「アフリカの夜」⑰フランス料理とマックポテト

「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」

坂元裕二「カルテット」第3話より

カルテットでこのセリフを聞いたとき、思い出したこと。
それは、泣きながらマックポテトを食べる有香のシーンだった。

有香にとって、鶴亀屋の羊羹のCMは、夢が現実になるための大きな一歩だった。そのCMのギャラで、有香は礼太郎にごちそうすることに。

有香「もし、なんか約束が入ってるんだったら、全然別にいいんだけど……」
礼太郎「いや、約束なんかないよ。で、なに?焼き肉、お好み焼き?」
有香「フランス料理!」

大石静「アフリカの夜」第7話

いつ出て来るかも分からない礼太郎を、ビルの玄関で待ち伏せしていた有香。携帯電話で連絡しなかったのはなぜか?電話で話したら、別れ話になりそうで怖かったのか?お金が入った時、思い立ってすぐ行動したのか?

いつもは庶民の店で食事するふたりが、フランス料理。大事な仕事でもらったお金だったから、そんな使い方したかったのかな。しかし、これがミスチョイス。有香にとって、礼太郎との距離を感じてしまう結果となる。

ソムリエ「お食事の前に、何かお飲み物はいかがでしょうか?」
有香「(?)……ん、じゃあ、とりあえず、ビール!」
ソムリエ「(アッ)……」
礼太郎「……僕もビール」
ソムリエ「かしこまりました」
と、去る。

大石静「アフリカの夜」第7話より

私は有香と同じ感覚だから、ビールって言っちゃいそう。こういう店では「お上りさんが来た」(え!?お上りさんって今も使うのかな?)と思われるんだね。
ここでグッとくるのは礼太郎。礼太郎の実家は金持ちで、小さい頃からこの店に何度も来ている。もちろん、これまでアペリティフでビールを注文したことはないだろう。でも「……僕もビール」。この時の佐藤浩市さんが、少し困ったような、でも、有香に対するいたわりもあるなんとも言えない表情でとてもいい。

なんと、よりにもよって、そこに緑がご学友とやってくる。

緑「こちらは、兄のお友達の相沢さん」
友達1,2「ごきげんよう」
有香「あ、初めまして」
と、立った途端、テーブルのフォークが落ちる。
有香「アッ!?」
客たちが、有香の方を見る。
有香、落ちたフォークを拾う。
緑「拾わないのがマナーよ」
有香「……」
礼太郎「いいじゃないか。落とした物は拾う。それが人間の自然な行動だよ」

大石静「アフリカの夜」第7話より

有香がしゃがんでフォークを探している時に、立っている緑が上から「拾わないのがマナーよ」と言い放つ。
さっきのソムリエの微妙な表情では何も気付かなかった有香だが、さすがに、緑のこのセリフには傷つく。礼太郎と自分の身分の違いを突きつけられる。
礼太郎は上流階級で育ったにもかかわらず、「落とした物は拾う」こういう当たり前の感覚を持ち続けらている。逆に言ったら、そうだから、実家から出て、ひとりで生きてきたのだろう。この一言で有香は救われる。

緑のテーブル。
ソムリエが緑にワインリストを出し。
ソムリエ「食前酒は何にいたしましょう?」
緑「私(わたくし)は……キールロワイヤル」
友達1「私はシェリーを」
友達2「私も」

大石静「アフリカの夜」第7話より

有香の行動と対比させるように緑のお嬢っぷりが描かれる。ん?この時、緑は浪人生だから18歳(未成年!?)か。

緑、有香を見ている。
有香、メニューを見て困っている。
礼太郎「……」
ギャルソン「よろしければ、本日、フランス直輸入の野ウサギが入っておりますが」
有香「(エッ)……!?ウサギって、このウサギ?」
ギャルソン「はい」
有香「ヘー!?」
礼太郎「ウサギは今日は結構です」
有香「ねえ、スパゲティーってないの?」
ギャルソン「(ギョッ!?)申し訳ございません。本日、あいにく切らしております」
礼太郎「コースにしよう」
有香「うん」
礼太郎「このコースを二つと、ワインは適当に、安くて美味しいやつ」
有香「(慣れた礼太郎を見て)……」
ギャルソン「かしこまりました」
有香「ねえ!?コースにウサギ入ってないよね?」
ギャルソン「大丈夫でございます」
礼太郎「……」
有香「……」
有香の様子を見ている緑。

大石静「アフリカの夜」第7話より

この場面、緑が見ていることで、視聴者は余計にハラハラする。スパゲティーって言ったら、また緑からバカにされるよって心配してしまう。野ウサギに驚く有香も、コースに野ウサギが入ってないか聞く有香も、かわいいヤツなのだが。
そんな有香を優しくフォロする礼太郎。しかし、フランス料理店の注文の仕方に慣れている礼太郎を見て、有香は距離を感じてしまう。有香は礼太郎と別れるかもしれないと不安なタイミングだったから、このシーンは余計に切ない。

有香が礼太郎に距離を感じた後は、また距離が近くなる場面。

有香「アタシが子どもの頃はさ、デパートの食堂で、エビフライにハンバーグのデラックスランチが最高のごちそうだった。半年に一回くらいだけどさ。お寿司だって、開店するものだって思ってたし。だけど、レ~タは小さい頃から、あんな店、行ってたんだね?」
礼太郎「俺だって子どもの頃は、エビフライやハンバーグが好きだったよ。寿司屋のカウンターで、雲丹なんか注文してるガキ見たら、蹴飛ばしたくなるじゃないか」
有香「レ~タとアタシが初めてデートしたの、どこだが覚えてる?管理人さんの名前も忘れちゃうくらいだから、アタシとデートした場所なんか、覚えてるわけないか……」
礼太郎「焼き鳥屋。新橋のガード下の」
有香「……」
礼太郎「煙がすごくてさ、みんな泣きながら焼き鳥食べてる店」

大石静「アフリカの夜」第7話より

ちゃんと覚えてくれていたんだ、思い出の店!かつて有香が八重子に話したように、有香にとって大切な思い出。
距離を感じさせた後、距離を縮める。緊張と弛緩。

そして、泣きながらポテトの場面。

礼太郎「どうしよっか、もいっけん行く?」
有香「アタシ明日朝早いから」
礼太郎「そっか、じゃあ、まだ今度電話するよ」
有香「うん。じゃあね」
礼太郎「じゃあ」
有香、ひとり去って行く。

○ハンバーガーショップ・外(夜)
有香、持ち帰りの紙袋を提げ、出て来る。

○タクシーの車内(夜)
後部座席で、泣きながらポテトを食べる有香。
有香「……」
有香、堪えきれず、嗚咽。

大石静「アフリカの夜」第7話より

フランス料理の後のマックポテト。
恋人の誘いを断ってのマックポテト。
ただ泣くんじゃない、マックポテトを食べながら泣くんだ。

フランス料理店の一連のシーン、切なすぎて見られない。グッと胸が締め付けられる。「アフリカの夜」の後半は、こういうシーンが多い。


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