「アフリカの夜」⑭狂気、火野史郎

ドラマ「アフリカの夜」。八重子と礼太郎による大人の恋愛話が軸なのだろうが、そう思えないほど要素が詰まっている。

八重子のバカ女カタログ女時代の象徴、それは元婚約者の火野史郎。松重豊さんが、狂っていながら、人間らしく、憎めない火野史郎を演じている。

出所してすぐ、八重子に復縁を迫るが、きっぱりと断られる。

1話のラストシーンで、雨の中、懲りもせず復縁を迫りにアフリカへ来る。

史郎、礼太郎と有香の前を通り、八重子に向かって、ゆっくり歩き出す。
史郎「(ブツブツひとり言のように言っている)俺は無実だ」
八重子「……!!(金縛りのようになって動けない)」
一同、史郎にただならぬ気配を感じる。
史郎、突然、速度を上げて、八重子に向かって突進する。
史郎「俺のどこがいけないんだーー!俺は会社のためにやったんだ!お前は俺のもんだー!俺のもんだー!」
八重子「(恐怖で声がでない)」
緑「(なぜか八重子の代わりに叫ぶ)キャーー!」
八重子「(階段の上に逃げようとして足を滑らせ、階段に手をつく)あっ」
その時、礼太郎が、八重子と史郎の間に走り込む。
有香「レ~タ」
緑「……!?」
史郎「誰だ!どけっ!」
礼太郎「(八重子の前に立ちふさがったまま、動かない)イヤがってますよ、彼女」
史郎「どけ!どけって言ってんだ!(叫びながら、礼太郎につかみかかる)」
もみ合う礼太郎と史郎。
礼太郎、史郎を突き放す。と、史郎、よろめいて、外まで転がり出る。
エキセントリックな割には、意外とヤワな史郎。
史郎「(立ち上がり)覚えてろよ。お前は俺から逃げられないからな(走り去る)」

大石静「アフリカの夜」第2話より

こんな人が居たら怖すぎるのに、なんだかおかしいのは、なぜか。

①関係のない緑が「キャー」と叫ぶ
普通なら、八重子がキャーという場面で、違う人が言う。しかも全然関係ない人が飄々と。これは、「はずす」だけじゃなく、トリックスターの緑が言うことで面白く変わる。誰が言うかが大事。


②八重子と礼太郎の再開という大切な場面で、敢えて史郎。
ここは、要素がてんこ盛りでヒートアップする場面。8年越しの再開に邪魔が入る。衝撃的な再開となる。
そして、有香が「レ~タ」と呼んでいるのを見て、緑が礼太郎と有香が付き合っていることを知る。史郎のストーカーがメインになりそうなものだが、そうはさせない大石マジック。
→ヒートアップする場面には、要素をたくさん絡ませる!

③「エキセントリック」な割には、意外とヤワな史郎、の描写。
エキセントリック=風変わり
松重さんの身長に奇異な感じをまとわせたらコワイはずなのに、そこに「意外とヤワ」要素を入れる。外すテク。

その後も史郎は、八重子を探して丸ちゃんに訪れたり、あけぼの塾の周りをうろついたりする。借り保釈中だったので、ストーカー行為で留置所に入れられるが、逃亡。このシーンも、印象的。

○留置書・面会室・中(夜)
弁護士と面会する史郎。
弁護士「もう一度お聞きします。平成九年の十二月十三日、その日何したか、覚えていますか?」
史郎「(壁に飾ってあるバラの絵を見ている)……」

○あの日・あの時~史郎の回想
教会でウエディングドレスを着た八重子が笑っている。

○留置所・廊下・中(夜)
警察官がドアをノックする。返事がない。
警察官がドアを開ける。

○同・面会室・中(夜)
弁護士が倒れている。
窓は開き、カーテンが揺れている。

大石静「アフリカの夜」第6話より

バラの絵を見ているシーンから、回想を挟んで、弁護士が倒れている、しかも、窓が開いてカーテンが揺れている、という流れ。映像で分かる。しかも、バラの絵が、何とも言えず不気味。

しばらく逃走しているが、6話の終わりで、あけぼの塾に現れる。

○あけぼの塾・廊下
一歩一歩歩く史郎、黄色いバラ一本を手にして。
靴音が響く。
階段を上ってくる有香。
有香が見る史郎の背中。
有香「……」
史郎が角を曲がる。
有香「……」

大石静「アフリカの夜」第6話より

ここ、ひやっとする。
黄色いバラを持っているところが、異常。そして、ここで、留置所の絵のバラに意味があったことが判明する。第7話のトップシーンで、講義中の八重子の教室に、火野史郎が侵入してくる!

史郎、バラを手に八重子に向かって歩く。
史郎「八重子の好きな黄色いバラだよ」
八重子「……」
と、史郎に近づき。
八重子「(きっぱりと)授業中です。外に出てください」
史郎、黄色いバラを力なく落とすと同時に、胸ポケットから斧を出し、近くの女生徒を捕まえ、首に斧を付ける。
八重子「……!?」
女生徒「キャー!!!」
教室内は騒然とする。
史郎「静かにしろ!……八重子、僕と一緒に死んでくれ……じゃなきゃ、この子を殺す」
八重子「その子を放して!」
史郎「八重子、僕と死んでくれ!」
八重子「……その子を放して……」

大石静「アフリカの夜」第7話より

バラの話から入るのが、ヤバくてコワイ奴。
更にヤバくなる史郎。

史郎「新婚旅行行こ。今からバルセロナに行こう。僕と、バルセロナに……ピカソ美術館はいいぞ。ピカソの闘牛士の死っていう絵、八重子に見せたいんだ……」
八重子「分かったから……その子を放して……」
と、史郎に近づく。
机に寄り掛かる史郎。
史郎「ダメだ……僕は、東大法学部を現役で合格した男だぞ。ひかり銀行に入る時もA採用だ」
八重子「知ってるわ。同期の中でも数少ない、最初からの本店勤務でしょ?」
史郎「しかも、総合企画部だ。歴代の頭取が辿ったコースだぞ!……スゴイだろ!」
男子A「……!」
男子B「……!」
史郎「みんな僕のこと、尊敬してるよな……?」
男子C「イッちゃってるよ、アイツ……」
男子D「頭おかしいんじゃねえの?」
八重子「してるわ……(史郎の頬に優しく手をあてつつ)尊敬してるわ……この子を放して。私が一緒に行くから」

大石静「アフリカの夜」第7話より

かつての栄光「A採用」をここで口に出すあたりが火野史郎だし、そんな史郎と結婚しようとしていた八重子。「A採用」「本店勤務」「総合企画部」はカタログ女の象徴。

このあと、八重子が自分の過去との決別するのだが、それはまた別の話。

おまけ
第1,2話の脚本には、火野史郎の一人称が、「僕」だけでなく「俺」も使われている。しかし、ドラマでは全て「僕」。史郎は自分のことを「僕」と言いそうな奴。さすが松重豊さん。

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