【Chocolate Kings】(1975) PFM イタリアから臨んだ遥かなる亜米利加
イタリアン・プログレって聴いたことがありますか?
コアなプログレのリスナーが本家英国勢を聴き漁ったあと、飽き足らなくなって次に進むのがユーロ圏のプログレ。イタリアはその一角です。私は20代の頃から幾度かユーロプログレに挑戦しましたが、あまりの沼の深さに何度も挫折(苦笑) 買い込んだCDはホコリを被った状態です…。
ただ唯一、このPFMだけはハマりました。
静と動の対比が英国プログレを思わせ、常軌を逸した超絶技巧、予測のつかないアレンジなど……欧州のバンドって凄いですね〜💦
この"Harlequin" では、優美な歌い出しから穏やかな時間が続くのかと思いきや、中盤から疾走する馬の如く驀進するパート。バイオリン、フルート、ムーグが咆哮していると、今度はめくるめく場面転換……まるで歌舞伎の早替わり。うむ、確かにこれは癖になります。
PFMならば叙情派の代表作【幻の映像】が人気ですが、私はハイパーな本作【チョコレート・キングス】が好きなんですよね。
PFMの正式名は、Premiata Forneria Marconi (プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)イタリア語で「賞賛されるパン屋のマルコーニ」という意味です。
地元国内では1972年にレコードデビュー。Emerson, Lake & Palmerのイタリア公演の前座を務めたことでグレッグ・レイクから才能を高く評価され、グレッグ主宰のマンティコア・レーベルと契約します。King Crimsonの専属作詞家ピート・シンフィールドによる英語詞でリテイクされた【幻の映像】(73年)で世界デビューを果たすと、英国勢に対抗するイタリアン・プログレの代表格として広く発信しました。
本作【チョコレート・キングス】は通算7枚目。英語詞のみでリリースされたPFM初のアルバムです。
本作から初のリード・ボーカルに同郷の元アクア・フラージレにいたベルナルド・ランゼッティ(vocal)を加えた6人編成。アメリカの大学を出たランゼッティはネイティブな英語が堪能とあって、世界進出を目指すPFMにとって適任だったようです。
ただ個人的には、ランゼッティの上ずった声質は少々耳障り。歌もクセが強く、他に人選はなかったのかという気はします…。
PFMの中ではもっともパワフルな作品と言っていい本作。エッジの立ったロック色を強めて演奏もかなりハードです。初期にあったイタリア叙情は後退しましたが、バンドがはっきりと世界進出=米国マーケットを狙った勝負作として、私は面白いアルバムだと思っています。
(アナログレコード探訪)
〜ジャケットと歌詞にみる痛烈な批判〜
そんなPFM、裏腹に本音では米国への露骨な批判が見て取れるのが本作の興味深いところです。表ジャケットでは星条旗を模した包み紙のチョコレートがひと噛りされていますが、そのあとは…
というオチ。明らかに米国の大量生産、大量消費の文化を茶化しているとしか思えないアートワークです。
もうひとつ、本国イタリア盤のジャケットはさらに辛辣。
太ったマリリン・モンローと思しき女性が、煙草を吸いながら娼婦さながらの姿で腰かけているというショッキングなイラスト。
イタリア人から見たアメリカの実態を比喩で表現したのでしょうが、批判というには露骨すぎますね。実際に本作は米国での評判は芳しくなかったようです。
シングルカットされたアッパーなタイトル曲 "Chocolate Kings" 。歌詞を当時のメンバーの発言と合わせて意訳すると、
「第2次世界大戦後、アメリカは我々をイタリアのファシズムから解放して、チョコレートを配ってくれた。が、同時に消費主義を植え付けた。今ではすっかり戦争兵器を売って生き延びているとはお気の毒。スーパーマンもファンを失っているよ」といった内容。
痛烈です。これで米国に打って出ようというのだから…無謀ですよね(苦笑)。
〜各国盤からみる伊ロック〜
PFMと言えばELPのマンティコア・レーベルのイメージですが、実際は完全な独占販売ではなかったようです。
写真は本国イタリア盤(81年の再発)。デビュー以来PFMが所属するヌメロ・ウノが発売していました。他にはスペイン、ブラジル、ベネズエラはRCAが発売。マンティコア側との協定があったのかもしれません。
このイタリア再発盤は、低音がゴリゴリ、音の太さに驚きました。原盤らしく生ギターの音色も新鮮。ただし全体に並列な音像なのが残念。遠近感に乏しいです。
一方、英国をはじめ主要国でWEAが配給したマンティコア盤。日本ではワーナー・パイオニアの発売です。伊盤に比べて軽いですが、高域が伸びて、奥行きある音像はプログレっぽい。私は好きですね。ヌメロ・ウノ原盤とマンティコア盤では、マスタリング技術の差を感じます。
最後に米国盤。私は手放したのでネットからの写真です。これが意外!何とご覧の通り、アサイラム発売なのです。
マンティコアの米国配給はアトランティック(73~75年)、モータウン(75~77年)なので、本作は順当ならばモータウン配給。しかし次作【ジェット・ラグ】(77年)までの2枚はアサイラムが契約していたのです。アサイラムと言えばイーグルス、ジャクソン・ブラウンでお馴染み西海岸サウンドの聖地。なにゆえプログレを??
創業者のデヴィッド・ゲフィンは既に社長を降りており、誰か営業職が興味本位で、或いは話題のユーロロックを見込んでPFMとサインしたのかもしれません。しかしながら、これ、肝心のレコードの音がまったくダメなんです。元気が無くこもった音でした(私が売った理由)。実は【幻の映像】の米国盤も音が酷かった。
日本ではキングレコードがユーロロックを積極的に紹介しましたが、米国に本格進出したバンドはごく少数。米国側でも大して力を入れていなかったように思います。金になる匂いは嗅ぎ取っていたかもしれませんが…。
PFMが目指した米国進出。彼等が思う以上に困難な道だったのだろうと今更ながら想像します。
本作の最後に収録の"Paper Charms" です。
オルガンとムーグ・シンセに包まれた荘厳なアレンジと曲調は、大作ながら一聴してゴスペルからの影響と分かります。彼等は確かに米国に憧れていたのでしょう。
私はこのアルバムは、イタリアン・ロックがアメリカ大陸に挑んだ最高得点だったと思います。目を瞑れば、遥か荒野を馬に乗ったガンマン達が決闘してる姿が思い浮かんでくるのです。本場の西部劇とはいきませんが、イタリア人が真似たマカロニ・ウエスタンのような味わいがあるんですよね。少し哀愁を漂わせるところも。