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燃えなかった貞女の仏画_現代人のための仏教説話50

河内国石川郡(大阪府南河内郡)の八多寺に阿弥陀仏の絵がお祭りされている。この絵について、里の人は次のような由来を話してくれた。

昔、この寺の近くに大変賢く、志操堅固な女性がいた。名前は伝わっていない。この女の夫が死に臨んだ時、女は阿弥陀仏に帰依(信じきること)する心を一層強くして、仏像をお造りしようと願をかけたのだが、貧しくて実現できなかった。

長い年月がたった。その間、女は秋になるとあちこちの田圃の落穂を拾い集め、それを金に換えてコツコツと蓄え続けた。そして、金のかかる仏像に代えてせめて阿弥陀仏の画像をお供えしようと絵師を招いて書いてもらい、亡き夫の霊に画像を供えた。

夫の後生を思う女の姿に接した絵師は感動し、女ともども自分も画像を供えようと発心し、彩色豊かな仏画を完成させ、僧をはじめ参集者に食事を出して法会を営んだ。女は画像を金堂に安置し、絶えず礼拝を欠かさなかった。

その後ある時、こともあろうに盗人が寺に火を放ち、寺は全焼してしまった。ところが、すべてが焼け尽くされてしまった中で、女が祭った画像だけはいささかの損傷もなく美しく残っていた。女の信心の篤さに諸仏が力を貸し、画像を守ったのである。画賛には、「なんと立派な貞婦であろうことよ。あなたは亡くなった夫の恩に報いるべく、落穂を拾って画像を祭り、法会を営まれた。夫を思う気持ちがいかに篤かが窺い知れる。燃え盛る炎の中にあっても、画像は燃えなかった。これは諸仏があなたの気持ちに感じてお守りくださったものである。これは論ずるまでもないことだ」と評されている。 

〔日本霊異記・上巻第三十三〕

【管見蛇足】夫婦は互いに感謝の心をもつべし

 亡き夫を慕ってやまない貞女の話で、こんな妻こそもちたいものである。それはともかく、夫婦は仲良くすることだ。それには、互いに相手に多くを求めないことではないか。
「理想の夫、理想の妻を得ようとするから失望するのだ。凡夫と凡婦が結婚するのである」(亀井勝一郎)。特に男は妻に感謝したほうがよい。「妻は、若い夫にとっては女主人であり、中年の夫にとっては友であり、老年の夫にとっては看護婦である」(ベーコン)と言う者もいる。しかし、「もし君が良い妻をもてば幸福になるだろう。もし悪い妻をもてば、哲学者になれるだろう」(ソクラテス)という者もいる。哲学者にはなりたくないものだ。

仏教説話50 表紙仮画像

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