第４４話　絶技　【自作小説】桜の朽木に虫の這うこと

「叔父様おじさま、こんなのはどう？」

　星川雅ほしかわ　みやびは背後はいごに跳躍ちょうやくすると、桜の木の枝をステップ台にさらに高く跳とんだ。

「むう、これは――」

　一面いちめんに生はえる桜の木々きぎを中継ちゅうけいとして、似嵐鏡月にがらし　きょうげつの周りを縦横無尽じゅうおうむじんに跳とび回まわる。

　かく乱らんしているのだ。

　次第しだいにそれは加速され、目にも留とまらない速さとなる。

　足の裏が木を打つ音と、大気を切り裂く音が入いりまじり、その破裂音はれつおんが幻惑げんわくに拍車はくしゃをかける。

「八角八艘跳はっかくはっそうとびか。お前の年齢としでもう、体得たいとくしているとはな」

　源義経みなもとのよしつねが海に浮うかぶ舟ふねの上を跳とび回まわったとされる八艘跳はっそうとび。

　それに古流武術こりゅうぶじゅつの三角跳さんかくとびを多角版たかくばんに改良したものを組み合わせた、似嵐流にがらしりゅうの絶技ぜつぎである。

「うふふ、叔父様。どこから襲おそってあげようかなあ？」

　挑発ちょうはつにより、さらに相手を焦あせらせる。

　すべては作戦の内だった。

「ふん、調子に乗りおって。どこからでもかかってこい、雅」

「いないいない、ばあっ！」

「そこだ――！」

　しかし、それは桜の木の枝――

　技を繰くり出だしている最中さいちゅうにへし折れたものを手にしておき、ダミーとして攻撃こうげきさせたのだ。

　黒彼岸くろひがんを振り上げた、その真後まうしろ――

　完全な死角しかくとなったそこに、星川雅はいた。

「とった――」

「むうん！」

「ぎゃっ！？」

　似嵐鏡月は体をさらに回転させ、背後にいる彼女の左の脇腹わきばらを、黒彼岸で穿うがった。

「ぐっ――」

　だが、当て身としては浅かった。

　浅いとはいっても、常人じょうじんなら背骨にひびくらいは入るほどの打撃だげきだ。

　右手で打ち身を押さえながら、星川雅はなんとか間合まあいを取って着地した。

「お前の考えなどお見とおしだ。八角八艘跳びは確かに絶技だが、見切られればすなわちサンドバッグも同然どうぜん。母に習わなかったか？　愚おろか者ものめが」

「いたた、くそっ……油断ゆだんしちゃった」

「いまの一撃いちげき、急所きゅうしょは外はずしたが、あとからじわじわと効きいてくるぞ。どうするかね、雅？　土下座でもすれば、いまなら許してやらんでもないぞ」

「ああ、サイアク。マジ、チョーうぜえ。屈辱くつじょくすぎて、頭が変になりそう……」

「くくっ、わしは最高の気分だがな。姉貴を嬲なぶっているようで気持ちがよいわ。どうする？　降参こうさんするか、雅？」

「テメエにひれ伏ふすくらいなら叔父様、便所のウジムシとでもキスしたほうがマシだよ」

「ほう、ならばどうするかね？」

「こうするんだよ――！」

　脇腹を押さえていた右手の阿呼あこを顔の前、左手の吽多うんたを頭の後ろへとかざす。

　合あわせ鏡かがみの原理で、少女の顔面がんめんが大刀だいとうに映し出された――

（『第４５話　決着けっちゃく』へ続く）