火を囲んでみた?
「火を囲んで話せばキャンプになる!」
「持ち物は各自のいまの問いでお願いします!」
そんな感じで始まったヒビコレキャンプ
ヒビコレキャンプとは、
POOLO2期から始まった「答えのない問いを話し、いまの納得解を見つける」日々是好日(愛称:ヒビコレ※以後愛称で記載)というオンラインのみでやっていた会を初のオフライン&1泊2日で行ったものである。
今回は、先日11/20土〜21日に行ったヒビコレキャンプのレポートをまとめたいと思います。
(自分の頭の整理や結果としてまとめています。固い内容ですが、お付き合いいただれば)
1,きっかけ
ある会のヒビコレで誰かが「火を囲みながら話したい!」と行ったときがあった。
自分の中でも、リアルでやること、キャンプファイヤーしながら、暖炉で温まりながら話したいと思っていたが、そんな誰かの一言から、自分だけの思いではなく、いつか行われるのではないか?とみんなの中でちょっとした期待になり始めたのかもしれない。
だからこそ、キャンプという名も、「屋外&火を囲む=キャンプ」くらいのノリでの命名。
2,テーマ
普段のヒビコレは、月毎あるいは会毎に事前にテーマを決めるようにしている。
今回のキャンプもどんなテーマにしようか考えることにしたが、結局のところ、テーマを設けないことにした。(話すテーマは設けないが、キャンプのテーマは後述)
その代わりといったはなんだが、みんなの持ち物として、各自の問いを準備してもらうようにした。
理由としては、テーマを考える手間を省きたくなったというのもなくはないが、テーマを設けないないほうがヒビコレらしいのではないかと思った。
リアルで話すからこそ、そのときに出る問いは異なるのではないか、
集まる人によって、話の展開が横にも縦にも広がりをみせるもので、それがリアルかつ普段と違う環境だとどうなるのか、
よりイマココのヒビコレはどうなるのかという興味が湧いた。
3,体験をベースに
テーマがないなら、どうコンテンツを考えたかというと、「体験」を軸としてみた。
問いが生まれる・考えることが日常の、
都会や喧騒、ストレス、息苦しさ、当たり前
の中からも生まれるとしたとき、
そんな日常から離れて普段やらない、非日常の体験をすることで、問いを考え、新たな問いが生まれる時間にしたいなと考えた。(ヒビコレキャンプとしてのテーマ)
さらに、体験を、
対話・余白・自然
と捉えてみた。
4,観光ではない何か
やりたいこと
朝活(瞑想、ヨガ、ストレッチ、散歩)、BBQ、ピザ窯でピザ作り、薪割り、火起こし、農業体験、紅葉散策、森林浴、温泉、露天風呂、ヴィーガン料理、田舎暮らし(古民家宿)等
とはいうものの、自分のやりたいこと・ワクワクすることを元に考えたが、計画を立てるに当たって自分の中で迷いが生じた。
観光要素をいれるかどうか。
「アクセスのいいような悪いような和歌山にせっかく来たなら、どこか訪れたほうがいいのでは?」
ちょうど紅葉シーズン、関西でも人気のスポットの高野山は見頃を迎えるし、おすすめされたものの自分もいったことがないからいきたさもある。
しかし、今回の旅は、観光ではなく、俗にいうリトリートやデトックスのような内容。わざわざ人混みの多いところで、移動時間も考慮し、予定をいれすぎるのは合っているのだろうか。
そう思ったら、
観光地ならいつかまた来るはず!
和歌山にまた来たい!と思ったときに取っておこう
と割り切ることにした。
スケジュールを立てるのには時間がかかってしまい迷惑をかけてしまったものの、時間があれば訪れよう、当日の流れで考えようという自分自身の余裕も生まれた。
当日ハプニングだらけであったが、そのおかげで次のことを気にせずに進められたし、余白の時間も比較的つくれた方ではないかと思う。
5,選択肢として提案
普段やらないこと、非日常の体験ということで、自分にとっては日頃習慣的にやってること、たまにやってることも取り入れた。
ただ、特におすすめや深い理由があってこうあるべきということとして伝えたいわけではなく、日常に取り入れるきっかけづくりや選択肢となればという気軽な気持ち。
その人のタイミングで、考えでやりたければやればいいし、やりたくなければやらなくてもいい。
例えば、昼食をヴィーガン料理に訪れることにした。
食として、SDGsや健康のためにヴィーガン料理を取り入れてる人もいるが、自分も試したことがあるし、たまにやるけど、そこに対して、旗を掲げて広めたいと思うわけではいまのところない。
ただ、普段なかなか取り入れないことだから経験としてやってみてもおもしろそうと思ったことの1つである。
(店の雰囲気もよく、ご飯もおいしいからシンプルにおすすめ笑)
↑くらとくり
6,スケジュール
1.出発、出会い
和歌山に来るのに、飛行機なら羽田→白浜、フェリーで徳島→和歌山で直接くることもできなくもないが、基本は新幹線、関空で大阪を経由して、電車で向かう。
大阪〜和歌山の電車が、徐々に日常から離れていき、田んぼののどかさ、自然の多い景色から気持ちが切り替わってくるのではないだろうか。
そして、みんなで集合して、駅の近くでランチをする。
関西、東京、新潟から集まるメンバーには、始めましてや久々の再会もあり、はじめはお互いのことや近況の話で盛り上がる。
ここで、日常が非日常へと変わっていくタイミング。
2.自然、宿、語り
ちょっとお互いのこと、近況がわかったところで移動。
車を2台に分けることで、少人数の会話により1人1人の会話量も増える。
観光地でもあるが、ススキが見頃の生石高原で自然に触れる。今回は、予定から大幅に遅刻したが、そのおかげで夕日も堪能。
宿は、山の中にあるので、コンビニやスーパーは歩いていけるようなとこにも車ですら数分でいけるとこにはない。その分、夜は星空や月が近くに見れ、明け方は朝日や山々の景色を楽しめる。普段やらないような薪割り、火起こしも経験ができ、ちょっとした田舎暮らしを体験。
近くには地域の人が大切にしている祠へ散策。
のつもりが、道を間違え崖登り。みんぬが無事でなにより。生きて目的地にもつけたからこそ、生きてることをより実感できた。
そんな非日常にどっぷり浸かる。
3.帰り
最後の目的地で一旦解散。駅についたらそれぞれの帰路へ。そのまま和歌山にいるのもよし、寝るもよし旅の振り返りをしつつ自宅まで無事に帰れますように。
非日常から日常に戻っていく。
7,余談
・和歌山
今回和歌山でやろうと思ったのは、自分が和歌山のことが好きになってシェアしたかったから、多少なら案内できそうだからだった。
ただ、和歌山が初、何回も来たことある人も感動してくれるほど、和歌山には魅力があると思う。
・キャンプ
いまさらだが、このnoteを書いてるタイミングでキャンプという意味をネットで調べてみたところ、
旅行や登山のためにグループや個人で単に一時的な宿泊をするものから、一定のプログラムをもって野外で共同生活を行い、大自然の中で学習と活動を通してお互いに人格を高めあっていく組織的な野外活動までの総称として用いられる。キャンプの語義は「同志と協同生活をする」ことで、寝食をともにする生活を通して自己を見つめ、協調性や連帯性、友情、責任、奉仕などを学び、ものの見方、考え方を確立する。さらに、大自然の中で、天文、地形、動植物などの学習を通して、その美しさ、偉大さ、厳しさを知り、いろいろな技術を駆使して創造的活動を行い、また、登山、水泳、釣りなどの野外活動によって体を鍛えることにもなる。大自然とのかかわりのなかで、人間同士が触れ合い、相互理解を深め、さらに社会性を発展させる機会とするところにキャンプの意義がある。(ニッポニカ)
はじめはノリで決めたキャンプという名も、ぴったりだった。
みんなの声
うれしい感想をありがとう。
学び
学びや気づきとして、
ヒビコレキャンプには、
問いの解だけでなく、新たな問いが生まれる
移動や食事中にも哲学的な対話が生まれる
火を囲むと不思議な感情やつながりが生まれる
地域と関われる、魅力が伝わる可能性
キャンプという名があっているのかもしれない
個人としては、
自分のワクワクすることで、みんなのワクワクと笑顔が生まれる
企画する側は、迷うより振り切る(割り切る)
なにより、予想外で面白いなと思ったことは、
おそらく普段の旅行では観光地にいって、飯を食う。話すのは、仕事・恋愛・結婚・家族・過去の話が多い気がするが(もちろん人やコトによりますが笑)、
ヒビコレキャンプは、火を囲んだ場だけでなく、移動、食事、風呂、山中でも問いが交わされたことである。
「答えのない問いを話せる」という心理的安全性が作られているのかもしれない。
コミュニティ、ヒビコレの価値を改めて感じることができた。
そして、俗に場づくりと言われるが自分にとって、「"わ"をつくる」のが好き。
人とのつながり、集まり、自分のスペースという輪
温かさという和やかさ、古き良き日本という和
自分、友達、そこに関わる人の笑顔の笑
最後に
反省も多いにあるし、下手したら命の問題もあったかもしれない。
ただ、ひとり旅、何人かでいく旅行、家族旅行などとはまた違ったものになったのではないかと思っている。
旅と問いがいったりきたり
旅しながら問う
問いながら旅をする
偶然が重なって結果よかったってのも多いにあるが、
みんなの「楽しかった」、「またやりたい」という声が聞けたことがなによりもやってよかった。そんな思いで溢れている。
もし次やるとしても、人、場所、時期、が異なれば起こることが全く異なるだろうから、同じようなことにはならないと思う。だから、期待はしないでほしい笑
ただ、それと同時に、日本だけでもいろいろな地域の魅力、季節によって体験できること、人がいるので、組み合わせは無限大と思った。
そう考えたら、もし次やるとしたら、なにが起きるか、どんな問いが生まれるのかと思うともうワクワクし始めてしまっている。
問いと向き合う時間・環境、
問いを話せる友人、
新たな問いや解に出会う
ある意味、新たな自分との出会いなのかもしれない。
最後の最後であるが、
うえみなみの宿の方々、
くらとくりのオーナー、スタッフさん
にもお世話になりました。ありがとうございました。
そして、なによりもいっしょに行ってくれた友人たち、ありがとう。
最後まで読んでいただいた方ありがとうございます。
自分のワクワクが、みんなのワクワクと笑顔に。