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長生きの秘訣
うちの祖母は生前、ずっと「病院で死ぬのはイヤだ。家で死ぬ」と言っていて、本当に家で亡くなった。
91歳の大往生だった。
発見した時は、苦しかったのか布団から半分這うようにして出た格好で、うつ伏せで動かなくなっていた。
死因は心臓弁膜症。
急いで救急車を呼んだが、もう遅かった。
祖母は自分の死期がわかっていたのかもしれない。
亡くなる1週間前
「もうダメかもしれん」
と、ニヤッと笑ってそう言った。
私はギョッとして
「しんどいの? 病院に行く? 連れて行こうか?」
と言っても
「大丈夫だから」
の一点張り。
ちょっとでも苦しいとか痛いとか言えば病院に連れて行かれる。
そう思ったのか、そういうことはひと言も言わなかった。
もしあの時、病院に行っていたら、そのまま入院になっていたかもしれない。
そんな祖母を、姉や私は
「最後のほうは、ほとんど意地だったのかもね」
なんて言っていた。
父は、無理にでも病院に連れて行けばよかった、と悔やんでいた。
祖母としては「病院には絶対行きたくない」と言っていたのだし、本望だったのではないかと思う。
とはいえ、祖母が救急車で運ばれていったあとは大変だった。
気持ちも落ち着かないうちに、警察がパトカー2台で到着。
家の中で飼っていた2頭の犬たちは、狂ったように吠えまくり、それを取り押さえるのに私たちは必死。
近所の人には、何か事件でも起こったかと思われていたかもしれない。
「事件性は無いと思いますが、一応規則ですので」
と言う警察官は、もう亡くなっていると判断した救急の方から連絡を受けて来たらしい。
家で人が亡くなると、特定の条件を満たさない限り、警察が死因の調査に来るのも、この時初めて知った。
「どなたか、おばあさんの通帳とかお財布とか、入っている場所がわかる方いますか?」
と警察官。
父は知らないと言い、駆けつけた姉も首を振る。
知っているのは私だけだった。
祖母がタンスの中から財布を取り出しているのを見たことがあったから。
しかしそれは、私が幼い頃のことで
「たしか、変わってなければタンスの中に……」
私がそう言うと「失礼します」と言って、警察官は上から順にタンスを開けて調べていく。
すると
「あ、あった」
私は、ばーちゃん場所変えてなかったんだ、と思うと同時に、なんだか気まずくなった。
警察官は、みつかった通帳や財布をしげしげと見ながら
「これだけですかね?」
と言う。
コイツがヤったんじゃないか?
もしかして、そう思ってる?
何もしていないのに、なにかやましいことでもしたような気分になってくる。
わ、私じゃないです……と思いながら
「ハイ、たぶん……」
と私は答える。
そんな私の心情を察してくれたのか、姉も
「アンタ、よく覚えてたね!」
なんて言ってくれたけど、その言い方が芝居がかりすぎて、その場の空気は一気に胡散臭くなった。
そんなふうだったから、最期場が家、というのもなかなか考えものだな、と私は思った。
父も警察が来たのは嫌だったらしく
「家で死ぬと、遺されたほうが嫌な思いをするから、オレはそうならないようにする」と言っていた。
しかし、父はそれをすっかり忘れたのか、最近では「家で死ぬ」と言い張っている。
介護施設や病院で起きたニュースをテレビで見て、気が変わったらしい。
「オレは家で死ぬ。家の2階で」
2階?
家はわかるけど、なぜ2階。
そう思って「なんで? 1階じゃダメなの?」と私は聞いた。
すると父は、人差し指で上をツンツンと指しながら
「だって、近いだろ? あの世に」
そう言った父は、当たり前だろ、みたいな顔をしてこっちを見ていた。
彼の辞書には、病気とか、介護の文字はない。
というか「家で死ぬ」と言い出してから、なくなったようだ。
「病気になったらどうすんの?」
と聞いても
「ならない」
「介護が必要になったらどうすんの、2階じゃ介護しにくいじゃん」
と言っても
「オレは大丈夫だ」
この恐ろしい自信。
こういう人が、長生きするんだろうな、と思う。
そんな彼は周囲から
「アンタは長生きするよ」
とよく言われて、喜んでいる。