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くずし字

せめて自分の名前だけでも。鉛筆でも万年筆でも、筆ならなおさらのこと、見映えよく書きたいと思う。だがそれ以前の問題だと自分でもわかっている。そう、立ち止まらなければ判読できない字があちこちに散らばっているのだ。勝手にくずした字だから自分でも読めないときがある。

良寛さんの字はいい。達筆さを超越した、絵のような字。楷書は簡素な漢字がならび、くずし字の書はやわらかい線がかもしだす空間に深みがある。そのくずし字を判読できないのが残念だけれど。

家の塗装工事を依頼した。1ヶ月ほどの工事期間だった。足場を組むのはこの日から、下塗りは清掃してから、1週間後に仕上げ...工事のスケジュールを書いたカレンダーを現場監督のSさんが持ってきた。工事の進捗はSさんが見回って報告する、不在の時はメモを残しておきますからと言う。

郵便受けにA4紙1枚のメモがあった。

良寛さんの字をはるかに上回るような「くずし字」だった。横書きで2行ほどのボールペンの線は、何と書いてあるのかわたしには読めなかった。ところどころになんとか類推できる字があったので、つなぐと「予定どおりです。よろしくお願いします。S」という趣旨だとやっとわかった。

Sさんのもたぶん「勝手な」くずし字だろう。玄関先で立ったまま紙をひろげてボールペンで書いたから、というだけではなさそうだ。打ち合わせの時に残していった議事録も似たようなものだったから。自分もそうだから他人に言えることではないけれど、もう少していねいに書いてよと言いたくなる。字は伝えるのが目的で、良寛さんの「くずし字」とは別物だ。

1ヶ月ほどの工事期間中にメモが4-5枚になった。Sさんのきちんとした仕事と気遣いは「くずし字」とは別物だった。

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