短編小説『探し物はなんですか』
出社すると社員全員が青ざめた顔をして探し物をしていた。ゴルフが好きで普段は健康そのものの山川さんはぶりぶり汗をかきながらパソコンで作業をしている。無くなったのはどうやら何かのデータのようだ。
いつもは新人のオレにも気さくに話しかけてくる梨元部長は聞いたことのないオラオラ調で「何やってんねん、どこにあんのか知らんけどさっさと探さんかったらどうにもならへんやろーが」と社内全体を恫喝している。端の席で我関せずを決め込んでいる中田さんに対しても「おいおい中田ぁ、ワレは自分は関係ないみたいな顔しとるけどほんまはおまえが持ってんとちゃうんけ、おまえが持ってんのわかったらしばき回したるからな」鬼の形相で中田さんを睨み声を荒らげる梨元部長に対しても中田さんは怯まない。
「なんかいつも余裕ある大人ぶってはる割にこういう時に取り乱しはるの、心の底からだっさいなーって思います」中田さんが言い返すと梨元部長は一瞬ビクっとした、その一瞬をオレは見逃さなかった。見ると梨元部長は捨てられた犬のような目をしていた。先程からただ虚勢を張っているだけだったのだ。
社内の皆さんの話を総合すると、オレのような新人にはどれだけ重要であるかわかりかねるが、とにかく重要書類が紛失してしまったらしいのだが、わからないのが、皆さんが探しているのがどうやらその重要書類ではないということだ。
「とにかく最初から言ってますけど、まず間違いなく僕のところには無いんですよ」
中田さんの指摘により我に返った梨元部長が今度は殊更丁寧な口調で自分のところにそれは無いということを言い募っている。
「いやー、今回のプロジェクトに関しては私、いっさいタッチしてないんで。ほんと申し訳ないんですけど私もどうしたらいいかわからないです」中田さんが誰に言うともなく放ったその言葉を拾った梨元部長が「もちろんそのことはよくわかってます、むしろ関与していないにも拘らず問題提起していただいたことに感謝してますし、そういった相互にミスをチェックし合う機能が社内に働いているということがわかったことについては、今回僕は収穫だったとさえ思っているんですけれども、それはそれとして、直接関係のない中田さんにも是非知っておいていただきたいんですが、間違いなく僕のところには無いんですよ」
「最後にハンコを押したのは梨元部長のはずですよね」ハンカチで汗を拭きながら梨元部長の口調が穏やかになったことに安堵したような表情でおそるおそる山川さんが言った。
「いや、ハンコをいつ誰が押したかはこの際、問題ではなくて、そんなことより誰のところにあるのか、間違いなく確かなのは今、間違いなく僕のところには無いということです」
「あ!あった!見つけた!奥井くん、君のところにあったんか」梨元部長がオレに言ったと同時にオレの鞄の中に責任を押し込んだ。
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