虎の胃(?)を借る

日本人は外圧に弱い、とよく言われます。気づいてはいても直せないところがあっても、外国から言われるとすぐ直してしまう、ということでしょうか。

他人の目を気にしている、とも言えるでしょうか。いずれにしろ、あまり褒められたことではないですね。自分の欠点くらい自分で気づいて直せよーって思ってしまいます。

でも、直そうとしないよりは、ましか。というわけで、ボクが九条Tokyoを始めようと思った時、ランチタイムでは、外国人旅行客向けに、豆腐や寿司、ラーメンなどをつくる体験をやろうと決めました。外国人が大好きな和食。それを自分で作って食べられる。

イメージとしては、キッザニアの外国人旅行客版です。自宅でもてなすのではなく、ここに来れば様々な講師がいて、なんでも体験できるミニ・パビリオン。そこで、美味しい和食を楽しみながら、「実は、日本の食の自給力は40%を割っているんだぜ」という話を聞かせようと。

なーにぃ?

「だまされたみたいな気がする」とか「もうちょっと何とかしたほうがいいんじゃない」といった外国人旅行客の声が大きくなれば、わが身を見直すのではないかと思ったのです。九条Tokyoで作った豆腐が美味しいのは、国産の有機在来種を使っているから。だったら、国産の自給力を増やすべきだよ、と。話はストレートでしょ。シンプルで、わかりやすいじゃん。

偶然ですが、店をオープンした直後、「何の体験ができるんですか?」と2階に上がってきた外国人がいました。訊けば、記者だというではありませんか。

なーにぃ?

『Lonely Planet』のイギリス人記者でした。『Lonely Planet』といったら、1973年発行の旅行ガイドブックの老舗。外国人旅行客、特にバックパッカー必携の旅行ガイドです。

「豆腐は好き?」

大好きだと言います。

「作ったことは?」

ない。ぜひ作ってみたいと言うのですが、乾燥大豆を一晩水に漬けておいてからでないと豆腐は作れません。日程調整をして、後日、彼がやってきました。大豆をすり潰して温め、濾してからニガリを入れて・・・という一連の豆腐作りと食事を堪能した後、彼は、築地のラスト・デーに、一緒に市場に連れて行ってほしいと言いました。

その頃、体験メニューの看板でもあった、築地市場に行って旬の魚を選んで買ってきて捌く体験の講師をしてくれていた栗原さんに頼んで、一緒に出掛けました。(栗原さんのことは、近いうちに稿を改めて書きます)

その日の楽しかったこと。

ただし、その後しばらく記者のことも『Lonely Planet』のことも忘れていました。というのは、彼が転勤になったらしく、その後、日本を離れていったからです。最後に交換したメールには、「Mr.栗原は日本の宝物だ」と書いてありました。残念ながら、国産有機大豆のことではなく。

去年の秋以降、外国人旅行客からの体験依頼が急に増えました。店のサイトから直接申し込んで来る人や、外資系のホテルのコンシェルジェから直接電話がかかってきます。

「これからお伺いすれば、何か体験できますか。お子さん2人がいらっしゃる4人家族なんですが」

こんないい加減な依頼、あります? 講師の手配だってしないといけないし、食材の準備だって必要です。それに、うちは、国産の有機食材などにこだわっているんだけど、わかっているのかなぁ。。。

「うちの店を、どこで見つけたんですか?」

「お客様からのご指名で」

なーにぃ?

そうか、『Lonely Planet』に載ったんだ。あの雑誌は、記者が自分の足で調べたモノしか掲載されないんだった。ようやく、彼が書いた記事が載ったってことか。。。

それからしばらくの間、豆腐や寿司、魚料理やヴィーガン・ラーメンなどを作りながら、ボクはこの国の食が危ない、食材の自給力がほんと低いことを伝えながら、一緒に和食作りを楽しみました。「味噌汁の出汁が美味しい、ずっと飲んでいられる」と言った女性客がいて驚きました。昆布と鰹節から取ったのですが、海藻臭は嫌がるかと思っていました。

ずずーっと啜る音は立てませんが、まったりとお椀の味噌汁を啜っています。その幸せそうな顔といったら。虎といったら失礼ですね。

もっと驚いたのは、あるカップルが押しずしづくりに参加したのですが、女性客のほうがヴィーガンでした。二人で毎日、食べるものを変えるか工夫しているってことですね。仕方がないので、寿司ネタの大抵は野菜にして、味噌汁の出汁を2種類用意しました。ボクには昆布だけの出汁ではちょっと物足りない気がしましたが、彼女は満足そうに飲んでいます。

思想は味覚をも変えるってことでしょうか。

ヴィーガンの人って案外多いですね。フランスからやってきたヴィーガンの青年に、日本で食べたもので何が一番好きかと訊いたら、「おでん」だって。あれって、出汁はどうなっているのかと心配に思いつつ、一番好きな具材を尋ねました。

「はんぺん」

うーん。あれは、魚だろうが。。。

こうして虎の胃(?)を借る作戦は上々のスタートを切ったかに見えたのですが、2019年12月31日、中国政府が新型コロナウイルス感染症の発生をWHOに告げ、年が変わってから、世界は一変してしまいました。

1月の後半から予約はキャンセルが始まり、虎の胃どころか、虎自体を見なくなってしまいました。

でも、ポストコロナになったら、3000万人あまりの外国人旅行客が戻って来ます。たとえ、今は自国内で食材を作っていなくても、これだけ美味しい和食があり、その作り方を教えてくれるおもてなしマインドにあふれたホストがいて、しかもこの国は信じられないほど静かで美しいんだから。

外貨を稼ぐのに最も手っ取り早くて、心から喜ばれるサービス、それは観光であり、体験だと思うんです。その結果、日本人が自分の食や文化を見つめなおすことに繋がれば、これに勝る機会はないはず。

ポストコロナなんて簡単にいうけど、世界はもう元には戻らないんじゃ、って? いえいえ、どういう形にしたって、人は交流しないではいられないもの。美味しい食事を楽しみながら、文化や歴史にも触れて、旅は完結します。バーチャルでは済ませられないものがあるとして、それはヒトとヒトの交流だと思うんです。

今はまだ直接訴える相手がいないながら、ボクは本物の食材の美味しさと、その自給力が少なすぎることを伝えたいと思っています。ヴィーガンの人たちを虎に喩えるのは、大変心苦しいのですが。



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