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アイディアを後退させる、というアイディア

新しいことを思いついた。

それは、思いついたことを思いつかなかったことにする、という技法である。

自分はたくさんアイディアが浮かんでしまう。物事の改善方法や新しい創作のネタが生きて、ある程度考えているだけで自然と浮かぶ。

これはもちろん良い面もある。色々思いつくのは良いことだ。しかし、それに現実が追いつかず、むしろ現実を混乱させる場合においては悪癖となる。

だったら、アイディアを後退させる。プログラムでいうところをロールバックだ。以前の段階にまで状況を戻す。つまり、アイディアが思いついていない状態に戻る、という感覚を持つ。

これだけでも、今の状況にだいぶ集中できる。今の状況を楽しめる。そして、ロールバックしても何度も何度も結果的に思いつくのであれば、そのアイディアは強固であり普遍性と実現性が高いものであることが予想される。

ゆえに、現実化に向けて現実に動き出す。

アイディアの精査を身体や周囲の状況に委ねてみる。これは本当に実現すべきなのか、と自分の胸に聞いてみるのでなく、アイディア自身が実現されたいのかどうか、という「きみに任せる」というやつをやる。

アイディアはもしかすると、思いついた時点ですでに私の手を半分離れているのかもしれない。アイディアは私という脳や身体、思考や精神を通して生み出されたにすぎない。あくまで私はアイディアの通過点。

それは、子が母の身体を通過して生み出され、生まれたあとは原理的に「母のもの」でないことと同型的である。

アイディアは私を通過する。通過して生み出されたものは、それに任せる。私はそれを手入れするぐらいでいい。コントロールや支配するのではなく、植物に水をやるように手入れする。

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