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#うみステ Ep5 観劇感想
うみねこのなく頃に ~Stage of the golden Witch~Episode5 を観劇してきました。
その感想だったり考察?だったりをまとめていきたいと思います。
結論から言えば
クオリティはEp4に引き続いて素晴らしいものであったと同時に、この物語を見て、誰かしらに感情移入して、世界に没入していくほど「私は一体何を見させられているんだ?」って気持ちになりました。
ぜひDVD買ってください皆々様。私は買いました。
あと3/2までなら配信で前楽の内容を見ることができるので、ぜひ見ていただきたい。
前提
原作履修状況
筆者は「うみねこのなく頃に」をEp8まで一応大昔に履修してます。正直薄らぼんやりしてるんで、Ep5がどんな内容だったか忘れてたレベルの状態です。
考察wikiなどは拝見させてもらってましたけど、自分の中でこれだー!みたいな確信的な考えは持っておらず、「そういう物語なんだ」っていう理解で終わっていた民です。
今Switchで再履修中だったりしますが、そっちはEp1見てる最中です。
アニメも一応履修済みです。
舞台履修状況
EP1, EP2 は配信で拝見しました。
EP3舞台化に伴い、推しこと加藤靖久さんがロノウェ役でご出演。ということが発表されたため、現地に行かねばとなり3回ほど観劇しました。
Ep4は全通しました。
Ep5は全日ソワレはいました。
その他
観劇が趣味の人間が書いてます。
感想に偏りがある可能性があります。全員に触れられているかと言われると触れられてない状態です。ロノウェ他なんかテンションがおかしい箇所があります。
舞台内の時系列を踏まえて思いついたことをつらつらと書いてます。全部に触れてはいません。
仮にも履修済みなので、先のエピソードでわかるようなこととかにも触れている可能性があります。そういうのが少しでもネタバレだと思うのであれば、この先を見るのは非推奨です。
脳死の感想
初日から千穐楽にかけて一気に良くなっていったように感じた
初日、結構やっぱり、んー、いや、声で違和感を覚えるところが多かったんですよね。
前回と役者さんが違うところもあるから、声が違うのは特に演劇ともなれば当たり前なんですが。そういう意味では、シエスタ410は後半めっちゃ本家や前作に寄せてくれている感じになって良かったなと思ってるし、ベアトリーチェ様も凄みとか含めて、段々ノッてきたなぁ!!思って、千穐楽のころにはほとんどそういったメタ的な違いについて意識しなくてもよくなっていったなと思ってます。
絵羽さんは、正直最初から全然気にならなかった。すげぇ。同じ声か?!って錯覚するくらいすごかった。というか、違和感を覚えなかった。すごい。すごいしか言えないくらいすごかった。
真里亞も全然気にならなかったから、すげぇな……って。次の機会の際にはぜひ、もっとキヒヒヒ笑いとか聞きたい()
今回のロノウェさん
まさかのお茶目要素が冒頭の「紅茶のおかわりはいかがですか?」からの「はい!」(他、はぁい♡、はぁあい!など多種多様なバリエーションありつつ、初日と千穐楽は真面目トーンな上で)のみなことにびっくりしました。Ep4までのおちゃめっぷり返して()
いやぷっくっく笑いとかちゃんと見れたけども!!
回を重ねるごとにロノウェの(というか加藤さんの?)熱量じわじわ上がっていってるのが見て取れたけど、前楽がピークで千穐楽落ち着いた感がありますね。
お辞儀も所作も立ち方もいつもいつも本当に美しいよなぁ……って思いながら凝視してます。足元をガン見してはその立ち方とてもかっこよいし美しいありがとうってなってます。助かる命がここにあります。
やっぱり、観劇の魔女達に声をかけるくだりが一番かっこよかったですね……。いやどこ切り取っても大概かっこいいんですが……。
OPで踊ってたり後半クライマックスで他の幻想組といっしょにフォーメーションダンス的なことしてたりするロノウェさん見てとてもとてもニマニマしました。Ep4 End me.でベアトリーチェお嬢様とか幻想組で踊ってるの見てるのとても好きだったから今回もありがとうございますの気持ちで拝見しました。
それはそれとして、私、ロノウェさんはベアトリーチェと大筋での感情は一致しているもんだとばっかり思ってたんだけど(主従関係があるから)今回はそういう感じじゃなさげですか?というか、どこまでが黄金の眠り姫を見てるあなたで、どこからがEp5駒のあなたなんですか?
OPでのダンスとか見てると、ベアトリーチェに同調っていうよりは、戦人と同調している感じなんですよね。
あと、ベアトリーチェが赤で絡め取られてるところで、前楽までは、そんなベアトリーチェに手を伸ばしたりしてたんだけど、千穐楽は初日と多分同じかな、手を伸ばさずに固唾をのんで見守っているんですよね。回ごとに感情は重なって思いは募って、その回毎の違うロノウェさんだったなぁと思ったりしてはいるんですが、そこを加味して精査したほうがいいのか、すると混乱するのかは割と毎回悩むところです。
「観劇の魔女諸賢!」って話をするくだり、あそこは上位世界?
あと、上位世界であろうと、ゲーム始まればゲーム中の駒と同一存在になる?そのあたりの扱いが未だにしっくりきてないですね……。ガァプが駒のベアトリーチェに対して「夏妃はゲームの駒よ!~~でもあんたは…!」って言ってるところとかの整理整頓ができてないんですよね~。
楽前のロノウェさん、書斎密室のところでベアトリーチェが残るところ、「ご武運を」って言いはしても礼はしないんですよね。でも千穐楽のロノウェさん、礼してるんですよね。なんかあるんかな……考えすぎ??ここ、それはそれとして、ガァプが残るのではなく、ベアトリーチェが残ることを選んだのって、実際どういう示唆なのかわからないんですよね~~~~。
あとこれは勘違いじゃないと思うんですけど、前半クライマックスで、コーネリアがぶっとばされるところの最後の結界の壁持ってたの多分ロノウェさんですよね??(その一つとなりがガァプだったからって思ってるんじゃが)違ったらごめんなさい🙇♀️
ベルンカステルとラムダデルタの怪演っぷりは素晴らしい
私このうみステで一番好きなのラムダデルタかもしれないということにEp5にして行き着くっていう。
なんか、ビジュアルとか声がかわいい!とか、他の方も含めて再現度が凄まじいっていうのはもちろんとしたうえで、なんだろうな……存在感がえぐい。
動きがかわいいし、飽きずにずっと見ていられるし、毎回、「え?そんな動きしながらそのセリフ出るの???」って思わずにはいられないし、カテコ込でずっとベルンカステルに執着してることのプロ意識も相まって。コメディ的な部分もしっかりがっつりやってるところとか含めてね……。
というかベルンカステルとラムダデルタの怪演っぷりがやっぱりえげつないし、ベルンカステルが静でい続けられるからこそ、動のラムダデルタが映えるみたいな部分もあるんだろうなぁと思ったりもした。
ベルンカステルに対しては将来的に同情はするだろうけど、キャラクターとして好きかどうかはまた別なんだよな……とはいえ、ラムダデルタとの息ぴったりの「ようこそ、10月5日の朝へ!」とかとても好きだし、「だって私もこのゲーム、楽しんでるんだもの」の高笑いはとてもとてもとても好きなんですよね。
脇でベルンカステルとラムダデルタでいちゃいちゃしてるところ、本当に回変わりで色々とイチャイチャしてたの、本当に細かくてすごいんだよな……そのキャラクターとしてその場にいるっていうか……。
古戸ヱリカは実際グッドだったんだよな
そのキャラクター性とか実在感は言わずもがなで大変素晴らしく、しかも長台詞えっぐって感じだったかと思うんですが、「殺陣」と「ベルンカステルとの同一感を思わせる仕草」が見えたところが何よりも良いなぁ……!!って思いました。
探偵の推理を定義する赤き真実の剣による殺陣が、短いシーンですけど、本当に本当に格好良くて、いやーーー本当に好きです。
ベルンカステルが、「自分の分身を登場させた」というだけあってか、ベルンカステルを主としつつ、ベルンカステルの動きを追うように移動してたり、ベルンカステルが高笑いするところで同じように笑いを堪えていたりとか、芝居の中で自分を操る上層の存在との同一性みたいなものを感じたんですよね……。とてもとても良い……。
性格が悪いとか心がないとかをしっかり振り切ってる一方で、そうなってしまった理由を匂わしてくるあたりはEp5の妙だったなと思うと同時に、どのキャラクターにも「完全な悪ではない」というか、「人間味」みたいな部分を出してくるあたりちょっとしたあざとさを感じもしました。
探偵でありつつ、3流ミステリーだと貶しながらも夏妃を犯人にしたいようにしか見えなかったり(これは大分ベルンカステルに寄ってるように見えちゃうからがある)複数犯の可能性を全く追う様子が無いあたりは、あくまで駒でありキャラクターだからかしらとも思ったりもしました。
ドラノール・A・ノックスとても凛々しかったし発音が完璧デス
戦人に相対する重厚感と、「甘くないとだめデス」のきゅーとさのギャップ可愛すぎるんだよなぁ。ずるくない??
キャラクターの喋り方とか立ち居振る舞いとか、すごいんだよな……キャストさん達に関しては本当にすごいしか言えないんだよな……。
戦人との会話聞いてると、ドラノールさん恋してない?恋する音してない?って見えるの本当に少女漫画フィルターが筆者に入っててよろしくない。というか、如何に戦人が人たらしかっていう話なのかとも思うんですが。
いわゆる「アイゼルネ・ユングフラウ」の皆様全般的に、「職務に忠実」なの本当に好感度高い。ありがたい。
部下のコーネリアとガートルードもかわいくない??
あとシンプルにButterflyだったり兼役だったり諸々してるのにコーネリアとして・ガートルードとしてそこに居るのえぐくない??
幻想組もいいよね今回……
心なしか熱いガァプ、すごくなんか、対等に近い目線でベアトリーチェを守ろうとしている感じがあって、とてもとても良いんだよな……。
源次に謝りつつ遺体隠すところとか、ベアトリーチェをあくまで守るために撤退を提案するところとか、良いよねぇ……。
ワルギリア様も終始ベアトリーチェの保護者してていいし、その保護対象に戦人が入ってるように思えるのも、より、良いんだよな……。奥手の若者の恋愛の話とかね……。
「夏妃は犯人ではない」の赤を託すときの手の動きとかとてもとても好きです。
いとこ組かわいいofかわいい
まさかの4人シーンが日替わりとは思わなかったけど、唯一の癒やしおもろかわいい要素なので、本当にありがたかったのなんのだって。
OP、蔵臼は途中からシャドーボクシングだったけど、千穐楽で朱志香もシャドーボクシングしてて、それが蔵臼とのタイミングぴったりあってるっていうところに、こう、親子を感じて良いな……ってなったんですよね……。
黄金郷での魔法による修飾の話のときとかも平和でかわいいんだよな……。
1年前の親族会議で、縁寿の姿は見えないけど、"いる"って演出がされているのとても良いし、それを霧江や留弗夫に面倒みさせればいいのに「ぼくが」って縁寿の面倒見ている譲治の兄貴まじでいい兄貴なんだよな……。
大人組のお金周りの話とかしんどい
お金大好きな大人の芝居って……汚いけどいいよな……。
あと、書斎密室のあとの、「金蔵さんならやりかねない」のくだりすごい好きなんだよな……。
統一して、「長男夫婦をどうにかして屈服させよう」みたいな強い意志を感じる。悪巧みって言っていたとおりに。
金蔵さん今回いい人というか、お茶目ですわね
千穐楽で「んぬぁつかしき……!」って言いつつラムダデルタから「やらない!って言ってるでしょ!」って言われてるところ、最後でていくときにスキップしてるのほんとうにおちゃめかわいいのでもっとやってくださいそういうの。
あと書斎密室を破るときの「あぁ、ダメだな。全然ダメだぜ!」を戦人とあわせるの、本当にマサミ・ベアトリーチェ卿はわかってらっしゃるんだから。あんなんかっこいいに決まってるんだからほんとに。
徹頭徹尾、夏妃をかばったり守る存在として今回はいるわけですが、そのあり方は高潔なように見えて、とても良いですわねって気持ちになりました。ああいうおじ様は好きです()
使用人組も今回良きなんだよなぁ
南條と熊沢結構重要じゃないですが、あり方が。
起きてこない源次をうきうきしながら呼びに行く熊沢とか、幻想法廷でわくわくしてる熊沢とかかわいくて好きなんだよな……。
全然関係ないけど、南條先生の深みのある声とても好きです。
郷田さんが唯一金蔵と会ったこと無いから、他のメンバーが口裏合わせようとしてるのに、郷田だけ「ボイラー室のはしごが!」って言っちゃったり、絵羽が「お父様の死を隠してるのよ!」って言ってるところで一人だけ「違う違う!知らないです!」って身振り手振りしてるの人間味~~~ってなる。
細かいところなんですけど、源次が蔵臼と夏妃に漂流者のことを伝えに言った時、蔵臼と夏妃が通り過ぎるまでずっと礼してて、2人が通り過ぎてから、頭を上げるのめっっっっっっちゃ執事としてできる人感あって好きなんですよね……ありがてぇってなってた。
ベアトリーチェ様の動きが軽やかになっておられて
所作からなにから、「黄金の魔女ベアトリーチェ」でおられて大変お美しかったですね……。
OPのダンスのところすごい好きなんだよな……ため息つくくらいには好きです……。
書斎脱出での駒としての動きとか、黄金郷でのあり方とか、なんか……すごくない????Ep4と演者さん変わられたのにここまでのクオリティに仕上げてきたの本当にやばくない???????
戦人の軽いスライディング地味た動きで移動するのかっこいいよな
「駒の俺はなんだか頭がいい」的なやり取りの中で、ベルンカステルが「引っ込んでてもらえる?」って言うときの手の動き真似してる戦人が地味に好きです。
あんだけ長く喋りながら今回殺陣やってるの本当にやばいんだよな……。
いやでも戦人~~~~~~……いや、あの、間抜けなというか、ノックス第二条に抵触する、人間が赤を使うっていうことをやって敗北してるくだりがあるわけですが、あれで負けてるのは発言権を得て、プレイヤーとして合流した戦人ってことでいいんですよね……??あれは正直、何回見ても直視できないんだよな……共感性羞恥というか、いやそんなことを考えられないくらいにいっぱいいっぱいだったってことだとは思うし、必死だったってことなんだとも思うけども、いやぁ……だからこそ遅くて、手遅れで、「悲しくも間抜けな物語」なんだろうけども、それは当事者ではない人間がとやかくどうこう言うべきではないこともわかってるんだけども……悔しいよねぇ…………。
前半で書斎の密室解くときの戦人ばちくそかっこいいのにね……でもあれは駒の戦人であって上位世界の戦人さんじゃない、んでしたっけ……??
the 少年漫画展開っていうべきか、激アツ展開というべきか。コーネリアへの「結界とやら、しっかり張れよ。あんた、ぶっ飛ぶぜ?」ってかっこよすぎるんだよなぁ!!!本当によぉ!!!!
色々と考察
19年前の男、声加工されてるけど川隅美慎さんじゃね?
他にもTLで同様のご意見が散見されてて、ほっとしたというかなんというか。
ただこれは、ゲームで、小野大輔さんが声優をされていたっていう前提知識があるせいでそう聞こえてしまっているっていうのはあるのかもしれない。
川隅美慎さんじゃなかったとしても、結果的に戦人風に聞こえるっていう部分は、そのままで良いんだろうなとも思っています。
「戦人風に聞こえる」と「戦人が喋っている」は同義ではない一方、じゃあ「戦人以外に戦人っぽく喋ることのある人って誰?」みたいに考えることはできますし。
そう考えると本当に、前エピソードまでで、ベアトリーチェが時折男性口調になってたり、「全然ダメだ」の口調を使ってたりしてるのは、上手いなぁって思う部分でもあり。
屋敷の外にいて、戦人が黄金を見つけるときに一役買った金蔵は誰?
というか何?
黄金の場所に気づいたっていう一種の天啓を表したものであって、金蔵はそこにはいなかった?
ヱリカが見てないのもあって余計にそう思う。
金蔵を示すような、金蔵に似た何かがいた?
金蔵を継いだ何者かが居た?
この金蔵は、夏妃の幻想としての金蔵と同一?別物?
Ep5における"六軒島内で事件に巻き込まれる戦人"は、徹頭徹尾ラムダデルタ/ベルンカステルが操っている駒である
で、良いんだよな……?
今回は探偵役が別で存在しているから、ラムダデルタが操作しているのか、探偵役ポジションであることには変わりがないからベルンカステルが操作しているのか
というかGMが操る駒とゲストが操る駒の分別がわかりづらくね?って気持ちになる。チェスや将棋のようにそれぞれ誰が操るのかを決められる決まっているならわかりやすいけど、そういう明示は無い認識だし。
あと、GMとゲストが魔女なのかニンゲンなのかでも、「ルールの理解度」「魔女にはできてニンゲンにはできないこと」「ニンゲンには開示されていないけど魔女はあたりまえに知っているルールがある」とかの差があってわかりづらいんですよね……。
前半終盤でかっこよくベアトリーチェを書斎から脱出させる戦人って、どっちが操作してるんだろうね。
「駒の俺は頭がいい」って戦人に言わせてるからそういうこともできるよねって話ではありますが。
メタ世界に出てきてドラノールと会話をしている"駒の戦人"であって、Ep4までを戦った戦人ではない可能性。
駒の夏妃やベアトリーチェをメタ世界に呼べる
戦人は幻想法廷が終わるまで発言権は無い
って理由で、そういうことも在りうるよなぁというところではあります。じゃあ、どこからがEp4までを戦った戦人なんだよっていう部分の切り分けはもう少し考えないといけないなぁと。
ドラノールに剣を突き立てられたのは、Ep4までを戦った戦人なのか駒の戦人なのか。
身体に剣を突き立てられていただけであって、魂と呼べる何かが最終盤で思考を重ねた末に真相に行き着いたっていうだけなのかな。深く考えすぎかな
駒であるベアトリーチェには赤は使えない?
「ニンゲン風情が!」ってヱリカのことあれこれ言ってたけど、このEp5において、ベアトリーチェが赤を使ったの見たこと無いんだよな。あれは、GMがベアトリーチェではないから?
後半に戦人が行き着く「犯人側も魔法は使っちゃいけない/使ってはいないはず」部分に重なってくるのかしら。つまりは、犯人、ベアトリーチェは魔女ではなく人間であると。
この駒のベアトリーチェは、「戦人ともう一度戦うと、誓ったのに」とか言ってるけど、これが余計わからないんだよなぁ。
いままでのEpを踏まえて、ラムダデルタが修飾して言わせてるのかね。
んでベルンカステルは後半で「いいシナリオ。やっぱりお姫様の処刑にはナイトが駆けつけないとね」って言ってるから、そういう王道みたいな部分をもたせつつ、それを最終的に潰す。っていうのがベルンカステルの好みなんじゃろうなと邪推すると、個人的には「ラムダが言わせてる」は納得できる。
そもそも駒って、GMやゲストが操作しなかったら、自律的に「そのキャラクターとして自然な動き」をするもんなんでしたっけ?これはベアトリーチェに限った話ではなく。そこは再確認しないといけないかもなぁ。
どうしてゲスト側のベルンカステルは赤が使える?
私これ一番ひっかかってるんですよね。上位世界の魔女だから?
自分がクトゥルフ神話TRPGをよく遊ぶ人間だからこそ、GMとPLとの関係値だったりとかで色々と思う節があるんだろうなとは思っているんですけども。
PLが勝手に自分の推論や得た情報を踏まえた考察を、物語における公式情報として定義するのは良くない。と思っているので。そこは、GMが定義すべきだと思っているからこそ、ベルンカステルが赤で定義するって、なんなんだろうなって。
シュレディンガーの猫箱の物語を理解した上で語るからこそ、赤字の「証拠も証明も必要ない」は説得力があるのであって、ゲスト/PL、がどうしてそれを定義できるのか?PC/駒の捜査に誤りや抜け漏れがあれば、その赤に意味はなくなるのに。
無論、探偵として得た情報を踏まえて「赤で定義できます」っていう物語中で定義されたものがこの世界におけるルールなのであれば、そうですか。の気持ちではあるんですが。
その部分が、一番私にとっては not for me. なんだろうなと思います。
ラムダデルタが下地をつくり、これまでの話や他のカケラでの情報を踏まえて、ベルンカステルが「自分が楽しい解釈で」紡いだのがEp5っていうように見えちゃってるんだよなぁ。んで、ベルンカステルによる解釈をラムダデルタが許容しているからこそ、ベルンカステルが赤字を使えてるってことなのかなぁ。
黒幕と探偵の共犯関係、じゃないけど。
その点むしろ駒としての古戸ヱリカは、都合よく利用された感あるなぁ。
自分の分身、自分の娘、とベルンカステルは言うけど、つまりというか、やっぱりベルンカステルって夢女子なん?って思ったとかなんとか。
ベアトリーチェ目線の真実が公にならないという意味では、ベアトリーチェを守ることもできているっていうのは、ラムダデルタが世渡り上手なのかしらという気持ちにもなりますね。
古戸ヱリカは紗音と嘉音を同時刻に同じ場所で目撃していない。(幻想法廷は除く)
冒頭、ヱリカが夏妃を犯人だと告発するところ、現地で見てると画角の関係で全然そう見えなかったけど、配信で見たら一発でしたねここ。南條が露骨に紗音に重なってて、ヱリカからの視界に紗音と嘉音が同時に入らないようにしてる。
この場にいる人数が島の全員だっていう提示がされるところも、ヱリカには紗音と嘉音が同時に存在してるようには見えてないんですよね。事情聴取もそう。それ以外の探索時のシーンとかは、ずっと交互に出てるし。
これ、ヱリカ以外、厳密に言えば、ゲストハウスに居た人たちの中で、紗音と嘉音を同時刻に同じ場所で目撃している人っているんかな。熊沢と南條以外で。除外している理由は金蔵の死についての共犯関係にあるから。
Ep3では千穐楽に嘉音がいたはずのところにいなかったり、Ep4でも嘉音の名を継承したとかっていう話が出たりなどなど、2人についてめちゃくちゃ怪しまれていたわけですが、今回いよいよ持って露骨っていうレベルでそうなってるんですよな。
金蔵の死を認識しているのが、蔵臼、夏妃、源次、紗音、嘉音、南條、熊沢であるとして
夏妃と金蔵が薔薇庭園で話をしているとき、「蔵臼が胃痛で~」の話の部分で、嘉音だけが金蔵の話にあわせるようにして、舞台上の蔵臼のほう見てるのがすっっっっっっっっっっごく気になっている私がいます。各キャラクターの感情とか動きは、かなりお芝居に反映されているように思えることを踏まえても、金蔵と嘉音が同一みたいな匂わせってこと?みたいな気持ちになったりしたとかなんとか。
一方で、Ep4の中で、嘉音という名前が誰かに継承された可能性 について言及されてたり、金蔵がゲーム開始時点ですでに死亡しているっていう前提があるので、金蔵に成り代わっている誰か=嘉音に成り代わっている誰か=?みたいな感じにつなげることは可能なのかしらっていうところはちょっと考えますねやっぱり。
加えて、前述で紗音と嘉音が同時刻に同じ場所に存在できない可能性がある上、「夏妃が秋が好きだとしっている人物が紗音だけ」であることが、夏妃が言いつつなぜか赤字で宣言されている(ラムダデルタが改めて復唱したけど描写上割愛されているのかな)ことを踏まえると、金蔵に成り代わっている誰か=嘉音に成り代わっている誰か=紗音=19年前に夏妃に殺された子ども?っていう部分を繋げられなくはない、のかなと。
OPでも、金蔵の書斎で源次と紗音・嘉音がお辞儀したあと、源次からのアイコンタクトじゃなくて、紗音(ちょっと遅れてるけど嘉音もかな)からのアイコンタクトなんですよね。普通、何か意図して目線を送るとなったら、源次から先に視線を送って、それを受け取る、みたいな形になるんじゃないのかなと思うんですが、逆なんだよなぁ。
金蔵の死を隠匿しているという点においては共犯だけど、その後の犯行においてまで共犯かはわからない。って言う点は結構みそだなぁと思ってます。
遺体が消えた件
夏妃の行動はどう見ても他のやつらを引き連れて移動している間に、他の人に遺体移動させようとしてる、みたいにしか見えないのが本当にね、なんでしょうね。
蔵臼が運んでる?
源次って、赤で宣言されるまでの間生きてた説無い?
だって、確認したの熊沢と嘉音だけで、みんなで死んだの確認してなくない?
ただ、これがベアトリーチェの犯行ではないとして、そこで共謀して嘘つく意味はあるのかな。整頓が必要なんだよなぁここも。
遺体があることを古戸ヱリカ込でちゃんと見てる?
そのシーンが描写されていないだけで、ちゃんと見てるのかな……。じゃないと、ベルンカステルが赤で宣言できないし。
赤き探偵宣言に逆らうことはできない。っていうのは、南條の検視結果に対しても保証されるなら、南條が殺しに対しての共犯って無くなっちゃうんだよな。
あと、この赤き探偵宣言って、Ep1~4までの間の戦人に適応されてるんでしたっけか。
手紙とノック音の件
手紙が置いてあったのではなく、最初から嘉音が手紙を持っていて食堂にいたメンバーに開示した。だったら何の問題も無いんだよな多分。
加えて、ノックがあったっていうのは、食堂にいた人間が見た描写でしかないから、元々遺産の関係で結託していた絵羽、秀吉、留弗夫、霧江、楼座と、黄金を見つけた戦人、使用人の紗音、嘉音が口裏をあわせてノックがあったと主張するだけで、列挙された赤に矛盾はしないんだよな。
同時に、紗音と嘉音が同じ場所にいたということも、その全員が口裏をあわせるならば問題が無い。
紗音=嘉音=金蔵ってことになるなら、Ep4で食堂にいた大人が2人が同時に存在していることを認識しているのは不自然じゃないんだよな。金蔵の姿を全員が認識している=全員が金蔵の死を認識したってことだと思うし。ただ、その事実を認識した郷田や熊沢がとんでもない目にあいつつその事実をいとこ組に共有しないこととかは、戦人以外が口裏をあわせるみたいだって話に通ずるのかしら。
事件発生が24時~1時の間なら
どうしていとこ部屋に戻った戦人は彼らを死体だと認識してないのか。魔法陣も無かったと思ったけども。
部屋が暗いままベッドにもぐって、音による反応が無いから気が付かなかった?
でも匂いは?首を斬られた出血多量で死んでいるなら何かしらの血の匂いはしたっておかしくないのでは?
そもそもあの時間帯に死体は無かった?
でも3時以降戦人は就寝し、不審な物音などはしていないことをヱリカが証明している以上、死体を置くなどはできない。し、そういった考察は無意味?
戦人は犯人の共犯者?
秀吉はどうやって殺された?
秀吉の殺害については特に言及されてないんですよね。
夏妃が部屋に入る前から、何者かが潜んでいて、秀吉がやってきた後に殺害。再び部屋に隠れつつ、みんながやってきたタイミングでどさくさに紛れてみんなと合流した、とかできそうなもんだけど。
一方、夏妃の主観でしか無いから、19年前の男から脅されて秀吉を殺すまでやった。っていうなら、簡単ではある。
そもそも「なんやあいとったんかいな」って秀吉は言いながら入るけど、鍵かかってると思って訪れてるのはなんで?とかは割と気になるところ。
最後の「全然ダメだぜ」がどれにかかってるのか
このあと真相に至る戦人だからこそ、黄金の光をまとって、夏妃が犯人ではないという方向で手を差し伸べているっていう演出表現なのかしら。
それとも、Ep5においては、戦人も犯人ないし共犯者であり、「夏妃をまだ許せない」という意味で「ダメだ」って言っているのか。
19年前の夏妃に対してその黒幕っぽい男が手を掴むのと同時にやるんじゃないよっていうね。
このシチュエーションになるのって、Ep4で、「右代宮戦人は明日夢の息子ではない」とか「右代宮戦人は金蔵の孫ではある」とか描かれているからこそ、19年前の男は右代宮戦人なのでは?っていう風に思えるような、疑えるような感じなのかなぁと思ったりもしますが。
とはいえ、「戦人くんはすべてのゲームにおいて犯人ではない」って赤字で定義されているわけですが、この犯人って、黒幕のみをさすんですかね。共犯者は示さない?
ボトルメールの作者の解釈が含まれるなら
Why done it には意味は無いのではないだろうか。
Ep5 の中で、 Who done it, How done it, Why done itの話が出てから、ずっと考えてるんですよね。
自分語りで恐縮ではありますが、CoCで遊んでいて物語の考察をする際に、私は Why done itを一番重要視しています。CoCの世界には怪異や魔術が存在しており、特に「どのように」は、犯人特定の根拠になりえないと私は考えているから。「ロード・エルメロイ二世の事件簿」とかから著しく影響を受けている気がします。
この「うみねこのなく頃に」に関しては、六軒島というクローズド・サークルの中で起き、全員が死んでいる。縁寿を除いて。(絵羽が生き残ってる云々はどこまでが正しいのかわかりかねています)
右代宮家という金持ち一族の謎の集団死亡事件は、そりゃゴシップにしてもオカルト掲示板にしても面白おかしく書き立てるだろう。2000年代だったなら、ホラー系Youtuberが話題にあげてたりしてもおかしくないかもしれない。クラスの同級生を自称する人、同僚、近所の人、多種多様な人達が「彼ら彼女らはあんな人だった」って語ったりもするかもしれない。そういった話から妄想を掻き立てられて、ひとつの物語として書き起こされるものが、様々なepisodeなのだとして、そこに、「全員が死んだ」という事実以上の何かを見出すことができるのだろうか、と。
ともすれば、別のepisodeから着想を受けて書き起こされたepisodeもあったかもしれない。
そうしていくうちに、本来の実体とはかけ離れて、右代宮家の人物像が固められていってしまうのではないだろうか、とか。
episode ごとの Why done it には意味はあるでしょうが、episode ごとの共通点を固めたところで、全体を通した Why done it にはなり得ないのではないか。ボトルメールの作者ごとに解釈が違うから。
観劇/観測した読者がそれを気に入れば、読者の中での真実にはなりうるというだけで、事実以上のものにはならないのではないだろうか。読者が作品を、キャラクターを愛するからこそ、真実とされるだけなのではないだろうか。
なぜなら、後世に「生き残った人物が存在しない」から。
また、生き残った人物がいたとして、その人物の主観が入った真実が語られるのみであり、それを 読者が not for me というならそれで終わりだから。
その点、Whyだけじゃなくて、 Who も How も意味はないんでしょうね。って思ってしまうのは、私に愛が無いからでしょうかね……。
ただ、この視点は「うみねこのなく頃に」の物語中において、「六軒島において、大量殺人事件があった」というニュースを見ている一般モブのものなので、「それらの世界観すべてをフィクションとして見た場合」には、また違う見方、考え方をしないといけないんだろうなとも思いました。
終わりに
一旦書き起こしたので、配信見返したり、ゲームを進めたりしようかと思います。なんかひらめいたら追記するかもしれない。
改めてEp6決定おめでとうございます!
9月は予定開けておきます( ˘ω˘)
過去感想
Ep3 の感想はこちら
https://note.com/krey_kk/n/n9252d0ce36b1
Ep4 の感想はこちら
https://note.com/krey_kk/n/n8a454e6008fa
https://note.com/krey_kk/n/n2a950f14e0a3