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学習参考書の愉悦 第八回『合格古文単語380[改訂版]』

 古文単語の話をします。
 正確には、古文単語集の話をします。
 第六回で見た英単語集ほどではないにしろ、世の中、いろいろな古文単語集が出ていますね。大学入試の英単語集の見出し語は2000前後が多いのに対して、古文単語は400程度が標準です。英単語集に比べて収録語数が少なく紙面が割けることも影響するのか、語義の解説が英単語集より詳しい傾向にあります(実際、見出し語の数の差に比べてページ数の差はそこまで大きく開かない)。
 イラストを用いながら単語の語義を詳しく解説しているのが特徴の『Key&Point古文単語330―わかる・読める・解ける』(いいずな書店)、ひとつの例文の中に複数の重要単語を詰め込む方式で作られた“古文単語版『DUO』”とでもいうべき『コブタン』(ゴマブックス)、この連載でも紹介した『高校現代文をひとつひとつわかりやすく。』の著者・村上翔平さんと菊池淳一さんの共著による“古文単語版「速単」”である『大学入試古文単語マスター500』(学研プラス)、「読解編」と「暗記編」からなる「分冊 速読英単語」シリーズを髣髴とさせる旺文社『二刀流古文単語634』(ただし、『二刀流古文単語』の方が速単の分冊版よりも先発)、覚え方別の章立てをして「語源・連想で覚える」「漢字で覚える」「分割して覚える」「例文で覚える」「まとめて覚える」「敬語を覚える」の6章からなるその名もずばり『覚え方別攻略 古文単語340』(Z会)など、わかりやすい特徴がある本はけっこうあります。
 しかし、私は今回、比較的地味な、話題に上りにくい、とある古文単語集を紹介するのです。それが『合格古文単語380』(桐原書店)。これは私が高校時代に学校で一括購入した本なんですが、高校時代の私が、全科目を通して唯一最初から最後まで読み切った参考書でもあるわけです。
 というわけで、いまからはじまるのは私の思い出話です。

チャランポランもハナハダしい私の高校時代

 今を去ることほにゃ年まえ、キャイ~ン天野の出身中学を卒業した私は、愛知県立岡崎高等学校に入学することになります。いわゆる学区の公立トップ校ってやつです。入学前の春休み、高校から春課題として出されたのは、4月の授業の予習でした。いや、数学に至っては予習ですらなく、春課題の次の内容から授業がはじまるんですよ。わお。私は中学時代、授業で教えられたことを毎日指示される宿題を通して身につけ、好成績を収めていたタイプだったので、「よくわかんないことを本だけで勉強しなきゃいけない」ことに対応できず、高校入学前にいきなり小石にけつまづきます。
 で、入学すると授業の進度がめちゃくちゃ早い。中学のころとは、流れが、もう、日常の川と台風の日の川ぐらい違うわけじゃないですか。さらに中学校では「毎日ちょっとずつ」出されていた宿題も、高校の課題となると「これ、○○ページまでが中間考査の範囲ね」という調子。もともと怠惰な私ですから、「まだ手をつけなくても大丈夫だろ」→「あ、もう間に合わんわこれ」を繰り返し、課題を提出したことなんて高校三年間で片手で数えられるぐらいだったでしょうか。そんなふうなので、高校一年の一学期からさっそく落ちこぼれコースです。中間テストの数学Iの点数は、いまでも忘れない11点。きっちり補習と追試を受けました。
 さらに部活(水泳部と文芸部と演劇部と新聞部とチェス同好会に同時に在籍してました)もあって、小説も漫画も読まなくちゃいけませんし、これで授業にも身が入る方がどうかしています。高校二年生になるころには、授業の時間といえば居眠りしているか、ノートに思いついた短歌をメモしているか。英語の授業は、辞書の日本語だけを読んで「なんか笑える例文ないかな」って探す時間になっていました。
 まあ、それでも、中にはちゃんと授業を聞いていた科目もありました。国語と日本史です。どちらもそれなりに好きだったし(あと、日本史は先生が厳しかった)。あ、あと倫理の授業は大好きでしたね。高校三年間でいちばん真面目に受けた科目です。
 国語の話をしますと、現代文に比べて古典の成績はあんまりよくありませんでした。話の内容は興味を引かれるものが多かったけれども、いかんせん、古典文法や漢文の句法ってやつが大の苦手だったんですよね。「まじく、まじから、まじく、まじかり、まじ、まじき、まじかる、まじけれ、まる」なんて、まるで西尾維新の『新本格魔法少女りすか』に出てくる呪文ですよ。先生や同級生が諳んじているのを聞くにつけて「意味がわからん」以外の感想、なかったですからね。

名作『ざ・ちぇんじ!』との出会い

 そんな私がいちばん楽しんだのは、古典文学作品にまつわる知識や当時の風俗・風習に関しての知識、いわゆる「古典常識」ってやつでした。古文の中でもこれは楽しかった。というか、これが楽しかったから古文が好きだった。
 私の嗜好を決定づけたのは――高校二年の、あれはいつごろだったでしょうか――図書室で出会った氷室冴子の『ざ・ちぇんじ!』。いまでは別作品と合冊での復刊版が出てますが、当時あったのは元祖のコバルト文庫版。値段を見れば、文庫が200円台で変えた時代があったのだという驚きを与えてくれた一冊です。これがね、もう、めちゃくちゃ面白いんですよ。古文単語集の話なんかやめてこの作品の話にしちゃいたいぐらいなんですが……。
 概要だけ述べれば、『ざ・ちぇんじ!』は古典の『とりかえばや物語』を下敷きに、コバルト文庫の読者層である少女たちが楽しめる要素だけを抽出し、現代的なセンスを持った主人公が活躍する痛快な少女小説です。同じ時期に文芸部の同期の女の子から『マリア様がみてる』シリーズを借りて読んでハマっていた私は、「学校の図書館で借りて読める少女小説がある!」とこの作品に飛びつき(他には新井素子なんかが並んでいたと記憶しています)、ドはまりしたんですね。
 で、この作品は、“原作”にあたる古典文学作品があるわけじゃないですか。私はすぐに、講談社の「少年少女古典文学館」というシリーズから出ていた田辺聖子の手によるジュニア版の現代語訳を読み、「とりかえばや、面白い!」となるわけです。できることなら原文でも読んでみたいと思うものの、うぅ~ん、私は古文が得意ではありません。
 じゃあ、まあ、いまより少しはベンキョしとかないと、ということで手に取ったのが、購入されて以来、数ヶ月放置されていた古文単語集『合格古文単語380』なのでした。そして気づくのです、「あれ、これ読み物として面白くね?」と。

『合格古文単語380』は〈単語集+古文常識のハンドブック〉だ

 さて、『合格古文単語380』です。私が持っているのは2001年に改訂された新版(2018年ともなれば「新」版って感じもなくなってますが、現行のものも同じ版のようです)。この本の特徴をひとことで言い表すならば、表紙に記されている「テーマ分類」ということになるでしょう。目次を引いてみます。

第一章 風雅と教養
第二章 恋愛と結婚
第三章 女性美と性格
第四章 宮仕えと日常
第五章 宮中と高貴な人
第六章 信仰心と出家
第七章 人生と無常
ふろく 古典の世界(知識・常識編)

 こんな具合です。頻度別でも品詞別でも覚え方別でもなく、テーマ別。各章はさらに見開きごとの小テーマに分かれ、たとえば第二章なら次のようになります。

7 垣間見
8 恋文
9 求婚
10 結婚
11 懐妊・誕生
12 子への愛情
13 女の嘆き
14 男の試案
15 結婚の破局
※見出しのナンバリングは第一章からの通しナンバー

 この中でもっともグッとくるポイントの高い見出しといえば、そう、「女の嘆き」ですね。そうだと言ってください。共感を強要していくスタイルで次へ進みます。
 このページには「おぼつかなし、こころもとなし、いとど、いとどし」という4語が載っています。訳語と語の解説、例文が載っているのは他の単語集にもよくあることですが、この単語集の場合、ページの下部5分の2ぐらいのスペースが、その語がどのような文脈で使用されるかについてのコラムになっているんですよ。

 夫の浮気は妻を不安に陥れる。これほど男女の仲ははかないものか。愛を誓う言葉など信じられないものなのか。私はこのまま捨てられ離婚させられてしまうのか。そう思えば思うほど、悲しみと不安が増していく。

「おぼつかなし(形)」と「こころもとなし(形)」は大切。この二つの古語は、「不安だ・気がかりだ」という不安感を表す。しかしもう一方で、はっきりしない状況の中で、あることの実現を「待ち遠しい」と、願い望む気持ちもあらわす。

 このような具合です。このページでは上に引用した部分のまえで、『蜻蛉日記』のある場面を取り上げて女の嘆きと、また、「いとど」「いとどし」という古語の説明をしています。
 こんなコラムが、全部で50本読めるんですよ。どうです、楽しいでしょう? 冒頭で、高校時代の私がこの本を「最初から最後まで読み切った」と言いましたが、白状すると、実際はほとんどこのコラム部分ばかり読んでいました。見出し語や例文はざっと眺める程度で、とにかくコラムが楽しくて読んでいたんですよ。
 それでも不思議と教科書や試験で古文を読むときに、意味がわかる単語は増えていったものでした。きっと、よく使用される文脈とセットで単語が提示されることで、古文を読むときにその意味を思い浮かべやすい状態が脳内で整っていたんだと思われます。

読み物として楽しめる学習者向け

 よく、古文の勉強は「文法・単語・古文常識」が三本柱だと言われます。このうち二本の柱を同時に立てていけるのが、本書の最大の強みということになるでしょう。古文常識に特化した本としてZ会の『速読古文常識』という傑作(これも私は読んでいてとても楽しい)があるんですが、あの本は別に単語集もやらないといけないので、負担が重くなります。軽めの新書感覚で楽しくコラムを読んでいくうちに、自然と受験に必要な古文単語を覚えている。そういう本が本書です。
 だから、逆に、コラム部分を読んでも魅力が感じられない、古文の世界を特に面白いと感じられないけど受験に必要だから単語は覚えないといけないし……という受験生にとっては、紙面は地味だし訳語は赤シートで隠せないし、使っていてイライラするタイプの単語集なんだろうなあ、とも思うのです。
 けれども、古文の「お話」は好きなんだけど、単語覚えるのはしんどいと感じている学生には、全力でおすすめしたい本なのです。効果は私が保証します。高校時代の私が、そういうタイプだったんですから。

 さて、連載も八回を終えたわけですが、ここまで紹介してきたのは、いずれも高校生・大学受験生向けの参考書。次回は趣向を変えて、小学生向けの本を紹介してみようかなあ、と考えています。では、また。

筆者紹介
.原井 (Twitter: @Ebisu_PaPa58)
平成元年生まれ。21世紀生まれの生徒たちの生年月日にちょくちょくびびる塾講師。週末はだいたい本屋の学参コーナーに行く。ビールと焼酎があればだいたい幸せ。

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