中国のSF短編集『老神介護』を読みました
去年2024年のマイベストブームが劉慈欣『三体』であった。ちょうど文庫版が発売され始めたばかり、Netflixドラマを観始めるの同時に小説を読み始め、気づいたら『三体III 死神永生』の下巻を読み終わっていた。気づいたらスピンオフ作品の『三体X 観想之宙』ならびに『三体0 球状閃電』を読み終えており、まさしく「こんなにハマった小説は『デルトラクエスト』以来だ!」と叫びたくなるほどの熱量でございました。ファンタジー小説である『デルトラクエスト』と並べたくなるほど、三体作者である劉慈欣が描く姿は荒唐無稽なファンタジー的な設定の世界観が多い。しかしながら、その荒唐無稽な設定あるいは世界観を裏打ちする理論的背景がどこまで正しいのかは知る余地もないけれどもしっかりと描写されており、現実に地に足のついたファンタジーとなっており、それすなわちハードSFとなっている。
そんな劉慈欣の地に足のついたハードSF的世界観を堪能できるのが、五編の短編が収録された『老神介護』である。いくつか印象的だったお話について感想を述べながら紹介していく。
老神介護
まずタイトルからして翻訳の妙を感じる。老いた創造神を人類が介護するというこの荒唐無稽な物語を一言で表現しつつ、「老親介護」という同音異義語を想起させ、この物語のエッセンスを強調している。翻訳者がこの言葉を思いついたとき、脳汁ドバドバだったのではないか。地球上の生命の創造神たる神々たちは、かつては栄華を誇ったがもはや文明全体が衰退期に入っている。神々たちはかつて生み出した生命、いわば子どもである人類に養ってもらうことを求める…。この少子高齢化社会を見据えた作品を書いたのが、人口拡大期の2004年というのがオドロキである。老年の親と子どもというミクロなテーマをここまで壮大な物語に仕立て上げる手法は、どこか人と人のコミュニケーションを描いた「三体」っぽさも感られる。人類が創造神に対してヘイトを貯めていく様子は、「老親介護」そのものの描写であってSFなのに生生しさも感じる。そんな人類社会に読み手が絶望しかけてしまいそうになるタイミングで、風呂敷を拡げながら人類社会に希望を残すオチは見事。
白亜紀往事
あらすじを読んでも意味が分からないけれども何か面白そうという、これこそ人間の想像力の賜物といえる短編。読んでいるだけでワクワクするという、藤子F不二雄チックな設定の物語である。ところが内容はポリティカルスリラーと言ってもいいほどのハードな内容であるというこのギャップが面白い。相互確証破壊に基づく平和が砂上の楼閣であることを、まさに蟻を通じて描いていくのが、有り得ないくらい面白い。蟻連邦と恐竜帝国の間の戦役を描いていくシーンは、もはやコントレベルの画が想像できるのだけれど、マジメに読めてしまう。突拍子もないアイデアとそれを支える設定によって、蟻連邦と恐竜帝国が共存共栄している地球がリアリティを感じて息吹いている作品である。この作品にはもう少し長くした中編があるようで、ぜひともそれも読んでみたいと思う次第である。
そのほかの作品も粒ぞろいの良作であった。「老神介護」の続編である「扶養人類」は、ハードボイルドな作風でありながらも、地球人と異星人の出会いを通じて人類社会を相対化していく資本主義批判の作品である。「彼女の眼を連れて」「地球大砲」は、「宇宙にだけがロマンがあるわけじゃないぜ!!」といわんばかりに地下世界が舞台になった作品である。また、新興国的労働集約型産業の視座も入っていたり、時間と場所という決して会うことのできないを極限まで突き詰めた切なさも兼ね備えた作品。星新一ショートショート的な趣もありながらも、現実の延長線上にこの世界があるというふうに思える作品たちであった。おススメです。
以上