見出し画像

写真の技術は『人生』には勝てない

こんにちは、フィルムで写真を撮っています小山ひときです。

ちょっと強めのタイトルで「喧嘩うっとんのか、ォオン?!!」と思われたらすみません。また今回も、あくまでも私にとってはそうだなぁ〜と感じた内容でして。誰が間違っていて誰が正しい、ということではありませんので、大丈夫です。ご安心ください。

自分にとっては、写真を撮る時は3種類あって、おおよそ以下のようなことだったりします。

1)街などで綺麗だなぁ格好いいなぁ!と思って撮るスナップ
2)人や旅行の思い出
3)内面表現や自分の心の解決

「技術」を磨いて行くこと、美しい写真を撮る「能力」を求めていくよりも好きな部類があって。確かに、美しいなぁ!と思った時にそれを残せる技術があることは大切なことだとは思っているのですが

「技術とセンスで勝負する」

みたいなのは、私にとってはちょっと手が届かないと言うか、届かせる努力をする気がないと言うか、気持ちはあるけど重要度がすこし違っている気がしています。(それは他の方にお任せして、私はそれを見て幸せになっていればいいかなと思っています。)


自分の気持ちは「人生」じゃん

センスがないとか、技術がないとか、もう誰かがやってる表現だって言われたりとか、だからもう写真やめようかなとか。そういうお話を見たり、聴くことがあります。

悲しい気持ちになっている方を見る度に「それを言われたり、感じたりしたときの自分の気持ちを、写真に撮ったらいいのになあ」といつも思います。だってそれは、その人だけのきもちで、その人に起こったことで。
それって「人生」じゃないですか。

その人の人生に、勝てるものなんてあるんでしょうか。私は、それはゲームで言うところの世界に一つしか無い激レアアイテムだと思います。それを使って錬成した剣や盾や、それがなかったら開けられない扉とか、なんだか、わくわくすることしかなくないですか?他の人には手に入れられない宝物だと、私は思います。

画像2

人生に勝てるものなんてない

技術を高めること、見たことの無いものを作ろうをすることも、素晴らしいことだと思います。それを求めることも人生だって思います。その人の、人生で、生き方です。これも激レアアイテムです。

別の記事でもお話したことがありますが、みんな1人にひとつずつの山を持っていて、各自その山の頂上を目指して登っていって。しんどかったり、楽しかったり、感動したりしながら、山頂を目指していつか朝日や雲海をみられたら素敵だなと思います。自分は自分の山を登るだけ。それは他の人にはできないことです。

タイトルにある写真の技術は「人生」には勝てないというのは
もう少し正しく言うと、「そこにその人の心がなかったら、技術だけでは、人生かけてる人には勝てない」ということなのかなと思います。勝ち負けとか、ほんとは無いのかもしれないですけれど。
勝つ負けるというよりは、人生かけてる人の写真のほうが、感じるものがあるんじゃないかな、ということが言いたかったです。

画像3


「人生」が写っている写真が見たい

私も含めて、だれがいつ死ぬかなんてわからないんだし、死ぬときゃ死ぬし、生きるときは生きるし。どうせ死ぬまで生きてるんだから、自分の人生を使って、いろんなことを実験したり、死ぬまで生きていきたいと思います。写真だって、沢山撮りたいです!フィルムばんばん使って。お小遣い全然たまらないけど。それでもいいかなって。

私は超絶技巧があってもなくても、どちらでも、その人の人生が写っている写真が沢山みたいです。最高だと思います。

最高だ!!

画像2


この記事が参加している募集

スキやコメント、うれしく拝見させていただいてます。サポートは、フィルム現像代や作品に使用させていたり、心のMP回復のため珈琲タイムのお菓子になったりします。