見出し画像

ChatGPT、芥川龍之介『蜘蛛の糸』に挑む

11月2日に、ChatGPTに日本の著作権フリー作家のスタイルで800字の小説を生成してもらいました。そして、その結果に基づいて、ChatGPTの性能について、2つの仮説を立てました。

11月2日の投稿はこちら

 別の観点で言うと、参照先であるオリジナル作品にどのくらい忠実に小説を生成するかを予想したのが《仮説1》であり、利用者が与える指示にどのくらい忠実に小説を生成するかを予想したのが《仮説2》です。

 今回、この2つの仮説について実証実験をしました。実験材料には、パブリック・ドメイン(著作権フリー)の日本文学から芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を用いました。

 煩雑さを避けるため、はじめに実験の結果をお伝えし、具体的な実験過程はその後に報告させていただきます。


1.結 果

 実験結果は次の通りで、『蜘蛛の糸』については、私の仮説が正しかったことが実証されました。

1-1. ChatGPTは、『蜘蛛の糸』のテーマと展開を知り尽くしていた。

 ChatGPTは、800字以内で、テーマと展開が『蜘蛛の糸』と全く同じで、ほとんど盗作レベルの作品を生成しました。

1-2. ChatGPTは、利用者の指示を優先して新しいストーリーを作ることができた。

  1-1 の実験で与えたのと同じ指示に 「コミカルな」とつけ加えただけで、『蜘蛛の糸』の設定を転用して、まったく新しい、大変にシュールな小説を生成しました。

2.実験過程

2-1. 《仮説1》の実験:どのくらい原作に忠実か?

2-1-1.ChatGPTへの指示

 
 『蜘蛛の糸』の冒頭部分を使って、ChatGPTに指示を出しました。

ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂においが、絶間たえまなくあたりへ溢れて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。

芥川龍之介『蜘蛛の糸』(青空文庫)
/ルビは省略

 上記の冒頭を、ほぼそのまま指示に織り込みましたが、 ”お釈迦様”は、アメリカ産のChatGPTにも分かりやすいように”天国の主”に変えました。

「ある日のこと、天国の主は、天国の蓮池の縁をひとり散歩していました」で始まる日本語の800字以内の小説を、芥川龍之介のスタイルで書いてください。

ChatGPTへの指示

2-1-2. ChatGPTが生成した小説

 無料のGPT 4oが、次の小説を生成してきました。

ある日のこと、天国の主は、天国の蓮池の縁をひとり静かに散歩していました。白蓮の花びらが清らかな水面に揺れ、その中に数多くの仏たちが微笑んでいるような錯覚さえ起こさせる風景でした。池の底は透明で、清らかな水がひとすじの川となってどこかへ続いているように見えます。天国の主は目を細めて、その静寂に耳を澄ませていました。

その時、池の縁に一匹の蜘蛛が光る糸をかけているのを見つけました。黒く小さな蜘蛛で、無心に糸をつむいでいます。天国の主は、その蜘蛛を見つめながらふと微笑みました。

「この蜘蛛も地上の罪人たちに、何かしらの助けとなるのかもしれないな」
そう呟きながら、主は静かに手を差し伸べ、蜘蛛の糸をつまみ上げました。そして、その糸を池の水面に近づけ、そっと垂らしました。すると、糸はまるで生き物のように、水の中へ滑り込んでいきました。

一方、地獄の底では、ある男が長い苦しみに身を沈めていました。その男は、生前に人を欺き、他人の財を奪っては欲望のままに生きてきた罪人でした。しかし、今やその罰として、暗く冷たい底で永遠に苦しんでいるのです。

ふと男は、目の前に一本の細い光る糸が垂れていることに気づきました。その糸は、まるで天の光がわずかに差し込んだかのように輝いています。男はその糸を見つめ、手を伸ばしました。「もしかしたら、この糸を登れば地上へ、いや、天国へたどり着けるかもしれない」そう思い、男は必死に糸にしがみつきました。

しかし、男が登り始めると、彼の周囲に他の罪人たちも気づき、次々と糸に手をかけ始めました。男は驚き、恐怖を覚えました。「このままでは糸が切れてしまう!」そう思った瞬間、男は叫びました。

「お前たち、俺の糸に触れるな!俺の糸だ、俺だけのものだ!」

その叫びが響いた瞬間、糸はぷつりと音を立てて切れ、男は再び地獄の底へと落ちていきました。

天国の主は、静かにそれを見届けると、再び散歩を続けました。蓮の花びらが風に揺れ、池は再び静寂を取り戻しました。

GPT 4o版

 驚きました。これ、『蜘蛛の糸』、そのものです。違うのは、芥川版では蜘蛛の糸が特定の悪人に送られたのに対しChatGPT版では不特定多数の地獄の住民に送られたという点だけ。後の展開は、全く同じです。それだけでなく、文体も芥川のものにかなり似ていると思います。これは、もう、盗作の域といってよいでしょう。

2-2.《仮説2》の実験:どのくらい指示に忠実か

 
 オリジナルの『蜘蛛の糸』は、語り口は穏やかで柔らかですが、内容的には辛口でやや陰鬱な作品です。そこで、それとは反対の「コミカル」な味をもった小説を、『蜘蛛の糸』ベースで生成させたらどうなるかを試してみました。

2-1. ChatGPTへの指示

 《仮説1》の検証に用いたのを同じ指示に「コミカルな」とだけつけ加えて指示しました。

「ある日のこと、天国の主は、天国の蓮池の縁をひとり散歩していました」で始まるコミカルな日本語の800字以内の小説を、芥川龍之介のスタイルで書いてください。

ChatGPTへの指示

2-2-2. ChatGPTが生成した小説

 無料のChat4o版が、次の小説を生成してきました。

ある日のこと、天国の主は、天国の蓮池の縁をひとり散歩していました。蓮池には、見渡す限り真っ白な蓮の花が咲き誇り、その香りがどことなく心を軽くしてくれるものでした。主は手を腰にあて、少し背を伸ばして満足そうに池の光景を眺めていましたが、ふと、池の隅で何やらうごめくものを見つけました。

「あれは一体なんだ?」と、主は眉をひそめました。池の端には、うっかりして天国に迷い込んだのか、真っ黒なカエルが一匹、何かに怯えた様子で佇んでいたのです。主はカエルに歩み寄り、その小さな体を指でつつきました。「おや、君はどうしてここにいるんだね?」

カエルは驚き、飛び跳ねてみせました。「おお、これは失礼しました。わたくし、地獄の沼からちょっとばかり抜け出してきたのでございますが、どうも迷子になってしまいまして……」

「ほう、地獄のカエルが天国に迷い込むとは、珍しいことだな」と、主は少し面白がった様子でカエルを眺めました。「どうしてまた天国まで来たんだね?」

カエルは恥ずかしそうに目を伏せ、「実は、地獄の沼があまりにも暗くて、窮屈でして……どうにかして少しでも明るい場所で息をつきたかったのです。おかげで、こうして美しい蓮の花も拝めました」と呟きました。

主はその言葉に少しばかり同情し、「まあ、それも仕方のないことかもしれないな」と、優しい顔で言いました。「せっかくだ、蓮の花を一輪、持って帰りなさい。地獄でも少しは明るくなるだろう」

カエルは目を輝かせ、「そんなことが許されるのですか?」と問い返しました。「もちろんだ。ただし、そちらの世ではこの美しい花も、少し色褪せて見えるかもしれないがね」

カエルは深々と頭を下げ、蓮の花を一輪抱えると、そそくさと天国の池を後にしました。その小さな背中を見送りながら、主は少しばかりおかしそうに微笑み、再びゆっくりと散歩を続けました。

さて、地獄に戻ったカエルが、蓮の花をどう扱ったのかは、天国の主も知るよしがありません。ただ、天国の蓮池では、あのカエルの訪問が何度か話題に上り、天使たちは密かに彼の勇気を称えたということです。

GPT 4o版

 これには舌を巻きました。「地獄を抜け出した黒いカエルが天国に迷い込む」――こんなシュールな展開を、私は、思いつくことができません

 また、私はChatGPTは人間の情感を表現するのが苦手だろうと勝手に決めつけていたのですが、ここに描かれた「主」とカエルのやり取りには、ほのぼのした温もりが感じられます
 
 私は、この作品が大いに気に入りました。

3.おわりに(感想)

 
 この実験をしてみて、とても複雑な気分になりました。ChatGPTが『蜘蛛の糸:』を知り尽くして盗作レベルといっていいくらいそっくりな小説を生成してきたことには少々、怒りを感じました。私がChatGPTにやらせたことについて私が怒るというのも変な話ですが、腹が立ったのは事実です。

 『蜘蛛の糸』はすでに著作権保護期間が終了しパブリック・ドメインの作品となっています。しかし、そうであっても、ここまで似せてこられると、作家・芥川龍之介に対する冒涜と感じてしまい、そこに腹が立つのです。

 もっとも、人間であっても、そっくりな小説を書こうと思えば書くことはできます。人間とChatGPTの違いは、そうすることに「後ろめたさ」を感じるか感じないかの違いに過ぎないかもしれません。ですが、この違いは、人間とAIの共存を考える上で、重要な論点になりそうな気がします

 一方、「コミカルな」という指示に応えて私にはとても思いつかないシュールな作品を生成してみせたChatGPTの能力には感嘆しました。そして、この能力を活用して小説の可能性を広げることについて興味を持ちました。

 ですが、ここでも、「技術的にできる」が直ちに「そうするのが望ましい」につながるとは限らない、という否定的な気分もぬぐい去ることができません。
 小説を書き・読むという人間の営みにAIを介在させる必要はないのではないか――そういう気分が、私の中にあります。

 しかし、過去を振り返ると、「技術的にできる」ことは、全部やってきたのが人類の歴史です。だから、核兵器をつくってしまった。
 そう考えると、AIの進化に歯止めをかけることは、おそらくできないでしょう。私たちにできること・なすべきことは、AIとの上手なつき合いかたを見つけていくことだけかもしれません。

  湿り気味な感想になってしまいました。と言いながら、ChatGPTに大作家の作風で小説を生成させる実験は、つづけていこうと思っています。ChatGPTの能力を知る手段として、かなりイケているような気がするからです。

 今回は、ここで筆をおきたいと思います。

 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 




いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集