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vol.3 夢工場ドキドキパニック
後にプレイヤーキャラクターグラフィックをマリオたちに差し替えてスーパーマリオUSAとして発売されるゲームであるが、筆者はこのディスクシステム用ソフト「夢工場ドキドキパニック」のほうを先に触れていた。これはなかなか同年代としては珍しい体験なのではないかと思う。
というのも、上述したようにこれは「ディスクシステム」専用ソフトである。遊ぶためにファミコン本体ではない周辺機器が必要で、これもそれなりのお値段の商品である。経済力のない子供が手に入れられるものではない。
当時ディスクシステムを持っていたのは、親兄弟が新しい物好きでディスクシステムも購入されたか、もしくは任天堂のファミコンではなくシャープの「ツインファミコン」を持っていたかどちらかだった。
筆者は前者である。とはいえ、家にディスクシステムがやってきた経緯についてはほぼ忘れてしまった。
さらに、このソフトは「夢工場ドキドキパニック」である。当時はまだ「スーパーマリオUSA」ではない。ディスク版の発売が1987年、スーパーマリオUSAの発売は1992年。この間、少年たちにとって「夢工場ドキドキパニック」に出てくる「イマジンファミリー」はまったく知らんキャラでまったく知らんゲームなのである。
だから、もし誕生日などの機会でたまたまゲームソフトを買ってもらえる機会があったとしても、これを選ぶ理由は一つもない。筆者はこれを親の気まぐれによって遊ぶことができた。たまたまディスクシステムと一緒に家にやってきたのだ。僥倖である。
ただ、当時の自分にこのゲームは難しかった。確か2-2程度まで進めたのが精いっぱいで、ここ以降の攻略についてはのちの「スーパーマリオコレクション」版のスーパーマリオUSAが発売されてからとなった。
なお2-2程度までは進めているので、鍵を拾ったとたんにカメーンが追ってくるあの超怖い洗礼はこの時点でしっかり受けている。今もアイツのことは大嫌いだ。
さてゲーム内容についてはスーパーマリオUSAそのまま、本当にそのままである。プレイヤーキャラクター以外で「夢工場ドキドキパニック」から「スーパーマリオUSA」で変化したのは、記憶では魔法の薬を使用した裏側世界での最大HP増加アイテムが「ハート」から「スーパーキノコ」になっていたくらいだ。
だから、スーパーマリオUSAではマリオたちキャラクターたちの方が浮いているのだ。少なくとも「スーパーマリオワールド」まで一貫して救われる側だったピーチ姫、そして同じく、アクションゲームのマリオシリーズではWiiのシリーズくらいまでプレイヤーキャラにはなっていないキノピオがプレイヤー側のキャラとして設定されている。
彼らは「ドキドキパニック夢工場」での四人のプレーヤーキャラであるイマジン、リーナ、ママ、パパの差し替えなので、キノピオがマリオより野菜引き抜き速度が速いなど、ちょっとちぐはぐな部分があるのだ。
だから、スーパーマリオUSA発売当時、筆者にとってはスーパーマリオUSAの登場敵キャラクターたちはみんな夢工場ドキドキパニックのキャラクターだった。ヘイホーもキャサリンも、カメーンもそうだ。スーパーマリオUSAが発売されたときに「夢工場ドキドキパニックだ!」と喜んでも誰にも共感されなくて寂しかった。
そりゃそうだ、いくら任天堂が手掛けた良作とはいえディスクシステムで発売のタイアップゲームである。誰も知らないのだ。
スーパーマリオUSAの発売年1992年は、1990年に既にスーパーファミコンが発売された後だったので、自分の身の回りではスーパーマリオUSAはあまり大きな関心を引いていなかったように思う。「スーパーマリオスタジアム」のコーナーで取り扱われていただろうか?
「夢工場ドキドキパニック」はそもそもテレビ企画のキャラクターであるので、もはや再度話題になるようなことはないが、その後ヘイホーやキャサリンたちスーパーマリオUSAの敵キャラクターたちはマリオシリーズの常連となった。これはなんだかうれしい。
ファミコンなら互換機もたくさん発売されているし、スーパーマリオUSAなら現代でもいくらでも遊ぶ手段はある。けれどディスクシステムはそうはいかない。夢工場ドキドキパニックを遊ぶ手段を得るのはなかなか大変だ。
自分自身も今から敢えて環境を整えたいとは思わない……が、ときどき「スーパーマリオUSAは夢工場ドキドキパニックなんだよな」と、ふとイマジンたちを思い出すことがあるのだ。