日本の化学繊維業界消滅の危機/その時、クラレと東レは何をしたか?
1990年代から2000年代にかけて、日本の化学繊維業界は、業界まるごと消滅するかもしれない経営危機に見舞われました。しかし、各社は事業構造を大きく転換させ生き残りに成功します。その中で、両極端といえる転換の仕方で生き残ったたけでなく業績を伸ばしたクラレと東レについて研究します。
1.日本の繊維産業の歴史
繊維産業は、明治維新から戦後の高度成長期まで日本の基幹産業のひとつでした。戦前は、綿・絹という天然素材から作った糸を輸出することが日本の外貨獲得に大きく貢献し、戦後は、天然繊維に変わって化学繊維が日本の重要な輸出産業となります。戦前に天然繊維の製造で起業した企業も、戦後は化学繊維に軸足を移していきます。
2.1990年年代~2000年代の事業構造転換
ところが、1990年代に入り、工業力を高めてきた中国が安価な化学繊維を日本向けに大量に輸出し始めると、日本の化学繊維メーカーは価格競争で中国企業に太刀打ちできず、日本の繊維業界が消滅するとすら言われる危機に見舞われます。このとき、存亡の危機にさらされた日本の主な化学繊維メーカーは、次のような顔ぶれでした。
しかし、日本の繊維メーカーは、事業構造を転換して生き残ります。構造転換には各社ごとに特徴がありますが、ここでは、両極端といえるクラレと東レの構造転換を、見ていきます。
3.クラレと東レの事業構造転換
次の表は、2007年度から2017年度にかけてのクラレと東レの事業構造転換を示したものです。全社でみると、クラレは売上高を24%、営業利益を56%伸ばしています。一方、東レは売上高を34%、営業利益を51%伸ばしています。両社ともに増収増益になったわけです。ここで興味深いのは、両社の繊維事業の変化です。
クラレの繊維事業は、売上高が1,052億円から359億円へと約3分の1に減少し、営業利益も66億円から60億円に減少しています。
ところが、売上高営業利益率は6.3%から15.2%へと2倍強に増大しています。つまり、繊維事業の規模は縮小したが、繊維事業でもうける力を2倍に強化しているのです。これは、利益の出る繊維商品だけに絞り込んでいったからだと考えられます。
では、東レはどうでしょう。東レは、繊維事業の売上高を6,373億円から9,136億円へと43%伸ばしています。しかも、売上高営業利益率は3.4%から7.9%へと2倍強に増やしています。つまり、繊維事業の規模を拡大させ、なおかつ、繊維事業でもうける力を倍増させているのです。
次の図は、2017年度のクラレと東レの事業構成です。ここからも、両社の事業構造転換の特徴を読み取ることが出来ます。
クラレは、繊維事業では利益が出る品種だけを選択して集中し、経営資源を非繊維事業にシフトさせていったと考えられます。実は、これは、他の化学繊維メーカーも採用した事業構造転換の仕方でした。
東レは、繊維事業でクラレのような「選択と集中」を行っていません。2017年度時点で「三大合成繊維=アクリル・ナイロン・ポリエステル」を全て製造する日本でただ一つの化学繊維メーカーとなったことが、それを裏付けています。東レは、2007年度から2017年度の間に繊維事業の売上高と営業利益率を両方とも拡大させた国内唯一の化学繊維メーカーです。
4.クラレと東レの違いを産んだ要因
クラレと東レの事業構造転換の違いは、どこから来たのでしょう。第一に考えられるのは、規模の差です。2007年度時点で、東レはクラレの4倍を売上げ、2倍の営業利益を稼いでいます。東レには繊維への投資を続けながら非繊維事業を伸ばしていく余力があったのです。
その点を考えると、東レは「残存者利益」によって利益率を高めた可能性があります。日本の化学繊維業界の構造転換期に、旭化成がアクリルから、クラレがレーヨンから、帝人とユニチカがナイロンから、それぞれ撤退しています。これらの化学繊維への需要を東レが一社で吸収し利益を上げたと推測できます。
第二に考えられるのは、クラレがもともと化学製品に強みを持つ企業だったことです。同社は1960年代からメタクリル樹脂、ボパールなどの化学素材を手がけていました。1970年代には世界初の合成法によるイソプレンケミカル製品の事業化に成功しています。クラレは自社の化学素材に自信があったから、思い切って化学製品中心の事業構造に思い切ってシフトできたと言えるでしょう。
クラレは、2008年に東京証券取引所での業種分類を「繊維」から「化学」に変更しています。現在のクラレは繊維メーカーではなく、化学メーカーなのです。次の表に、2016年時点でのクラレの化学素材3種の売上高と売上高営業利益率を示します。3種とも、利益率が非常に高いことが分かります。
中国産の安い化学繊維の流入による化学繊維業界の危機を、クラレと東レが対照的な仕方で切り抜けたことを見てきました。次回は、東レが繊維産業と非繊維事業の両方で、オープンイノベーションによって売上と利益を増やしていったことを見ていきたいと思います。
〈『東レのオープンイノベーション(繊維①)』につづく〉
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