私もいつか会えるかな・・・「屋根裏に誰かいるんですよ。」/北田の読書感想文
「男が勝手に家に入ってきて、ものを盗んでいった」
こんな非日常体験をしたことがある人はどれくらいいるだろうか。窃盗事件や近年では闇バイト強盗のニュースを毎日のように見聞きする現代でも、私自身も、知人にも実体験がある人はいない。
しかし、屋根裏から人が侵入してきて、あるいは屋根裏に住んでいる何者かが部屋を物色していく・・・それが日常になっている人たちが少なからずいるらしいと知って驚いた。
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精神科医で医学博士の春日武彦著「屋根裏に誰かいるんですよ。都市伝説の精神病理」(河出文庫)
最近、仕事で精神疾患がある人やその支援者と会う機会が多く、タイトルに引かれて古本屋で購入。1999年に刊行され、2022年に文庫化されたという経緯も興味深かった。当初、売れ行きはあまりよくなかったというが、Twitterの投稿をきっかけに話題になったらしい。
著者は江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」を連想せざるを得ないケースとして、精神科医として関わったある老女のことをつづる。上の階に住む男が押し入れの天井に空いた穴から入ってきて、さまざまな品物を盗っていくばかりか、水槽に金魚を1匹増やしていったとの主張だ。「こうやって厚紙で塞いでるんだけど、やっぱり駄目なのよね」と老女。人が通るには明らかに小さすぎる穴を見せられて著者は妄想だと断言しつつも、既存の病名では「本体の解明を意味していない」。老女にはこの妄想を除いて、精神疾患を疑わせる事情はなかったという。
「幻の同居人」とも言うべきこうした事例にその後も著者は何度も遭遇することになる。共通していたのは、屋根裏にいても床下にはいない、これに対する考察も面白いが、もう一つ特筆すべきは独居老人だったこと。屋根裏という好奇心やスリル、あるいは懐かしさをかき立てる舞台装置が「孤独救済願望」によって妄想を生み出してしまうのかもしれない・・・
本著ではこうした著者が精神科医として出会ったお年寄りの話を導入にして、長年屋根裏で愛人をかくまっていたという海外の報道や、実際に屋根裏が利用された犯罪、日本の座敷牢などなど、日常と隣接した非日常、狂気を帯びた事例を記している。
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分からないものは怖く、分かり合えない人と相まみえるのはつらい。
たとえばもの盗られ妄想は認知症の人によくみられる症状で、親子げんかの種になりがちだ。陰謀論を信じている人を説得することはできないし、相手からすれば私の方が無知なのだろう。他人なら関わり合いをやめればいいだけのことだが、家族などそうもいかない場合もある。
以前、私が話した認知症の方は、幻覚症状があった。見知らぬ人物が目の前に座っている。それが幻覚なのか実在しているのかは自らの知覚では分からず、横にいる妻に尋ねると「誰もいないよ」と教えてもらって、初めて幻覚だと確認できるのだという。
彼にとって理解者が近くにいることはどれだけ心強いだろう。本著の著者には、一研究者として一歩引いた立場で現象の原因を解明しようという意欲だけでなく、目の前の人に寄り添っていくという温かさも感じられた。
カバー画にも触れたい。
クロスをかけられたテーブルだろうか、4本足の家具が階段を、上っていくようにも降りてきたようにも見えるが、いずれにしても動的な印象を受ける不思議な絵だ。タイトルは「不意の訪れ」だというので、階上から訪れてきたのだろうか。だとすれば、元々2階にあった家具がゴトゴトと降りてきて頭をのぞかせた瞬間であり、その先には誰かいるのかもしれないし、家具が何か私に用事があるのかもしれない。別の誰かが見れば「あらお母さんが降りてきたんだわ」と思い浮かべる人もいるかもしれない。もう亡くなってしまった母親の妄想と暮らしていて・・・
画家は京都出身の小泉孝司。ホームページでほかの作品を見るとシュルレアリスムのような、写実的ながらも奇妙で何かしらのメッセージを受けられるような絵を得意としているようだ。
最後に、画家のプロフィールから引用する。
「現実だと思っているものの真実は、本当に見えているのでしょうか。」