『大地の恵み、優しさの恵み』~夏野菜カレーとラベンダーの香り~
帰宅するとき、最後の曲がり角の正面にあるお宅が必ず目に入る。
春、夏、秋は季節ごとの花木が次々と咲き並び、冬はイルミネーションが庭を彩る。
季節を目で楽しませてくれるこの風景は、帰宅の楽しみの一つでもある。
7月。
買い物も外食も気軽に行くことができなくなった昨今、ポイントサービスデーにまとめ買いをする習慣ができた。日持ちするもの、冷凍できるもの、加工して作り置きするものを中心に、特売品も合わせてまとめて買い込む。
帰宅したらまずはドアの近くに車を止めて、大きな荷物を一旦玄関の中に運び入れる。車に戻り、駐車場の所定の位置に停めてから自宅に戻る。
そのとき、通りから「こんにちは」と呼び止められた。
片手にビニール袋を提げたご近所さんが、親しみのある表情で歩み寄ってきた。最後の曲がり角の正面にある家の旦那さんだ。
「これ、良かったら」と差し出してくれたビニール袋からは、大量のラベンダーの花が顔をのぞかせていた。
「ウチの野菜なんですけど、採れすぎちゃって」
聞き間違いなのか見間違いなのか、少々混乱しながら、私は袋からあふれ出ているラベンダーの花束を見つめたままその言葉を聞いた。周囲はラベンダーの強い芳香に包まれている。
最後にご近所さんは「ラベンダーは家内が庭で育てているやつで」と照れたようにエヘヘと笑って付け加えた。
地域の人たちから頼りにされる人柄の良い旦那さんと、いつまでも年を取らない奥さん、美しく成人したお嬢さん。季節を華やかに演出する住まい。
信州の素朴な田舎に、絵にかいたような一軒の家がある。
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受け取ったビニール袋はずっしりと重く、ラベンダーに隠れて採れたての夏野菜が数種類、食べきれる量だけ詰まっていた。
この辺りは兼業農家も多く、また広い敷地を生かして家庭菜園をしている家も多い。出荷できない傷物野菜や形の不揃いな野菜はおすそ分けでよく貰うので多少の虫にも慣れている。
この日いただいた野菜は店頭に並んでいてもおかしくないほどキレイでサイズも揃っていて、選んでくれた気遣いが伝わってきた。
たまたま通りがかったみたいに偶然を装っていたけど、私の帰宅を伺っていたのだろうと予想できた。
ありがたくいただきます。
採れたての夏野菜が揃ったときはカレーを作るのが毎年の定番。
もらったナスとピーマンを2つずつ。
自宅にあったタマネギ、ニンジン、シイタケとシメジ、豚小間切れ肉をそれぞれ適量。
すべてみじん切りにして、火の通りにくい具材から炒める。
具材に火が通ったら、市販のカレールーを3カケ。
蓋をして、ルーが完全に溶けるまで弱火にかける。ルーは時間をかければ野菜の水分だけでも溶ける。
急ぎのときや水分が少し足りないと感じたら、水100㏄を足す。
焦げ付かないように時々かき混ぜる。
具材たっぷりの、ドライカレー風夏野菜カレーの完成。
夏のエネルギーが詰まったカレー、ほんっとに美味しい!
キュウリは付け合わせのサラダに。
スナップエンドウは、ヘタとスジを取ってから熱湯で1分ほどゆでて上げる。粗熱を取ったらざっくり切って、かつお節とめんつゆで軽く和えれば最高。
お酒のつまみにピッタリで、翌日のお弁当の一品にもなる。
自分で野菜を育てるずくがない(長野方言)ので、大地の恵みはおすそ分けに助けられて生きている。
ラベンダーは、水ですすいで上部をカットしたペットボトルを簡易花瓶にして生けた。空間が香りで満たされて、これもまたエネルギーを感じる。
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夏の暑さが和らぐ曇り空の日、駐車場で車を洗っていたらジョギング姿のご近所さんが通りがかった。
「美味しかったです!」と全力でお礼を伝える。
このくらいの天気がお互い動くのにちょうどいいですね、と世間話をしながら、目的地を聞いてみたら「ちょっと湯ノ原まで」と片道10キロは軽く超える温泉地を口にした。あっけにとられる私に向かって、じゃっと片手をひょいと挙げると彼は颯爽と走り去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、元気は周囲に幸せを振りまくんだなと思った。
終
【あとがき】
実際のおすそ分け野菜と料理を元にした創作ストーリーです。
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