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夏の水たまり

勤め先の小学校の校舎の北側にプールがある。5月には、落ち葉の貯まった泥水を抜いて、2年生のヤゴ取りだ。虫取り網で底の泥をすくってプールサイドに広げ、泥をかき分けると、落ち葉の下から小さいヤゴがささっと逃げる。男の子も女の子も、平気で指でつかまえてバケツに入れる。30分もすれば数えられないくらいのヤゴがとれる。水槽にいれて餌のイトミミズをあたえれば、ひと月たたないうちにシオカラトンボやノシメトンボが教室の中を飛び回る。

ヤゴ取りの後は業者が入ってプールを1日がかりで掃除する。きれいな水を張ればもうヤゴの棲みかの面影はない。1クラス20人足らずの少人数だから低学年と高学年にわけて水泳の授業がある。昭和50年代には全校で1000人の生徒がいたそうだが、ニュータウンに住む人の世代がかわって、子どもが少なくなった。水泳指導の先生が学外から来て教える。6月、梅雨のあいまをぬって3回ほど水に入れば授業は終わる。日に日にプールが緑色になってくればもう夏休みだ。

わたしの田舎の小学校にはプールがなかった。中学校も同じだった。ずいぶんと昔の話である。海は遠く、もっぱら夏の水泳は「大川」だった。季節が来ると、遊泳許可の「川プール」の場所の地図が配られた。適当に水深があって、川岸の岩から飛び込みが出来、流れが穏やかな遊び場が示されていた。

中学校には水泳部はなかった。それでも猛者がいて、県の水泳大会に参加した先輩がいた。練習は学校のそばにある大川だ。川の流れに逆らって泳げば筋力がつく。岩から飛び込んで対岸の河原に向かって泳ぐ練習を繰り返したそうだ。でも大会は残念ながら予選落ち、となりのコースに入ってしまって失格した。まっすぐ川を横切るには、片方の腕を力いっぱい、水をかかなければ流されてしまう。その練習の成果がでて左にコースアウトした。まことしやかに伝えられた話だ。

緑色の水たまりを見るとプールの維持・管理費を思ってしまう。水抜きをして掃除をして、水を貯める。水質の検査や水の入れ替えも必要だ。6月の晴れた日は今は猛暑だから熱中症にも気をつけなければならない。3回ほどの利用だったら、公営プールを利用したり、民間のスイミングスクールに委託した方がよほどいいのじゃなかろうか。新聞によると、教員にアンケートをした結果、「天候の影響がない」「プールの維持管理が不要になる」「心と時間の負担が減る」と外部委託賛成派が9割以上だった。

いやいや、そうじゃない。学校にプールは必要なのだ。ヤゴ取りの高揚感はほかに代えるものがない。水の色が緑色になれば、プランクトンが繁茂しているビオトープになる。小学校のプールは泳ぐためだけじゃないのだ。


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