せめて祈りの花になる(舞台「う蝕」感想)
三軒茶屋・シアタートラムにて舞台「う蝕」を観劇してきました。
ファンを名乗れるほどではありませんが、綱啓永さんの顔とお芝居が好きで、いつか舞台で拝見したいな~、でも今映像作品に引っ張りだこだもんな~…と思っていた矢先に上演発表されたこの作品。
あらすじは以下の通りです。
日本のどこかにある離島・コノ島。
ある日、コノ島を謎の土砂災害が襲う。
虫歯のように局地的な地盤沈下は「う蝕」と呼ばれ、歯科治療のカルテと犠牲者の身元を照合する為に4人の歯科医が集まった。
まずは地元の開業医・根田(新納)。
根田の依頼で本土から派遣されてきた加茂(近藤)と彼を慕う木頭(坂東)。そして同期の木頭を追って剣持(綱)がやって来る。
しかし、待てど暮らせど、土砂を掘り起こす作業員がやって来ない。
いつ次の「う蝕」が発生するか分からない中、本土の役所から佐々木崎(相島)がやって来る。歯科医達に早く本土へ避難するよう説得する佐々木崎だが、根田たちは拒否する。
そんな中、白衣姿の謎の男・久留米(正名)が現れ、言う。
「この中に、ここにいるべきではない人間が混ざっている」──。
戯曲について
「う蝕」という、震災を想起させるような架空の自然災害を描いた本作。
稽古期間中に発生した能登半島地震に際して、このようにアナウンスされています。
軽妙な会話の中に、観客の胸に問い掛けるような強いメッセージ性が覗く戯曲。
時系列や幻覚?が入り雑じったり、シリアスな場面でもコミカルな台詞が入ったりするので、好き嫌いというか、この舵取りについていけるかどうか分かれるかもしれません。
戯曲自体がゆっくりと大地が沈下する「う蝕」のように、いつの間にか伏線を忍ばされ、展開が移り変わっていくような印象を受けました。
どこまで意図されたものかは分かりませんが、「蝕まれている(虫歯)」、「罰してほしい(抜歯)」みたいな歯ワード(?)が随所に散りばめられていたり。
以下、印象的だった箇所をピックアップしていきます。
あるのかないのか分からないもの
劇中、「あるのかないのか分からないものに振り回される」というやり取りが何度か繰り返されます。
島内での自分の立ち位置に迷い続ける根田。
歯科医という立場を超えた強い使命感に駆られる加茂。
不自然なほど終始明るく振る舞う木頭。
自分の名前を正しく呼んでもらうことに執着する佐々木崎。
罪滅ぼしに島へやって来た剣持。
白衣という権威の象徴をまとった久留米。
6人全員、それぞれ目に見えない概念やしがらみに囚われています。
特に終盤、根田が吐露した「どう思ったらいいか分からない」という言葉。
この台詞が絞り出された瞬間、ずっとのらりくらりとかわされて見えなかった物語の芯のようなものがようやく姿を現して、ギュッと胸の奥を掴まれるような感覚になりました。
根田の状況からは飛躍するけれど、昨今は気の利かない愚か者を吊し上げやすい世の中になって、街には賢くて優しい人が増えて。私には、それがちょっとだけ、しんどい。
そんな私のしんどさに、「う蝕」前の島を知る唯一の人物であり、これまで頼もしく見えていた根田先生が初めて見せた葛藤が共鳴したのがあの台詞でした。
どう思ったらいいか分からない。それもひとつの感情で、誰の許可も、採点もないはずなのに、根田先生は、私は、一体何を恐れているのか。
カノ島
本作の舞台となる「コノ島」の少し先にある「カノ島」。
かつて流刑地とされていた名残から今は刑務所が建っていて、囚人達を人として扱わない、かなり劣悪な環境なのだそう。
「う蝕」が起こるなら、コノ島ではなくカノ島の方が──。根田のその台詞に頷きかけた自分にゾッとする。
「ここにいるべきではない人間」とは誰か
「この中に、ここにいるべきではない人間が混ざっている」。
久留米が全員を前に告げた台詞です。
シンプルに考えると素性を偽っていた佐々木崎のことなのでしょうが、加茂&木頭のことのようにも、剣持のことのようにも思えます。
あるいは、久留米自身のことのようにも。
演出/舞台美術について
耳鳴りのような、ブザーのような、プロペラ音のような、暗闇の中でヴゥゥゥゥゥゥン……………という低い爆音から始まって思わずビクッ!とした。
箱のように閉じられていたセットがゆっくりと開かれ、中から荒廃した「コノ島」が現れます。少し傾斜のある八百屋舞台。
2回のセット転換はキャストさんが行い、新納/相島/綱or正名で足元の瓦礫シート(何かで床に貼り付くようになってて、それを3人で一斉にベリッと剥がすのがかっこよかった)、坂東/近藤でベンチを移動。
青いバンダナ
初めは木頭のリュックに着けられていたのが、いつの間にか根田の腰に。
ただ木頭のその後を決定付けるためのものなのか、それ以上の意味合いがあるのか。
服の汚れ
6人の衣装にはそれぞれ汚れがあり、黒い染みがついている人と、白い染みがついている人とそれぞれ。この違いが後に効いてくる。
そして綱啓永にむちゃカッケえブラックのスリーピースのスーツを着せて頂いて本当に本当にありがとうございます。
沈丁花
島内のお寺に咲き誇る沈丁花を持ったり、手離したりするたびに毎回鈴の音のようなSEが鳴る。この沈丁花の有無が、舞台にある仕掛けを施します。
観劇を終えて振り返ると、衣装然り音響然り、親切な演出だな、と思いました。
みんな引っ掛かりは覚えるけれど、それが何かはすぐに分からない。
全て見終わってから「そういえば、あれって…?!」というカタルシスを与える構成になっていました。
作品によっては伏線を凝りすぎて観客に伝わらなかったり、明け透けすぎてしまったり、なかなか難しいと思うのですが、絶妙なバランスだった。
キャストについて
坂東龍汰さん(若手歯科医・木頭)
「夢中さ、きみに」の目高くん…!!!!「初恋F」のノジ…!!!!
以前から気になっている俳優さんだったので、生のお芝居が観られて嬉しかったです。
最初に台詞を発するのが木頭くんなのですが、「何してるんですか」というたったその台詞、それだけで一瞬にして劇場内を掌握したの凄すぎないか?26歳?舞台2作目?はあ???????
不穏な世界観の中で木頭だけがずっと明るくて、ずっとうるさい。
坂東さんがあまりにも軽やかに生き生きと木頭としてそこにいたので観劇中は感じなかったけれど、戯曲の仕組みを理解してから振り返れば、難しい役柄だったと思います。
同世代の俳優さんの中でも、能天気だけどどこか儚げな青年の役をやらせたら坂東さんの右に出る者はいないな…と改めて実感しました。
同期役の綱さんとのやり取りが可愛かった。剣持にジャケットかけられるところ好き。
近藤公園さん(堅物歯科医・加茂)
「玉川区役所 OF THE DEAD」のお兄ちゃん!!!!(初めて認識した作品を言うシリーズ?)
終始至って真面目なのに、観客からはその姿がコミカルに映る。この絶妙な塩梅は公園さんならではだな~と思いました。
ぬかるみに足をとられる場面では、後転の途中みたいなすごい体勢をしてた。あんなん毎日やってたらどっかの骨とか関節とかイカれませんか???大人計画の俳優さんは特別な訓練を受けているのでしょうか???
とか考えてたら一転、ラストシーンで言葉を失った。あの台詞に、あの仕草に、どんな意味があったのか。何も考えずに笑っていた自分が少し怖くなる。
新納慎也さん(島唯一の歯科医・根田)
新納さんは勿論存じ上げていましたが、ちゃんとお芝居を拝見したのは本作が初めてでした。
華やかなルックスを活かした役柄のイメージとは異なる、飄々としていながらも哀愁を湛える根田先生を好演されていました。
冒頭、台詞はなく、新納さんがただゆっくりと木材を抱えて出てきただけで一気に惹き込まれた。
気丈に振る舞いながらも胸の内では葛藤を抱える根田先生を、愛らしいキャラクターとして息を吹き込む新納さんのお芝居にすっかり魅入ってしまいました。
相島一之さん(全身ボロボロの役人・佐々木崎)
「名脇役 名前」で1番検索されている人だと思う。今度こそしかとフルネーム覚えました。
もうこんなベテランも大ベテランの俳優さんに言及するのも烏滸がましいのですが、この「う蝕」の大黒柱とお呼びしても過言ではない…。
まず初めに新納さんが観客を惹き込み、これから何が起こるのかと不穏な空気が漂う中、相島さんの登場で何故かちょっとホッとして。
観客の気持ちを和らげると同時に、作品を引き締める。言葉にすると矛盾しているようだけど、確かに成立していました。
終盤、呼び間違えられた自分の名前を訂正するシーンは圧巻でした。どう考えても名前どころじゃないだろ、という場面なのに、至って真剣な佐々木さん(敢えてこう呼ぶ)の姿が滑稽なんだけど壮絶だった。
正名僕蔵さん(自称「なんでも科」の医師?久留米)
「パレード」の隣の部屋のラスプーチン!!!!!(僕蔵さんの代表作絶対それではない)
ミスター得体の知れないおじさんの具現化・僕蔵さん(すごく失礼な字面ですが賛辞のつもりです)。今回もそのミステリアスさを遺憾なく発揮していらっしゃいました。
目の前にいるはずなのにどこか現実味が無いというか、呟くような台詞さえも明瞭で、ど、どうなってるんですか……?不思議だ…
フルート…?!(※以前映画でフルート奏者を演じたそうです)(とはいえ今でも身に付いてるの凄いな)(やはり大人計画の俳優さんは特別な訓練を……)
綱啓永さん(お坊っちゃま歯科医・剣持)
顔がさ~~~~~~~~~本当にかっこいいよ~~~~~~~スタイル良すぎんぜ~~~~~~~頭ちいせ~~~~~~~泣……………。
スリーピースのスーツ姿がも~~~本当に麗しくて麗しくて……。1分1秒360°かけがえがないよー(;_;)
きっちりとセットされた前髪が次第に崩れて目にかかるのもめっちゃ好きでした。
すみません。顔の話ばかりしてしまいましたが、顔以上に私は綱さんのお芝居がすごく良いなぁと思っておりまして……。
凛としていながらも可憐で、剣持というキャラクターを演じる上で不可欠であろう「嫌みのない育ちの良さ、品の良さ」を纏う姿が素敵でした。
今回に限らず、役と綱さん自身のパーソナリティがちょうど交差する地点をずっとキープし続ける、みたいなお芝居をやっている印象です。
今のJKはみんな綱啓永が好きだから(そうなの?)ドラマとか映画とか映像仕事を頑張った方がいいのかもしれないけど、これからも定期的に舞台をやり続けてほしい。
今回SNSで感想を検索していると、初めて演劇を観に行ったという綱さんファンの方々の投稿がいくつもあって、綱さんのおかげでたくさんの人の世界が広がっていくさまが素敵だなぁと思いました。
映画2本のプロモーションと並行しながらの舞台出演、本当にお疲れ様です。
シアタートラムについて
ロビー~客席までの間の通路が鏡張りになっており、非日常への連絡通路のような感じがしてちょっと感動しました。
「う蝕」に関しては、前方にせり出す形のステージになった都合で前列中央の辺りの座席が無く、約200席+トラムシートという立ち見のような席での観劇。
座席間隔が前後も左右も結構狭いのですが、その割に座り疲れが無いな…と思ったらエアウィーヴのクッションが導入されているそうです(!)
俳優さん達の息遣いまで届くような、開演前から独特の緊張感が流れる劇場でした。シリアスめなシーンで2mくらいの距離で好き顔ボーイ(♡綱啓永さん♡)と向かい合ってこの顔になりました。
まとめ
桜の樹の下には屍体が埋まっている。
そんな一節から始まる、梶井基次郎の小説を思い出しました。
本作の舞台である「コノ島」は沈丁花の名所とされており、作中でもキーアイテムとして登場します。
「う蝕」によって島民たちが地の底に埋もれていく中、変わらず美しく咲き誇る沈丁花。
果たしてそれは島に残る僅かな希望の象徴なのか。
それとも……。
そんな中、なぜ自分が生き残ってしまったのか。
葛藤し、心を蝕まれ、自分の気持ちを見失う根田にある人物がかけた言葉。
祈ればいい。
それは自己満足や、逃避や、気休めかもしれない。
人の傷を、死を越えていくことが、たとえ他人からは、屍体を喰って咲き続ける花のように見えたとしても。
せめて、もう謝ることも守ることもできない人達に手向ける祈りの花の一輪になりたい。
そう思いながら生き続けることは、正解でこそないかもしれないけれど、決して間違ってもいないと思う。
さまざまな意味でタイムリーな作品に出逢うことができました。
東京公演お疲れ様でした。
【公演概要】
会場 シアタートラム
公演日程 2024/2/10~2024/3/3
上演時間 約1時間45分(休憩なし)
【キャスト・スタッフ】
作 横山拓也
演出 瀬戸山美咲
出演 坂東龍汰 近藤公園 綱啓永 正名僕蔵 新納慎也 相島一之
美術 堀尾幸男
照明 齋藤茂男
音響 井上正弘
衣裳 髙木阿友子
ヘアメイク 大宝みゆき
演出助手 須藤黄英
舞台監督 田中直明
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