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【Shoot Out at the Fantasy Factory】(1973) Traffic マッスル・ショールズと合体したトラフィックの米国南部訪問

本作はトラフィックの6作目のアルバム。先ずはオープニング・トラックの表題曲 "Shoot Out at the Fantasy Factory" です。

英国ロックシーンの中でも、実験性のある高度な音楽で異彩を放っていたトラフィック。が、この曲、彼等にしては珍しく泥臭いロックンロールなんですよね。バックの演奏も安定かつ堅実。それもそのはず、本作のリズムセクションは米国マッスル・ショールズのスタジオミュージシャンなのです。
デヴィッド・フッド(bass)、ロジャー・ホーキンス(drums)を正式メンバーに迎え入れたトラフィック作品。彼等の米国志向を示す南部フレイバーな1枚でもあります。

大袈裟に言えばトラフィック・ミーツ・スワンプ・ロックとも呼べる本作。しかし紹介しておいて何ですが、私はそれ程好きではないのです(好きな人ゴメンナサイ)。ハッキリ言って冗長。傑作だった前作【The Low Spark of High Heeled Boys】(71年)にあったマジックは残念ながら感じられません。退屈なんですよね〜。

スティーヴ・ウィンウッドにとっても、前作のタイトル曲は特に自信作だったハズ。ゆっくり、ジワジワと盛り上がるジャズのセッションのような熱気をここでも再現しようとしたのでしょうが、今ひとつ冴えがない。そもそもウィンウッドとスワンプでは相性が悪い気がします。レコーディングはジャマイカ。ラテンの要素はあるけどレゲエをやってる訳でもない…ある意味で不可解な作品です。
ところがこの一連の動き、ドラム担当のジム・キャパルディの動向と深く繋がっていたのです。

前作では曲作りに加え、リードボーカルも披露して存在感を示したキャパルディ。スティーヴ・ウィンウッドが腹膜炎を患ってトラフィックの活動が一時休止になった事を機に、彼はソロ活動へ乗り出します。その1作目【Oh How We Danced】(72年)の録音が、米国アラバマ州マッスル・ショールズなのでした。

最近になって私はこのアルバムを知りましたが、作風はまさにサザン・ソウル風。南部らしいサウンドに、キャパルディ単独で書いた曲が予想外に良く出来た歌モノで、なかなかの好盤でした。泥臭さとの相性もバッチリ。きっとスワンプへの接近も彼の発案だったのでしょう。そして続く2作目はジャマイカ録音。
つまりこの時期のトラフィックは、ジム・キャパルディのソロと連動していたんですね。意外にもキーマンだったのかもしれません。

それにもう1つ、興味深い事実を見つけました。当時のトラフィック、1974年に幻の来日公演が予定されていたのをご存知でしょうか?
雑誌《レコードコレクターズ》1988年8月号に拠れば、東京公演が9月14日、18日、19日で中野サンプラザ、厚生年金会館、渋谷公会堂、16日が大阪厚生年金、17日京都会館、と日程まで決まっていたそうです。ところが直前になって中止になります。当時の音楽誌を調べてみると、その原因の1つがジム・キャパルディによる日本の捕鯨を批難する声明だったというのだから驚きます。

邦題【鯨肉讃歌】(74年)

それと関係するのでしょう。皮肉にも彼の2ndアルバムのタイトルは【Whale Meat Again】。"We'll meet again"と引っ掛けているようですが、私は英語が出来ないので、ネットの翻訳機能を使って表題曲の歌詞を読んでみたところ、やはり捕鯨問題に一石を投じる内容でした。

マッスル・ショールズのピート・カーが泣きのギターを聴かせるブルースナンバー。トロピカルなジャマイカらしさも光るアルバムの中でも異色な1曲です。
と、このようにトラフィックと言えば「ウィンウッドのバンド」のイメージですが、末期においては具体的な活動にまでジム・キャパルディの意向が強く反映されていた訳です。知られざる事実ではないでしょうか。


(アナログレコード探訪)

〜キングレコードの日本盤がオススメ〜

キングレコードの日本初期盤

この時代のトラフィックの日本盤は非常にシッカリした音です。本作も良音。やや浮わついた米国盤に対して、日本盤は低音がクッキリ鳴るのが分かります。レーベル面には英国盤の品番が記載。使用されたマスターの出所が想像できます。

Wikipediaによると、米国の初期盤のみフルレングスを収録、その他の盤はA-② "Roll Right Stones" が2分短く、B-③ "(Sometimes I Feel So) Uninspired" が15秒短く編集されているとのこと。念の為にストップウォッチを使ってこの2曲を米国盤、日本盤で計ってみましたが、ん?全く同じ長さでした。

米国アイランド・レコードの初期盤
90年代のCDのライナーから
2曲目"Roll Right Stones" が2分近く短い

が、見つけました。90年代のCDに編集バージョンが収録されていました。どこかのタイミングで差し替えられたようです。
その後、2003年のリマスター版からはフルレングスで統一され、現在は編集バージョンは貴重な音源のようです。


個人的にはちょっと締まりが無く、聴き流しがちな本作ですが、ラストの "(Sometimes I Feel So) Uninspired" は、ウィンウッドお得意のゴスペル風情が広がる聴きモノかもしれません。
この方はやはり、ルーツ音楽をまんま取り入れるのではなく、咀嚼して磨きをかけて生み落としていくタイプなのでしょう。洗練された大らかさが広がって、何処となくソロデビュー作【Steve Winwood 】(77年)の雰囲気を連想させる気がします。

同じ南部ルーツへのアプローチでも、ウィンウッドとキャパルディの資質の差が分かるこの時期のトラフィック。この後ツアーに出てライブ盤もリリースしますが、もう既に解散へのカウントダウンは始まっていたのかもしれません。

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