勧善懲悪
日本書紀の記述によれば、604年、聖徳太子によって17条憲法が制定されました。その全条文も日本書紀に出ています。その第6条は「懲惡勧善」、今日でいう「勧善懲悪」から始まります。なんだか、聖徳太子が現代の日本人に喝をいれているような文言です。内容を見ると、懲惡勧善には違いないですが、勧善は最初の一言だけで、残り全部が懲悪です。
書き下すと次のようになるでしょうか。
現代語訳(私的な勝手な意訳)は次の通りです。
聖徳太子は、国家の基本として、また政治権力の中枢に位置する人々に対し、しっかりした高いモラルを求めました。条文からは危機意識のようなものさえ伝わってきます。忠や仁が欠けては困ると深刻に思っていたのでしょう。換言すれば、それは憲法の条文に書くべき、と思うほどの問題が現実にあったことを反映しているとも言えます。おそらく、それは、どの時代でもそうであったのかもしれません。そのためか、どうか、日本人は、勧善懲悪の物語が大好きです。江戸時代、滝沢馬琴による南総里見八犬伝は大人気を博しました。現代では、昭和、平成のテレビの時代、必殺シリーズとか、暴れん坊将軍とか、水戸黄門とか(ほかにもたくさんあるでしょう)は、大名の家老の不正や犯罪、幕府役人の汚職、大商人の悪事などをスーパーパワーの主人公が超法規的に裁くシナリオになっています。
この図式は、非常にわかりやすいだけに共感を呼びやすいでしょう。つまり、黙っていれば悪は懲らしめられることもなく、そのまま勝ってしまう確率は50%以上で、善を行っている人たちと対等ではないと思っている人が相当数にのぼっている現実があるでしょう。当然不満に思っています。ですが、現実にはそれを糾すことができない。そこで、懲悪の可能にする物語に共感するということのように思えます。
他方、善と悪は必ずしも絶対的なものではなく、その関係は不動とは言えません。規範に照らして判断され理解されるものですので、時代とともに変化したり、宗教やいろいろな政治思想によって相反することもあります。同じ時代でも、国によって地域によって異なる見解が生まれる場合もあります。また、そもそも善悪の二元論で片付けることのできない、もっと複雑な問題のほうが多いとも言えます。大きな政変や戦争では、理に照らしてというよりも、勝敗によって善と悪が決められてしまいます。日本の歴史で言えば、関ヶ原の合戦でも、戊辰戦争でもそうだったでしょうか。戦国時代の各地の無数の戦乱の1つ1つはもっとそうかもしれません。“History is written by the victors.” (歴史は勝者によって書かれる)とは、かの Winston Churchill の発言として有名です。 Churchillだけでなく、ほかにも多くの人が同様の内容を異口同音に語ってきたでしょう。そこには、自分たちの思う善、正義は、戦争に勝ってこそ、その後も善、正義であり続けることができ、負ければすべてを失うという、悲劇的なリアリズムの認識があるように思います。そこには、思い込みの善、正義だけで国家を滅ぼす回路にはまる愚を自戒するマインドもあるでしょう。実際、ヨーロッパの歴史はそういうものだったでしょう。
国家レベルでなくても、一般市民の間でも理不尽な紛争はさらに多くあったでしょう。それこそ、善悪は判断が難しい複雑な事情がありますが、そのなかで相対的にわかりやすい復讐、仇討ちはやはり人気があるテーマです。復讐の物語では、19世紀フランスの小説家 Alexandre Dumasの ”The Count of Monte Cristo” (モンテ・クリスト伯)が非常に有名です。幸せな暮らしを妬む知人に陥れられ、無実の罪で投獄してから、奇跡的な脱出を果たし、その後復讐を果たすという物語です。Monte Cristoは、イタリアの小さな島の1つです。私はSardiniaの島なら行ったことがあります(ある国際会議で招待された)。そのSardiniaの北側にもう1つ大きな島(Corse)があり、そこからイタリアの半島にむかって西に海上を行くと、Monte Cristoに行けるようです(いつか行ってみたい)。この小説は、本当によくできていて、とても感動します。この小説にはモデルがあり、Jacques Peuchetという警察の人が書いたものに、無実の罪で陥れられた人が刑期を終えて釈放された後に復讐した話があったということです。
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群盲評象2020(580過去記事、2021年7月末まで)
本マガジンは、2019年12月29日から2021年7月31日までのおよそ580日分、元国立機関の研究者、元国立大学大学院教授の桜井健次が毎…
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