第51話 ブラック・ドッグ 【自作小説】桜の朽木に虫の這うこと
「これがわしの、ブラック・ドッグだ……!」
似嵐鏡月の体が、山のように盛り上がった。
「お師匠様……」
「なんて、ことだ……」
ウツロとアクタは言葉を失いかけた。
「どうだ? アクタ、ウツロ。これがお前の父の、お前たちの人生を奪った者の、その正体だ」
山犬――
彼の姿は漆黒の巨大な山犬となった。
白い牙をむき、その目は爛々と光っている。
二人はすっかり気が動転してしまった。
「はん! まさか叔父様までアルトラ使いだったとはね。まあ、醜いこと! 子どもの人生を平気で踏みにじる、そんな親にはぴったりだよね!」
「それは雅、自分の母のことを言っているのではないかね?」
「――っ!」
星川雅は指摘の裏をかかれ、言葉に詰まった。
「ほら、何も言い返せんだろ? われらは同じ穴のムジナよ。いや、ひいては人間……人間の存在とは、そういうものなのだ。人間の存在は、間違っているのだ」
「……ずいぶん人間が嫌いなんだね。だから人間を傷つけるのが得意なんだ? あなただって人間じゃん? バカなの? そんなに人間が嫌いなら、まず自分が死んだらよくない?」
星川雅は最大級の毒を吐いたつもりだった。
「なっ……」
笑っている、似嵐鏡月は――
その裂けた口を不気味にゆがませて。
こんなことを言われて、どうして笑えるのか?
彼女は得体の知れない恐怖を覚えた。
「ああ、もちろん、そのつもりさ。ただ、本懐を遂げることができてからの話だがな」
「本懐って、なんのことよ……?」
星川雅はおそるおそる聞いた。
「この世から人間を駆逐する」
何を言っているんだ?
頭は大丈夫なのか?
人間を駆逐するだって?
正気じゃない。
いったいどういうことだ?
その意味するところがわからず、理性的な彼女ですら混乱した。
「人間の存在は間違っている、だから駆逐する。単純明快、それだけだ」
牙の隙間からよだれを垂らしながら、似嵐鏡月は答えた。
「なんで……」
「ああ?」
「なんでそんなに、人間が憎いんですか? 似嵐さん……」
真田龍子――
黙って聞いていた彼女が、狂気の山犬にそう問いかけた。
「憎い、か。それは違うな、お嬢ちゃん。憎いのではない。宇宙の真理に照らして、人間の存在は間違っている。そう言っているのだ」
似嵐鏡月はどこか遠い目をした。
「あれは……まだわしが、ガキの時分のことだ……」
(『第52話 毒虫の鏡月』へ続く)