外資の人事制度PIPでやらかした話
PIPって何だ?
外資系企業に勤めている人にとってPIP(ピップと読んだりする)はあまり気持ち良い言葉ではない。Performance Improvement Planの略で、日本語に訳せば業務改善計画だ。あまり成果のでていない従業員に対して、改善プランを策定し、そのプランに従って改善できれば良いし、改善できなければ「残念ながらさようなら」という結果になってしまう。
血も涙もないと感じる人もいるかもしれないが、血も涙もある生身の人間がやっているわけだから、このプロセスはマネージャ側もとてつもなく苦痛だ。PIPがあまりに大変なので目を瞑っている人だって沢山いるはずだ。が、リソースと予算を預かっているマネージャは、チームとして高い生産性を維持する責任が伴う、なので一定レベルを超えれば見過ごすわけにはいかない。
私の部署の問題児
私が採用した人のうちの一人が期待値をかなり下回る成果しかあげられないという辛い事態が発生した。上司からは半年くらい前から「彼の成果が全く見えてこないんだから、マネージャとして必要なアクションをとれ(要するに早くPIPをやって、きってしまえ)」とプレッシャーを受けていたのだが、採用した者の責任もあるので、フォローしまくって何とか彼が立ち上がるように全力を尽くしてきた。
その彼が3週間夏季休暇をとったので、私の同僚に懸案の彼のパフォーマンスについて率直に意見を聞いてみた。信頼できる同僚のフィードバックは「彼は全然頼りにならないので、彼には仕事は頼めない」、「あなたは、彼の仕事を代わりにやってあげてるだけよ」という容赦のないものばかり。
おまけに彼が休暇をとったのは半期がしまった直後という私の勤めるファイナンスでは最も忙しい時期。そんな時期に休みとんなよ、というのもあるが、私がそれ以上にショックだったのは、そんな忙しい時期に彼がいなくても大して困らなかったのだ。勿論、仕事は増えるには増えるが、彼に任せて、レビューして、修正依頼をして、言葉に気を配りながらフィードバックして、またレビューと修正を繰り返すことと比較すると、いわゆる「自分でやったほうが早いし、クオリティも高い」という状態であった。
これは流石にいかんと覚悟を決めてPIPを実施することに。
並行して走っていたリストラプログラム
が、微にいり細にいり全精力を投じて指導してきたので、PIPで設定する改善プランを彼がクリアできないのは正直自明であった。実は、リストラ・プログラムが裏で並行して進行しており、リストラのリストに彼を載せることもできた。リストラとPIPの違いはざっくり言うと、
リストラは会社都合でスパーンと解雇できる。PIPは、どの期待値を満たしていなくて、何故見込みがないと判断したのか、などの説明が必要で、それなりの期間が必要であり大変。が、PIPは挽回のチャンスもある。
リストラは通告を受けた日にいきなり失職するが、PIPは評価の期間の間は会社に属し、給与を受け取ることもできる。次の職を見つけるまでの助走期間はPIPの方が長めにとれる。
また、通告を受けた日に失職すると医療保険が失われる。特に彼は子供が5人もいて、そのうちの一人は病気がちで通院をしている。医療費が天文学的に高いカリフォルニアで、医療保険がないのはかなりきつい。
リストラをするとカリフォルニア州の場合は、会社都合で不要なポジションを削減するというような位置づけになるので、後任の採用に色々制約がでる。
正直なところを言うと、転職期間を長めにとってあげ、かつ医療保険も一定期間は確保してあげたい、という手心が働いて、上司に頼んでリストラのリストから外してしまった。本来であれば会社の中でリストラされる人が大勢いるのだが、心を鬼にして見込みがないのであればリストにのせるべきであった(猛省)。そして、結果としてはそれが裏目にでることになる。
パフォーマンスレビュー
四半期に一度パフォーマンスレビューをしており、その度に評価をだす。評価は下記の5段階。
Exceptional(期待を大幅に上回る)
Exceeds Expectations(期待を上回る)
Meets Expectations(期待通り)
Partially Meets Expectations(部分的にしか期待を満たさない)
Did not Meet Expectations(期待を全く満たさない)
彼の前四半期の評価は”Partially Meets Expectations”であり、今期も残念ながら同様の評価。2期連続この評価というのは明らかにパフォーマンスに問題があることを意味するので、彼も必死に自分はもっとできているはずだと抗弁する。なので、何ができていなく、どこが期待値と乖離していたのか懇切丁寧に説明をすることになる。「同意は全くできないが、君のいいたいことはわかった」と憮然とした表情を浮かべる彼。そして、評価を終えた後に、
残念ながら、君はPIPに入ることになる。
勿論、パフォーマンスがプランに即して改善すれば、そのまま一緒に働けるが、著しい改善がみられなければ、失職することになる。
正直、これまでの結果を見ていると、期待値を満たす成果をあげることはかなり難しいと思うし、今の仕事は君にとってベストフィットではない。
これは、飽くまで個人的な助言であるが、PIPの期間は長めにとれるように善処するから、別の職を探した方が良い。
彼は決して能力が低いわけではないのだが、やはり向き不向きというものがあり、現在の役割は不向きであった。彼も自分が期待通りの成果をだせていないことは自覚していたであろうし、前四半期の評価を伝える段階でかなり覚悟をしていた部分もあるであろう。
勿論、憮然とした表情を浮かべ、期待値に到達できるように善処をしたい、という殊勝な発言を残してはくれた。
やっぱり吐きそうになるPIPの実際
PIPにはそれなりに準備が伴う。期待値を客観的に判断できるように記載して合意をしないといけない。1週間くらいでPIPを作成しようと、通常業務に追加して気の乗らない作業をしていた。
一方でPIPいりを通告した彼とも毎日顔を合わせ、今まで以上に日常業務の中でフィードバックをしていかないといけない。
頼んだ作業の結果のどこが期待値と異なり、どんな知識が求められているのか
他部署との会議で自分の担当エリアについて正確な受け答えができなかった際に、どういう知識を元にどういう発言をすべきだったのか
などを適宜フィードバックをしていくのだが、彼も都度都度「いや、あそこでああ言ったのは、自分なりにこういう狙いがあった」などの抗弁をし、それを一つ一つ丁寧に説明していく。この作業はかなり苦痛である。が、彼もその間は能力的には不十分ながらも一生懸命はやっていた。
PIPを正式に早く正式に回さないといけないが、作成したPIPに対してもきっと一悶着あるので、正直かなりだるい。が、彼を採用したのは私なのだから、そこは責任をもって対処をしないといけない、と自分に言い聞かせ、気の滅入るフィードバックを毎日続けていきつつ、PIPをを作成したいた。
そして、顛末は
「あぁ、こんなことを3ヶ月近く続けていくのか」と目眩がしそうな時に、彼から添付ファイルのついた一通のメールが「FYI!」というメッセージだけ添えられて送られてきた。なんだろうと思ってファイルを開くとそれは医師の診断書であった。
そう、彼は医師の診断書をとって3ヶ月の傷病休暇を取得したのだ。この期間は少なくとも仕事は一切しなくてよく(というかしてはいけない)、彼は就職活動にフォーカスできるわけだ。これが転職活動に集中するためなのか、なるべく退職を先に伸ばそうという狙いなのかは正直わからない。
勿論、彼の仕事も含めてその間は全て私が対応しないとけないので、仕事量は間違いなく増える。決して責任のある態度とは思わないが、ジョブセキュリティの厳しいアメリカ社会で家族を養わないといけない者として、気持ちはわからなくはなく、それ程腹は立たなかった。
いや、むしろ私はそのメールを受け取って、
「あぁ、これでしばらく、仕事にフォーカスできる」
とホッとしたのだ。正直、都度都度フィードバックをして、「自分はもっとできているはずだ!」と抗弁をし続ける彼の相手をする未来に吐きそうになっていた私。先延ばし感は若干漂うが、前向きな仕事に短期的にフォーカスできることに安心したのは事実だ。
先のことはどうなるかわからないが、今はとにかく
「この3ヶ月で良い仕事を見つけてくれ!」
の一念である。
まとめ、そして教訓
なお、この顛末を人事に報告したところ、
PIPに入る時はやはりPIPの書類を完成させて、向こうにボールを投げた状態にするのがやはり安全。
今回のように、通達はしたが、まだこちらにボールがある期間があると、従業員は色々手が打てるから注意が必要。
気持ちはわかるし、難しいところだが、「職探しを勧める」のは少し危険だし、相手の警戒度をマックスまでたかめ、この手のアクションに誘導してしまいがちだから注意が必要。
というごもっともな助言を頂いた。また、一つ学びを得たと思って頑張ろう。彼にも就職活動を是非頑張って欲しい。