映画『ブックセラーズ』
毎週火曜日のお昼は京都シネマで映画を観ています。どんな映画であろうが、その時間に上映されている映画を観ます。
今日観たのは『ブックセラーズ』
ニューヨークの老舗書店の書店員や作家、「伝説的古書ハンター」と呼ばれるマーティン・ストーン、女性ブックディーラーの草分け的存在のロステンバーグ&スターンほか、本が好きで好きでたまらないブックセラーの皆さんに本のことを延々インタビューし続けるドキュメンタリーです。
私も本は好きですが、この映画に出てきた実在する人物の皆様の本好きは、常軌を逸しており、気狂いじみています。名作の初版を何十万ドルで買うたとか、カバー無しなら5000ドルがいいところやけど傷ありでもカバー付きなら1万5000ドルに跳ね上がるし、カバーに傷がなく完璧な状態なら何十万ドルにもなる!とか、気持ちはわかるけど、少し引いてしまうといいますか、それなりに本好きの私でもあの人たちに「引いてしまう」ところが、いまの本を取り巻く環境の厳しさを物語っているような気もします。
社会の多様化、デジタル化で本をめぐる世界は大きく変わりました。教科書のデジタル化なんかも取り沙汰されています。私は電子書籍が苦手で、紙の本のほうが読みやすいし好きなんですけど、「電子書籍のほうが荷物にならないし、いつでも読めるし便利やん」という人からすると、頑なに紙の本の良さに固執する私なんかも、映画に出てくるブックセラーたちに私が抱いたような「この人ちょっと頭おかしい?」っていう感じがあるのかもしれません。
一人、女性のブックセラーが「本は絶対に貸してはいけません。返ってきませんから。私はかつて、デヴィッドボウイに本を貸したことがあるけど、その時も「買って」といったのに、「絶対に返すから」と言って借りていって結局返してくれなかったわ」と言っていました。こんなエピソードを聴いてもデヴィッドボウイのことを微笑ましく思えてしまうのですから、名声って人の判断を狂わせるものですよね。
頭おかしい人たちのインタビューをずっと聞いてたような気がする映画でしたが、そんななかでも、「7年前のインターネットの記事はもう誰も見ないが、150年前の本はいまだに愛されている」みたいなことを言っていまして、これは本質を突いた言葉やな、と思いました。ネットで得た情報って消費しちゃうんですよね。そんなこと、ありませんか。簡単に手に入るから簡単に忘れるんでしょうね。教科書がデジタル化するのは、時代の流れだとは思うのですが、10年経ってデジタル教科書なんかで得た知識を果たして子供たちは覚えているんでしょうか。甚だ疑問です。しかし、私は紙の教科書でさえ、10年経つ頃には内容を忘れていたのでありました。紙だからデジタルだから云々ではなく、好きなものは忘れないし、興味がなければどんどん忘れ去られていく運命にある。
紙の本は、ものすごく大好き!っていう人たちがいる代わりに、「別に必要ない」という人が主流を占めるようになってしまったということなわけですが、じゃあ、そこで何が大事なのか、といえば、ものすごく大好き!っていう人たちが排除されない仕組み作りだと思います。紙の本に限らず、能や狂言にしろ、インディー映画にしろ、パンク音楽にしろ、燃費の悪いアメ車にしろ、ストリップ劇場にしろ、ラジオにしろ!!不要不急と言うのならそれでもいいんですが、それならそれで、不要不急がしっかりと大事にされる世の中を築いていくのが、これからの私たちの仕事なのだと、大袈裟にいえば、そんなことを感じさせてくれる映画でした。
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