壁について
突拍子もないタイトルになったが、僕は人との間に壁を感じる。
その鬱陶しさについて、愚痴を言わせていただきたい。
いや、やっぱりやめておこう。
それよりも、壁にどう対処するのかが大事である。
僕たちは壁にどう向き合うのか。
考え方1:
聳え立つ壁にぶち当たる瞬間こそ人と自分の違いを確認する
という意味で大切だ。
人と僕との間に立つ壁は、普段は知覚されることがない。
いきなり目の前に現れるので、顔からぶち当たるのである。
あと僕は良心がないわけではない。
これは大事な確認である。
何度も良心がないのかもしれないと自問したことはあるが、
それこそ良心のある人間の特徴だろう。
壁は無限に他人へ近づきたいとする欲望を
否定し、葛藤をうむ。
しかし良心のない人間ならば、この葛藤がない。
他人のことを物だと思っているからだ。
つまり他人が存在しない彼らにとっては、
壁などないように感じられているということだ。
そうなると、良心のない人間と良心のある人間を
対比した時、僕を僕らしく
(良心のある人間をそれらしく)している要素の一つに
「他人との壁を感じている」という項目を加えても良いことになる。
これは嬉しい気づきかもしれない。
考え方2:
壁を感じるのはあなたが
自分を滅することができていないからだ。
単なる自暴自棄と異なる仕方で、
自分のことなどどうでも良いと思えるならば、
壁などないだろう。
人と僕との間に立つ壁は、明らかに存在する
自分と他人の依存関係を認めずに
それを斬るものかもしれない。
だが、これは極論だ。僕たちすべての人間の間に、依存関係が
「存在する」・「しない」で二分して考えると、
「する」という答えに一応はなる。
だからなんなのだろう。僕たちが互いに依存しあっているとして、
例えば同じ川の上流に住む人間と下流に住む人間との違いとは、
どうしても出てきてしまう。
この例えは、要するに我々全員に何かしらの立場の違いがあり、
どちらが上かという格付けがある
ということを言いたいのではない。
もし上流に住んでいたら、どうすべきなのか?
もし下流に住んでいたら、どうすべきなのか?
我々の間に、対話は成り立つのか?
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