![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/80286843/rectangle_large_type_2_a166decee8ba6f4ab642b27f59efa85d.png?width=1200)
人を癒し、そっと背中を押してくれる場所がある
十分考えた。
十分我慢した。
あとは、思い切って行動に移すだけ。
その一歩がどれだけ途方もないものか。
「最後は自分」とか言うけど、
結局、人の決断の陰には人がいるものだと思う。
優しく見守ってくれる人がいたとか。
何時間でも耳を傾けてくれる人がいたとか。
いい加減だけど自分に正直な人が楽しそうだったとかね笑。
そんな人たちとの出会いに敬意を込めて
自分の体と気持ちを大事にしたい。
そういう気持ちが
ピンチの時に背中をさすり
前向く勇気をくれるんだろうね。
寄処を作り、守ってくれて、ありがとう。
北川の紹介でやってきた吉岡
宿泊者が寄せ書きをする本にこれだけ書いて、ヨスガを出た。これから新幹線に乗って東京へ帰る。富山には珍しいといういい天気だ。歩いて富山駅へ向かうことにした。
![](https://assets.st-note.com/img/1654725968944-PBcuPD24ax.jpg?width=1200)
まさか、仕事の不安から富山のゲストハウスに来ることになるとはね。
北川の紹介がなかったら、まずあり得なかったし、このことできっとあと数年は苦しんだだろう。感謝しないとな。
LINEで北川にたくさんの写真と「行ってきたぞ」の一言を送りつけながら、俺は3日間の余韻に浸った。
少し前までろくに知りもしなかった富山。
立山連峰がきれいだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1654723756881-3wyCzihPXK.jpg)
名残惜しさもあって、俺は足を止め、あいつと転職する前に飲みに行った時のことを思い出していた。
旅から帰ってきた同僚が「会社を辞める」って言うから飲みに誘ったら
「とりあえず生!」
北川の明るい発声に驚いた。この前までと同じやつには思えない。新卒5年目の俺らは、このところ疲弊していた。
ずっとやりたいと思っていたことはどこかへ置き去りにして、質量ともに誰のためかもよくわからない仕事をこなしている。
そんな折、今日の昼、同僚のこいつと立ち食い蕎麦を食った店で「俺、会社を辞めて転職する」と笑顔で言われたから、飲みに誘ったのだ。
北川は追い詰められている様子だったから、正直ホッとしたくらいだが、それにしてもあまりにいきなりだったんで何かあったなと睨んだ。
幸い会議も少なかったし、さっさと書類仕事を片付けてうちの会社のメンツ行きつけの沖縄居酒屋に。
俺はさっそく聞いた。
「旅先で何かあったんだな?」
実は彼、先週まで有給をとって北陸バイク旅に出ていた。「この年になって自分探しかよ。現実逃避もほどほどにな」と部長に小言を挟まれ苦しそうだったが。まぁ、こんなのが上司だから余計に辞めたいんだろう。
「ついこの間のことなんだけどな」北川は鞄から取り出したパンフレットをひらひらさせながら言った。さては怪しい組織にでも入ったか。心配と疑いで、眉間に皺を寄せた。寄処と書いてある。寄り…どころ?
「ヨスガって読む。富山県で学生の運営している宿に泊まってきたんだ」
そういって、スマホの写真をたくさん見せてくれた。宿の入り口の写真。学生たちと楽しそうにボードゲームをしたり、語り合っている写真。心なしか北川も若くなったように見える。
![](https://assets.st-note.com/img/1654718206195-9yBqQUgVYe.png?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1654685157546-psdgHigiYk.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1654685157473-kckwQh47SB.jpg?width=1200)
しばらく写真を見た俺から返してもらったスマホをテーブルに伏せ、残ったビールを一気に飲み干してから、北川は口を開いた。
「なぁ、吉岡よ。人には、畳の上でだらけたい時がある。だろ? やると決めたことにだって『やだよぉ』とか『めんどくさいもん』とか、言いたいときがある」
何を言い出すかと思えば。
「そういや、ウォルト・ディズニーか誰だかが『疲れたら休め』なんて言ってたな」調子を合わせてやった。
「そう。けど、日常空間とダブっている場所でそんなお気楽な時間を過ごすのは難しいってのが現実だろ。誰かや何かがすぐに自分を急かしてくるのがオチだ。特に、俺らみたいに根が真面目なやつはな」
何かやっぱり変なところに勧誘されそうなにおいを感じるが、分析は素直に鋭いと感じた。最近はリモートワークの日もあるし、家だって休まらない。それに…
「それでも抗って、一日中寝転がってアニメを見たりなんかしても、無駄な時間を過ごしてしまった気がしてしまうんだよな。ついでに背中が痛くなるし」
そうだろそうだろと北川は頷く。
「だから、俺らみたいな縁の下は求めているのさ。全身どこにも力が入っていないような一日を過ごしてたいってな。ただし…それを自然に受け入れてくれる人たちに囲まれて、という条件がつく」
俺は実家を思い浮かべた。いや、どっちかと言うと親戚が集まる日の田舎のばあちゃんの家だな。ヨスガの写真もそれを連想させたんだろう。
![](https://assets.st-note.com/img/1654682270620-34uaTtZ74b.jpg?width=1200)
畳、欄間、焦茶色の低い机。老若男女各々が好きなことをしている空間で、自分がだらっとしているところだ。
なんとなく思いついたことを話したくなったら、編み物をしてるばあちゃんやボーッとテレビを見ている甥に話しかければいい。
「あぁ、最高…」甘美な空想に包まれた。
「だろ? とはいえ、実家とかだと気楽ではあるものの張り合いはない。俺だってたまには田舎へ帰るが、2時間もいれば退屈が募る。ただくつろげても、根本的解決にはならないんだ。
それに、この不況の中だ。コスパを考えてしまうのが社会人たる俺たちの悲しいサガ。可能なら、あとで有意義な時間を過ごしたと思えるような時間でもあってほしいじゃないか」
そんな虫のいい話があるものか。ムッとして北川を見る。
「そこで、旅先でまったりくつろぎつつ、学生たちと語り尽くすのはどうだ?
夕方から深夜までしゃべって、お互い『あっという間だったな(でしたね)』なんて口にして名残惜しく別れるんだ。Win-Winでいいだろ」
学生は知見を広げる。社会人は元気をもらい、初心に帰る。一瞬楽しい空想が広がったが、待てよ。そういう体験をヨスガってとこでしたんだろうか。こいつのお花畑な勘違いなんじゃないの。
「バカ言うな。学生が俺らの話になんて興味が湧くわけがねえよ。社会人になることに希望を失わせるだけだ」
というか、どうせ雇われている学生によるおしゃべりサービスだろ。
「ところがどっこい。ヨスガに居る学生のほとんどは、別に呼ばれてもないし、雇われてもいない子ばかりだ。つまり、ゲストと話せることに興味があるんだよ。それで遊びにきている」
もしそうなら、かなり意識が高いな。単に好奇心旺盛なのか。俺も社会人になった今なら、学生時代にいろんな大人と会っておけばよかったと思うが、あの頃はそんなこと考えもしなかった。
「そら、学生の中では希少種だろうな」
「ま、興味の近い学生同士、場所代いらずで集まれるってのもあるだろうけどな。実際、温和な子が多くて、ガツガツしている感じはない」
ふうんと気のない返事をしたら、北川は思い出に浸るように上へ視線を向け、口を開いた。
「彼らといると思い出すんだよ。自分に正直になることを諦めるのはまだ早いかもなって」
こっちが小っ恥ずかしくなることを言いやがる。北川は「論より証拠だ」と言ってスマホを差し出してきた。ヨスガの管理人をしている女子大生のnoteだという。「まあじっくり読め」
まっすぐな文章に引き込まれてしまった。
彼女にとってヨスガの人たちと出会ったことが行動を変える転機になったという話だった。冒頭の彼女の様子は、今の俺と同じだ。
社会人になってから「現実的に考える」を言い訳に自分の気持ちに率直であることを諦めていた。会社もプライベートも熱が入ることはあまりなかった。
彼女は、俺より遥かに大人で、子どもだ。
俺の中で天秤が傾き出した。こういう後輩との出会いを渇望していたのかもしれない。
彼女やその周りにいる人たちと、話してみたい。
「俺も泊まって来ようかな」
それが素直な気持ちだった。北川の営業に負けたな。
「3日は用意しといた方がいいぞ。1日や2日はあっという間に過ぎてしまうからな。ついでに富山でいろいろ食べて来いよ。海鮮系は絶品だ。俺が保証する美味い店はリストアップしといた。後で送っておくよ」
「ありがとう」
結局、遅くまで飲んだ。酔いにほどよく気持ちよくなりつつ、スタッフを呼ぶ。お勘定。
「ここは俺が持つよ」
いい情報を教えてもらったから、そう申し出た。まだ気は早いが餞別の意味もある。
「いや、いい。その代わり、ヨスガの学生に何か差し入れ持っていけよ」北川はそう言った。カッコつけやがって。
ヨスガは実在のゲストハウスです
いかがでしたでしょうか?
こんな物語が裏にあって寄処に来てくれる人がいたら素敵だな。
という想いで書いたショートショートです。
北川と吉岡の二人の話はフィクションですが、寄処についての説明は本物です。僕自身、最近辛いことが続いていたのですが、寄処に関わる人たちに助けられました。
だから、僕がもし寄処のキャッチコピーを書くなら下の通り。
旅先で
想いポロリして
思わずほろり
これが、僕の思うゲストにとってのヨスガです。
保証と言ってはなんですが、北川のように今のヨスガに惹かれた僕は、ここの2階に今年(2022年)4月から住んでいます。スタッフではなくただの宿泊者として。
ご案内
泊まれる図書館寄処は、金土日曜日に宿泊できるゲストハウスです。一泊3000円。予約はホームページからどうぞ。
2階に宿泊施設としての機能があり、1階は共有スペースとなっています。1階は宿泊者以外も出入り自由で、よく富山大学の学生がくつろぎに来ています。
![](https://assets.st-note.com/img/1654685432357-VHOqweKmLT.jpg?width=1200)
ちなみに、現管理人のりえちゃんの任期は今年の12月まで。作中で出てきた記事は彼女のものです。彼女の日常気づきを綴ったnote、面白いので他もぜひ読んでみてください。
書くのが早い彼女ですが、そんな彼女がうんうん唸って何日もかけて寄処のHPの文章を書いていました。ぜひ見てみて。
![](https://assets.st-note.com/img/1654685602784-xa8SMzat2o.jpg?width=1200)
学生が運営しているので、大学の入学や卒業に伴い、スタッフメンバーや出入りする学生の入れ替わりが激しいヨスガ。
今のヨスガは数年しかない貴重な空間です。
みなさま、ぜひぜひ遊びにきてください。
設立当初のヨスガの様子がわかる記事はこちら。
寄処のTwitter
🌸新入生の皆様🌸
— 泊まれる図書館 寄処〜yosuga〜 (@yosuga23811748) March 9, 2022
今日は、富山大学の前期入試の合格発表日!合格された皆様、おめでとうございます㊗️#寄処 は富山の学生で運営しているゲストハウスです!✨
たくさんの旅人や学生が集まる場所を自分たちで運営しています😆
気になった方は、ぜひフォローよろしくお願いします😊#春から富大 pic.twitter.com/UPgRDlyNjy
いいなと思ったら応援しよう!
![久高 諒也(Kudaka Ryoya)|対話で情熱を引き出すライター](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/124358368/profile_19f515ee2d4bdf9c836eaa6c67747ab2.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)