見出し画像

見たいように見て、信じたいように信じる心理

マガジンご購読の皆様、おはようございます。いかがお過ごしでしょうか。

人はしばしば錯覚して失敗します。後で気づいて、反省して、学習し、同じ錯覚に陥らないように注意を払うようになります。ただ、はまりやすいパターンというものがあります。十分な知識や経験があるにもかかわらず、自らそれを打ち消す理由を見出し、それを新たな根拠として行動を起こし、大きな損失を引き起こすことがあります。現代で言えば、株やFXや先物や暗号資産などの投資家、投機家が、逆張りで失敗するパターンや、日露戦争の前、1902年に日本の帝国陸軍が起こした八甲田雪中行軍遭難事件などもあてはまるかもしれません。

このような確証バイアスが、時に、確立されているセオリー、十分身に着けている知識や技術をさしおいて優先されることが落とし穴になります。

そこで、その点に注目し、相手方を陥れる作戦として利用されることがあります。現代の流行のワードで言えば、フェークニュースですが、なんでもいいわけではありません。それを聞く人が「それを真実と思いたい、信じたい」ような内容であることが必須の条件です。

この応用例は、いまから2000年以上前、紀元前の時代に既に登場しています。

戦争において、野戦ではなく、敵の拠点を包囲して戦う攻城戦(Siege)は、攻める側に相当の負担があり、注意が必要であることはよく知られています。例えば、孫子の兵法では、謀攻篇で、諜報活動や外交活動など、戦争以外の解決を説き、戦争をやむを得ない最後の手段としていますが、さらに攻城戦は最もよくないもの、攻撃側が失敗しやすいものと戒めています。

https://ctext.org/art-of-war/attack-by-stratagem

孫子曰:凡用兵之法,全國為上,破國次之;全旅為上,破旅次之;全卒為上,破卒次之;全伍為上,破伍次之。是故百戰百勝,非善之善者也;不戰而屈人之兵,善之善者也。

故上兵伐謀,其次伐交,其次伐兵,其下攻城。攻城之法,為不得已;修櫓轒轀,具器械,三月而後成;距闉,又三月而後已;將不勝其忿,而蟻附之,殺士卒三分之一,而城不拔者,此攻之災也。

日本の戦国時代には、豊臣秀吉のような攻城戦の天才のような人物も登場していますが、一般論としては、想像するほどやさしくなく、攻める側に多大な負担をもたらすものなので、それだけに、確証バイアスによる失敗は起きやすいと考えられます。

歴史上、フェークニュースによる確証バイアス誘導で、敵をせん滅するのに成功した事例が、ガリア戦記に出ています。

ローマ軍を率いるジュリアス・シーザーの副官、クイントゥス・ティトゥリウス・サビヌスは、シーザーの本隊と離れて別動隊として交戦中でした。大軍を前に決戦を回避し、地の利に優れた陣地にこもります。守備側の有利さを確信しての判断です。有利さを生かし、じっと動かず、外に出ないで立てこもって時間を稼ぎます。それを見て、包囲している敵方はサビヌス隊は臆病なのだと誤解しました。サビヌス、その誤解をさらに利用します。スパイを敵陣の中に放ち、フェイクニュースを流すわけです。「ローマ軍はたいしたことがない」と油断させます。さらに「シーザーの本隊がは苦戦、疲弊しているので、サビヌスがここを出て救援に向かうことになった」というまことしやかな噂を拡散させました。これにまんまと乗って、その夜、敵方は出陣しました。きっと来るだろうと待ち受けていたサビヌス隊に集中的にたたかれ、壊滅的な打撃を受けました。勝敗がほぼすべてなので、勝手な思い込みで、不利な決戦に打って出るなど論外ですが、まさにその時にそれをそう思わない錯覚の構造があるのです。

その記録のなかで、出てくる一節が次の通りです。原文、英語訳、日本語訳を並べておきます。

et quod fere libenter homines id quod volunt credunt
and also because in most cases men willingly believe what they wish.
というのも、たいてい人はみずから望んでいることを信じようとするから

包囲している敵方は、「ローマ軍は弱い」と思いたがっています。真実ではなくても、信じてしまいやすい、そんな構造がそこにあるので、フェークニュースが効いてしまうわけです。そこを冷静に見て、逆手に取ったサビヌス、さすがはジュリアス・シーザーの副官です。

ローマの強さは、単なる、外からわかる兵力や装備の上での強さにとどまるものではなかったということがよくわかります。

https://en.wikisource.org/wiki/Commentaries_on_the_Gallic_War/Book_3#18

ご意見・ご感想を歓迎します

マガジンご購読の皆様には、種々のコミュニケーションの機会をご案内いたします。その折には、なんでもおっしゃってください。どんなご質問にもお答えいたします。また、どなたでも、twitter のダイレクトメールにて本記事についてのご意見、ご感想をお送りいただけます。

初めての皆様へ

皆様には、桜井健次のエッセイのマガジン「群盲評象」をお薦めしております。どんな記事が出ているか、代表的なものを「群盲評象ショーケース(無料)」に収めております。もし、こういうものを毎日お読みになりたいという方は、1年分ずっと読める「群盲評象2022」を、また、お試しで1か月だけ読んでみようかという方は「月刊群盲評象」をどうぞ。毎日、マガジンご購読の皆様にむけて、ぜひシェアしたいと思うことを語っております。

ここから先は

0字

本マガジンでは、桜井健次の記事をとりあえず、お試しで読んでみたい方を歓迎します。毎日ほぼ1記事以上を寄稿いたします。とりあえず、1カ月でもお試しになりませんか。

現代は科学が進歩した時代だとよく言われます。知識を獲得するほど新たな謎が深まり、広大な未知の世界が広がります。知は無知とセットになっていま…

いつもお読みくださり、ありがとうございます。もし私の記事にご興味をお持ちいただけるようでしたら、ぜひマガジンをご検討いただけないでしょうか。毎日書いております。見本は「群盲評象ショーケース(無料)」をご覧になってください。