あつものに懲りて...が、のど元過ぎれば...に
覚えているだろうか。
2011年3月、はるか遠くから超望遠レンズでテレビ中継をする中、建物の屋根が吹っ飛び、煙があがった。福島第一原発の原子炉格納庫のなかでメルトダウンが生じていた。
はるか遠く離れたところにあるわたしの家でも放射能汚染があった。ガイガーカウンターを借りて家の周辺と家庭菜園の土を測定した。風向きによりこの地区は汚染のホットスポットだった。
汚染による避難地区は一部解除されたが、大部分はそのまま。地下水への汚染は止まず、これからもずっと処理し続けなければならない。
10年以上経っても、地震や津波による自然災害とテロや戦争による破壊工作、原子力発電へのリスクは何ら変わっていない。安全三原則の「止める」「冷やす」「閉じ込める」、フクシマの教訓への解と対策は十分ではない。
原発はすべて停止させた。「原発に依存しない社会」を掲げた政府方針だが、エネルギー源をたやすく変換できないのは承知ではある。そろりそろりと対象を絞って慎重に再稼働を始めた。「あつものに懲りてなますを吹く」がごとく。
ところが、今回の「エネルギー基本計画」では原発回帰に方向転換した。「原発の依存度を可能な限り低減させる」という文言が削除され、原発の建て替えを認めた。原発推進へ再度踏み込んだ。
「のど元過ぎれば熱さを忘れる」
忘れたのはだれなのか。
自民党総裁選でそれまで脱原発と言っていた河野太郎や小泉進次郎が転向し、先の衆院選で形勢不利となった公明党が自民党に歩み寄った。議席が増えた国民民主が後押しをする。
AIの伸長がエネルギー(電気)増大に拍車をかける。化石燃料による発電を減らし、風力、太陽光発電に解を求めるのは容易ではないけれど、原発回帰には賛成できない。安全三原則を満足できないうちは、「なますを吹く」のが現実論なのだ。