50歳も過ぎて、今さら先天性の心臓の異常と言われても......
先月、えらくひどい風邪をひいて高熱が続き、病院に駆け込んだら、いろいろあって今週、心臓専門医に「最悪、心臓の手術です」と言われてしまった。
ことの経緯は、
風邪で病院へ→心電図(ちょっぴり異常)→念のために肺のCT(異常なし)→血液検査(高コレステロール、いつものこと)→念のため、後日、心臓のエコー(異常なし)→かかりつけのお医者さんから「検査結果異常なし」の連絡有り→ひと安心→今度は心臓専門医から連絡&召喚→心臓の静脈の位置に問題があるから、更に詳しい検査が必要と言われる。
まるで、「ありがたくない、わらしべ長者」みたいなことになってしまった。
私は風邪の診察をして欲しかっただけなのに。
病院の心臓専門科では、まず、レジデントの若いアジア系の女のお医者さんが部屋で待ち構えていた。彼女が診察して、最終的に心臓専門医の男の先生が診断と治療方針を下す、という方式らしい。
レジデント先生が一通りこれまでの情報をモニターでチェックし、問診が始まる。
「今まで、胸の痛みとかは?」
「ないです」
「息が上がったり?」
「ないです」
「立ちくらみ?」
「朝、急に立ち上がった時くらいかな」
「あ、それは普通だから」
「じゃあ、ないです。倒れたこととかも、人生で一度もないです」
「......ちょっと、心電図と血圧測ってみましょう」
「心電図も血圧も申し分ないですね」
今の今まで、まるっきり心臓のことを気にかけたことがない人生を送ってきた。
コレステロールは、遺伝性のもので、「けっそけそ」に痩せてた若い時ですら数値が高かった。
それから先生は、私の心臓の問題点を口頭で説明してくれた。しかし、医学用語てんこ盛りで、アラビア語かと思うくらい何ひとつわからない。
「すみませんが、絵に描いて説明してくれませんか?」
先生は一瞬、面食らった顔になったけど、「私、絵下手なんですけど、がんばってみます。これ、あなたの心臓を上から見てると思ってください」とペンを取った。
さすが、アジア系。
器用にきちんと要所、要所を分かりやすく、且つ、シンプルに心臓と血管の位置関係を描いてくれる。
「これが普通の人の血管の位置。こっちがあなたの血管の位置」
その絵によると、私の心臓へ血液を送り込む血管のひとつが、別のでかい血管と心臓の間に位置していて、何かの拍子でその血管が押されたら血流が止まってしまう恐れがある、とのことだった。
言葉を終えた先生は、申し訳なさそうな顔をしながら、私の反応を伺っていた。
私は、といえば、まるで人ごとのように説明を聞いていたので、たぶん、かなりの間抜けづらだったと思う。
「あの〜、それって、私が生まれ時から、その状態だったってわけですか?」
「そうです」
「そうなんですか。じゃあ今後、一番まずいことになるパターン、ってなんですか?」
「......心臓発作ですね」
「へ?!」
どうりで先生が私の顔色伺うはずだ。
そして、状況は激しくまずいことになってるってのに、私は未だに他人事気分。
今まで心臓のこと、まるきり気にしないで、半世紀以上も過ごしてきたのに、急に心臓発作って言われても、って話だ。
先生は更に詳しい検査をしてから、治療の方向性を決めるという。
「それで、どんな治療になるのですか?」
「その該当の血管のまわりに十分なスペースがあれば、何もしなくていいし、もしそうじゃなかったら、カテーテルを入れるか、血管そのものの位置を変える、っていうこともありえます」
心臓の手術の可能性があるのか。
レジデント先生は、引き続き、真剣な表情で私の顔を見つめているのに、ぜんぜんピンときてない自分が妙におかしくて、だんだん笑いが込み上げてきた。
「......先生、私、そもそも風邪で病院にかかったんですよ。なのに、なぜこんなことになってるんですかね?」
レジデント先生は思わず吹き出していた。
「そうですよねえ。でも、ほら、こうやって事前に知ることができたから、いろいろ対処ができるわけで」
まあ、確かにそうだ。
それに手術と決まったわけでもないし、次の検査を受けて結果を見るまでは、特に何ができるわけでもない。
そしてレジデント先生は専門医のドクターの指示を仰ぐべく、スピーカーフォンで、私のこれまでの状況や、今後の治療の予定を早口言葉のように説明した。
説明を聞いた専門医の男の先生は、電話越しでもピリついているのが伺えた。
「遺伝性とはいえ、コレステロールが高いのは心臓病には命取りだから、とっとと弱い薬から飲み始めた方がいい。血管の検査も、うだうだ言ってないで、一番精度の高い方法を受けるように手配しろ」的なことを指導した。
概ね、レジデント先生の見立てと変わらないのだけれど、電話を切った後、レジデント先生は明らかにホッとしていた。
そして処方箋やら、何やらもらって家路についた。
確かに未然に見つけてもらえてありがたいんだろうけど、知らないままだったら、ある日突然倒れて、『寿命』といういうことで片付けられたんだろうな、と思うと、そんなもんかもしれないとも思う。
それに、けっこうなレアケースと言われたけど、人間の体って精密機器の製品じゃないんだから、なんかこういう「ちょっと位置ずれてますねえ」くらいのことは、調べてないだけで、実はまあまあ、ある話なんじゃないのか?などと思ったりもして。
まあ、いろいろ考えてもしょうがないから、検査の結果を見てから心配することにした。
〜終わり