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拗れ、捻れて、こじらせる 

あらすじ


大学生の男女、社会人…
真っ直ぐだけが正解なのか、自分らしさとはなんなのか
様々なことを「拗らせ、捻れた」人間たちが織りなす、目を背けたいほどに生々しく痛々しい、鈍色の青春ストーリー

恋愛こじらせ女子 倉前園(21)の場合 


1話 占める割合


 倉前園は、21歳になったちょうどその日から急に、人生に占めるいろいろなものの割合を考えるようになった。
園の場合はその大部分がまず間違いなく「恋愛」である。今まで生きてきた21年間がよく見る円グラフのようなものだとして、60%は「恋愛」かそれ関連のものである自覚が、園にはあった。
あとの40%は高校時代の部活とか、今のサークルとか、小さい頃の思い出とかそんな感じだと思う。
 しかし、常に恋人がいるわけではない。
私にだってそれなりに「いい女であろう」とするプライドはあるのだ。
とっかえひっかえに異性と付き合って、動画をスワイプするかの如く吟味しているんじゃない。
どちらかと言えば、長時間動画を永遠と見れるタイプで、恋愛だって一人と長く付き合う方だ。
前の彼氏と分かれてからもう2年は経つだろうか。いろいろあって(これは本当にいろいろあって、)分かれてしまったけれど、真剣に恋をした。
 けれど、ある時、私が恋をしていたのは彼ではなくて「彼に恋する自分」なんだということに気がついた。
自分はそんな性分では無いと思っていたが、まさに「恋に恋する」タイプだった、と言うわけだ。
 さて、園がこんなにも冷静に、就職活動の自己分析並みに自分を分析しているのは、大学に向かう電車の中である。
時折入るトンネルで反射する自分を確認して、前髪をミリ単位で動かすこと数回。ビジュアルは相変わらず納得がいかないままである。しかも隣に立つサラリーマンと、反射越しに何回か目が合う。
 なんとも気まずい。見られている、というよりは一回偶然目が合ってしまってから自分がチラチラ確認してしまう、という方が正しい。

ワンピースの裾の皺は目立っていないだろうか。
今朝あげたまつげは上がったままになっているだろうか。
マスカラ、だまになってないかな。
あ、右手の親指のネイルよれてるな。
やっぱり乾燥の時間足りないか…。
高いけどジェルネイルやりに行こうかな…。
シフト週3に増やして…。

前髪気にしていた意識はいつの間にかどこかへおいてきてしまったように思考が巡っていく。
部屋の最寄り駅にあるネイルサロンをサイトで見つけて、メニューを見て値段の高さに驚き、シフトと給料を計算して諦めるまでがワンパッケージである。
 そうこうしている間に電車は大学の最寄り駅について、半ば押し出されるように歩き出す。
改札を出て同じ方向に歩き始めるのはほとんどが同じ大学の学生で、さっきのサラリーマンみたいに目が合うわけでもないのだけれど、過剰に見た目を気にしてしまうのはもはや癖のようになっている。
 電車の中から見た目を気にし続けて、早くも小さなストレスを溜め始めている園だが、彼女は仲間うちではオシャレを第一に気にするような女子ではない「ことになっている」。
この言葉だけ聞くと園が友人からないがしろにされているような、いじられキャラであるように聞えるが決してそうではなく、これは彼女が、
紛れもなく園自身が選んだ、いわゆる「キャラ設定のミス」である。
 明るく笑い、明朗快活なところが自分の最大の長所であると園は思っている。
実際、最近出し始めた履歴書にも自分の長所は明朗快活な性格であると書くようにしている。
その長所を、自分に残された唯一の長所(園は自分の長所はこれだけだと思い込んでいる)を最大限に生かすキャラは何か考えた時、明るいはつらつキャラを園は選んだ。園の中では明るい子は積極的にメイクの話も、ネイルの話もしないことになっている。
だからといって、見たに無頓着なわけではなくそれなりに綺麗な服装で、手入れが行き届いた髪を維持しなければならない。
あと、足りないのは彼氏だけなのである。(あくまでも園の中では)
なんだかんだ考えながら教室の席に座ると、一席空けの暗黙の了解を無視してとなりに誰か座ったのが分かった。
「園、おは」
朝独特の低い声で挨拶をしてきたのは土居優稀、高校からの同級生で今も同じ大学に通っている。
これから3コマの授業を受けるとは思えないほどの軽装である。いかにも大学生と言った感じだ。
「おは、荷物すくなすぎん?」
「今日はほら、楽単だから」
「政治経済、小沢だっけ?」
「そ」
優稀の視線は時折スマホに注がれながら、園の顔との間を行き来している。
政治経済の小沢というのは初老のはげた教授で、大教室で黙々と講義を進め、学生に発言を求めることもまずないのでかなり楽単だと有名である。
学期末に行われるテストは過去問が出回っているのか、単位を落としたと言うのも聞かない。
「勝ちじゃん」
そう返して、園も視線をインスタグラムに戻しかけた時だった。
「そういえばさ、」
今度は優稀の視線はしっかりと園の方を向いている。
「なん?」
「このあいだ園がやりたいって言った合コン?セッティングしたよ、瞬くんの友だち数人集めて。」
「え、ほんと?!」
瞬くんというのはもう3年ほど優稀が付き合っている年上の彼氏である。
付き合った当初から瞬君のことは知っているが、顔はおろか声も聞いたことがなく、職業も教えてくれない、園にとっては「優稀の謎彼氏 瞬くん」である。
しかしどうやらかなり女性人気が高いらしく、優稀はしょっちゅうそのことでヤキモキしている。
その瞬くんのお友達なんてどんな刺激の強い面々がそろうのか少し恐ろしいのだが、園の心は「背に腹は代えられない」という言葉で埋め尽くされていた。
「いつ?!」

倉前園、まさに背水の陣の始まりである。(あくまでも園の中では)





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