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私たちはこれから命がけの仕事に挑んでいく。

「あの2人は
 仲がいいと思うよ」

前に言われた時は
単なる息子の思い違い…
そう思って聞き流していました。

それなのに
また息子は言うのです。

「やっぱり、あの2人は
 仲がいいと思うよ」

思わず
私は聞き返しました。

「どうしてそう思うの?」


「仲良いよ。
 お父さんとお母さんに似てるよ」


ぬぬぬぬぬぬ???????


「えっ、どういうこと!?」


思いも寄らない答えに
危うく
椅子から転げ落ちそうになりました。

「思っていることを
 全部口にしているのが
 じーじとばーばで
 間に俺が入っているのが
 お父さんとお母さん。
 お父さんとお母さんも
 言いたいこと言い合ったら
 じーじとばーばのようになるってこと。
 ただそれだけ。
 どっちも仲は良いと思う」

息子の言うように
確かに今の父と母は
お互い思ったことを
口にしています。

一方私たち夫婦はというと…
私としては、
思いを口にしている
つもりでいましたが
息子から見ると
そうでもなかったようです。

それにしても
父と母が仲が良いなんて…
しかも私たちが
父と母に似ているなんて
どこをどう見たら
そうなるのだろう…。

小さい頃
我が家はいつも
父中心に回っていました。

父の言うことは絶対で、
少しでも口答えをしようものなら
「女と子どもは黙ってろ」と
罵声を浴びせられました。

母は出来るだけ父には
機嫌良くいて欲しくて、
私たちが父の機嫌を
損ねるようなことをすることを
とても嫌いました。

私のお父さんとお母さんは
仲が悪い…
お母さんは不幸…
小さい頃
私はずっとそう思っていました。

「俺はさ、
 お母さんが小さい頃の
 じーじとばーばを知らないから
 その時の2人が
 どうだったか分からないけど
 今の2人は仲がいいと思うよ」

息子が言いました。

確かに
ここ2、3年で
母は変わりました。

15年前、
母にとって義理の父にあたる
私の父方の祖父が亡くなりました。

その後
父方の祖母の認知症が発症。
やがて介護生活となりました。

嫁姑問題を抱えたままの
祖母の介護。

3年前に
祖母が他界するまでの約10年間は
母にとって
正に地獄のような日々でした。

祖母を見送った後
少しずつ
母の生活が変わり始めました。

やはり姑である祖母の存在は
かなり大きなものだったのでしょう。

70歳を過ぎ
ようやく自分の人生を生き始めた母。

とは言え
若い頃のようには体も動かず
一度にたくさんのことが
出来なくなりました。

記憶力が自慢の母でしたが
物忘れも随分と増えました。

そんなこんなで
ここ2、3年は
頑張ることを辞め
無理をしない
出来ないことは誰かに頼む
というように
色んなことを手放してきました。

農家ゆえに
日々やることは
それなりにあるのですが
だいたいのことは
兄夫婦に任せ
少しの農作業と家事をして
空いた時間はテレビを見て
のんびり過ごすようになりました。

以前の母からは
想像もできないような生活です。

父と兄のことで
気をもむことはあるようですが
嫁姑の悩みも
介護のストレスも無くなったことで
不満や愚痴がぐんと減り
明らかに
母の表情は変わりました。

数年前までは
いつもイライラしていて
怖い顔をしていた母でしたが
最近では
笑顔でいることが増えました。

母の悩みの種でもある
父と兄の関係も
父が少しだけ折れることで
以前程
激しく争うことも
なくなりました。

父は一線から退き
今はきこり
そして
家のリフォームに没頭。
自分も大工さんと共に
現場に立っています。
(口うるさい父が側にいると
 大工さんは嫌でしょうけれどね)

「今が最高に幸せだよ」
そう言って
自分のやりたいことに
惜しみなく時間とお金をかけ
生き生きと過ごす父の姿が
息子には
キラキラ輝いて見えるようです。

じーじのように
自然の中で
好きなことしながら暮らしたい…
息子の夢は膨らみます。

成長期の息子は
ついに父の身長を越えました。

「追い越されたなぁ」
息子を見上げ
嬉しそうに父が言いました。

父を慕い
足繫く実家の手伝いに通う息子。
父にとって
これほど嬉しいことは
ないのかもしれませんね。

また、
孫である息子が
こうして農作業の手伝いに
行くことは、
もしかしたら
2人の風通しを
より良くしているのかもしれません。

父も母も、
それぞれが
自分らしく過ごせている今、
息子の言うように
2人の関係は
昔と変わったのかもしれません。

今は
私よりも息子の方が
2人と過ごす時間が長く
私よりも
2人の姿をよく見ています。

だから
息子の言うことは
本当なのだと思います。

お父さんとお母さんが
思ったことを口にしたら
じーじとばーばのようになるだけ。

それは
もしかしたら思ったことを
もっと口にしても大丈夫
ということなのかもしれません。

もちろん
息子はそんなことを
言うつもりで言った訳では
ないのかもしれませんが。

互いに
言いたいことを言い合っている
父と母と
私たち夫婦は似ている…
私と母が
似ているのは分かるとして
主人と父は
全く違うタイプ。

正直
この「似ている」の意味が
どういうことなのか
分かりませんでした。

ただ、
どちらも仲が良いと言われ
嫌な気はしませんでした。

思えば
ここ2、3年で
私自身も大きく変わりました。

たくさんのものを手放し
自分を満たすことを
何より大切にしてきました。

主人もまた
2年前
心の風邪をひき
これまでのやり方を
手放さざるを得なくなりました。

私も主人も
自分と向き合う中で
私たち夫婦の関係も
少しずつ変化してきました。

私たちの変化と
父母の変化は
シンクロしていたのですね。

変化の中にいた
私たち夫婦の絆を
つなぎとめてくれていたのは
間違いなく息子でした。

もしかしたら
私たちはお互い
息子に甘えていたのかもしれません。

息子から
直接何か言われた訳では
ありませんが、
もしかしたら
自分がいなくなったら
お父さんとお母さんはどうなるんだろう…
そんな風に思うことも
あったのかもしれません。

主人が病気になって
しばらくは
主人とどうかかわったら良いのか
分からなくなりました。

一緒にいる意味さえ
見失いかけたことも
ありました。

他人だったら
もっと割り切って
うまくやれそうな気がするのに
主人だとどうしてこんなに
難しいんだろう…。
そう悩む私に
尊敬するメンターが言いました。

愛しているからだよ

その言葉に救われました。

それから
ただただ
自分に集中して
自分を満たしてきました。

これまでのやり方を
手放すということは
とても勇気のいることでした。

本当に大丈夫だろうか…
不安になることもありました。

それでも
息子といる時だけは
安心して
自分らしくいることが出来ました。

だから私は
ついつい息子に
甘えてしまっていたのだと
思います。

ふと
また、相田みつをさんの
あの詩を思い出しました。

アノネ 親は子供を
みているつもりだ けれど
子供はその親を みているんだな
親よりも きれいな
よごれない眼 でね

自分ではうまくやれてる…
そう思っていましたが、
私たちが見えていないだけで
息子には
ちゃんと分っていたのですね。
私たちが
心の底から向き合うことを
避けていたことを。

そうだよね。
お母さんが
あなたのことがよく見えるように
あなたにも
私たちのことが見えるよね…。

もうそろそろ
息子に甘えるのは終わりにしよう…。

俺がいなくても
お父さんとお母さんは大丈夫…

息子に
そう思ってもらえるように

これからは
主人としっかりと向き合っていこう…。


久しぶりに
河合隼雄さんの著書を
読み返しました。

~男女は協力し合っても 
 理解し合うことは難しい~
 (抜粋)
 
 われわれは
 男女が互いに他を理解するということは、
 ほとんど不可能に近く、
 また、時にはそれが
 命がけの仕事
 と言っていいほどのことであることを、
 よくよく自覚する必要がある。

~言いはじめたのなら話合いを続けよう~
 (抜粋)
 
 黙っているのは辛いことだ。
 だから、といって、
 発言すれば楽になる
 などというものではない。
 
 自分の意見を言うだけでなく、
 相手の意見も聞き、
 話合いを続けるのは、
 黙っているのと同じくらい
 苦しさに絶える力を必要とするだろう。
 どちらをとるににしろ、
 人生というものは、
 それほど楽なものではない。

 黙っているのではなく、
 もし、ものを言いはじめたのなら
 そこから困難な話合いを続行していく
 覚悟が必要と思われる。

『こころの処方箋』 河合隼雄

私たちはこれから
命がけの仕事に挑んでいく…

でも
きっと大丈夫…

口に出しても
仲が良いことには変わりはない

息子が
そう太鼓判を
押してくれたのだから。


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