見出し画像

BIO2024で感じた、今後のBiotech Startupの戦略ー日米どっちで始める?

今年のBIO2024 San Diegoではパンデミック後、完全にもとに戻り、昨年までの不景気の話題から一転してAIや細胞治療の製造など、様々なイノベーションを製品として実装するところの議論が多くあった。一方で中国系の事業者の切り離しは顕著で、その間にいるシンガポールや台湾の動きが活発だったことが印象的だった。上の写真は日本から参加したスタートアップの社長と製薬企業の事業開発担当者たちとランニングイベントに参加したときの写真だが(勝手に載せてごめんなさい)、かつてと異なりスタートアップ側にも製薬関係者が深く入り込むようになり、その戦略も環境も大きく代わってきた。本稿では彼らも登壇したBIO 2024 Startup Stadiumにヒントを得て、いま現時点での日本初ライフサイエンススタートアップの戦略、特に活動拠点としての日米の違いについて考えてみる。

1.ピッチイベントでピッチしないといけないのは残念なスタートアップ?

筆者がこれまでもnoteで書いて来たように、新規技術については一人のScientistが思いついた製品アイデアをピッチで競うよりは、市場環境を熟知する専門家チームをVCが抱え、製品企画と技術移転などのマネジメントの主導権を既に投資家側が持っているケースが多い(Venture Creation)。実際、コロナ後のBIO2021以降ではStartup Studiumでのピッチも「白熱したコンペ」というよりは、まとまった資料を発表する場としてCompany Presentationを利用していると言う体をとっているところが多い。聞いていても、大きな驚きやエキサイトするようなことはあまりない。なので、日本からの参加者がSlushなどのロックイベント並みのピッチを期待して行っても、イベントとしてのピッチは地味だ。しかしその一方でとんでもない数の製薬企業やスタートアップが集まっており、毎夜毎夜と豪華なレセプションが繰り広げられている。そこでは数十〜数百億円規模の提携交渉の場としての雰囲気が満載だ。では、彼らは昼間はどこにいるのか?

2.主戦場はOne-on-One Partnering

2024年のBIOでは、展示会場には製造業のCDMOや各種サポート事業者は大きく展示をしており、日本からは富士フイルムがストラップにも名前を乗せるなどプレゼンスを見せていた。一方で製薬企業の展示ブースは殆ど見られなかった。実は会場は2つに大きく仕切られており、展示会場と言いつつもパートナリング(マッチング)のためのブースが延々と並んでおり、会場内の移動だけでも10-15分くらいかかってしまうほどの広さだった。つまり、スタートアップたちはこれらのブースでの30分1本勝負のパートナリングのために準備をしている。このパートナリングのためのアプリには事前に自社の資料やビデオを掲載することができ、基本的には担当者は面談相手の情報は一通り把握できているという前提でいきなり議論に入る(何なら事前に質問が来ている)。となると、事前のピッチデッキやビデオピッチのほうが重要であることは自明だろう。

3.日本は米国VCのVenture Creationのネットワークに入れるか?ー米国外はぜんぜん違う環境!

米国内、特に主要な大学の近辺では冒頭に述べたVCたちが情報収集に走り回っており、論文発表のサーチ、知人からの紹介や、何ならSNSの情報まで網羅されている。ピッチイベントの前に既に技術探索は終わっているので、その枠外で起業したスタートアップたちは、よりハードルの高い大手企業とのパートナリングか、あまりメジャーではないVCとのマッチングに期待せざるを得ない。実際これは米国のアントレプレナー達の悩みとなっている。では日本ではどうだろうか?ごくまれに論文情報や学会発表でVCから直接連絡があるというケースを聞くことはあるが、やはり素性も知らない赤の他人にいきなり重要なビジネスに繋がる話はしにくい。むしろ日々売り込み情報に接しているVCからすると、距離が離れている時点でVenture Creationをしてまで拾い上げる対象とはなっていないのが現状だ。ScienceもTechnologyも、人間に紐づいているので、緊密かつ繰り返される議論の中で変貌を繰り返し成長する「事業」を作るパートナーを探すときに、日本は遠すぎる。

4.日米は環境が違う!米国と同じ戦略では日本では厳しい

現状では日本のスタートアップはまず、国内のVCからの調達を受け、臨床試験に進むなどシリーズB程度に進んで大型の提携を製薬企業と締結するか、ごく一部の米系VCからの出資を受ける流れとなっている。なので、ピッチ以前に自社がどういった流れで製品開発を行い、どういう提携戦略や資金調達戦略を取るかというシナリオが重要となる(これについては別項で書きます)。ここまで読むと、やはり入口は日本国内のVCと言う理解になるということはご理解いただけると思う。では彼らはどういう戦略を取っているのか?

日米のライフサイエンス系VCのイメージ 日本の場合は一般VCのライフサイエンス担当を想定。初心者向けにあえて一般化しているので、表現に丁寧さがないところはご容赦を! 簡単に言うと、日本は投資家の支援が限定されるので、スタートアップ側の負担は圧倒的に大きい。一方で、日本は案件数が限られるので競争環境は激しくなく、その利点を強調する起業家もいる。

日本と米国のVCは同じVCと言う事業カテゴリーで同じようにベンチャー投資を行っているが、その動き方は別業種と言っていいほど違う。米国の場合は上述のように半分以上が自ら技術を探索し、科学的な知見を持つキャピタリストが主体的にスタートアップを作っている。一方の日本国内では、そもそもライフサイエンス専門のファンドもなく、さらに規模感が小さいために、持ち込まれた案件に対して出資ができるかどうか?と言う判断をすることしかできない(ものすごく極論してますが、上の図の評価のカラム参照)。となると、日本のアントレプレナーたちは、彼らが投資委員会を通すための情報すべてを自分たち(あるいは公的資金やその付随する支援)で集める必要がある。さらに出口戦略を考えると、米国VCは製薬企業等のある程度の売り先とのネットワークがある(担当者が製薬出身のケースも多い)し、当然交渉だけでなく、製品開発の様々な局面でのハンズオン支援も期待できる(限度はあるが)。ここまで見ると、米国内の手厚い支援を受けることのできる環境に行きたい!と思うかもしれない。実際には資金量が豊富とはいえ数多くの技術から厳選したネタだけに投資を実行しており、事業によっては米国の規模感や疾患領域に合致しない場合もある。更に昨今の起業支援の状況では日本国内のほうが資金調達は楽だという起業家の声もあるほどだ。適切な技術を適切な環境で育成することが必要だということを念頭に、是非日米両方の環境をよく見て、賢く判断してほしい。

5.米国のスタートアップエコシステムにどうやってつながる?

ここまでの流れで行くと、米国内ではピッチは行われているが行く必要ない。国内は日本人相手でOK、言う判断も有り得そうだ。本当にそれで済むだろうか?現状の環境分析は上述したとおりだが、筆者は日米の医薬品開発環境に大きな違いがある現状が日本の製薬業界や、更に医療を患者さんに環境として好ましいとは思っていない。詳細は別の項に譲るが、このままでは間違いなく日本の医療は世界に置いていかれる。イノベーションは鉄鋼や半導体と行ったかつての貿易品目と同等かそれ以上に、日本の経済や生活に重要な産品となっている。当然、世界の8−9%の国内市場で開発できる製品は小粒で、「イノベーション」を起こすほどのインパクトからは遠いと言わざるを得ない。やはり今の環境を変える必要がある。となると、その変化の方向性として

  1. 日本にもVenture Creationを導入して製品企画型のスタートアップエコシステムを構築し、米国メガファーマとの大型ディールを実現する。

  2. 当初から米国のエコシステムに食い込み、日本の技術を米国で育成する。

と言う2つの可能性がある。いずれの場合でも市場の9割以上が海外でありかつ、5割が米国であることを考えると、米国での情報収集は欠かせず、ピッチは先方のネットワークに切り込む一つの有効な手段だ。

6.国際的なエコシステムを実現する情報流通、投資・技術移転条件の国際化

筆者は2016年以来、数多くのスタートアップや研究者の英語でのピッチを指導してきた。現実的には英語でのプレゼンの練習の壁打ちをしてきたのだが、ここ数年でそのレベルが格段に上がってきていることを感じている。最近ではHVC KYOTOで登壇した企業がBIOや他のShowcaseイベントで登壇することも珍しくなくなり、英語での情報提供やQ&Aの機会が増えている。こうした機会から、様々な公的支援を受けたスタートアップのほうが投資家より先に海外ネットワークに近づいている。

海外でのプログラム参加経験から得た業界の情報(製品開発のトレンドなど)を持ち帰り、日本の投資家からの出資条件や、日本の研究機関からの技術移転条件が国際標準に近づけば、太平洋をまたいだ日米投資家の協調投資が実現するシナリオもあり得るかもしれない。

7.で?現実的なシナリオは?

①非常にAmbitiousな事をいうと、日本の研究機関の研究成果であっても、米国で会社登記をして米国企業として資金調達を行い、米国内で治験を実施し、米国企業へライセンスアウトを目指すことが望ましい。しかし当然これには米国で事業を開始するための研究、事業双方に渡るネットワークが必要となる。筆者はエッジの端っこばかりやっているので敢えて突入しているが、日本のシーズすべてがこのパスを進むことは現時点ではおすすめしない。
②いま一番多い成功に近い事例としては、日本国内に研究拠点を持ち国内で資金調達を行いつつも、米国のアドバイザー陣を揃えて治験も米国で行う前提で開発を進めているパターンだ。国内での資金調達がそれなりに現実的な規模感になっていることを鑑みると一番うまく行きそうだが、もし米国での資金調達ができるのであれば米国のリードVCに依存できる人脈の紹介やCRO、FDAコンサルの紹介などを創業メンバーのネットワークで行う必要がある。
③第3の方法として起業を先延ばしにする、と言う考え方もある。ここまで課題感がクリアになり、しかも米国VCも日本に触手を伸ばしつつある(手法はともかく)。米国での起業をフルサポートしてもらえる環境はまだ限定的だが、英語でメガファーマのアドバイスを得たり、米国の投資家との接点が得られるプログラムも出てきた。更に国内でも実用化の試験費用を負担してもらえるGAPファンドも充実してきている。今のうちから各種のアクセラレーションプログラムで準備を進め、資金調達に向けてチーム集めから始めることも考え得る(というのは、要は会社登記は先延ばしにしても今すぐ始める、ということには変わらない)。

8.HVC KYOTO2024に向けて

さて、書き始めは英語でのピッチのノウハウを紹介するつもりだったが、いつの間にかスタートアップの米国進出プランの解説になってしまった。次の投稿では予定通りピッチについてのノウハウを紹介したいので、取り敢えず参考資料だけをちら見せしてこの稿を終える。私の結論で物足りない方は、ぜひ7月9日のHVC KYOTO Demo Dayに参加してスタートアップとアドバイザー達のやり取りを聞いて欲しい。その中にあなたの求める解に至るきっかけが一つでもあれば、幸いだ。

Jazzのスタンダードで表現したピッチの心構え


いいなと思ったら応援しよう!