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「商品便益は鵜呑みにしない」。『戦略PR』刊行から10年、著者と再考する“戦略PR”

「しみこむPR」は PR という概念の理解を深めることを目的に、現場の第一線で活躍する方々を招く、連続ゲストトークイベントです。明日からすぐ使えるティップスではなく、深く“しみこむ”パブリック・リレーションズの探究を目指します。

 vol.2 では、本田哲也(株式会社本田事務所・代表取締役)さん、片山悠(PuRe)が登壇しました。 

 今回のテーマは、「全PRパーソンの必読書刊行から10年。著者本人と再考する『戦略PR』」

「戦略PR」(アスキー新書)の著者であり、日本における“戦略PR”の第一人者である本田哲也さんに、あらためて“戦略PR”の定義や、刊行後10年を通して見えた PR業界について、事例をふまえながらうかがいました。

“戦略PR”とは「空気づくり」

片山 今日はよろしくお願いします。

本田 はい、本田事務所の本田です。

片山 いやあ、このタイミングでお話をうかがえるのは光栄です。ちょうど昨日、本田さんに関するニュースがひとつあったんですけれど、改めて本田さんからお話ししていただければと。

本田 そうですね。実はこの度、13年間勤めたブルーカレント・ジャパンの代表を退任し、新たに本田事務所を立ち上げました。新元号の発表と重ならないようになんとか昨日発表したんですけれど。

片山  PR パーソンらしいですね(笑)。

本田 さすがに「令和」と同時発表になると、敵わないので(笑)。ステータスは変わりましたが、PR の専門家としての活動は変わりませんので、どうぞよろしくお願いします。

片山 ありがとうございます。今日の開催するに至ったきっかけからお話しすると、今年頭ごろですかね、打ち合わせを兼ねたランチをしているときに、「ちょっと本田さん、最近思うんですけど」。

本田 ええ、話しましたね。

片山 「『戦略PR』を刊行されてちょうど10年になりますが、最近“戦略PR”って言葉が色々な使われ方をしていますよね」って。

本田 怪しい人がいっぱい出てきましたね、と。片山さんがそう言ってました、僕はなにも言っていませんが。

片山 いやいや、そこまでは言っていないです(笑)。 “戦略PR”という言葉が広がってきているのは素晴らしいと思っています。ただ、一方で誤った解釈をして使われることは発展の妨げにもなるのかなと。そこで、刊行されて10年目を迎えるこの機に、あらためて第一任者である本田さんに“戦略PR”についておうかがいして理解を深めよう、というのが本イベントの主旨です。

早速、“戦略PR”とはなにか、という話をしていきたいと思います。本田さんは著書の中で、

商品を売るためにつくり出したい空気。『カジュアル世論』をつくり、売上につなげる。それが「戦略PR」なのだ。(引用:「戦略PR」、アスキー新書)

と説かれています。どうでしょう、10年経ちますが、この定義は変わっていませんか?

本田 根本的には変わっていないと思います。僕自身は、以前ほど「空気づくり」のような言葉は使わなくなったんですが、今でも説明しやすい表現ではありますよね。クライアントである事業会社さん側も「こんな空気をつくりたい」とよく使われます。10年を経て、定義がかなり浸透したような印象を受けますね。

片山 そうですよね。

本田 「空気づくり」って、要は「世論づくり」なんです。今どんなものが流行っているとか、どんな人が増えているとか、世の中に流れている情報を受けて、消費者は買う理由を見つけるんですね。しかし世論と言った場合、世論調査や国勢世論といったなんとなく固いイメージがある。少なくとも「戦略PR」を書いた2009年は、まだ消費とは遠いところにある言葉でした。なので、もっとカジュアルな世論をつくるという意味でこのように書きました。

片山 1977年に評論家の山本七平さんが「『空気』の研究」という名著を出されていますが、まさに「カジュアル世論」に近い話をされています。

「人は確かに、無色透明で
その存在を意識的に確認できにくい『空気』に拘束されている。」
(引用:「『空気』の研究」、文春文庫)

これは本田さんの著書の中でも触れられている言葉ですね。

本田 はい。「『空気』の研究」では、太平洋戦争のときに存在した同調圧力の話をされているんです。山本さんはそれを「空気」の力だと定義し、非常に恐ろしいものだという論調で書かれています。

戦争のような大きな話でなくとも、たとえば会議中の空気感ってあるじゃないですか。なんとなくこっちの結論になりそうだなって空気だったり、今日はこれ以上話すのはやめておこうって空気だったり、目に見えないプレッシャーを感じることがある。

片山 ありますね。

本田 空気に支配されて人が動くとしたら、 もっと前向きに意思決定をするための空気づくりもできるんじゃないかという発想で、“戦略PR”を定義したんですよね。

「いい○○」を再定義して戦う土俵をつくる

片山 では、“戦略PR”の定義をふまえたうえで、本田さんの著書の中で出てくるもうひとつのキーワード、「属性順位転換」について話していきたいと思います。ご説明いただけますか?

本田 「属性順位転換」は、「なぜ『戦略』で差がつくのか。」を執筆された音部大輔さんの言葉です。僕はこれを言い換えて「いい○○」の再定義と書きました。

音部さんはよく車でたとえるんですけど、僕ら40代にとっては、かつて「いい車」とは Honda のプレリュードのような見栄えのいい車でした。次第にワンボックスカーや SUV のような広くて快適な車が「いい車」になり、それからエコロジーが注目されて、最近ではトヨタのプリウスのような低燃費の車が「いい車」と言われています。

片山 はい。

本田 このように、「いい○○」ってなに? と聞かれたとき、なんとなく連想するものを「属性」と表し、その順位が移り変わることを「属性順位転換」と言います。音楽ヒットチャートのようなランキングを想像してもらうと早いかもしれません。

片山 その、時代とともに変わっていく「いい○○」を、“戦略PR”によって自分たちの手で転換することができる可能性があるというのが、本田さんの主張なんですね。

本田 そうです。と言っても、そんなに簡単なことではないんですが(笑)。

正確に言うと、順位転換の速度を上げることができる。そのままでは数年かかるところを、しっかりと戦略を立てて PR することで年内中に起こしたり、ランキング圏外だったのもをランキング内に持ちこめる可能性があるんです。

古い事例で恐縮ですが、洗濯用洗剤の話があります。15年ほど前までは、一般に「いい洗剤ってなんですか?」と聞くと、「とにかく白く洗い上がる洗剤だ」と言われていたんですね。

片山 つまり漂白ですね。

本田 ええ。ヒットしていたのは花王さんの「アタック」。CMでは、真っ白なシャツがズラーッと一面に並ぶ。それが「いい洗剤」の象徴だったんです。

これじゃあ勝てないなと踏んだ P&G の「アリエール」は、「除菌」という糸口を見つけました。白く綺麗に洗い上がったように見えるけれど、菌まで一掃できたかどうかは目に見えませんよね、と。今の時代、白く洗えるのは当たり前、これからは除菌力で洗剤を選ぶべきだと戦略を立てて打ち出し、見事「属性順位転換」に成功しました。

片山 これはおそらく、人びとの生活が変容したこともカギを握っていますよね。かつては専業主婦の方が多く、昼間に洗濯を済ませることができた。それから共働きのため夜に洗濯して部屋干しする人が増え、菌の増殖が気になるようになった、そんな時代の変化もうまく捉えられたのかと。

本田 そうですね。こうした今後起こる属性順位転換に思いを馳せ、常にアンテナを張っておく必要があって。ブランドや商品がヒットする火種を時代の中から探しておくのが PR パーソンの重要な役割だと思います。

片山 まさに。

本田 属性が転換し始めたら、あとは回っていくだけ。後追いの記事がどんどん出たりするので。この最初の兆しを見つけるのが一番難しいんですけれど、PR のおもしろさでもあります。

火種は「商品便益」から見つけるのが最優先

片山 では、「いい○○」に選ばれるために、商品やブランドは一体どの土俵で戦っていくべきか。ブランドや商品の強みを考えるうえでポイントとなるのがこちらです。

(引用:「戦略PR」、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

これは本田さんが生み出したフレームワークですが、いつごろご考案されたんですか?

本田 ブルーカレント・ジャパン創業時にはすでにあったと思います。記憶が曖昧ですが、13年前くらいですかね。

片山 おお、そんなに前なんですね。

本田 今でもこのフレームワークはガンガンに使っているので、気づけば10年、15年選手ですね(笑)。

片山 僕もこれは著書を拝読してから、常に頭に入れています。商品便益・生活者の関心事とメリット・世の中の関心事、本田さんはこの3つをどのような順番で考えますか?

本田 つい世の中や生活者の関心事から導きだしたくなるんですが、自分のセミナーでよく言っているのは、 ちょっと一旦我慢して商品便益から考えてみましょうと。実際に自分の仕事も商品便益を考えるところから入っていますね。

なぜかというと、結局戻ってこないといけないのはここ(商品便益)なんです。戦略を立てる目的はあくまで、社会貢献ではなく売上やシェアを獲得すること。その結果、社会的に意義があったらなおよし、ということじゃないですか。なのでまずはやはり商品便益から。

なおかつ、事業会社の方が考えている商品便益は、相当疑ってかかるべきです。「我々の商品便益は以下の二つです」と説明されたら、まずは「本当?」って。

片山 なるほど。

本田 たとえばメーカーで言うと、商品を発想したときや基本開発を始めたときはいろんな思いがあって。それがだんだんパッケージ化され、ネーミングもできてローンチ時期が決まり、宣伝部や広報部に届く。そこから広告代理店に届くといったときに、初期にあったはずの大事なストーリーが失われていくんですよね。あらゆるプロセスを経て、つい忘れられてしまうんですよ。

片山 はい。

本田 だからもう一度棚卸する必要がある。言葉は悪いかもしれませんが、本来の魅力よりも薄っぺらくなってしまっていませんか? と。

商品だけでなく企業もそうですね。「わが社は〜な会社です。企業広報をお願いします」と言われたとき、その姿は創業からなのか、あるいは変容してたどり着いたものなのか、しっかりヒアリングしなきゃいけない。

それをもういい加減洗いざらいやったうえで、初めて世の中の関心に目を向ける。ということで、①②③と番号をふっています。

片山 一言で商品便益といっても奥深いですもんね。あとで事例をお話ししますが、「この企業がやっているから」というのも、購買行動を決定づける便益ですよね。「こんなにストーリーのある企業の商品なら買う!」というケースが。

本田 コモディティ化したものはとくにそうです。さっき洗濯用洗剤の話をしましたが、日用品や食品は、市場参入時と比べて、もうほとんど物性的に変わらないところまできている。「当社比30%カット」とか「より美味しくなりました」と言われても、なかなかピンとこないのが消費者の正直なところなんです。

なので、片山さんがおっしゃるように、商品ではなく企業そのもののストーリーを見せたことが購買につながるケースが増えてきました。みんながZOZOの前澤さんほど表に立つ必要はないかもしれませんが(笑)、トップの顔がちゃんと見えて、なんとなく親しみがある。そういうことですら商品便益に含まれる時代なんですよね。

【後編は下記リンク先からお読みください。】


ライティング:チャン・ワタシ
撮影:飯本貴子
編集:株式会社ツドイ

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