Chapter 30 of the book "The Gandhi Story"
※以下の文章は、上記の本を私が翻訳・要約した日本語記事です。
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ヒンドゥー教とイスラム教
ガンディーが刑務所を出所したのは、1944年だった。翌年、イギリスは、インドを独立させなければならないということは、もう分かったと言った。
ガンディーは、インドの人々に抗議をやめるように言った。そして、約10万の人々が刑務所から釈放された。それはいいニュースだった。しかし、大きな問題が残っていた。
インドは、ヒンドゥー教とイスラム教が共存する国だった。インドには300万の人々が住んでいて、そのうちの80万人がイスラム教徒だった。イスラム教徒たちは、自分の国を持ちたいと考えていた。
ガンディーは、イスラム教の指導者のムハンマド・アリー・ジンナーに手紙を書き始めた。ガンディーは、2つの国を作ることは危険すぎると、彼宛ての手紙に書いた。
ガンディーとジンナーは、一緒に話をする機会をよく持つようになった。ガンディーは、ジンナーの考えを変えるためベストを尽くした。ガンディーは、もし2つの国を作ったなら、ひどい内乱が起き、何百という人々が家を失うだろうと言った。
ガンディーは自分の人生を、インドをひとつにするために捧げていた。彼は、イスラム教徒にもたくさんの友達がいた。だから、一緒にインドに住めばいい、一緒に働けばいいと思っていた。2つの国を作るという考えに、ガンディーは悩んでいた。
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