愛ってなんだ。恋とはどう違うんだ。
先日コピーライティングの授業を受け、
I LOVE YOUの訳を考える場面があった。
正直かなり困った。
愛が何か結論が出ていなかったからだ。
I LOVE YOUの訳し方について、
少しまとまった答えが出たので書いてみる。
気になる方は読んでみてほしい。
結婚前:恋と愛の混同
結婚をするまで、いや正確には
結婚したいと思う相手が定まるまで。
愛はいつでも恋の延長上にあるものだった。
同性への愛を真剣に考えることもなかった。
自分の送った気持ちに反応があることは
当然だと思っていたし、一方的なものではなく
プレゼントを贈り合うようなものだった。
なので、何も返ってこなかったとき
悲しく、怒り、諦めることもあった。
恋と愛がごちゃ混ぜになっていたように思う。
結婚〜妊娠中:身近な人を大事にする愛
結婚後はかの自粛期間に入ったこともあり
夫と二人で過ごすことや、家族との時間が増え
愛はどんどん内向きになった。
身近な人が健康に暮らしていけますように。
この頃の愛はそういった限られた距離で放たれていた。
妊娠し、大きいお腹で通勤電車に乗っていた。
平日朝8時台のJR神戸線だ。
少し歩いただけで脳へ送られる酸素が不足し
手持ちポケモンが瀕死になったトレーナーよろしく
目の前が真っ暗になるなどギリギリの状況だった。
朝から会議に出るため電車の時間を変えられず
回復しようと優先座席を探して乗り込んだが
そこに座っている人たちは私のお腹を見てから
目を閉じ眠り始めるのだった。
身体的にかなり辛かったものの「そうやんな」と
”自分や自分の周りだけが大事”な価値観を理解できた。
現在:愛は好奇心?
産後も身近な人の健康を祈る愛は継続している。
まだ言葉を話さない娘、激務の夫、両親、
生まれ変わってもまた会いたい友人・・・
でも、そんなもんじゃないなと違和感があった。
あのとき、JR神戸線の通勤ラッシュで
目の前に妊婦が来ても立ち上がりどうぞと言えなくて
気まずくて寝てるふりをした(かもしれない)人たち。
そういった人たちにも座りたい理由がある。
疲れなければならない理由がある。
世の中は身近な人だけでは成り立っていない。
自分とは今後知り合うことのない人たちが
日々喜怒哀楽しながら回しているのだ。
これから何をするにしても、
そのことをきちんと知っておかなくてはならない気がした。
愛は身近な人だけにふるまうものではない。
そうだ。今の私にとってI LOVE YOUは
「あなたのことを教えて」だ。
明日から自主企画のインタビューが始まる。
ドキドキもワクワクも含め胸がいっぱいだ。
すべての人が質の良い睡眠を取れますように。
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