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何よりの希望
ヤマシタトモコの『違国日記』という漫画のことを、生活の隙間でよく思い出す。
やけに寂しさを感じる時は特に。
違国日記を初めて読んだ時「これは私の物語だ…」と思った。
それ程に、よく知っている感情や普段頭の中にある考えが表現されていて、読み始めてすぐに特別な漫画の一つになった。
事故で両親を亡くした15歳の少女=朝と、小説家の叔母=槙生が共同生活を送る物語なのだが、この叔母の槙生ちゃんがどこまでも自分と重なるのだ。違国日記を読んでいる周りの友人からも、胡桃は槙生ちゃんに似ていると言われた。
(中身が。見た目はどちらかと言うと朝みたいにちんちくりん)
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槙生ちゃんは社会と繋がるのが下手で、深い感情の持ち主で、なにより孤独と共に生きる人だ。
その心の中には、きっと人より少し薄暗い世界が広がっていて、その分そこに生まれる感情の機微を敏感に感じ取っているのだと思う。
盲目の人が音や感触を鋭く感じ取るように、明るいところでは見落としてしまうようなものごとが、この世界にはたくさんあるんだ。
かく言う私も、孤独と一緒に生きている。
人と会うのは嫌いではなくて、むしろ寂しがり屋なんだけれど、一人の時間がないと私が私でなくなってしまう。
7月に人と会いすぎて疲れてしまい8月はほとんど予定を入れていなかったので、先週の土日は約一ヶ月ぶりに友達と会った。
2日間大好きな友達に会えてすごく楽しかったけど、幸せな時間を過ごすほどに、その後の反動も大きい。一人になった途端に慣れたはずの孤独がやけに目立って、途方もない寂しさに襲われる。
こういうのは嫌ではあるけれど、もう何年もずっとそんな風に生きてきて、私にとっては寂しかったり孤独である方が、むしろ自然な状態であるとすら言える。
孤独な時間が私の心を育んで、私の自我を形作ってきた。
きっと私のインサイド・ヘッドはカナシミがリーダーで、ヨロコビはあまり喋らない控えめなタイプなのだ。
大学生の頃、同じゼミに“ケンケン”というあだ名の中国から来た留学生がいた。
それぞれが制作した写真作品集をレビューし合う授業の時に、ケンケンから
「胡桃さんの写真を見てると悲しい気持ちになります」と言われた。泣きそうな声だった。
その時は驚いて、
「えっ、どうしたの、大丈夫だよ〜」
と慰めたのだが、進んでいく授業の中でその言葉を噛み締めるほどにじわじわと嬉しく、窓の外の景色も心なしか光って見えた。
私はいつだって悲しかったから。
その通りだったから。
私が作っていた写真集は、風景とか日常の何気ない瞬間とか、身近な世界をフィルムカメラで切り撮った私的なもので。
それでも感情はちゃんと作品にのっているんだ、私の孤独が届いているんだ、と思うと救われた気分だった。
ケンケン、私が見ている世界はね、いつだって少し寂しくて、悲しくて、その分すごく綺麗なんだ。良いところも悪いところもあるけど、それ以上でも以下でもなくて、私はそれが気に入ってるんだ。
先日行ったコミティアで1冊のエッセイ本を買った。
顔は覚えていないのだけれどポロシャツにデニムを履いた猫背のお姉さんが一人で販売していて、広い机の真ん中に5冊程の本がちょこんと並べてあった。表紙のデザインが好きで立ち止まると、お姉さんは自信なさげに「あ…よかったら…サンプル見てみてください…」と声をかけてくれた。その後、一度ブースを離れたけれど、やっぱりその本のことが気になって、何よりもそのお姉さんが綴ったエッセイを読んでみたいと思い、いそいそと戻った。ちょうどお姉さんがため息をつきながら席を離れようとしたところを引き止めて、1冊買わせてもらった。
帰ってすぐ読み始めたけど、少し読んだところでページを捲る手を止めた。あまりにも良かったから。雑に読んでしまうのがもったいなくて、一つ一つ丁寧に読もうと、改めて休日に本を開いた。120ページ程の文庫本には、私が誰にも言えずにいたような感情たちが幾つも記されていて、涙で視界が何度も歪んだ。
あとがきを見ると1996年生まれと書いてある。私よりも4歳上。
年齢を見て安心した。
自分と似た人が、自分よりも少し先の人生を生きていてくれることは、生きるのが下手な私にとって何よりの希望になる。
Instagramなんかで楽しそうな同級生の生活を見ていると、みんな本当に上手に生きるなと思う。
週5日フルタイムで仕事をして、毎月ちゃんと定額のお給料をもらって、仕事は大変でもそれなりに誇りがあって、恋人がいて、仕事終わりや休みの日は美味しいご飯を食べたり買い物をしたりして、また朝が来れば働いて。
そんな当たり前のことが、私はどうも上手く出来ない。
みんなと同じ様に生きたいと思っても、心も体もついてこない。
もちろん私みたいな人もいるだろうし、人には得意不得意があって当然なのも分かっているのだけれど、自分がマイノリティである以上どうしても劣等感がついて回る。
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世界の半分が生きるのが上手な人で、もう半分が下手な人ならいいのにな。そしたらもう少し胸を張って生きられのに。
気づいていないだけで、本当は既にそうなのかもしれないけどね。
ああーーー、
なんか、
頭にあったものを色々書いたらずいぶん取り留めのない文章になってしまった、、、
まぁ、いいや
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