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MIT MBA留学で学んだこと(4)~マーケティングの授業~


教授の紹介

今回からはついに具体的なコンテンツの紹介をしていきます。まずはマーケティングの授業です。教授はDuncan Simesterという方でニュージーランド出身、弁護士資格を持ちながら、MITでマーケティングのPhDを取得し、シカゴ大学の教授に着任しました。現在は複数のグローバルPEファンドに戦略、マーケティングに関する顧問として雇われながら、年間3ヶ月だけMITで教えているという教授です。彼をアドバイザーに雇っているのは、時価総額で数千億から何兆円という規模の会社の買収をして、そういった会社の経営の相談を彼にしているファンドです。時給数百万円というレベルの人であり、授業での議論も非常に面白いです。(ただし、MITの学費を卒業までに必要な単位数、単位当たりの時間数などで割り返してみると(年間授業料÷必要単位数÷単位当たり授業時間数)、だいたい1時間当たりの授業に生徒1人当たり$480、セクション全体で授業1時間当たり平均$16,000(1ドル150円の為替だと240万円)授業料を取っているので、実際に名物教授には90分の授業1回あたり数百万円くらい払われているかもしれません笑)

Duncan教授

授業のスタイル

彼の授業のスタイルは長めのケーススタディが事前課題として出されて、そのケース1つにつき3~5問程度の質問が与えられます。それをチームごとにレポートを書いて授業前までに提出するというスタイルです。ケーススタディは、回によって多少前後しますがA4で15~20ページくらいのものが多く、レポートはだいたいA4で2~3枚になる事が多かったです。細かいファクトを聞くというより、下記のような本質を突いた質問が多かったです。

ケーススタディの事前課題の質問例
「なぜ消費者はA社の製品の価値を理解出来なかったのか」
「どんな要素がA社の製品をよりよく売るのに関係するか?」
「もし製品が素晴らしかったとして、A社は他社がその同じ市場に入ってこないように十分な参入障壁を築けたのか?」

こうして準備して授業に臨むと、授業はひたすらディスカッションベースで進んでいきます。まず、会社の背景、市場・競合状況などの前提情報を1つ1つ生徒に要約して簡潔に発言させます。ちゃんとケースを読んできているかどうかの確認で、ここでの発言もParticipationの点数になります。ディスカッションは、途中の会話や質問の流れによってテーマからはよく脱線しがちですが、マーケティングの視点で重要な点はケースと関連性が低くても良い視点だとして取り上げて議論してくれます。その後、事前課題にあった質問なども含め、核心的な質問に入っていきます。多くはすぐには答えられない、考えてもなかなかベストな回答が言えない内容です。統計やオペレーションなどと違い、白黒はっきりするものばかりではなく、ケースバイケースの判断が求められる、非常に境界線がグレーな議論・検証が必要な学問である事を体感します。

実際に授業で使ったケースの紹介

ここではAqualisaというイギリスのシャワーメーカーのケースを紹介します。※これはハーバードビジネスレビューのケーススタディで下記のリンクから購入可能です

ケーススタディ要約
・ 背景:2000年代前半のイギリスのシャワーメーカーAqualisaはイギリスのシャワー市場で3番手の企業だった。従来のイギリスのシャワー市場の問題点を分析し、低い水圧、温度の不安定さ、設置が難しさ、操作性の悪さ(ちょうど良い水量・温度の位置をハンドルで探すのが大変)、などを突き止めた。
・ 商品:これを全て解消するような画期的な商品『Quartz』を開発し、従来のシャワーに比べて水圧、設置の容易さ、操作性、デザイン面で飛躍的な進歩を遂げていた。しかし、技術的に優れているにもかかわらず、発売後の売上は期待に届かず、販売チームや取引先は困惑していた。
・ 市場:イギリスでは消費者の7割近くがどんなブランドがあるのか、それぞれどのような特性があるのか理解しておらず、配管業者や建築業者に任せきりになっていた。新技術が導入される度に問題が起きるので、業者は新技術へ懐疑的であり、特に電子技術を伴う商品は毛嫌いしていた。
チャネル:
 >Trade Shop:主な顧客は配管工なので店員にアドバイスを求める事はほとんどない。欲しい商品が常に揃っている事が重要なので、店舗は常に多くの種類の商品・在庫を揃えている。Aqualisaの製品は40%ほどのTrade Shopsに配荷されている。
 >Showrooms:Trade Shopより商品の種類は少ないが、最新かつハイエンドな商品を揃えている。顧客は配管工も消費者もどちらもいる。コンサルタントと呼ばれる人がシャワーの選び方やバスルームの改装についてアドバイスをする。Aqualisaの製品はこのチャネルでは25%ほどに配荷されている。
 >DIY Sheds:より低価格な商品が売られており、配管工に依頼せず自分でシャワー選びから工事までやるという消費者が買い物をする。Aqualisaの製品はこのチャンネルでは売られていない。
戦略:顧客への浸透が進まず、会社内でのマーケティング戦略の再検討が求められている。販売促進戦略として、大規模な広告展開による消費者への直接アプローチ、DIY市場への参入、あるいは不動産開発業者へのターゲティングなどが検討されたが、それぞれにリスクがあり、どの方向に進むべきかが大きな課題となっている。

Aqualisa Quartzの後継機種

(参考情報):従来のイギリスのシャワー
水圧:弱く、浴び終わるまでに時間がかかる
温度:ハンドルでコントロールしなくてはならず、絶妙な位置を手探りで探さなければいけない
安定性:水圧、温度の安定性も悪く、弱くなったり、強くなったりその時々によって変わる
設置:壁に穴をあけて、温度をコントロールするための水を貯めるボックスを取り付ける必要があり、1日半ほど工事に時間がかかる

左:シャワーを導入する動機 右:シャワーブランドの選択方法

事前課題の質問(上記に書いた例と被りますが)
1. Why do customers and plumbers apparently not recognize the benefits of the Quartz?
(なぜ顧客と配管工は新製品Quartzの利点に気付かなかったのか?)
2. What factors will determine the profits that Aqualisa will earn from the Quartz?
(Aqualisaはこの新製品Quartzでより多くの利益を上げるためにどんな要素が関係しているか?)
3. If the product is successful, will Aqualisa be able to create barriers to entry to prevent other firms from entering the market with a similar product?
(もし製品がとても素晴らしかったとして、Aqualisaは競合が似たような製品を出して市場に入ってくるのを妨げる参入障壁を作る事が出来るか?)

フレームワークの重要性

まず何もフレームワークを与えない状態で上記の質問を考えていきました。1問目に関しては、顧客にとってはシャワーの製品を何にするかの意思決定は、家のリフォームや新築という大きなイベントの中のほんの一部の事柄なのでそこまで注意を払っていない、かつ商品を取り付けるのは多くの場合配管工に頼まざるを得ないので、商品知識や判断基準も持っていません。さらに、シャワーを体験して比較する事も難しい(ショールームに行けば商品を見る事は出来ても、浴びて体験する事は出来ない)。という事でこの市場で顧客を握っているのは、メーカーではなく配管工になります。また配管工にとっても、上記の市場の項目で書いた通り、新商品を取り入れる事にそもそも懐疑的であり、特段顧客満足度が高まったからと言って彼らの売上が増えるわけでもなく、故障が起きると駆り出される(新商品、特に電子技術を取り入れた新商品はそれが起こりやすい。)事や、彼らは自分がExpertだと思っているため新しい商品の知識を取り入れようとしない、などの事情からQuartzを試してみようという気さえ起こりません。

2問目を考えるのにまさにフレームワークが有効になってきます。そこで紹介されたフレームワークは下記の3つです。この授業を通じて違うケースでも有効で、繰り返し使っていくものになると教えられました。

 Create Value?:顧客に対して価値を生み出せているのか?
② Deliver Value?:価値を伝えられているか、届けられているか?
③ Capture Value?:価値を向上し続け、かつ参入障壁を作れているか

今回のケースに当てはめてみると、下記のように整理できます。
①   :価値を生み出せているか?
→〇:従来のシャワー製品の問題をひと通り解決し、新たな価値を生み出している言える
②   :価値を伝えられているか?届けられているか?
→×:消費者と配管工に製品の価値をうまく伝えられていない上に、消費者とAqualisa社の接点は限られており、配管工が消費者を握っていると言える
③   :価値を向上し続け、かつ参入障壁を作れているか?
→×:参入障壁は作れておらず、他社が類似品で市場に参入する事は容易

ケースの結末

このケースの結末は、以下の通りです。
Aqualisaは消費者に向けた広告プロモーションを行い、この製品の良さが認知されて大ヒットしました。しかしその様子を見て競合他社が類似品を出したため、一度獲得したシェアを長く維持する事は出来ずに、競合他社に抜かれてしまいました。つまり上記のフレームワークのどれかが欠けると成功出来ない、もしくは長い間シェアを維持するのは難しいという結論でした。

この授業は毎回違うケースを扱い、それぞれ上記のフレームワークの一部が当てはまるものを取り上げ、最後に全部がうまく当てはまるケースが取り上げられました。次回は、授業中に教授が言った言葉の中で印象に残った言葉を一挙に紹介していきます。

参考:その他の授業で使ったケース(有料ですが全て購入できます)

MIT Sloan Schoolのキャンパス 10月上旬は少しづつ紅葉が始まっています

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