に、不敬罪を以て罰せらるる者幾千人なりしを見ずや、而して此罪人中多数の丁年未満者ありしを見ずや、是れ我忠良なる日本臣民の夢想だも為ざる所ならん。軍国主義者は猶お是をしも希うべしとする乎、如此にして猶お軍国政治を名誉なりとする乎。
吾故谓军国政治之行一日,即国民之道义之多一日腐败也;暴力之行一日,即理论灭绝一日之意味也。德意志自俾斯麦公以后,其于欧洲顿失伦理的势力者,自然之理也。现时之乌阿路耶路母二世皇帝,其即位后十年间,以不敬罚罪者,至数千人;而是等罪人之中,有多数系丁年未满者,是我忠良之日本臣民之所梦想者也,犹希望是等之军国主义乎?犹希望是等军国政治之名誉乎?
其五
决闘と戦争(决斗与战争)
○軍国主義者は更に戦争を賛して曰く、国家の歴史は戦争の歴史也、個人間の紛議が决闘に依て最後の判定を得るが如く、国際間の紛議に最後の判定を与うる者は戦争也、坤輿に国家という区別存するの間は、即ち戦争は已む可らず、戦争あるの間は、即ち軍備の必要は已む可らず。且つ夫れ戦争は実に吾人が強壮の力、堅忍の心、剛毅の性を相較して、真個丈夫児の意気精神を発揚する所以也。若し之れ無くんば天下は変して懦弱なる巾幗の天下となり了らんと。豈に夫れ然らん哉。
军国主义者更赞其战争曰:国家之历史,战争之历史也。如个人间之纷议,必依决斗而后得最后之判定;则国际之纷议,而得最后之判定者,则战争之功也。坤舆存国家之区别于其间,则战争自不可已。而有战争,则军备之必要,亦必不可已。且夫战争者,实吾人相较其强壮之力,坚忍之心,刚毅之性,所以发扬“真个丈夫儿”之意气精神也。若无军国宗之势力,则天下将变为懦弱巾帼之天下,夫岂然哉?
○我は茲に個人間に於ける决闘の是非利害を言うの余地なし。然れども戦争を以て决闘に比するは不倫の極なることを断言す。西洋の所謂决闘や、日本の所謂果合いや、其目的一名誉あるのみ、一面目あるのみ、其力を較するや、極めて平等の地歩を占め極めて公明の闘いを為す、而して一人傷き若くは死せば即ち事此に了りて、他日又一毫の心に介するなし、真に丈夫の為たるを失わざる也。而して戦争に至っては全く之と相反す、其目的の卑汚、手段の陋劣至らざる所なき也。
吾今不暇斥其言个人间决斗之是非利害,然以战争比决斗,极为不伦,可断言者。西洋之所谓决斗,即日本之所谓果合(原注:即中国之比武也),其目的所在,一为名誉,一为面目也(原注:面目,犹言体面之意)。其较力也,极占平等之地步,为公明之斗,而或一人伤,一人死,其事即止。至于他日,又无一毫之介于其心,真不失为丈夫也。至于战争,则全与之相反,其目的之卑污,手段之陋劣,所必至者也。
○古の所謂名乗を揚げて一騎打の勝負を為せるの戦争は、稍や决闘と似たる有り、然れども是れ戦争に在ては尤も迂濶として嘲笑する所に非ずや。戦争は唯だ狡獪なるを要す、唯だ譎詐なるを要す。其地歩の平等と方法の公明を重ずるが如きは、宋襄の仁として千古の笑柄たるに非ずや。
古之所谓扬名誉为一骑打胜负之战争(原注:一骑打,犹言一敌一,如剧场之战也),犹有似于决斗者;然而若是之战争,其迂阔为世所嘲笑。若夫战争之技俩,唯狡狯耳,唯谲诈耳;非如决斗者,占平等之地步,重公明之方法也。若以是而用之,宋襄之仁,非千古之笑柄乎!
猾智を較するの術(较猾智之术)
○然り戦争は唯だ猾智を較するの術也、其発達は猾智の発達也。未開の蛮人が猾智を弄するや、大抵敵の不意に出るに在り、伏兵に在り、夜襲に在り、糧道を絶つに在り、陥阱を設くるに在りき。而して其猾智の及ばざる者は、其身は亡され其財は掠められ其地は奪われ、優者適者即ち狡獪譎詐に長ずる者独り存するのみ。於是乎尋常の智術其用を為さずして、更に幾多の教習調練を要するに至る、而して是等の教習調練の亦甚だ其用を為さざるに至るや、更に大に武器の技巧を相競うに至る。是れ古来戦争の技術が発達進歩せる大体の順序也。
然则战争者,惟较猾智之术耳。其发达者,猾智之发达也。不见未开化之蛮人乎,其自以为巧计也,大抵出敌之不意,或伏兵,或夜袭,或绝其粮道,或设为陷阱。而其猾智之不及者,其身亡,其财掠,其地夺。优者适者,以长于狡狯谲诈而独存,于是乎用其寻常之智术者,非更无数之教习调练而不可;而是等之教习调练,因习之而愈精,而武器之技巧,亦相竞而愈进,是古来战争之技术,其发达进步大体之顺序也。
戦争発達の歩一歩(战争发达之第一步)
○戦争発達の歩一歩は、唯だ如何にして敵人を陥擠せんかを講ぜるに在り、其目的の如何に卑汚にして其方法の如何に陋劣なるも、肯て問う所に非ざりき。是れ豈に個人の决闘と日を同じくして語るべけんや、是れ豈に男子の美徳なる強壮、堅忍、剛毅を相較する者という可けんや。宜なり、個人の决闘は其勝敗を以て最後の判决となすにも拘らず、戦争に至っては、常に復讎を以て復讎に次ぐの惨事を演出することや。
战争所发达之第一步,唯其如何而陷挤敌人,其目的无论若何之卑污,其方法无论若何之陋劣,非所问也,是岂个人之决斗所可同日而语乎?是岂男子之美德所称强壮坚忍刚毅者所可互相比较乎?个人之决斗,其胜败定于最后之判决;至于战争,则复仇之后,又有复仇者,不知演出无数之惨事也。
○所詮戦争は隠謀也、詭計也、女性的行動也、狐狸的智術也、公明正大の争いに非ざる也。社会が戦争を快として之を重んじ之を必要とするの間は、人類の道義は遂に女性的狐狸的を脱出すること能わざる也。
战争所证者,隐谋也,诡计也,女性的行动也,狐狸的智术也,非公明正大之争也。社会者,决不以战争为必要;欲求人类之道义,非急脱出女性的狐狸的不可。
○而して今や世界各国民は、此卑劣なる罪悪を行わんが為めに、多数の年少を拉して兵営という地獄に投じつつある也、野獣の性を養わしめつつある也。
今日之世界各国民,为此卑污罪恶之行,陷无数之年少投之于兵营之地狱中,以养成其野兽之性而已矣?
愛々たる田舎の壮丁(爱田舍之壮丁)
○見よ、愛々たる田舎の壮丁が、泣て其父母兄弟姊妹に別れ、泣て其牛馬鶏犬に別れ、泣て其明媚なる山水、長閑なる田園を辞して兵舎に入る。日夕聞く者は長官の厳格なる叱咤の声也、見る者は古参兵の残忍なる凌厲の色也、重きを負うて東に駆られ西に逐わる、疲を忍んで左に向い右に走る、唯だ如此き者三年、単調なる哉、苦痛なる哉。
不见夫爱田舍之壮丁乎?其父母兄弟姊妹牵衣道泣,回顾其牛马鸡犬,亦有离别可怜之色;而有情之山水,如送如迎,征夫之肠断几许矣!从此长辞田园,以入兵舍,日夕以闻者,长官之严格,叱咤之声也;所见者,古参兵之残忍,凌厉之色也;负巨肩重,奔走东西,忍疲耐饥,驰驱左右,如是者三年也,真痛苦哉!
餓鬼道の苦(饿鬼道之苦)
○彼等一日給する所僅に三銭、是れ殆ど乞丐の境遇に非ずや。而して煙草喫せざる可らず、郵税払わざる可らず、甚しきは即ち常に古参兵の虐遇を免れんが為めに、其酒食の資を賂わざる可らず、其小使金を供せざる可らず。富める者は猶お可也、身少しく貧なる者に至ては、三年の長き実に餓鬼道の苦み也、牛頭馬頭の呵責也。而も富者は高等の教育あるを以て免れ、身体羸弱なるを以て免る可し、貧民の子は常に此酷虐と苦痛とに忍ばざる可らず、公なりと云うことを得んや。我は彼等が徴兵の撿査を忌避し、舎営を脱走し、自暴自棄の極、往々耻ずべきの死を為すを憎まずして、却て其心事の甚だ哀しむ可き者あるを見る也。
日所给者,不过三钱耳,是殆乞丐之境遇也。果为烟草之费乎?果为邮税之费乎?甚且不免于古参兵之虐遇,非赂以酒食之资不可,非供其小使之金不可。若稍富者,犹之可也;至若贫者,则此三年之久,实饿鬼之困苦也,实牛头马面之呵责也。而富者尚或以曾受高等之教育而免,惑以身体羸弱而免;而贫民之子,其能免此酷虐与困苦乎?果得谓之大公乎?然而彼等以为避忌征兵之检查,与脱走营舍,谓自暴自弃之极,往往宁死而不避之,其心事固可尊敬而哀惩之也。
○夫れ如此き者三年、帰来嬴す所は何物ぞや、唯だ父母の老衰あるのみ、田園の荒蕪あるのみ、而して自身の行状の堕落あるのみ。之をしも国家の為めに必要という乎、義務と云うべき乎。
夫如此者,既三年矣,归来所嬴者何物乎?惟父母之衰老耳,田园之荒芜耳,而自身之行状亦堕落耳!果为国家之必要乎?果为吾人之义务乎?
軍備を誇揚するを止めよ(军备扬之不休)
○軍備を誇揚することを休めよ、徴兵の制を崇拝することを止めよ。我は兵営が多数無頼の遊民を産出することを見たり、多くの生産力を消糜することを見たり、多くの有為の青年を蹉跌せしむることを見たり、兵営所在の地方の風俗が多く壊乱せらるることを見たり、行軍沿道の良民が常に彼等に苦しめらるるを見たり。未だ軍備と徴兵が国民の為めに一粒の米、一片の金をだも産するを見ざる也、况んや科学をや、文芸をや、宗教道徳の高遠なる理想をや、否な唯だ之を得ざるのみならず、却て之を破壊し尽さんとするに非ずや。
夸扬军备之习不体,崇拜征兵之制不止,惟见兵营中产出无数之游民耳!惟见消糜无数之生产力耳!惟见蹉跎有为之青年耳!惟见兵营所在之地方增多无数之坏乱风俗耳!惟见行军沿道之良民,无故而受彼等之践踏耳,惟见为军备与征兵而使国民无一斛麦无一寸金耳!而况科学文艺与高远之宗教道德与理想,非惟不能助之,非尽破坏之耳不止也!
其六
何ぞ長く相挑むや(拥军人而不自宁)
○嗚呼世界各国の政治家や国民や、何ぞ爾く多数の軍人、兵器、戦艦を擁して、長く相挑まんとするや。何ぞ速かに其相欺くこと野狐の如く相喰むこと病犬の如きの境を脱出して、更に高遠なる文明道徳の域に進入するを努めざるや。
呜呼!世界各国之政治家与国民,何事耳摊无数之军人兵器战舰而不自宁也,尽不速脱出彼野狐相欺病犬相噬之境,以期更进入于高远之文明道德之域乎?
○彼等は、戦争の罪悪にして且つ害毒なることを知れり、彼等は可及的之を避けんと希わざるはなし、彼等は平和と博愛の、正義にして且つ福利なることを知れり、彼等は可及的速に之が実現を望まざるはなし。而も何ぞ断々乎として其戦争に対する準備を廃して、以て平和と博愛の福利を享けざるや。
彼等不知战争之罪恶,且不知其害毒,故彼等不知趋而避之也;彼等不知平和与博爱为正义之福利,故彼等不知希而望之也,何不断断乎废其对战争之准备而享平和与博爱之福利乎?
○彼等は生産の廉価にして且つ饒多ならんことを希えり、通商貿易の繁栄隆盛ならんことを希えり、而して軍借が莫大の資本を消糜し生産力を損耗することを知れり、戦争が通商貿易を阻礙し困頓せしむるの太甚なることを知れり。而も何ぞ直ちに軍備の費用と戦争の力を節省して、之を商工の業に投ぜざるや。
彼等不希生产之廉价与饶多,不希通过商贸易之繁荣隆盛;而不知以军备消糜其莫大之资本耗损其生产力也,而不知以战争阻碍其通商贸易困顿之甚也;何不节省其军备与战争之费用而投之工商之业乎?
平和会議の决議(平和会议之决议)
○見よ、一昨年露国皇帝が軍備制限の会議を主唱するや、列国は之に対して、决して一の違言あること能わずして、英、米、独、仏、露、澳、白、伊、土、日、清等二十余国の全権委員は明かに『現今世界の重累たる軍備の負担を制限することを以て、人類の有形的及び無形的福利を増進せんが為め、大に望むべきものたることを認む』(平和会議最終决議書)と决議せるに非ずや。而して彼等は『一般の平和を維持することに協力せんことを切に希望し、全力を竭して国際紛争を平和的に処理することを幇助するに决し……国際的正義の感を鞏固ならしめんことを欲し、……国安民福の基礎たる公平正理の原則を国際的恊商に依て定立するの須要なるを認め』(国際紛争平和的処理条約)て以て仲裁裁判に関する規定を為せるに非ずや。而も何ぞ更に此意志観念を推拡して、决然として其水陸の軍備を徹去することを為さざるや。
不见去年俄国皇帝主唱限制军备之会议,列国对之,决不能有一违言。英、美、德、法、俄、奥、白、意、土、日、清等二十余国之全权委员,非决议明认“以限制现今世界之重累之军备之负担,而增进人类之有形的及无形的福利”乎?(原注:《平和会议最后决议书》)而彼等非公认“协力以维持一切平和,竭全力以帮助平和的而处理国际之纷争,必欲国际的正义之巩固,以为国安民福之基础,公平正理之原则,依国际的协商,以定立其必要”关于仲裁裁判之规定乎?(原注:《国际纷争平和的处理条约》)何不推扩此意志与观念决然撤去其水陆之军备耶?
僅かに一転歩のみ(仅一转步)
○言うこと勿れ、今の軍備は即ち平和を確保する所以也と。彼の功名の念熾に虚栄の心盛なるの政治家や軍人や、大抵其銃砲を徒らに鏽渋せしめ、其戦艦を徒らに朽廃せしむるに堪えずして、必ずや一日機を見て之を実地に試みんと願わざるはなき、恰も酔漢の剣を持して睥睨するが如し。岌乎として殆い哉、其平和の確保より平和の攪乱となるは僅かに一転歩のみ。然り両々相持して力相当るの欧洲列国の間に在ては、勢力均衡主義の名に於て、姑く平和の確保者たらん、而も少しく人少なく力弱き亜細亜、阿布利加の如きに遇えば、忽ち変じて所謂帝国主義の名に於て、平和の攪乱者となる。現時の清国や南阿や以て見るべし。彼の武装に汲々として僅かに消極の平和を支持するは、何ぞ軍備を徹去して積極の平和を享くるに如かんや。
彼等之言曰:今之军备者。即所以确保其平和也;其然,岂其然乎?彼功名之念炽虚荣之心盛之政治家与军人,大抵徒惧其铳炮之锈涩,徒惧其战舰之朽废,必觅其机而欲于实地以试之;如醉汉之持剑,脾睨而欲试其锋,岌岌乎殆哉!其确保平和者,仅一转步实为扰乱平和耳。然在两两相持威力相当的欧洲列国之间,则名为势力均衡主义,始为确保平和者。若遇人少力弱之亚细亚与阿非利加,则又变为帝国主义以扰乱其平和焉。不见近时之于中国与南阿乎?彼等汲汲于武装者,仅支持消极之平和,决不能撤去军备而享积极之平和者,何以故也?
○而して彼等が猶お其軍備を徹去すること能わざるのみならず、却て役々労々として之が拡張の為めに、其国力を竭尽して省みざらんとするは何ぞや。他なし彼等の良心が一に其功名利慾の為めに掩わるれば也、其正義と道徳の念は、動物的天性たる好戦心の為めに圧せらるれば也、博愛の心は虚誇の為めに滅せらるれば也、理義は迷信の為めに昧まさるれば也。
彼等犹不能撤去其军备,役役劳劳而扩张之,不竭尽其国力而不止者,何也?此无他,彼等之良心,为其功名利欲所掩也,其正义道德之念,为动物的天性与好战心所压也,博爱之心,为虚夸所灭也,理义之念,为迷信所昧也。
猛獣毒蛇の区(猛兽毒蛇之区)
○嗚呼個人既に武装を解て、国家独り然ること能わず、個人既に暴力の决闘を禁じて、国家独り然ること能わず。二十世紀の文明は猶お弱肉強食の域を脱せず、世界各国民は恰も猛獣毒蛇の区に在るが如く、一日も枕を高くすること能わず、耻辱に非ずや、苦楚に非ずや。而して是れ社会先覚の士が漫然看過すべきの所なる乎。
呜呼!既能解个人之心武装,国家何独不能乎?既能禁个人暴力之决斗,国家何独不能乎?二十世纪之文明者,犹未脱弱肉强食之域也,世界各国民者,犹在猛兽毒蛇之区,不能一日高枕而卧也,非耻辱之极者乎!非痛楚之极者乎,而社会先觉之士,何漫然而不加省也?
第四章 帝国主義を論ず(论帝国主义)
其一
野獣肉餌を求む(野兽求肉饵)
○野獣が其牙を磨し其爪を琢きて咆哮するは、其肉餌を求むれば也。野獣的天性を脱する能わざるの彼等愛国者が、其武力を養い其軍備を拡張するは、一に自家の迷信、虚誇、好戦の心を満足せんが為めに、其犠牲を求むれば也。故に愛国心と軍国主義の狂熱が其頂点に達するの時に於てや、領土拡張の政策が全盛を極むるに至るは、固より怪しむに足らず。今の所謂帝国主義なる政策の流行は即ち是れのみ。
野兽磨其牙,琢其爪,咆哮而肆威猛者,求其肉饵也。不能脱野兽的天性之彼等爱国者,养其武力,扩张其军备,自陷于迷信虚荣好战之心者,求其牺牲也。故爱国心与军国主义之狂热,达其极点之时,即为扩张领土之政策极其全盛之时,是固不足怪者。今之所谓帝国主义之政策之流行者,即是也。
領土の拡張(领土之扩张)
○然り、所謂帝国主義とは、即ち大帝国の建設を意味す、大帝国の建設は直ちに領属版図の大拡張を意味す。而して我は悲しむ、領属版図の大拡張は、多くの不正非義を意味することを、多くの腐敗堕落を意味することを、而して遂に零落亡滅を意味することを。何を以てか之を言う。
然则所谓帝国主义者,即欲建设大帝国之意味。建设大帝国者,即欲大扩张其领属版图之意味。而吾所悲夫大扩张领属版图者,盖以其因不正非义之意味,与腐败堕落之意味,而遂流于零落灭亡之意味也。何以言之?吾试申而论之:
○夫れ大帝国の建設が、唯だ主人なく住民なき草萊荒蕪の山野を拓開して、之に移植するに止まらしめば、是れ甚だ佳なる可し、然れども智術の日に巧にして交通の日に便なる、今や渾円球上何の処にか此無主無人の地を発見することを得る乎。世界到る所既に主人あり住民ありとせば、彼等の果て暴力を用いず、戦争を為さず、若くば譎詐を行わずして、能く尺寸の地を占取することを得る乎。欧洲列国の亜細亜、阿布利加に於ける、米国の南洋に於ける版図拡張の政策は、皆な之を行るに軍国主義を以てせるに非ずや、武力を以てせるに非ずや。
夫建设大帝国者,惟主人于住民开拓草莱荒芜之山野而移植之,是固可嘉也。然而智术日巧,交通日便,今日浑圆之球上,何处而有无主无人之地乎?遍世界之内,即无无主人与住民者,彼等果能不用暴力,不为战争,不行谲诈,而能占取尺寸之地乎?欧洲各国之于亚细亚阿非利加,美国之于南洋,其扩张版图之政策,非皆以军国主义行之者乎?非皆以武力行之者乎?
○而して彼等皆な此政策の為めに、日に千万の金を費し、月に数百の人命を損して、期年を越えて其終局する所を知らず、役々労々として永遠に自ら苦しむ甚しきを致す者、洵に彼等が動物的愛国心の勃々禁ずる能わざるが為めに非ずや。
彼等皆为此政策,日费千万之金,日损数百人之命,动越期年,而不知其终局,役役劳劳,永远自苦,非为彼等动物的爱国心所鼓动勃勃不能禁欤!
大帝国の建設は切取強盗也(建设大帝国者切取强盗也)
○思え唯だ其武威を張らんが為めに、唯だ其私慾を満さんが為めに、恣まに他の国土を侵略し、他の財貨を掠奪し、他の民人を殺戮し若くば臣妾奴僕として、而して揚々として曰く、是れ大帝国の建設也と。然らば即ち大帝国の建設は直ちに切取強盗の所行に非ざる耶。
唯思张其武威,唯思满其私欲,侵略他人之国土,掠夺他人之资财,杀戮他人之臣民,而臣妾之,奴仆之,而扬扬曰,是建设大帝国也。然即今其果能建设大帝国,究何异于窃取强盗之所为耶?
武力的帝国の興亡(武力的帝国之兴亡)
○切取強盗は武士の習いと思惟せる非義不正の帝王政治家は、之を為して以て快となす、前世紀以前の所謂英雄豪傑の事業は多く是れなりき。然れども見よ、天は决して此不正非義を恕せざる也、古来彼等が武力的膨脹の帝国にして能く其終を克くせる者ある乎。彼等帝王政治家は、初めや其功名利慾の為めに、若くば国内の結合安寧を持せんが為めに、頻に国民の獣性を煽揚して以て外国を征する也、而して之に勝て其領土を拡張する也、大帝国は一たび建設せらるる也、而して国民は虚栄に眩し、軍人は権勢を長ずる也、新附の領土は圧制せられ酷虐せられ、其貢租は重くせられ、其財貨は奪わるる也、次で至る者は領土の荒廃、困竭、不平、叛乱也、本国の奢侈、腐敗、堕落也、而して其邦家は更に他の新興の帝国に征服せらるるに至る、古来の武力的帝国の興亡殆ど其揆を一にせざるなし。
窃取强盗者,武士之习也,而非义不正之帝王政治家,所赞美而嘘助之者也!前世纪以前所谓英雄豪杰之事业,大抵如此。然默而察之,天决不恕此等之不正非义者也。古来彼等武力的膨胀之帝国,果能久远保守者乎?彼等之帝王政治家,其初为功名与利欲,若国内既能结合安宁,则必煽扬国民之兽性,以从征于外国也。战而胜之,则必扩张其领土以建设一大帝国。而国民则炫于虚荣,而军人则日长其权势,以压制酷虐新附之领土,以重征其贡租,掠夺其财货也。而继其后者,则领土之荒废困竭不平,叛乱相乘而其,而本国之奢侈腐败堕落随其后焉,而其邦家又更为其新兴之帝国所征服。古来武力的帝国之兴亡,其揆一也。
○在昔シピオ、カルセーヂの廃跡を見て歎して曰く、羅馬も亦一日如此くならんと、然り真に一日如此くなりき。成吉士汗の帝国今安くに在る乎、奈勃翁の帝国今安くに在る乎、神功の版属今安くに在る乎、豊公の雄図今安くに在る乎、唯だ朝露の消て痕なきが如きにあらずや。言うこと勿れ、基督教国の帝国は决して亡滅することなしと、羅馬帝国の末年は基督教化されざりし乎。言うこと勿れ、蓄奴解放以後の帝国は决して衰頽することなしと、西班牙大帝国の本土は蓄奴の制を廃し居たるに非ざる乎。言うこと勿れ、工業的帝国は决して零落することなしと、ムーア人及びフロレンタインは頗る工業的国民に非ざりし乎。
昔在西比阿见加鲁些志之废迹而叹曰:罗马亦有如此之一日乎?然竟有如此之一日也。成吉思汗之帝国安在乎?拿破仑之帝国安在乎?神功之版属安在乎?丰公之雄图安在乎?如朝露,如晨霜,消灭而无痕矣,若谓基督教国之帝国,绝不灭亡,则罗马帝国之末年,非受基督教化者乎?若谓解放蓄奴以后之帝国,决不衰颓;西班牙大帝国之本土,非废蓄奴之制者乎?若谓工业的帝国,决不零落,木麦人及呼罗林他因人,非工业的国民乎?
○国家の繁栄は决して切取強盗に依て得べからず、国民の偉大は决して掠奪侵略に依て得べからず、文明の進歩は一帝王の専制に在らず、社会の福利は一国旗の統一にあらず、唯だ平和なるに在り、唯だ自由なるに在り、博愛なるに在り、平等なるに在り。思え、我国北条氏治下の人民は、忽必烈の士卒に比して如何に其生を遂げ得たるよ、現時白耳義の人民は、独露諸国の人民に比して如何に其太平を楽しめるよ。
国家之繁荣,决不因窃取强盗而得之也;国民之伟大,决不因掠夺侵略而得之也;文明之进步,决不在一帝王之专制也;社会之福利,决不在一国旗之统一也。唯在平和,唯在自由,唯在博爱,唯在平等。昧昧我思之,我国北条氏治下之人民,比忽必烈之士卒,果谁得遂其生乎?今日白耳义之人民,比俄、德诸国之人民,其享太平之幸福,孰为优劣乎?
零落は国旗に次ぐ(国旗之零落)
○誰か言う、『貿易は国旗に次ぐ』と、歴史は明らかに零落の国旗に次ぐことを示せり。而も前車覆えりて後車其軌を次ぐ、走馬灯の廻転究極する所なきが如し。我はシピオをして又今日の欧米諸国の末路を嘆ぜしむるを恐るる也。
故以工商业而建国旗者,与帝国主义而建国旗者,固相殊也。否则其国旗之零落,可立而待也。前车既覆,后车继徇其轨,如走马灯之回转,不知其所究极,吾不禁为西比阿而叹息,又不禁为今日欧、美诸国之末路而惕惕然惧也!
其二
国民の膨脹乎(国民之膨胀乎)
○帝国主義者は曰く、古の大帝国建設が帝王政治家の功名利慾の為めにせるは洵とに然り、然れども今の領土拡張は其国民の膨脹已むを得ざれば也。古の帝国主義は個人的帝国主義なりき、今の帝国主義は名けて国民的帝国主義と称すべし。古の非義と害悪とを以て决して今を律す可からずと。
然帝国主义者曰:古之建设大帝国之帝王政治家,为功名利欲所驱使,是洵然矣。然今之扩张领土者,为其人民膨胀之不得已也。古之帝国主义,为个人的帝国主义;今之帝国主义,为国民的帝国主义;决不得以古之非义致恶害,而律今之世界也。
○真に然る乎。今の帝国主義は国民の膨脹なる乎。是れ少数政治家軍人の功名心の膨脹に非ざる乎、是れ少数資本家、少数投機師の利慾の膨脹に非ざる乎。見よ、彼等が所謂『国民の膨脹』せる一面に於ては、其国民の多数が生活の戦闘は日に激甚に赴けるに非ずや、貧富は益す懸隔しつつあるに非ずや、貧窮と飢餓と無政府党と、及び諸般の罪悪は、益す増加しつつあるに非ずや、如此にして彼等多数の国民は何の遑あって、能く無限の膨脹を為すことを得んや。
是真然乎?今之帝国主义,果为国民之膨胀乎?是非少数之政治家与军人,功名之心膨胀者乎?是非少数之资本家与少数之投机师,利欲之所膨胀乎?但见彼等所谓“国民膨胀”之一面而不见多数之国民,乐于战斗之生活者之甚激也,而不见社会上贫富之益悬隔也,而不见贫穷者饥饿者与无政府党及诸般之罪恶者之益增加也。以彼等如是之多数国民,何遑能为无限之膨胀也?
少数の軍人政治家資本家(少数之军人政治家资本家)
○而も彼少数の軍人、政治家、資本家は、憐れむべき国民多数の生産を妨害し、其財貨を消糜し、其生命をすら奪うて以て大帝国の建設を試みつつある也。多数の自国国民の進歩と福利を犠牲として、而して彼の貧弱なる亜細亜人、阿布利加人及び比律賓人を脅赫凌虐しつつある也。而して名けて国民の膨脹という、妄も又甚しと謂うべき也。仮に国民の多数が此政策に与みせりとするも、豈に是れ真個の膨脹ならんや、唯だ彼等が野獣的好戦心の巧みに煽起せられたるが為めのみ、愛国的虚栄と迷信と狂熱との一時の発越に過ぎざるのみ。其非義と害毒は决して古帝王の帝国主義に譲る所なきを見る也。
而彼少数之军人政治家资本家,不惜妨害多数国民之生产,消糜其财货,掠夺其生命,以建设其大帝国也;不惜牺牲其多数自国国民之进步与福利,而威吓凌虐彼贫弱之亚细亚人阿非利加人及菲律宾人也,而名为国民之膨胀,真耶?妄耶?假使此多数之国民,不与闻此政策,未见其膨胀也,惟为彼等野兽的好战心所煽起,不一时为爱国心之虚荣迷信狂热之发越也,其非义与毒害,决不让古帝王之帝国主义明矣!
トランスワールの征討(德兰土瓦路之征讨)
驚くべき犠牲
○英国のトランスワールを征するや、ボーア人の独立を奪い自由を奪い、其有利なる金礦を奪い、英国国旗の下に阿布利加を統一して、其鉄道を縦貫せしめ、以て少数資本家、工業者、投機師の利慾を満足せしめんが為めなりき、セシルロードの野心とチャンバーレーンの功名を満足せしめんが為めなりき。而して彼等は此無用なる目的の為めに、如何に恐るべく驚くべき犠牲を供しつつあるかを見よ。
英国之征德兰士瓦路也,夺波亚人之自由与独立,夺其大利之金矿,以统一阿非利加于英国国旗之下,纵贯其铁道;而少数之资本家工业者投机师之利欲,于是满足也,而些须路罗德之野心,与志扬巴林之功名心,于是满足也。而彼等为此无用之目的,任其如何之惊恐而不顾,但求为其牺牲而已矣!
◯一千八百九十九年十月、トランスワール戦争の開始以来、我が此稿を艸するの時に至るまで殆ど五百日、其間英兵の死者既に一万三千に達す、負傷者は更に之よりも多し。而して別に不具者となって兵役を免じて家に帰る者三万人、土人の死者に至っては其数を知らずと云うに非ずや。
1899年10月,自得兰士瓦路战争开始以来,距吾著此书起草之时,方五百日,其间英兵之死者,已达一万三千,负伤者倍之,因伤而肢体不具,免兵役而归者三万人,土人之死者,不知其数也,呜呼惨哉!
数万人の鮮血の価十億万円(牺牲数万人鲜血之价十亿万圆)
○更に彼等が財政的犠牲を見よ、其二十万の兵士を二千里の外に曝すが為めに、多数の船舶の徃返の為めに、一日の費実に二百万円を算す、彼等は既に十億円の富を以て両国民の鮮血に代えしに非ずや。而して此間金礦採堀の停止は、殆ど二億円の金の産出を减ぜりというに非ずや。独り両国の不幸のみならず、其世界の福利に影響する所尠少なりと云う可けんや。
不更见为彼等财政的牺牲乎!为其二十万之兵士曝于二千里之外,为其往返多数之船舶一日之费,实计二百万圆。彼等非以十亿圆之富而购两国国民之鲜血乎?而其间之金矿,以战争而停止采掘者,殆减二亿圆金之出产,非独两国之不幸,其影响于世界之福利者,尚不尠也!
○土人の惨状に至っては特に憫む可し。彼等が英人の為めに虜囚となって、既にシントヘレナに竄せらるる者六千人、錫蘭嶋に流さるる者二千四百人、今やキッチェネル将軍は更に一万二千人を印度に送らんとす。而して両共和国の壮丁は殆ど尽き、田園は全く荒廃し、兵馬過ぐる所野に青艸なしという。嗚呼彼等果して何の咎ある乎、何の責ある乎。
至若土人之惨状,尤为可悯,彼等为英人之囚虏,窜于新德耶列拉者六千人,流于锡兰岛者二千四百人。今者其志耶列路将军,更送一万二千人于印度,而两共和国之壮丁,凋残殆尽矣。田园荒芜,庙宇倾颓,兵马所经,野无青草。呜呼!彼等果何咎乎?果何罪乎?
○如此にして猶お、今の帝国主義は非義不正ならずと云う乎、暴横害毒ならずという乎。高尚なる道義を有する国民の容る可き所なる乎、二十世紀文明の天地に容る可き所なる乎。
既如此矣,今之帝国主义者,犹得谓非非义不正乎?非横暴毒害乎?可容于有高尚道义之国民乎?可容于二十世纪文明之天地乎?
独逸の政策(德意志之政策)
○自由を尊び平和を愛すと称するの英国すらも猶お然り、我は彼独逸国、軍国主義の化身たる独逸国が、其陸海軍備の大拡張の為めに常に多数の貴重なる犠牲を供するを怪しまず。去年北清の乱、独逸皇帝が復讎の語を絶呌してワルデルシー将軍を東亜に派するに至るや、同年九月同国社会党大会の决議は、独逸帝国主義の真相を喝破し得て余りあり。
以尊自由爱平和称于世界之英国,犹然如此,更何论于德意志矣。彼德德意志者,固军国主义之化身也;为大扩张器海陆军备,常以多数贵重之事物,供其牺牲,更无足怪矣。去年北清之乱,德意志皇帝復雠之语,不绝于口,派瓦路的路斯将军,特至东亚。是年9月同国社会党大会之决议,于德意志帝国主义之真相,喝破而无余蕴矣。
独逸社会党の决議(德意志社会党之决议)
○マインツに開ける独逸社会党の総会は决議して曰く、
独逸帝国政府が取りたる支那戦争政策は、資本家の利益狂心と、大帝国建設という軍事的栄誉心と、掠奪的情慾に出たるものにして、此政略は外国の土地を強制的に領有し、其住民を抑圧するを以て主義とする者也。此主義の結果は掠奪者をして獣力を振い破壊を逞くせしむるに帰すべく、強暴非義の手段に依て呑噬の慾を充し、為めに虐待を受けたる者は、断ず掠奪者に向って反抗を試むるに至らん。加之海外の掠奪政策及び征服政策は、必ず列国の嫉視と競争とを喚起し、為めに海陸軍備の負担に堪えざらしむるに至らん。是れ実に危険なる国際上の葛藤を招き、世界一般の大混乱を惹起するに至るべし。
我社会民主党は、人間が人間を抑圧し滅燼するの主義に反対するが故に、断乎として掠奪政策、征服政策に反対す。人民の権利、自由、独立を尊重し保護し、近世文明の教義に依りて、世界各国の文化の関係、交通の関係を保持するは、是れ我党の希図する所也。現今各国の中流社会及び軍事上の勢力を有する者が応用する所の教則は、是れ文明に対する大々的侮辱なり、云々。
何ぞ其言の公明にして高尚なるや、所謂炳乎として日星と光を争う者有るにあらずや。
马易索开德意志社会党之总会,其决议摘录于左:
德意志帝国政府于支那战争政策者,出于资本家之利益狂心,与建设大帝国之军事的荣誉心,掠夺的情欲心而已。此政略者,以强制的领有外国之土地,抑压其住民为主义者也。此主义之结果,掠夺者振其兽力以逞其破坏,以强暴非义之手段,充其吞噬之欲,决其彼之受虐待者,断不敢向掠夺者而试其反抗之力也。虽然,是等之兽力,仅足以欺压彼之老大帝国耳!而海外之掠夺政策及征服政策,必唤起列国之嫉视与竞争,于是海陆军备之负担,不至不堪而不止。国际上之葛藤,必招危险,则世界一般之混乱,不知其所税驾矣。我社会民主义党者,与‘人间与人间’互相抑压互相灭烬之主义为反对者也,断乎必与掠夺政策征服政策为反对,以保护人民之权利,而尊重自由与独立,依近世文明之教义,与世界各国文化之关系及交通之关系而保持之,是吾党之所希图也。现今各国中流社会及军事上之有势力者,所应用之教则,皆为对文明的之大侮辱,是吾党之所必反对也。
何其言之公明高尚也,所谓炳乎与日月光者,非此论乎?
○然り掠奪、征服に依て領土の拡張を図れる欧洲諸国の帝国主義は、実に文明人道に対する大々的侮辱たる也。而して我は米国の帝国主義に於ても、亦た多くの不正と非義とを認めざるを得ず。
然则依掠夺征服依图扩张领土欧洲诸国之帝国主义者,是对文明人道之大侮辱,不待言矣。进而再征美国之帝国主义,其非义与不正,亦岂让于彼耶?
米国の帝国主義(美国之帝国主义)
比律賓の併呑(菲律宾之并吞)
○米国が初めキュバの叛徒を助けて西班牙と戦うや、自由の為めに人道の為めに其虐政を除くと称す、真に如此くんば義甚だ高しとするに足る者あり。而して若しキュバの民其恩に感じ徳を慕うて、以て米国治下の民たらんことを希わば、之を併すも亦可ならずとせず。我は必しも米国が百方策を講じてキュバ島民を煽動教唆せるの迹を摘発せざる可し。然れども彼比律賓群嶋の併呑征服の事に至ては、断じて恕す可らず。
美国之初,则助起耶巴之革命党以与西班牙战,自称为自由为人道,以除其虐政,若真有若此之高义足以发扬公理者。若起耶巴之民,果真感恩慕德,以希为美国治下之民,则并之亦何不可。而美国者必百方诡计以摘发起巴耶岛民煽动教唆之迹,而乘其隙焉,卒至于吞并征服菲律宾群岛而后止,是犹可恕欤!
独立の檄文と建国の憲法を奈何(独立之檄文建国之宪法奈何)
○米国にして真にキュバ叛徒の自由の為めに戦える乎、何ぞ比律賓人民の自由を束縛するの甚しきや。真にキュバの自主独立の為めに戦える乎、何ぞ比律賓の自主独立を侵害するの甚しきや。夫れ他の人民の意思に反して、武力暴力を以て強圧し、其地を奪い富を掠めんとす。是れ実に文明と自由の光彩燦爛たる米国建国以来の歴史を汚辱するの甚しき者に非ずや。夫れ比律賓の地と富とを併すは、米国の為めに固より多少の利益なるべし、然れども利益なるが故に為すを得べしとせば、古武士の切取強盗も亦利益の故に為し得べしと云う乎。彼等は果して、彼等の祖先が独立の檄文、建国の憲法、モンローの宣言を何の地に置かんとする耶。
彼美国者,果真为起耶巴革命党之自由而战乎?而何束缚菲律宾人民自由之甚也!果真为起耶巴自主独立而战乎?何侵害菲律宾自主独立之甚也!反其人民之宗旨,而以武力暴力而强压之,羡其地之美富而攘夺之计,实为光彩灿烂之文明与自由之侮辱,而美国建国以来历史上之秽史也!夫彼吞并菲律宾之富地,于美国固有多少之利益,然为一己之利益而背文明之公理,可乎?则古之武士窃取强盗之主义,亦为一己之利益故也;彼等将其祖先独立檄文,建国之宪法,孟罗之宣言,置于何地耶?
○言うこと勿れ、領土の拡張は国家生存の必要已むことを得ずと。彼等の出師や初め自由と人道とを呼号し、忽ち変じて国家生存の必要に藉口す、何ぞ其堕落するの甚だ急なるや。
姑勿论夫扩张领土,非国家生存之必要,出于不得已也。而彼等出师之初,非高唱自由与人道乎?忽变而借口为国家生存之必要,何其堕落之太速也!
○仮に彼等の言の如く、領土の拡張するに非ずんば、米国が経済的の生存危険なること有りとせん耶、彼れ縦令比律賓を併すも、其得る所の富と利益や知る可きのみ、能く其危険を救うに足らんや、唯だ其生存の以て一日を緩くするに過ぎざるのみ、然り其衰亡は唯だ時間の問題ならんのみ。彼等が土地と人口と、彼等が資本と企業的勢力の無限なるを以てして、敢て此悲観的口実を設くる、我は其杞憂に過ぐるを笑わざらんと欲するも得ざる也。
假如彼等之言,非扩张领土也,而为美国经济的生存危险也;然彼纵不并吞菲律宾,其所得之利益未必不如之也。果借菲律宾而救其危险乎?果有生存一日不可缓之势乎?果有衰亡即在时间之问题乎?彼等之土地之人口,彼等之资本以企业的无限之势力,而敢设此悲观的口实,果欺人耶?抑亦自欺耶?
米国の危険(美国之危险)
○我は信ず、将来米国が国家生存の危険ということ、万一之れ有りとせば、其危険は决して領土の狭きに在らずして、領土拡張の究極なきに在り、対外勢力の張らざるに在らずして、社会内部の腐敗堕落に在り、市塲の少きに在らずして、富の分配の不公なるに在り、自由と平等の滅亡に在り、侵略主義と帝国主義の流行跋扈に在りと。
吾所敢决然而信者,将来美国国家生存之危险,万一有之,其危险决不在领土之狭,而在扩张领土之究极也;不在对外势之不张,而在社会内部之腐败衰落也;不在市场之少,而在富厚分配之不公也;不在自由平等之灭亡,而在侵略主义帝国主义之流行跋扈也!
米国隆盛の原因(美国隆盛之原因)
○一たび米国今日の隆盛繁栄を致せし所以を想い見よ。自由耶、圧制耶、理義耶、暴力耶、資本的勢力耶、軍備的威厳耶、虚栄なる膨脹耶、勤勉なる企業耶、自由主義耶、帝国主義耶。今や彼等、一種の功名利慾の為めに、愛国的狂熱の為めに、競うて邪径に入らんとす。我は彼等が前途の危険を恐るるのみならず、実に自由と正義と人道の為めに悲しむや深し。
则试研究美国今日所以致若是之隆盛繁荣者,自由耶?压制耶?理义耶?暴力耶?资本的势力耶?军备的威严耶?虚荣之膨胀耶?勤勉之企业耶?自由主义耶?帝国主义耶?今日彼等为一种功名利欲,为爱国的狂热,竞入邪径而不返,吾为彼等前途之危险而大惧,吾又为自由正义人道而深悲也!
デモクラット党の决議(德莫克拉多党之决议)
◯一昨年秋、米国アイオワ州のデモクラット党が决議の一節は、大に我心を得たるものあり、曰く
吾人は比律賓の征服に反対す。何となれば帝国主義は軍国主義を意味すれば也、何となれば軍国主義は武断政治を意味すれば也、何となれば武断政治は合議政治の死亡を意味し、政治的及工業的の自由の破壊を意味し、権利平等の殺害と民主制度の殲滅を意味すれば也。
然り、帝国主義は到る所に、如此きの不正と害毒を行わんとする也。
去年之秋,美国呼易阿瓦州之德莫克拉多党决议之一节,深得我心矣!其言曰:
吾人之反对征服菲律宾,盖深痛夫帝国主义,即军国主义意味也。盖深痛夫军国主义,即武断政治意味也。盖深痛夫武断政治者,即合议政治死亡之意味也,即政治的及工业的破坏其自由之意味也。即杀害世界之权利平等歼灭世界之民主制度之意味也。
然则帝国主义之所极,必行如此之不正与毒害明矣。
其三
移民の必要(移民之必要)
○英独の帝国主義者が大帝国建設を必要とする第一の論拠は移民に在り。彼等は揚言して曰く、今や我国の人口歳に繁殖して貧民日に増加す、版図の拡張は過剰の人口移住の為めに已む可らずと。一見甚だ理有るに似たり。
英、德之帝国主义者,以为建设大帝国之必要,第一之论据,则在移民。彼等扬言曰:今日我国之人口,日益繁殖,而贫民日益增加,所以扩张版图者,不过移住人口所不得已者也。贸贸然闻之,于理亦似尚近也。
人口増加と貧民(人口増加与贫民)
○英独の諸国が人口の増加は事実也、貧民の増加も亦た事実也。然れども貧民の増加せる因由は一に人口の増加に帰す可き耶、之が救済は海外移住の外遂に策なき耶、是れ一考すべきの所也。彼等の言の如くんば、其論理は即ち、人口多ければ財富乏しく、人口希少なれば財富饒しと云うに帰着せん、笑う可き哉、是れ実に社会進歩の大法を無視せる也、ソシアルサイエンスを無視せる也、経済の学理を無視せる也。
然而英、德之诸国,其人口之增加,事实也。至若贫民之增加,别有因由,而可归于人口之增加耶?欲救济之,舍移住海外之外,遂无策耶?是殆未尝一考也。如彼等之言,即其论而研究之,人口多者财富乏,人口少者财富饶足,果有是事耶?是可笑之甚也!是实未知社会进步之大法也,未知“纳税来尔赛因士”也,未知经济之学理也。
○禽獣魚介は皆な自然の食物を食う、食う者益す多くして食物益す减ずるは必至の理也、然れども人は生産的動物也、天然力を利用して自ら其衣食を生産し得るの智識と能力を有す。而して此智識や能力や、一年は一年より、一時代は一時代より、駸々として改善し進歩し増加しつつある也。故に殖産的革命の行われて以来、世界の人口が幾倍すると同時に、其財富は確かに幾十百倍せる也、而して英独の諸国は実に此世界富財の大部を占取せる者に非ずや。
禽兽鱼介者,皆食自然之食物者也,食者益多,则食物益减,必至之理也。若夫人者,生产的动物也,有利用天然力自得其衣食与生产之智识与能力;而此智识与能力者,一年异于一年,一时代异于一时代,骎骎改良,以增加其进步者也。故自殖产的革命之行以来,世界之人口同时已增数倍,其财富亦渐增数十倍矣。故英、德诸国者,非实占取世界财富之大部,而尚借口贫民欤?
貧民増加の原因(贫民增加之原因)
○夫れ富既に世界に冠たり、而も貧民の日に増加する者、豈に人口充溢の罪ならんや、盖し其因由の別に存するなくんばあらず。然り彼等が貧民の増加は、実に現時の経済組織と社会組織の不良なるが為めのみ、随って資本家や地主や、法外の利益と土地を壟断するが為めのみ、随って富財の分配の公平を失せるが為めのみ。故に我は信ず、真正文明的道義と科学的智識に依て此獘因を除去するに非ずんば、移民の如きは一時の姑息なる灌膓的治療に過ぎず、縦令全国の民を尽く移住し尽すも、貧民は决して迹を絶たざらん也。
虽然,德之财富,既冠世界矣,而贫民仍日增加者,岂人口充溢之罪?蓋别有因由存乎其间也。彼等贫民增加之因由,因现时经济组织与社会组织之不良,因资本家与地主垄断法外之利益与土地,因财富分配之失其公平。故自吾而策之,非依真正文明的道义与科学的智识,以除去此弊因不可。但如移民之策,不过一时之姑息,灌肠的治疗耳!纵令全国之民,移住净尽,而贫民仍不能绝迹于世界也。
○仮に一歩を譲って、移民は、人口充溢と貧民増加に対する唯一の救済策なりとせよ、而も彼等は果して版図拡張の必要ある乎、大帝国建設の必要ある乎、彼等の人民は果して自国の国旗の下に非ざれば生活すること能わざる乎。乞う事実を見よ。
更推而求之,彼之移民者,果为对人口充溢与贫民增加之惟一救济策,而彼等果非为扩张版图之必要乎?非为建设大帝国之必要乎?彼等之人民,非隶于本国国旗之下而能生活乎?则何不见诸实事,以释吾人之疑也。
英国移民の統計(英国移民之统计)
○英国版図の広大なる、既に日没の時なしと称せらる、而も一千八百五十三年より千八百九十七年に至るの間、英人及び愛蘭人の海外に移住する者約八百五十万人中、其自国の殖民地に赴けるは僅に二百万人に過ぎずして、他の五百五十万人は皆な北米合衆国に向える也。一千八百九十五年に於ける英国移民の統計は、吾人に示すに左表を以てせり。
北米合衆国へ 一九五、六三二人
濠州へ 一〇、八〇九人
北米英領へ 二二、三五七人
其自国の領土に赴く者は、領土以外の国に赴く者に比して、六に対する一の割合に過ぎざるに非ずや。
英国版图之广大,既以遍于“日所照处”而见称于世界矣。自1853年至1897年之间,英人及爱兰人移住海外者,约八百五十万人,其自国而赴殖民者不过二百万人,其余之五十万人皆自北美合众国而至者也。今据1895年英国移民之统计,表之于左,以备吾人之考察焉:
北美合众国 195632
澳洲 10809
北美英领土 22357
其自自国而赴领土者,不过对六之一之比例耳。
○彼等移民は、自由の在る処是れ我郷のみ、必しも其移住地が母国の版図たると否とを問わざる也。故に知る、帝国主義者が口を移民の必要に籍くの毫も理由なきものたるを。
彼等移民者,不必问其必自乡里也,不必问其必自母国之版图也,故知彼帝国主义者借口移民为必要者,决无理由也。
移民と領土(移民与领土)
○我は移民を以て悪事と為さず、少くともスパルタ人が其奴隷の人口増加を憎んで之を殺戮せしに比すれば、頗る進歩せる方法たるを疑わず。然れども世界領土の拡張し得べき者元と限りありて、人口増加は限りなからんとす、若し移民が自国の領土なるべきを必すとせば其困迫は坐して待つべき也。
吾之痛恶移民之事,非如司拔路他人恶其奴隶人口之增加而杀戮之也,必求进步之方法,此固毫不容疑者。蓋世界之中,扩张所得之领土,本来有限,而人口之增加仍无限也,若必移民于自国之领土,其困迫可坐而待也。
○思え、英独諸国は初めや亜細亜、阿布利加の無人の境に向って其領土を求むべし、而して之を分割すべし、而して移民は遂に分割せる領土に充満すべし、而して更に他の領土を求めて余地なきに至るべし、是に於てや彼等諸国は互に相殺し相奪わざる可らず、而して遂に武力強大の一国が他の領土を取り得たりとせよ、其領土も亦た若干年にして充溢すべし、而して次で来る者は自家の困迫零落ならざる可らず。如此き者が即ち帝国主義者の論理なり、目的なりとせば、甚しい哉其非科学的なることや。
昧昧我思之:英、德诸国之初向亚细亚,阿非利加无人之境,而求其领土而分割之;而所移民之遂充满于所分割之领土;而更进而求其余之领土,至无余地。于是彼等诸国,非相杀相夺而不可。而武力强大之一国不得不取他国之领土而移殖之;而其所得之领土,不数年而又充满,而后来者又复困迫零落而无策焉。帝国主义者之理论之目的如此也,甚哉其非科学的之所能实测也!
○而して一方に見る、仏国も現に熾に其領土の拡張を求めて已まず、然れども彼の人口の决して増加せず、其貧民の比較的少きに見ば、豈に移民の必要より来れる者という可けんや。
更就一面而观之,彼法国之扩张领土也,如火如炽,求之不已。然彼之人口,决不见其增加也。其贫民则比较的,未见其多也。彼以移民为必要者,又何说也?
○今や米国も亦領土の拡張を求むるも、其移民の必要より生ずるに非ざるは明らか也。米国領土の大、天富の饒、世界の移民之に就くこと百川の朝宗するが如し。独り英人の之に赴く多数なるのみならず、独逸人が一千八百九十三年より一千八百九十七年に至るの間、海外移住者二十二万四千人中、其十九万五千人は米国に向える也。而して瑞西、和蘭、スカンヂナビア諸国の移民亦皆な多く之に徃く。世界各国の移民を併せ呑むの米国、豈に自家の移民を奨励するの要あらんや。
今日之美国,亦求扩张领土者也。非关其人口之增加以移民为必要者,明矣。美国领土之大,天富之饶,世界移民之就之者,如百川之朝宗也。而以英国之人为占其多数,若德意志人,自1893年至1897年之间,移住海外者二十二万四千人,其十九万五千人皆自美而移者也。而瑞西、和兰、斯康巳拿挪诸国之移民者,亦皆如之。世界各国之移民,将欲并吞美国,而美国独复奖励移民者,岂真人民之膨胀欤?
○伊太利も其財を糜し人を殺して、アビシニア広漠の野に殖民地を得んが為めに苦闘しつつあるに拘らず、其移民は皆な南北両米の外国々旗の下に赴きつつある也。
伊太利糜财巨万,杀人盈野,苦斗不已,所得马比西尼亚,广漠之殖民地,其所移民,皆赴南北两美外国国旗之下者也。
大なる謬見(大谬见)
○故に我は断言す、帝国主義と名くる領土拡張政策が、真に移民の必要より起れりと為す者は、是れ大なる謬見也、若し夫れ移民を以て単に其口実と為すが如きは、自ら欺き人を欺くの甚しき者、取る可らざるや論なき也。
吾故断而言之,名为帝国主义而建扩张领土之政策以移民为必要者,是大谬见也。若夫仅以移民为口实,是不徒欺人,而实自欺之甚者也,皆不足论者也。
其四
新市塲の必要(新市场之必要)
○帝国主義者は万口一斉に呌で曰く、『貿易は国旗に次ぐ』、領土の拡張は、実に我商品の為めに市塲を求むるの急に出ずと。
帝国主义者万口同声曰:欲以商务而建国旗,则扩张领土者,实为我商品求市场最急之要务也。
○我は世界交通の益す利便ならんことを欲す、列国貿易の益す繁栄ならんことを欲す。然れども英国物品の市塲が必す英国々旗の下に在らざる可らず、独逸物品の市塲が必ず独逸国旗の下に在らざる可らずという理由、果して那辺に在りや。吾人の貿易は武力暴力を以て強るに非ざれば行うを得ずという理由、果して那辺に在りや。
吾不知欲益列国交通之便利,欲益列国贸易之繁荣!而英国物品之市场必不在英国国旗之下,而必移民以求之;德国物品之市场,必不在德国国旗之下,而必移民以求之,吾真不解其理由之何在也?吾人之贸易,非强以武力暴力,则必不得行之,吾又不解其理由之何在也?
暗黒時代の経済(黑暗时代之经济)
○暗黒時代の英雄豪傑は、自国の富盛を希うが為めに、常に他国を侵掠し、其財富を劫掠し、其貢租を徴収せり。成吉士汗、帖木児の経済は如此くなりき。若し帝国主義者にして、唯だ他の蛮族を圧倒して其地を奪い、其人を臣僕として之に売買を強るを以て其経済の主義とせば、何ぞ暗黒時代の経済に異ならんや。是れ文明の科学の决して許さざる所に非ずや。
黑暗时代之英雄豪杰者,为希自国之富盛,故常侵掠他国,劫掠其财富,征收其贡租,成吉思汗、帖木儿之经济固如此也。若帝国主义者,亦唯压制其余之民族,侵夺其土地,臣仆其人民,强其买卖,以为其经济的主义,何异黑暗时代之经济也?是文明时代之科学,所决不许者也!
生産の過剰(生产之过剩)
○彼等は何を以て新市塲の開拓を必要とするや、曰く資本の饒多と生産の過剰に苦めば也と。嗚呼是れ何の言ぞ、彼等資本家工業家が生産の過剰に苦しむと称する一面に於ては、見よ幾千万の下層人民は常に其衣食の足らざるを訴えて号泣しつつあるに非ずや。彼等が生産の過剰なるは、真に其需用なきが為めに非ずして、多数人民の購買力の足らざるが故のみ、多数人民の購買力の乏しきは、富の分配公平を失して貧富の益す懸隔するの故のみ。
试问彼等何以为开拓新市场之必要?曰:苦于资本之饶多,与生产之过剩也。呜呼!是何言欤?为彼等资本家工业家苦于生产之过剩;就其一面而观之,而不见数千万之下层人民号泣而诉其衣食之不足也。彼等生产之过剩,非真为其需用也,为多数人民购买之力不足也。多数人民乏于购买之力者,财富之分配,失其公平,而贫富之悬隔太甚矣。
今日の経済問題(今日之经济问题)
社会主義的制度の確立(建立社会主义的制度)
○而して思え、欧米に於ける貧富の益す懸隔して、富と資本が益す一部少数の手に堆積し、多数人民の購買力が其衰微を極むるに至れるは、実に現時の自由競争制度の結果として、彼等資本家工業家が其資本に対する法外の利益を壟断するが為めに非ずや。故に欧米今日の経済問題は、他の未開の人民を圧伏して、其商品の消費を強るよりも、先ず自国の多数人民の購買力を兀進せしむるに在らざる可らず、自国購買力を兀進せしむるは、資本に対する法外の利益を壟断するを禁じて以て、一般労働に対する利益の分配を公平にするに在らざる可らず、而して分配の公平を得せしむるは、現時の自由競争制度を根本的に改造して、社会主義的制度を確立するに在らざる可からず。
欧、美贫富所以悬隔太甚者,以富者之资本,由堆积于一部少数之手;而多数人民之购买力,遂至极其衰微;实现时自由竞争制度之结果,亦由于彼等资本家工业家对其资本而为垄断法外之利益也。故欧、美今日之经济问题,数受其压伏;其余未开化人民,强其消费其商品,则非增进其自国多数人民之购买力不可;欲增进自国之购买力,非禁其资本家垄断法外之利益,对一般劳动者,公平分配其利益不可。欲分配之公平,非改造现时之自由竞争制度之根本而确立社会主义的制度不可。
○能く如此くなるを得ば、即ち資本家の競争なし、何ぞ利益の壟断を要せん、既に利益の壟断なし、多数の衣食公平に分配されん、多数の衣食既に足る、何ぞ過剰の生産を事とせん、既に生産の過剰を憂えず、何ぞ国旗の威厳を仮って帖木児的経済を行うの要あらんや。是れ文明的也、科学的也、而して亦た実に道義的也。
果能如此,资本家之竞争必无可垄断之利益矣;既无垄断之利益,则多数之衣食分配必能公平;多数之衣食既足,则生产必无过剩之事;生产既不忧过剩,又何必假国旗之威严以行帖木儿的经济乎?果能如此,则实所谓文明的也,科学的也,而亦实为道义的也。
破産のみ堕落のみ(破产与堕落)
○而も欧米の政事家や、商工家や、計此に出でずして、唯だ一時の虚栄を誇り、永遠に其壟断を行わんが為めに、海外領土の拡張に向って莫大の資を抛って滔々底止する所を知らず。而して其結果は如何、政府の財政は益す膨脹せらるる也、資本は益す吸収せらるる也、商工家の利益に狂する益す急なる也、分配は益す不公なる也。如此くにして領土の拡張愈よ大に、貿易の額愈よ増進するに従って、国民多数の窮困は益す増加するに至らん、次で来る者は即ち破産のみ、堕落のみ。
而欧、美之政事家商工家,而计不出此,惟夸一时之虚荣,本永远以行其垄断之策,为扩张海外之领土,而抛莫大之资,滔滔日下而不知其所底,而其结果空何如乎?惟见其政府之财政日益膨胀也!资本家之利益益吸收也,商工家之利益益狂急也,分配之贫富益不公也;而领土之扩张则愈大,而贸易之总额则愈增进,而国民多数之穷则愈增加,不至于破产坠落而不止!
游牧的経済(游牧的经济)
○彼等縦令、領土拡張の費用の為めに困竭し破産するに至らずとするも、列国の競争今日の如きに際して、所謂新市塲の求むべき者将来果して幾何の余地を存する乎。余地なきに至れば即ち坐して飢えざる可からず、否らずんば列国互に相闘い相奪わざる可らず。水艸を逐うて転ずるの遊牧は、水艸尽くれば即ち倒れざる可らず。否らざれば即ち相殺し相掠めざる可らず。帝国主義者の経済は夫れ遊牧的経済耶。
纵令彼等扩张领土之费用,其困竭不至于如吾前之所云,以至于破产坠落,则诚幸矣。然而如今日列国竞争之势,所谓求新市场者,将来果存几何之余地乎?至无余地之际,则必坐而待饥而后可;否则必列国互起相斗相夺而后可。不见夫逐水草而游牧者乎,水草既尽,则必束手待毙;否则非相杀相掠,则有不能自存之势矣。帝国主义之经济,夫岂游牧经济耶!
○然り彼等は其求むべき新市塲の余地乏しきが為めに、列国既に相掠むるの兆を現せり。英人は曰く独逸は我市塲の敵也、撃破せざる可らずと、独逸人は曰く、英人は我競争者也圧倒せざる可らずと、而して両々戦争の準備に日も亦足らず。奇なる哉、彼等の通商貿易は相互の福利に在らずして、他を損して以て僅かに利するに在る也、平和の生産を競わずして、武力の争奪を事とするに在る也。
然而彼等为求新市场之余地,列国相掠之兆,今已见矣。英人曰:“德意志,吾市场之敌也,非击破之不可。”德人曰:“英吉利者,与吾竞争者也,非压倒之不可。”而两国战争之准备,惟日不足,奇哉!彼等之通商贸易,不在相互之福利,而在损他人以自利也;不在竞平和之生产,而在事武力之争夺也。
英独の貿易(英国之贸易)
華主の殺戮(华主之杀戮)
○夫れ英国は現に独逸貿易の最大華主たる者に非ずや、独逸は現に英国貿易の華主として第三位以下に落ちざる者に非ずや。両国の貿易は最近十年の間に於て既に数千万の増加を致せり、英国の独逸に対する貿易額は、其濠洲に対するに比して甚だ遜色なく、而して其加拿太と南阿を合せる者に比して、夐かに大也、而して独逸が英国の資本を輸入し利用せる亦甚だ尠少ならず。若し彼等にして其他を撃破し圧倒するを快となさば、是れ自ら其貿易の大部を殺ぐを快とする者也。其他列強の関係大抵如此し。若し天下の商人が其華主を殺戮し、其財貨を奪うを以て、貨殖の訣を得たりと言わば、孰か之を笑わざらんや。彼欧米諸国が一に他を苦しめて以て自国の利を図らんとする、恰も之に類せずや。
夫英国者,非德意志贸易之最大顾主耶?德意志者,非落英国贸易顾主第三位以下者耶?两国之贸易,最近十年之间,增加既至数千万。英国对德国之贸易额,与其在澳洲比较虽不无逊色,而合加拿大与南阿相比,则夐乎大一。而德国输入英国之资本,其利用者亦甚尠少。而彼等或欲击破之压倒之而后快,是其贸易之大部,必起绝大之杀机而后已也。其余列强之关系,大抵如此,若天下之商人,皆杀戮其顾主以夺其财货,而谓为得货殖之诀,可笑之事,孰有甚于此乎?彼欧、美诸国之欲排抑他人而图自国之利者,何其与此相类之甚也!
○我は悲しむ、今の所謂市塲拡張の競争は猶お軍備拡張の競争の如くなるを、関税の戦争は猶お武力の戦争の如くなるを。彼等は他を苦しめんが為に先ず自ら苦しむ也、他の利益を殺がんが為めに先ず自家の利益を殺がざる可らず、而して其極多数の国民は之が為めに困迫し飢餓し腐敗し亡滅する也。我は故に曰く、帝国主義者の経済は蛮人的経済也、帖木児的経済也、不正也、非義也、非文明的也、非科学的也、政事家眼前の虚誉を逐い、投機師一時の奇利を博するが為めなるのみと。
吾所痛心疾首而不能已于言者,盖尝研究而推其极矣。今之所谓市场扩张之竞争者,亦犹军备扩张之竞争也;关税之战争者,亦犹武力之战争也。彼等之所以苦人者实所以自苦,彼等所以抑他人之利益者实所以自抑其利益,而使其多数之国民以陷于困迫饥饿腐败灭亡也。吾故曰:帝国主义之经济者,蛮人的经济也,帖木儿的经济也,不正也,非义也,非文明的也,非科学的也,逐政事家眼前之虚誉,而为投机师博一时之奇利也。
日本の経済(日本之经济)
○翻って我日本の経済に見よ、更に之よりも甚だし。我日本は武力を有せり、以て国旗を海外に建るを得べし、而も我国民は此国旗の下に投下すべき幾何の資本を有せりや、此市塲に出すべき幾何の商品を製造するを得るや。領土一たび拡張す、武人は益す跋扈せん、政費は益す増加せん、資本は益す欠乏し生産は益す萎靡すべし。我日本にして帝国主義を持して進まん乎、其結果や唯だ如此くならんのみ。
退而自观我日本之经济,更有甚者。我日本者,亦欲借武力而建国旗于海外者也。而我国民投几何之资本于此国旗之下,于此市场,能制造几何之商品,于是而果扩张一领土,则武人必益跋扈,政费必益增加,资本必益欠乏,生产必益萎靡,我日本将持帝国主义而进乎!其结果惟如此而已矣!
其愚及ぶ可らず(其愚不可及)
○欧米諸国の帝国主義者は、口を資本の饒多と生産の過剰に藉くも、日木の経済事情は全く之と相反す。欧米諸国が大帝国の建設は、其腐敗と零落に向って進むや論なしと雖も、而も猶お或は若干年間、其国旗の虚栄を誇ることを得べし、我日本に至っては其建設せる帝国を豈に能く一日だも維持することを得んや。而も漫に多数の軍隊と戦艦とを擁して呼で曰く、帝国主義なる哉と。我日本帝国主義者の愚や、真に及ぶ可らず。
欧、美诸国之帝国主义者,则藉口于资本之饶多,生产之过剩,而日本经济之情,实则全与之相反。欧、美诸国之建设大帝国者,其腐败与零落,虽可决然,然犹或有若干年间夸其国旗之虚荣。至我日本苟或建设帝国,岂能维持一日?而多数之军队,拥战舰者而大呼日:“帝国主义!”我日本之主唱帝国主义者,其愚不可及哉!
其五
英国殖民地の結合(英国殖民地之结合)
○英国の帝国主義者は又曰く、我武備を全くせんと欲せば、殖民地全体の鞏固なる統一結合を要すと。此説や彼の好戦的愛国者の尤も喜ぶ所也。而も甚だ笑う可し。
英国之帝国主义者又曰:吾之讲求武备者,盖欲统一结合,以巩固殖民地之全体耳。此说者尤彼好战的爱国者之所喜也,而其可笑之甚,不足一道矣。
不利と危険(不利与危险)
○彼等英国民をして、常に其防備の全たからざるを危懼せしむる所以の者は、実に其領土の大に過ぐるが故に非ずや。思え彼等各殖民地の人民や、皆な其初め生を母国に聊んぜずして、其自由を得んが為めに、其衣食を求めんが為めに、千里の異郷に移住せる者也。而して今や各々其繁栄幸福の生を遂ぐることを得たり。何を苦しんで更に大帝国統一の名の下に、母国の干渉桎梏を甘受せざる可らざる乎、母国の為めに莫大の軍資と兵役を負担せざる可らざる乎、常に其母国と共に欧米列国紛争の渦中に入らざる可らざる乎。其不利と危険と盖し之より大なるは莫けん。
彼等英国之民所以防备不懈慄慄危惧者,非为其领土过大欤?彼等各殖民地之人民,当其生于母国也,几不耶生;为得其自由,为求其衣食,远适异国,始为移住之人民也。今幸而得遂其志而享繁华之幸福,何苦更隶于大帝国统一之名下,甘受此国之干涉桎梏乎?何苦更为母国而负担其莫大之军资与兵役乎?何惮于离其母国而自立于欧、美列国纷争之际乎?其不利与危险,盖莫大于是矣。
小英国当時の武力(小英国当时之武力之斟酌)
○夫れ武力の無用にして罪悪なるは前に既に之を言えり、然れども仮に自国の防備を以て必要欠く可らずとせよ。防備の周ねくして武威の熾なるを得るは、决して領土の広大なるに在らざる也、大帝国の建設に在らざる也。見よ、フィリップ二世の西班牙大帝国を撃破せし当時の英国は、猶お所謂小英国たりしに非ずや、ルイ十四世の仏国大帝国を撃破せし当時の英国も、猶お所謂小英国たりしに非ずや。
夫武力之无用与罪恶,前既言之矣。然用为防备自国之必要,此又列国不可告人之隐慝也。故其防备之周,武威之炽,惟因其领土之广大也,惟因建设大帝国之防范也。不见击破夫呼伊尼布二世之西班牙大帝国者,非当时之英国而在于所谓小英国者乎?击破路易十四世大帝国者,非当时之英国,而在于所谓小英国者乎?
英国繁栄の原由(英国繁荣之原由)
○然り彼等が武力の燦爛なる光彩を放てるは、唯だ小英国の当時に在りし也。彼等帝国主義者にして、真に其防備の全たからざるを憂えば、何ぞ断々乎として各殖民地の独立を許さざるや。能く如此くなれば彼等初めて枕を高くすることを得て、而して各殖民地も亦却て其自由の福利を享るを歓喜せん也。
然则彼等武力,放灿烂之光彩者,惟当时之小英国为最著耳。故彼等之唱帝国主义者,慎其防备,而尤引为至优,故断断乎不许各殖民地之独立也。惟其如此,彼等始得高枕面卧,而各殖民地之人民,亦減其自由之福利,而彼等然后快于心矣。
○而して思え、英国が従来の繁栄膨脹は、决して其武力に依るに非ずして、其饒多なる鉄と石炭の膨脹に依れる也、武力の侵奪劫掠に依るに非ずして、平和の製造工業なりし也。其間彼等一たび誤って野獣的天性を逞くし、古代の帝国主義の迹を逐うて、殖民地を遇するに、帖木児的経済の手段を以てせしことなきに非ず、而も彼等は之が為めに合衆国の離反を来せるに懲り、翻然其図を改めて、各殖民地の自治を許せり。故に彼等が広大の領土や、事実に於て决して帝国主義者の所謂帝国を形成せる者に非ず。唯だ其血脉、言語、文学を同じくして、真個の同情渝らざるあると、其貿易に於ける相互の利益の違わざるが為めに、其聯合は能く永久の運命を持して、無限の繁栄を致せし也。
然吾细察英国之繁华胀者,决非因其武力也,实因其饶多之铁炼石炭之膨胀也;决非因其武力之侵夺劫掠也,实在其平和之制造工业也。而彼等偶一误其目的,而逞其野兽的人性,以逐古代帝国主义之迹;其遇殖民地之人民,概以帖木儿的经济之手段施之。既而惩于合众国之离叛,幡然乃改其图,始许各殖民地之自治。故彼等领土之广大者,征其实事,决非帝国主义者之所谓帝国徒以形成言之也。惟其血脉语言文字无不相同,为其有真个之同情,故其贸易自有相互之利益,能联合而持久之运命以致无限之繁荣也。
英帝国の存在はタイムの問題(大英帝国存在为他日之问题)
○然り英国にして、曽て武力的虚栄に酔うて常に大陸諸邦との縦横に汲々たらしめんか、豈に能く今日の大を致すを得んや。否な今日の大と雖も、将来其国旗と武力の光栄の為めに、各殖民地をして不利と危険を冐さしめ、其同情を失うの挙に出でしめば、我は信ず大英帝国の存在は、実に時日の問題たらんと。
然则英国者,使其早醉于武力的虚荣,汲汲纵横于大陆诸邦,岂能致今日之广大乎?今日虽云广大,然将来为其国旗与武力之光荣,而冒各殖民地之不利与危险,以失其同情之感,则将来大英帝国之存在与否,实他日之一问题也。
○而して今や彼れチャンバーレーンが勃々たる野心は、ピット、ヂスレリーの衣鉢を継ぎ将て、此平和的大国民を率いて、軍国主義、帝国主義の悪酒に沈湎し、古来の武力的帝国滅亡の轍を履ましめんとす、我は深く此名誉ある国民の為めに惜まざるを得ず。
而今日彼志扬巴林勃勃之野心,将继比德、志士列利之衣钵,率此平和的大国民,沈湎于军国主义之恶酒,以履古来之武力的帝国灭亡之辙;吾深为此有名誉之国名所太惜也。
キップリングとヘンレー(其布林达克与宾列)
○然れども功名に急なるの軍人、政治家、奇利を逐うの投機師は猶お恕す可し。彼の学術あり智識あり、以て国民の心霊的教育に於て無限の責任を有する文士詩人が胥率いて、武力の膨脹を唱道するに至っては、痛歎の極也。英国に於てキップリング、ヘンレーの如き其最となす。
然此急功名之军人政治家,逐奇利之投机师,犹可恕也。至若其特出之智识与学术,于国民之心灵的教育,有无限之责任之文士诗人,胥率而唱道武力之膨胀,实可痛之极也!如英国之其布林达克与宾列,其最甚者。
帝国主義は猟夫の生計(帝国主义者猎夫之生计也)
○彼等は野獣的愛国者が其肉餌を求むるを見て賛美して曰く、国旗の光栄也、偉人の勲業也、国民的思想の喚起也、誰かセシルローヅの我英国に生ぜるを誇らざる、誰かキッチェネルの功績を崇ばざる、一は我帝国の為めに数千哩の版図を拡くせり、一はカーツームの国辱を雪ぎ、蛮野獷猂の俗に代うるに文明平和を以てせりと。帝国主義が果して蛮人を討伐し殲滅して、文明平和の治を布くに在りとせば、帝国主義の由て立つ所以の生命活力は、其持続する唯だ蛮人存在の期間のみ。猟夫の生計は、唯だ其附近の山野に鳥獣の蜚走するの間のみ。
彼等野兽的爱国者为逞其野心,而自赞美曰:国旗之光荣也,伟人之勋业也,国民的思想之唤起也,孰不以生于些须路罗之英国为幸也?孰不崇拜其志耶列路之功绩也?一为扩张我帝国数千里之版图,一则以雪加母之国耻,以蛮野犷悍之俗,而代之文明平和。故帝国主义者,于野蛮人则讨伐之,歼灭之,以布饰和平之治也。呜呼!帝国主义之生命活力,唯在蛮人存在之期间乎?亦如猎夫之生计,唯在其附近山野之飞鸟与走兽乎,帝国主义果其如此乎?
○南阿全く平定せば、ローヅは更に何の処にか他の南阿を求めんとする歟、スーダン既に征服す、キッチェネルは更に何の処にか他のスーダンを求めんとするか。若し討伐すべき蛮人なきに至らば、彼等は国旗の光栄を失う也、国民的思想は消滅せん也、偉人の勲業は求む可らざる也。果敢なき者は帝国主義の前途に非ずや。
南阿已平定矣,试问罗志更于何处而再求南阿欤?斯唐既征服矣,试问其志耶列路更于何处而求斯唐欤?至若讨伐蛮人者,彼等不知大失其国旗之光荣也,消灭其国民的思想也,污坏其伟人之勋业也。果若是者,岂帝国主义前途之佳境欤?
○唯だ大言壮語を以て、国民好戦の心を煽起するキップリング君、ヘンレー君の思想の、我は甚だ児戯に類するを見る、真個社会文明の進歩と福利を希う者、宣しく如此くなる可らざる也。
若其布林达克君与宾列者,唯以大言壮语煽起国民好战之心而已,其思想不暇他及也。自吾视之,大类于儿戏也,真个希社会文明之进步与福利者,岂若是在?
其六
帝国主義の現在将来(帝国主义之现在与将来)
○如上観じ来れば、所謂帝国主義の現在や将来や知り難からず。彼れや即ち卑しむ可き愛国心を行るに、悪むべき軍国主義を以てするの一政策に命ずるの名のみ。而して其結果は即ち堕落と亡滅のみ。
自前所述者而考察之,所谓帝国主义之现在与将来,不难知也。彼之爱国之心,如此其卑也;其军国主义,其如此其恶也;而本是以行其政策,其结果不至于堕落与灭亡而不止也!
○彼等が所謂大帝国の建設や、必要に非ずして慾望也、福利に非ずして災害也、国民的膨脹に非ずして少数人の功名野心の膨脹也、貿易に非ずして投機也、生産に非ずして強奪也、文明の扶殖に非ずして他の文明の壊滅也。是れ豈に社会文明の目的なる耶、国家経営の本旨なる耶。
彼等之所谓建设大帝国者,非必要,实欲望也;非福利,实灾害也;非国民的膨胀,实灾害也;非国民的膨胀,实少数人功名野心之膨胀也;非贸易,实投机也;非生产,实强夺也;非扶植文明,实坏灭他人之文明是也;岂社会文明之目的耶?是岂经营国家之本旨耶?
○移民の為めと云うこと勿れ、移民は領土の拡張を必要とせざる也、貿易の為めと云うこと勿れ、貿易は决して領土の拡張を必要とせざる也。領土の拡張を必要とする者は、唯だ軍人政治家の虚栄心のみ、金鉱及鉄道の利を趁う投機師のみ、軍需を供するの御用商人のみ。
勿言为移民也,移民非扩张领土之必要也;勿言为贸易也,贸易亦非扩张领土之必要也,扩张领土之必要者,惟军人政治家之虚荣心,惟投机师趁金矿及铁道之私利心,惟供军需所用之商人之垄断心而已!
国民の尊栄幸福(国民之尊荣幸福)
○夫れ国民の尊栄幸福は、决して領土の偉大に在らずして、其道徳の程度の高きに在り、其武力の強盛に在らずして、其理想の高尚なるに在り、其軍艦兵士の多きに在らずして、其衣食の生産の饒きに在り。英国従来の尊栄と幸福が彼尨大なる印度帝国を有するに在らずして、寧ろ一個のセークスピアを有するに在るは、カーライル実に我を欺かざるに非ずや。
夫国民之尊荣幸福;决不在领土之伟大,而在道德程度之高;决不在武力之强盛,而在理想之高尚;决不在军舰兵士之多,而在衣食生产之饶。英国昔日之尊荣与幸福,而在能拥有强大之印度帝国者,是时也,果有一些斯比亚者在欤,果有一加拉伊路者欤?果谁欺?其自欺乎?抑亦欺人乎?
独逸国大にして独逸人小なり(德意志国大德意志人民小)
○サアロバートモリエル氏は、曽てビスマークを評して曰く、彼は独逸を大にせり、而も独逸人を小にせりと。然り領土の偉大は多く国民の偉大と反比例す、何となれば彼等が大帝国の建設や、唯だ其武力の膨脹なれば也、野獣的天性の膨脹なれば也、彼等は実に其国を富まさんが為めに其人民を貧しくし、其国を強くせんが為めに其人民を弱からしめ、其国光国威を輝かさんが為めに、其人民を腐敗し堕落せしむる也。故に曰く、帝国主義は其国を大にして其人を小にすと。
沙亚罗巴徳莫利耶路氏曾评俾斯麦曰:“彼盖误以德国为大,而以德国之人民为小也。不知仅以领土之伟大,而与国民之伟大者,乃反比例也。彼等之欲建设大帝国者,惟其武力之膨胀也,野兽的天性之膨胀也,彼等但富其国,而贫人民也;但强其国,而弱其人民也;但光辉其国威,而衰败堕落其人民也。故曰帝国主义者,其国大,其人小。”
一時の泡沫(一時之泡沫)
○国民既に小也、国家豈に能く大なるを得んや。其大なるが如きは即ち一時の泡沫のみ、空中の楼閣のみ、砂上の家のみ。大風一過すれば消えて迹なき雲霧と一般なるは、是れ古来歴史の燭照する所也。而も哀い哉世界列国は競うて這箇の泡沫的膨脹を力めて、而して其亡滅に向って進むの危険なるを知らざる也。
国民即小矣,而国家岂能独大乎?如其大也,不过一时之泡沫耳,空中之楼阁耳,沙上之爪印耳!罡风忽起,雾散云消,是古来历史之所烛照也。哀哉!世界列国,竟向于若此之泡沫的膨胀力,而自趋于灭亡,不自知其危险也!
日本の帝国主義(日本之帝国主义)
○而して今や我日本も亦此主義に熱狂して反らず。十三師団の陸軍、三十万噸の海軍は拡張されたり、台湾の領土は増大されたり、北清の事件には軍隊を派遣せり、国威と国光は之が為めに揚れり、軍人の胸間には幾多の勲章を装飾せり、議会は之を賛美せり、文士詩人は之を謳歌せり。而して是れ幾何か我国民を大にせる乎、幾何の福利を我社会に与えたる乎。
我日本之今日亦此主义狂热达其极点之时也,扩张十三师团之陆军,三十万吨之海军,增大台湾之领土,派遣军队,干涉北清之事件,以扬其国威与国光;军人之胸间,装饰无数之勋章,众议从而赞美之,文士诗人从而讴歌之,而是等之武力,有几何之关系于我国民者乎!有几何之福利与我社会者乎?
其結果(其结果)
○八千万円の歳計は数年ならずして三倍せり、台湾の経営は占領以来一億六千万の費を内地より奪い去れり、二億の償金は夢の如く消失せり、財政は益す紊乱せり、輸入は益す超過せり、政府は増税に次ぐに増税を以てせり、市塲は益す困迫せり、風俗は益す頽廃し、罪悪は日に増加せり、而も社会改革の説は嘲罵を以て迎えられ、教育普及の論は冷笑を以て遇せらる、国力日に竭き民命日に蹙る。若し如此くにして滔々底止することを知らざる数年ならしめば、我は信ず、東洋の君子国が二千五百年の歴史は、黄粱一炊の夢たらんのみ。嗚呼是れ我日本に於ける帝国主義の功果に非ずや。
八千万圆之岁计,不数年则三倍之。经营台湾者,自占领以来,夺取内地一亿六千万之费,二亿之偿金,倏尔消失,而财政日益紊乱。输入者益超过之,政府遂不能增税,以增税之故,于是市场益困迫,风俗益颓废,罪恶者亦日加增。而改革社会之说,则嘲骂以迎之;教育普及之论,则冷笑以遇之。国力日竭,民命日蹙,若是之境,果从流而忘返;则数年之后,吾恐东洋之君子国,有二千五百年之历史者,殆如黄粱之一梦也!呜呼!是非我日本帝国主义之功果欤?
○故に我は断ず、帝国主義なる政策は、少数の慾望の為めに多数の福利を奪う者也、野蛮的感情の為めに科学的進歩を沮礙する者也、人類の自由平等を殲滅し、社会の正義道徳を戕賊し、世界の文明を破壊するの蠢賊也と。
吾敢断言之曰;帝国主义之政策,为少数之欲望,而夺多数之福利者也;为野蛮的感情,而阻碍科学的进步者也;歼灭人类之自由平等,戕贼社会之正义道德,破坏世界的蠢贼也。
第五章 結論(结论)
新天地の経営(新天地之经营)
○嗚呼二十世紀の新天地、吾人は如何にして之が経営を完くせん歟。吾人は世界の平和を欲す、而して帝国主義は之を攪乱する也。吾人は道徳の隆興を欲す、而して帝国主義は之を残害する也。吾人は自由と平等を欲す、而して帝国主義は之を破壊する也。吾人は生産分配の公平を欲す、而して帝国主義は之が不公を激成する也。文明の危険実に之より大なるは莫し。
呜呼!二十世纪之新天地,吾人果如何经营而求其完全欤?吾人欲世界之平和,而帝国主义则扰乱之也。吾人欲自由与平等,而帝国主义则破坏之也。吾人欲生产分配之公平,而帝国主义则激成之而使之不公也。文明之危险,实莫大焉!其奈何之!
二十世紀の危険(二十世紀之危险)
○是れ我が私言に非ず、去年『紐育ワールド』新聞が、『二十世紀の危険』という題下に、欧米諸名士の意見を徴するや、之に答うる者、軍備主義、帝国主義の恐る可きを以てする者甚だ多し。フレデリックハリソンは曰く、将来政治上の危険は、欧洲列国が過甚の軍隊兵艦及び軍資を蓄積するに在り、其結果は即ち彼等の統治者及び人民を誘うて、主として亜細亜、阿布利加の野に其覇権を争わしめんとすれば也と。ザンギールは曰く、二十世紀の危険は軍国主義という中古の思想の反動的興起也と。カイルハルヂーは曰く、軍国主義より危険なるは莫しと。カールブラインドは曰く、危険は帝国主義也と。
是非吾之私言也,去岁“纽约瓦徳”新闻以《二十世纪之危险》为命题,为征求欧、美诸名士之意见,答之者无不以军备主义与帝国主义之可恐为言。呼列的利巴尼林曰:将来政治上之危险,惟在欧洲列国,蓄积军队兵舰及军资之过甚。其结果也,即诱彼等之统治者及其人民,而争羁权于亚细亚及阿非利加之野而已。桑希尔曰:二十世纪之危险者,中古之思想反动的兴起之军国主义是也。加伊路巴路志曰:最危险者莫若军国主义矣。加路布拉因徳曰:最危险者,帝国主义也。
ペストの流行(比拉多之流行)
○然り帝国主義の忌む可く恐る可きは、猶おペストの流行の如し、其触るる所は忽ち亡滅に至らずんば已まず。而して彼の所謂愛国心は実に之が病菌たり、所謂軍国主義は実に之が伝染の媒介たる也。盖し十八世紀の末年仏国革命の大清潔法は欧洲の天地を掃除して、一たび湮滅に帰し、爾後英国三十二年改革や、仏国四十八年の革命や、伊太利の統一や、希臘の独立や、皆な此時疫を防禦する所以に非ざるなしと雖も、而も其間、奈勃翁や、メテルニヒや、ビスマーク輩の交々此病菌を撒布する有りしが為めに、更に今日の発生を来すに及べり。
然则帝国主义之可忌可恐者,亦犹耶斯徳之流行也。其所触者,不至灭亡而不已。彼之所谓爱国心者实病菌也,所谓军国主义而实传染之媒介也。盖自十八世纪之末,法国革命之大清洁法者,扫除欧洲之弊恶,几将扫于湮没。自后英国三十二年之改革,法国四十八年之改革,意大利之统一,希腊之独立,皆所以防御此时疫也。而其间若拿破仑若美的路易若俾斯麦辈撒布此病菌于天地之中,至今日而又发生者也。
愛国的病菌(爱国的病菌)
○而して今や此愛国的病菌は朝野上下に蔓延し、帝国主義的ペストは世界列国に伝染し、二十世紀の文明を破毀し尽さずんば已まざらんとす。社会改革の健児として国家の良医を以て任ずるの志士義人は、宜しく大に奮起す可きの時に非ずや。
至于今日,此爱国之病菌蔓延于朝野上下之间,而帝国主义的耶斯徳传染于世界列国,不尽毁破二十世纪之文明而不已。有忘改革社会之健儿,以国家之良医自任之仁人志士,非乘时奋起而急救之,其忍袖手默视耶!
大清潔法大革命(大清洁法大革命)
○然らば即ち何の計か以て今日の急に応ずべき。他なし、更に社会国家に向って大清潔法を施行せよ、換言すれば世界的大革命の運動を開始せよ。少数の国家を変じて多数の国家たらしめよ、陸海軍人の国家を変じて農工商人の国家たらしめよ、貴族専制の社会を変じて平民自治の社会たらしめよ、資本家暴横の社会を変じて労働者共有の社会たらしめよ。而して後ち正義博愛の心は即ち偏僻なる愛国心を圧せん也、科学的社会主義は即ち野蛮的軍国主義を亡さん也、ブラザーフードの世界主義は即ち掠奪的帝国主義を掃蕩苅除することを得べけん也。
然则果如何计以应今日之急症也?曰:无他,惟更向社会国家再施其大清洁法。质而言之,开始世界的大革命之运动耳。变少数之国家为多数之国家,变海陆军人之国家为农工商人之国家,变贵族专制之社会为平民自治之社会,变资本家横暴之社会为劳动者共有之社会,而后以正义博爱之心而压其偏僻之爱国心也,以科学的社会主义而亡其野蛮的军国主义也,以布拉沙呼德之世界主义而扫荡刈除掠夺的之帝国主义也:是救之之必要也。
黒闇々の地獄(黑暗之地狱)
○能く如此にして、吾人は初めて不正、非義、非文明的、非科学的なる現時の天地を改造し得て、社会永遠の進歩以て期す可く、人類全般の福利以て全くす可き也。若し夫れ然らず、長く今日の趨勢に放任して以て省みる所なくんば、吾人の四囲は唯だ百鬼夜行あるのみ、吾人の前途は唯だ黒闇々たる地獄あるのみ。
惟能如此,而后吾人始得改造此“不正”“非义”“非文明的”“非科学的”现时之天地也,而后可期社会永远不进步人类全般之福利也。如其不然,则趁此今日之趋势,以放任而漫不加省,则吾人之四围,惟百鬼之夜行要;吾人之前途惟黑暗之地狱也。志士仁人,能禁口如寒蝉如仗马哉!
帝国主義終
附录
《二十世纪之怪物帝国主义》序
咄咄哉!二十世纪之怪物;岌岌哉!二十世纪之帝国主义也。自十八九世纪以来,法儒卢梭氏《民约论》出,首倡天赋人权之说,谓国家由契约而成。蒙的斯鸠氏《万法精理》出,始创三权鼎立之法。于是欧陆风潮,为之一变,此百年中欧力之所以内充者,虽谓其受卢氏蒙氏之赐可也。
亘百数十年、十三州之独立,盖实行其主义。迨德儒伯伦知理国家学出,深驳民约论,而主强权之说,于是欧陆之风潮又一变,此实帝国主义之玉佩琼琚也。伯氏谓权由天赋,犹未合乎人道之极则,而终盩于物竞之公理,则强权之说尚焉矣。
夫充于内者,必溢于外。故民族结合,遂有十三州独立之结果;民力膨账,遂逞二十世纪之现象。虽美利坚向守其们罗主义者,今且不得不改其方针,势使然也。然则欧力之所以东渐,而享世界文明之幸福者,虽谓其受卢氏蒙氏伯氏诸限止赐,亦未为不可也。此自东方闭化守旧之国视之,一闻卢氏之说,方且骇顾却走,目瞪舌桥而不敢言。而孰知在我为得未曾有,在彼已吐弃而不屑道矣。于以见欧人进化速,殆不可几及!
中国号称老大帝国,然并无所谓主义。即不然,帝自为帝,国自为国,适成其所谓个人主义,宴人政体。故一朝一姓之兴亡,不关于社会之进化,且阏扼之而(涂)毒焉。苟读中国历史者,类能辨之。夫积民成国,民族发达,而后其国始强。未有民族雕瘵,而可立国者。况处于竞争最烈之世界乎?所谓民族帝国主义者,殆民族强盛,内力外溢代表之名词也。
吾友赵曰生氏译此书毕,属序于余。余尝闻诸观微之君子矣!或谓此义最不宜于今日之中国。诚哉其不宜,但不能不予以一审其目的之所在耳。兵家有云:知彼知己,百战百胜。今吾且懵于自知,而遽欲与人决战,焉得不日就危亡,若迅风之扫败叶。吾国不欲自强则已,苟欲自强,则非致力于所谓民族主义不为功。不然,虽有追风之骥,逐电之辀,亦望尘莫及已耳。余愿与有国家观念者,一读此书也。
壬寅(1902年)七月,吴保初序。
中江笃介先生评
中江笃介
赵必振译
貴著帝国主義御恵贈被下奉謝候、病中退屈早速誦読卒業、議論痛絶所謂疾之身に在を忘れ申候、行文勁練、而も醞籍之趣を失はず、敬服之至に候
今日之所謂帝国主義、正に純然たる黷武主義にて秦皇漢武之暴を行ふに、科学に基ける精利之器を以てするもの、実に古今之惨を極むと謂ふ可し、苦し此際に於て古のアリスチード、シンシナチユース、周武、殷湯、諸葛亮、曾国藩等の如く、真に止戈之目的を以て、亜細亜大陸に雄張するに於ては、他年世界平和之大義或は庶幾す可き歟と被存申候、此等大事は到底今日之斗筲輩と論道す可きに非ず、可嘆可嘆、先は御礼、草々拝
惠赠贵著《帝国主义》,扶病诵读,适已卒业。议论痛绝,顿忘疾之在身。行文劲辣,而不失蕴藉之趣,敬服之至。
今日之所谓帝国主义者,实纯然之黩武主义。以秦皇汉武之暴行,而佐以科学精利之器,可谓古今至极惨已。若于此际,而得如古之亚里斯多德、新西拉耶士、周武、殷汤、诸葛亮、曾国藩等。真以止戈为目的,以雄张于亚细亚大陆,则他年世界平和之大义,庶几有望欤!此等大事,到底非可与今日斗筲之辈而论道也。鸣呼!
社会主義と婦人
幸徳秋水
婦人の性は皆な僻めりと断じ、女子は養ひ難しと嘆じ、婦人は成仏せずと罵り、婦人を眼中に置くは真丈夫に非ずと威張れるの時代に比すれば、近時婦人に関する研究論議の日に益々其盛を致し、甚しきは則ち専門婦人研究者の肩書を有せる文人をすら出せるが如き喜ぶべきの現象たるに似たり、而も仔細に其研究の目的方法を撿し来るに及んでは、未だ吾人の希望に副はざるもの多きを覚ゆ。
吾人は婦人の生理的及び心理的特性を剖析して微を穿ち細に入れる多くの文士と著作とを見たり、吾人は婦人平常の秘事陰事を爬羅剔抉して眼あたり之に接するの感あらしむるの多くの文士と著述とを見たり、吾人は婦人の短所欠点及び其罪悪を鳴らして殆ど完膚なからしめたる多くの文士と著述とを見たり、吾人は婦人の運命の不幸と境遇の悲惨とを説て一字一涙なるの多くの文士と著述とを見たり、而も彼等果して能く現時の所謂婦人問題を解釈せりと為すを得べき乎。
見よ吾人が彼等に依て学び得る所の者は、男子は如何にして婦人に愛せらるべきやてふ一事に非ずや、男子は如何にせば婦人を玩弄し得べきやてふ一事に非ずや、如何に現時の婦人が尊敬するに足らざるやてふ一事に非ずや、如何に現時の女学生が憎悪すべき者に非ずやてふ一事にあらずや、如何に女工を雇使せる工場主中残忍暴虐の行ひを恣にせる者あるかてふ一事にあらずや、換言すれば彼等の吾人に示し得たる所の者は婦人は玩ぶべき者也、海老茶袴は癪に触る者也、女工は憫なる者也、如此き耳、然り唯だ如此き耳、是れ女子養ひ難しと嘆ぜるの時代に比して果して幾十歩を進め得たりとする乎、廿世紀の婦人問題に於て果して幾分を解釈し得たりとする乎。
現時に在て多くの婦人は確かに男子の玩弄物たる也、確かに男子の寄生虫たる也、然れども婦人は永く如此くなる可き乎、ならざるべからざる乎、否な古来社会文明の進むに従て、婦人が漸次に其地位を上進するは、是れ争ふ可からざるの事実也、而して婦人が其社会組織に与つて、より重大なるパートを働くの社会は、ヨリ文明なる社会たるは、亦是れ争ふべからざるの事実也、社会文明の改善と進歩は常に層一層に段一段に婦人地位の上進を要請願求しつゝある也、而して今の婦人研究者の目的方法は果して此要求に副ふ者ある乎。
思へ婦人が男子の玩弄に甘ずるは、其独立を得ざれば也、男子の寄生虫たり、或は諸種の不潔なる誘惑に魅せられ、或は悲惨の境遇に沈むもの、亦其独立を得ざればなり、彼等は其知識に於て其財産に於て、独立するを許されざれば也、而して是れ誰か之をして然らしむるや、先天乎後天乎、否な社会の組織其者は彼等を残暴し凌虐して、人間を化して器械と為せる也、万物の霊長を化して劣等の動物と為せる也。
従来の社会組織は婦人に教育を与へざりき、婦人に財産を与へざりき、婦人の独立を許さゞりき、婦人は男子の玩弄物たり奴隷たり寄生虫たらざれば活く可からざる者也と宣告したりき、此時に於て何ぞ婦人の性の僻めるを怪しまん、何ぞ其脆弱なるを怪しまん、其諸種の誘惑に勝ち得ずして、多くの敗徳を出し、多くの悲惨なる境遇に陥ることを怪しまんや、而して更に見よ現時の社会は何が故に婦人を残暴凌虐するの爾く甚しきや、此れ見易きの理也、何となれば今の社会や社会協同の社会に非ずして自由競争の社会也、自他相愛の社会に非ずして弱肉強食の社会也、故に人々曰く、汝我を殺さずんば我汝を殺さんと、然り人は生きざるべからず、生んと欲して競争せざる可からず、競争するの極、他を殪さゞる可らず、他を奪はざる可らず、国と国との間然り、人と人との間然り、男子と男子と、女子と女子との間然り、何ぞ男子の女子を器械となし奴隷となすを怪まん、兵士が国家の犠牲たるが如く、労働者が資本家の犠牲たるが如く、女学生も女工も芸妓も、甚だしきは細君も、皆な男子が個々競争の利益の為めに犠牲に供せられずんば已まざるは、是れ今日の社会に於て、実に必至の勢ならずんばあらず。
故に二十世紀の婦人問題や、是れ実に重大なる社会問題也、而して是を解決する、先づ婦人をして其奴隷の境より救ふて、彼等をして平等の人間たらしめざる可らず、其知識と財産とに於て独立を得せしめざる可らず、而して之を為す唯だ現時社会の自由競争の組織を変じて、社会協同の組織となすに在るのみ、他人を犠牲とする事なくして、独立するを得るの組織と為すにあるのみ、此れ即ち社会主義の実行也。
吾人の社会主義を唱ふるや、或人曰く、汝土地財産の共有を欲す、人の細君も亦共有となさんとするかと、嗚呼是れ何の意ぞ、是れ亦実に婦人を以て貨物と同視する旧思想也、社会主義の理想は細君を以て共有たらしめざると同時に其良人の専有たるをも許さゞる也、人は平等也、婦人も亦平等の人間也、他人の所有物たる可らず、彼を所有するものは即ち彼自身ならんのみ、而して婦人も亦社会全体の知識財産の平等の分配に与つて以て個人性の独立を全ふせん、如此にして婦人問題は始めて解決せらるゝを得べくして、決して彼の小説の売れんを求め、新聞雑誌の売れんを求むるに依て解釈するを得可からざる者也。
(「萬朝報」、明治三十五年十月十日)
幸徳秋水 (伝次郎) 著『帝国主義』,警醒社,明34.4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/783518 (参照 2024-05-13)
幸徳秋水 (伝次郎) 著『社会主義神髄』,朝報社,明36.9. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/798535 (参照 2024-05-13)
幸徳秋水 (伝次郎) 著『兆民先生』,博文館,明35.5. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/781802 (参照 2024-05-13)
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