見出し画像

東レのオープンイノベーション(繊維1/2)

日本の化学繊維各社が繊維事業から非繊維事業に軸足を移して危機を乗り切ったのに対して、東レだけは繊維事業の売上高と利益率を増大させました。これには異業種と組んで繊維事業のオープンイノベーションに成功したことが大きく貢献しています。

『日本の化学繊維業界消滅の危機/その時、クラレと東レは何をしたか?』
からつづく

1.東レの事業構造転換

 1990年代から2000年代にかけ、日本の化学繊維業界は中国製化学繊維の安値攻勢を受け、業界が丸ごと消滅するのではないかと懸念されるほどの危機に見舞われました。
 しかし、化学繊維各社は、繊維事業で「選択と集中」を行いつつ非繊維事業を拡充するという事業構造転換を成し遂げ、危機を乗り切りました。その典型がクラレです。
 クラレは、2007年度から2017年度の間に繊維事業を大幅に縮小させ化学事業に軸足を移しました。2008年には東証への業種登録を「繊維」から「化学」に変更しています。クラレは化学事業で高い営業利益率を達成すると同時に、繊維事業の売上高営業利益率も大幅に改善させました。

 この化学繊維業界において、唯一の例外が東レです。東レ一社だけが、2007年度から2017年度の間に繊維事業の売上高と売上高営業利益率を増加させています。他の化学繊維メーカーは三大合成繊維(アクリル、ナイロン、ポリエステル)のいずれかから撤退しましたが、東レだけは、これら3種を生産し続けました。
 このユニークな展開が可能だったのは、元々売り上げ規模が非常に大きく繊維事業に投資し続ける余力があったからです。そして、それに加えて、東レが他社と共同で新技術・新商品を開拓するオープンイノベーションに成功したことも、同社の繊維事業の継続発展に大きく貢献しました。

2.東レの企業風土

 オープンイノベーションは他社と自由にアイディアを交換しながら達成するものなので、それに適した企業風土を持つ企業と、そうでない企業があります。何事につけても自社がナンバーワンだと信じ社内で固まる風土を持った企業はオープンイノベーションには向きません。

 それでは、東レはどのような企業風土を持っていたのでしょう? 東レのオープンイノベーションをリードした日覺 昭廣 社長は、2015年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』の取材に答えて、自社について次のように述べています。

素材で世の中を変革するという信念を持っている。
革新的な基礎技術を40年、50年かけて極限まで追求していく
技術に関しては隅から隅まで知り尽くしている
.汎用の素材は製造設備を導入すれば誰でも作れる。自社開発オリジナルの製造設備と装置で付加価値の高い高機能品を作る。
.市場が存在しつづける限り、撤退はあり得ない20~30年待っていると、優秀な人材が育ち、何にも代えがたい財産になる
世の中に存在しない新しいものを何がなんでも作りたがる

 1は素材メーカーにとって望ましい風土です。2、5は《非常に気が長く粘り強い風土》を物語っています。そして、3、4からは《自社技術への 高いプライド》が感じられます。6はチャレンジ精神の現れですが、《自社技術への高いプライド》と重なって一歩誤ると《ビジネスを度外視した独りよがりの技術開発》につながりかねません。このような風土は、必ずしもオープンイノベーションに適しているとはいえないものです。
 しかし、東レは、戦略思想においてはオープンイノベーションを志向し、オープンイノベーションに適さない自社の企業風土に歯止めをかけていました。

3.東レの戦略思想

 日覺社長は、2015年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』の取材に対し、次のような戦略思想を語っています。

.高機能品で独走している間は高い利益を得られるが、時間が経ち競合が追い付いてくると利益を出しにくくなる。そうなったからといって、コストの安い海外生産に手を出してしまうと、日本で最先端の製品を開発するパートナーを得られなくなってしまう。だから、国内生産にこだわる。

B.成長している分野で必要とされるものを産み出し続ける限り、必ず競合他社に打ち勝ち、最後まで生き残れる。

研究開発費用の7割を目の前の商品化のための事業研究に振り向け、残りの3割を10年、20年のスパンで世の中を変えていくための基礎研究に向ける。

 Aは、日本での最先端製品の開発をオープンイノベーションで行うという明確な意思表示です。それと同時に《自社技術への高いプライド》に抑制を求めています。BとCは《ビジネスを度外視した独りよがりの技術開発》に歯止めをかける内容です。
 この戦略思想に従って、日覺社長が2000年にオープンイノベーションのパートナーに選んだのが「ユニクロ」ブランドで急成長中だったファーストリテイリングでした。

〈『東レのオープンイノベーション(繊維2/2)』につづく〉


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?